福田昭のセミコン業界最前線
黒字に転換したルネサス、「縮小と撤退」から「拡大と攻勢」へ
(2015/2/4 06:00)
日本最大の半導体専業メーカーであるルネサス エレクトロニクス(以下は「ルネサス」と呼称)の事業戦略が大きく転換しようとしている。「縮小と撤退」から、「拡大と攻勢」への転換である。
大転換の背景には、業績の回復がある。2014年度第2四半期(7月~9月期)までの四半期損益は、営業利益が7四半期連続で黒字を計上した。それまでのルネサスは7四半期連続で営業赤字を計上していただけに、この違いは際立つ。2月上旬に発表される2014年度第3四半期(10月~12月期)の業績でも営業損益が黒字になることは確実視されている。赤字体質が骨の髄まで染み付いていたかつてのルネサスからは、信じがたいような変貌ぶりである。
「縮小と撤退」がもたらしたもの
黒字転換の背景に、「構造改革」と称した製造ラインの縮小と人員の削減があったこと、すなわち固定費の大幅な削減があったことは、半導体業界では良く知られている。20カ所あった製造拠点は13カ所に減り、最終的には9カ所に減る。従業員数はルネサス発足当初(2010年4月)の42,800名から、2014年3月末には27,200名にまで減少した。この間に15,000名もの人員がルネサスを去った。
構造改革の影響は新製品開発にも及んだ。四半期ごとの新製品投入数(発表リリースを数えたもの)は、2010年度から2011年度にかけては四半期当たりで10件を超えた時期があった。ルネサスは積極的に新製品を市場に投入していた。しかし2012年度には構造改革が始まり、新製品リリースの数は四半期当たりで5件前後に減少する。2013年度後半に入ると新製品開発のペースはさらに鈍化した。四半期当たりでわずか3件程度にまで落ち込んでしまった。
しかし、2014年度には復活の兆しが見え始めた。2014年度第2四半期と第3四半期はそれぞれ新製品を6件ずつリリースした。底を打って上り調子に入りつつある。新製品開発が増えているのは、非常に良い兆候だ。
一方、ルネサスが展示会に出展したり、展示会を主催したりする件数は大きく減少したままだ。2012年には10件の展示会に参加していたのが、2014年には4件にまで落ち込んでいる。展示会の出展は年度ベースの予算によっておおむね決まる。2015年以降は出展数が増えると思われる。
これらの「縮小と撤退」は、サポートの低下、プレゼンスの低下、信頼感の低下をもたらした。といっても巨額の赤字を出していては、手が回らない。だからといって、いつまでも放置するわけにはいかない。行き着く先が「顧客離れ」であることは明らかだからだ。どこかで方向を転換しなければならない。
営業黒字が5期ほど連続した2013年度末辺りから、方針の転換は慎重に進められた。8期連続の営業黒字がほぼ確定している現在、2015年度(2015年4月~2016年3月期)が大転換の年になることは確実だろう。厳しい言い方をすると、このタイミングで攻勢に出なければ、たぶん、この先の成長は難しい。
顧客向けの大規模なイベントを初めて主催
大転換の始まりを象徴したのが、(2014年)9月2日に東京開催された顧客向け総合イベント「Renesas DevCon JAPAN 2014」だろう。ルネサスが初めて日本で開催した顧客向けの大規模なイベントは、「ルネサスの復活」を強く印象付けた。
ただしルネサス自体は、東京のイベントだけでは不十分だと考えていたようだ。国内の半導体ユーザーは、全国に分散している。イベントの開催場所が東京だと、西日本の半導体ユーザーにとっては行きやすい場所とは言いにくい。関西圏でも顧客向けのイベント開催を希望する声がルネサスに寄せられていた。
ただし、大阪あるいは関西で開催するイベントに共通するのが、集客の問題である。首都圏に比べると、関西圏は集客力が高くない。言い換えると、イベントの規模(会場の大きさ)を見積もりにくい。
そこでルネサスは東京とは異なり、大阪では一般の参加者を募らずに、西日本の特約店(販売代理店)を通じて大阪版「Renesas DevCon JAPAN」の開催を告知することにした。イベントの名称は「Renesas DevCon JAPAN in Osaka」、開催日は2015年1月29日(木曜日)、開催場所は大阪市中央区の「シティプラザ大阪」である。関西圏でルネサスが顧客向けの大規模なイベントを主催するのは、これが初めてだ。
関西初のイベント「Renesas DevCon JAPAN in Osaka」を開催
