笠原一輝のユビキタス情報局

自社ブランドのゲーム端末や携帯機器を拡充していくNVIDIA

~日本でのSHIELD発売に前向きな姿勢

 NVIDIAは、International CESの期間中に記者会見を開催し、最新SoCである「Tegra K1」(テグラ ケイワン)を発表した。開発コードネーム「Logan」で知られた同製品は、現在PC向けに利用されているGPUのアーキテクチャ「Kepler」ベースのGPUを内蔵した、強力なSoCになっており、タブレットや自動車向けの情報端末など多大なコンピューティングパワーを必要とする製品向けに普及を目指していく。

 その一方で、今回の記者会見では、ちょっと面白い現象を確認できた。というのも、NVIDIAの発表会にOEMメーカーの名前や製品がほとんど見当たらなかったのだ。多数の大手OEMメーカーを獲得した「Tegra 3」世代とは一転し、Tegra 4では目立つOEMメーカーの製品と言えばMicrosoftの「Surface 2」ぐらいとなってしまった現状を反映しているとも言えるが、もっと深いところを見ていくと、NVIDIA自身の静かな戦略変更がその背景にある。

OEMメーカーの存在感がなかったNVIDIAの記者会見

 今回のNVIDIA記者会見は、テクノロジーを追いかける筆者のような記者にとって非常に興味深いモノだった。NVIDIAが公表したTegra K1の仕様は、実に興味深い。クアッドコアのCortexーA15のプロセッサ(従来通り4+1の構成で忍者コアも引き続き搭載)モデルだけでなく、開発コードネーム「Denver」で知られる64bit ARMv8デュアルコアCPU、さらにはKeplerアーキテクチャのGPUというのは驚くべき内容だ。しかも、Denverを内蔵したSoCが、初期のエンジニアリングサンプルとはいえ動作している、それだけでも十分興味深い。

 だが、スマートフォンやタブレットなどの端末を追いかけている記者にとって、正直退屈な内容だったというのも事実だ。実際、記者会見が終わった後、多くの記者が「で、どんな端末がでるの?」と、口々に言い合っていたのは筆者にとって非常に印象的だった。

 確かにその指摘はその通りだ。これまでのNVIDIAの発表会では、1つや2つのOEMメーカーの製品が登場していたものだ。というのも、Tegraのような製品は、単体型GPUのようにビデオカードとして単体で発売されるようなモノではなく、セットメーカーの製品の中に組み込まれて初めて出荷されるような類の製品だからだ。実際、NVIDIAは2012年の発表会では、後に「Nexus 7」としてGoogleとASUSのダブルブランドで発表される製品をフィーチャーしていたし、さらにその前の年(2011年)には、LGのTegra 2搭載スマートフォンを取り上げるなど、OEMメーカーの製品にもフォーカスを当てた発表を行なったため、端末を追いかけている記者などにとっても注目の発表会となっていたのだ。

 だが、今回はそうした発表は全くなく、NVIDIA自身の端末であるポータブルゲーミング機器「SHIELD」によるデモや、Tegra K1の技術的な説明、さらには近年NVIDIAが力を入れている自動車向けソリューションなどに時間が割かれた(その模様は別記事僚誌Car Watchの記事が詳しい)。

 そこには、OEMメーカーの名前は1つも無かったのだ。ただ、実際には2013年のCESのNVIDIAの発表(別記事参照)でも、OEMメーカーの名前は無かった。この段階では、まだOEMメーカーから発表されるようなところまで話が進んでいないのだろうと皆が受け取った。だが、2年連続ということで、誰の目にも“発表するようなOEMメーカーがないのだ”と受け取られる自体になってしまったのだ。

 そのことは、NVIDIAのTegraビジネスはもうダメだ、ということを意味しているのだろうか? いやそうではない、実はNVIDIAは別のプランを用意し始めたのだ。