ルネサスがイベント開催を告知した相手先の人数はおよそ500名。実際の参加者はおよそ300名で、予想を超える来場者が集まった。北陸や四国、九州からも参加者があったという。遠方からの来場者に配慮したのか、受け付け開始は10時、基調講演の開始は10時30分とやや遅めのスケジュールが組まれていた。しかしこのスケジュールは早めに来場した参加者が受け付けを済ませることができずに滞留し、登録所前のロビーが長蛇の列で大混雑する羽目になった。
本イベントは午前が基調講演、午後がソリューションセミナー、別会場で午前から夕方まで展示会、という構成になっている。この中で報道関係者が取材可能だったのは、基調講演と展示会である。そこでここからは、基調講演の概要と、展示会の内容をとりまとめてご紹介したい。
基調講演:長期供給プログラムでディスコンの不安を取り除く
基調講演ではまず、ルネサスを代表してグローバル セールス マーケティング本部日系営業統括部統括部長の石田守氏が挨拶した。ルネサスは5つの分野、すなわち、自動車、ホーム(家電)、ファクトリ(工場)、シティ(都市)、オフィス(OA)、を集中領域と定義している。本イベントでは自動車を除く4つのテーマ(ホーム、ファクトリ、シティ、オフィス)に絞ってルネサスの活動やソリューションなどを紹介すると述べていた。
続いて執行役員兼グローバル セールス マーケティング本部副本部長を務める川嶋学氏が、ルネサスの変革状況を説明した。川嶋氏は「ルネサスは本当に大丈夫なのかと、まだまだ不安に思われるお客様がいらっしゃると思います。皆さまの不安を取り除くべく、変革を進めてまいります」と述べた。従来からルネサス(あるいはNEC、日立、三菱ブランド)の半導体を購入してきた顧客からは、将来を不安視する声が少なからず、ルネサスに届いていることを伺わせた。
それから川嶋氏は、構造改革によって工場を削減したことで生産休止品が生じ、顧客が休止品から継続品にを切り換えたことに対して「皆さまに感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」と深くお辞儀しながら、謝辞を述べていた。
ルネサスが打ち出してきたさまざまな施策の中で、顧客の関心が非常に高かったのは「長期供給プログラム(PLP:Product Longevity Program)」の開始だろう。ファクトリやシティなどの産業分野では、システムの稼働期間が10年を超えることが珍しくない。半導体ベンダーの都合によって保守部品の調達が不可能になる事態は、半導体ユーザーにとってきわめて深刻な問題をもたらす。半導体の生産休止(いわゆる「ディスコン」)によって痛い経験をしたことがないユーザーは、むしろ珍しいと言えよう。
そこでルネサスは、半導体製品の長期供給を保証した製品についてはすべて、同社のホームページでユーザーが供給期間を閲覧できるようにした。これは画期的なことだ。半導体ユーザーは安心して、製品を調達できるようになる。
基調講演:IoTソリューションで飛躍を図る
続いて川嶋氏に代わり、ルネサスの執行役員常務をつとめる横田善和氏が登壇した。横田氏は自動車以外のすべての用途に向けた半導体事業の責任者である。本イベントの基調講演を担う経営幹部としては、最適な人物だと言えよう。
業績が回復してきたことで経営基盤が安定してきたルネサスは、次のステップに飛躍すべき段階に来たと横田氏はアピールした。飛躍の推進力となるのは、IoT(Internet of Things)向けのソリューションである。
IoTの定義は各者各様で、あいまいな概念だと言える。ルネサスはIoTを「物にインテリジェンスを与えて自律させる。膨大な数の自律した物(ノード)がネットワークを介して繋がることで価値あるデータが集まり、新しい価値が生まれる」と定義した。言い換えると、IoTを階層構造として捉えた。最上層にサービスを提供するプラットフォームがあり、その下をクラウドとデータセンタが支え、その下には通信ネットワークが張り巡らされている。そして最下層に、センサーと通信機能をそなえる自律したノードが大量に存在する。全体としては4層構造になる。
2020年にはインターネットに接続されたノードの数は500億個に達し、センサーの数は1兆個に達すると予想されている。IoTは情報通信を中心としたこれまでの応用分野だけでなく、保険や金融、卸売り、小売りなどのこれまでになかった応用分野にも広がり、新しい市場を創造する。そしてルネサスはIoTソリューションを数多く提案していくことで、顧客に新たな価値を提供していくと説明した。