NVIDIA CEOのジェン・スン・フアン氏
NVIDIAのTegra K1。CortexーA15を搭載し、KeplerベースのGPUを内蔵している
2014年の後半にはDenverコアのTegra K1を投入する
64bitのAndroidをDenver版Tegra K1で起動している様子

2013年は売り上げが減少する年となってしまったTegraビジネス

 率直に言って、2013年はTegraビジネスにとってかなり厳しい年であったのは疑いの余地はない。NVIDIAは会計年度(FY=Fiscal Year)毎、あるいは会計年度での四半期毎に決算書を公開している。そのデータから、2013年のTegraの売り上げがどうであるかはすでに明らかになっている。

 NVIDIAが投資家向けに公開している2013年の証券アナリスト向けミーティングの資料(2013 Analyst Day Presentations、Tegra - Phil Carmack)によれば、FY13(2012年2月~2013年1月)のTegra関連の売り上げは7億2,300万ドルだったという。ところが、FY14(2013年2月~2014年1月)の四半期毎のデータ(NVIDIAは詳細な数字は公開しておらず、あくまでグラフでの表記だが)を足していくと、FY14の第1四半期~第3四半期(2013年2月~10月)までのTegra関連の売り上げの合計は3億ドルを下回っており、FY13に比較すると売り上げが減少している。

 実際、NVIDIAはTegra 4およびTegra 4iを発表した時の公約を守れなかった。Tegra 4i発表時に、Tegra部門のマーケティング部長 マット・ウェブリング氏は「Tegra 4iを搭載したスマートフォンは2013年末までにいくつか発表され、2014年第1四半期に多数が登場する」と述べたが、CESにおいてもTegra 4iを搭載したスマートフォンは1つも発表されなかった。もちろん第1四半期はあと数カ月あるし、通信業界にとっての最大のイベントMWC(Mobile World Congress)が2月には控えており、第1四半期で多数の製品という方は守れる可能性はまだ残っているが……。

 日本市場でもTegra搭載製品はほとんど見なくなってしまった。Tegra 3が採用されていた富士通「ARROWS」のハイエンドモデルとソニーの「Xperia Tablet S」は、いずれも後の製品でQualcommのSnapdragonに変更されてしまった。ただ、タブレット市場では引き続き採用例があり、東芝、ASUS、HP、さらにはMicrosoftがSurface 2で引き続きTegra 4を採用しており、存在感を出せている。

 元々NVIDIAがTegraシリーズで狙っていたのは、スマートフォンやタブレットで多数のOEMメーカーを獲得し、ARM SoCのプレミアムセグメントでマーケットリーダーになることだっただろう。だが、そのポジションは今やQualcommが占めている。なぜNVIDIAの思い描いていたようにならなかったのかと言えば、やはりモデムだ。元々無線モデムの会社として発展してきたQualcommは、LTEモデムの技術で他社を数年分リードしており、先駆けて単体のLTEモデム、さらにはLTEモデムを統合したSoCをリリースしてきた。

 これに対して、NVIDIAは2013年に「i500」という画期的なソフトウェア定義型のモデムを発表したが、これまでのところ採用したOEMメーカーは1つも発表できていない。また、i500を統合したTegra 4iも採用例が発表できていないというのは、すでに説明した通りだ。NVIDIAのモデムはNVIDIAが買収したIceraの技術に基づいて製造されているのだが、これまで大手のキャリアや大手OEMメーカーに採用された実績が無く、保守的な通信キャリアに受け入れられるようになるには時間がかかると見られている。

 そうした事情もあり、プレミアムなセグメントではQualcommの一人勝ちとも言える状況が続いており、2013年にはさらにそれが進んだ年になってしまったのだ。

SHIELDやTegra Note 7の後継製品がNVIDIAブランドでグローバルに展開へ

 だが、2013年がそうした年になることをNVIDIAはすでに分かっていたはずだ。言うまでも無いことだが、OEMメーカーの製品開発は発表の相当前から始まっており、2013年にリリースされる製品は2012年から開発が始まっているからだ。

 だから、NVIDIAは2013年のInternational CESで自社ブランドのTegra 4を搭載した携帯ゲーム端末SHIELDを発表した(別記事参照)。さらに、2013年の後半には、AiB(Add-in-Boardの略とされる)パートナーと呼ばれるグラフィックスカードを販売する中小のパーツメーカーのブランドで「Tegra Note 7」と呼ばれる7型液晶を搭載したタブレットを投入した。日本では香港のZOTACブランドで販売されており、2013年12月からリテールで販売されている(別記事参照)。

 またSHIELDは、米国、カナダ、香港でNVIDIAの自社ブランドで販売を行なっている。この場合の自社ブランドというのは、流通体制やサポートなども含めてすべて自社で整えて行なうという意味で、販売チャネルはNVIDIA自身のWebサイトやFry'sなどの小売り量販店などで行なわれている。これまでNVIDIAは、OEMメーカー相手のビジネスや、AiBパートナー経由でのビデオカード販売という販売チャネルを利用したビジネスを行なっており、一般消費者に対して製品を直接売ったことは基本的になかった。だが、SHIELDで初めてそうした体制を整えることになり、まずはお膝元である北米と比較的市場規模が小さい香港でテスト的に販売したというのが2013年だったということになる。

 NVIDIAはこの経験をもとに、SHIELDの販売を北米と香港から、もっと多数の市場に拡大する計画だ。NVIDIAのSHIELD担当マーケティング課長 ジェイソン・ポール氏は「2014年には日本を含む多くの国でSHIELDを出荷していきたい」と述べ、これまで慎重だった日本市場や欧州市場などへの投入について具体的に計画があることを明らかにしている。つまり、自社ブランドで販売できる体制(流通やサポート体制)などが、日本や欧州など北米以外の地域でできる体制ができあがりつつあるということだろう。

 CESで匿名を条件に話してくれたNVIDIAに近い情報筋によれば、NVIDIAはさらに現在はAiBパートナー経由で販売しているTegra Note 7の後継製品(おそらくTegra K1ベースになる)を、NVIDIA自社ブランドで販売する計画も持っているという。

 このように、NVIDIAは自社ブランドの製品を拡張していく方針を明確に持っており、今後はそれをショーケースにして、OEMメーカーへTegraの採用を促していくことになる。

Tegra Note 7のプラットフォームにTegra K1を搭載したリファレンスデザイン
Tegra K1搭載開発ボード

複数の経路に存在するNVIDIAのGPUの上で、登場するエンターテインメントプラットフォーム

 NVIDIAが自社ブランドの製品展開を目指すことは、一義的にはOEMメーカーに対して、自社の半導体を採用することでこんなイノベーティブな商品が展開できるというショーケース的な位置付けだが、もう少し大きな目で見れば、壮大なエンターテインメントプラットフォームの1つとしてそれらを位置付けていることが見えてくる。

 NVIDIAのデバイスは単体GPUであるGeForceを搭載したPC、さらにはSHIELDやTegra Note 7のような携帯端末、またすでに米国では実証実験が始まっているGeForce GRIDを利用したストリーミングゲーム環境など多岐に渡っており、その上ではコンテンツたる魅力的なゲームタイトルが動いている。これは完全に筆者の推測に過ぎないが、おそらくNVIDIAのジェン・スン・フアンCEOが狙っているのは、そうした複数のプラットフォームトータルで、ゲームやエンターテインメントコンテンツがNVIDIAのGPUで仮想化されるような環境だろう。その姿はまだユーザーの目の前に姿を現していないが、全貌が見えてくれば壮大なプランになるのではないだろうか。

 非常に厳しい道だし、壮大なギャンブルだと思うが、成功すれば得るモノは決して小さくない。そしてフアン氏というNVIDIAのリーダーは、それだけのギャンブルを成功に導く指導力を持っているのは誰もが認めるところで、今後もNVIDIAの動向からは目を離してはいけないと筆者は思う。

(笠原 一輝)