福田昭のセミコン業界最前線

ルネサス、開発者向けイベント「DevCon」を日本で初めて開催

「Renesas DevCon JAPAN 2014」のロゴマーク

 国内最大の半導体専業メーカー、ルネサス エレクトロニクス(以下は「ルネサス」)は2014年9月2日に東京で、ルネサスグループとしては国内で初めての大規模な開発者向けイベント「Renesas DevCon JAPAN 2014」を開催した。会場は東京都港区のザ・プリンス パークタワー東京である。

開発者向けイベントにおける日米の違い

 世界的に見ると、半導体メーカーや半導体関連企業が大規模な開発者向けイベント(講演会兼展示会)を開くことは珍しくない。半導体最大手のIntelが毎年9月に米国サンフランシスコで開発者向けイベント「IDF(Intel Developers Forum)」を開催していることは、良く知られている。日本では、マイコン大手ベンダーの米国Freescale Semiconductor、CPUコア最大手ベンダーの英国ARM、FPGA大手ベンダーの米国Xlilinxと米国Altera、といった企業が大規模な開発者イベントをほぼ毎年、開催してきた。

 これに対し、日本が本社所在地の半導体メーカーが大規模な開発者向けイベントを日本国内で開催することは、筆者の記憶する限り、なかったと思う。もちろん小規模な開発者向けイベントは数多く開催されてきた。ただしそれは企業全体の取り組みを代表するものではない。特定の製品シリーズの顧客を対象するイベントや、業界標準を目指すコンソーシアムのミーティングなどで、原則非公開であり、会員企業ないしは招待者だけを来場者とするイベントとなっていた。

 粗く言ってしまうとこの差異は、「米国企業はオープン、日本企業はクローズド」という米国と日本の企業文化の違いに起因すると思う。米国の半導体ユーザーは、半導体ベンダーが「企業を代表した開発者向けイベント」を開催することは、当然のことと受け取っている。米国の半導体市場では、「開発者向けイベント」を開催しないベンダーは、むしろ珍しいと言える。

ルネサスの開発者向けイベント「DevCon」は米国発

 そのせいか、ルネサスも米国では大規模な開発者向けイベントを開催してきた。初めてのイベントは2008年に遡る。ルネサス エレクトロニクスの前身であるルネサス テクノロジの米国法人が主導して2008年10月にカリフォルニア州で開催したイベント「Renesas Developers' Conference」がその始まりだ。このときに採用された略称「DevCon(デブコン)」が、現在に至るまで使われている。

 ルネサス エレクトロニクスが発足した2010年にも、米国法人が開発者向けイベント「DevCon」をカリフォルニア州で開催した。米国の開発者向けイベントはほぼ隔年で開催され、2012年にも、米国法人主催の開発者向けイベント「DevCon」が2010年と同じ会場(オレンジ郡のハイアットホテル)で開催されている。これらのイベントはいずれも米国法人が企画・運営しており、日本の本社は関わっていない。

 そして今年、2014年にルネサス本体が初めて、企業を代表する開発者向けイベント「DevCon」を日本国内で開催した。

ルネサスグループにおける開発者向けイベントの歩み

経営幹部の交代がもたらした一大イベントの開催

 ルネサスの米国法人と日本のルネサス本体は、当然ながら別の組織であり、別の人員が業務を遂行している。大規模な開発者向けイベントを企画して実行するノウハウは、米国法人には蓄積されているものの、日本のルネサス本体にはあまりないとみられる。

 昨年(2013年)後半に、産業革新機構の出資を受け入れたことでルネサスの経営幹部は大きく変化した。以前の親会社であるNEC、日立製作所、三菱電機の3社だけでなく、外部の人材が経営幹部に加わった。新しい親会社である産業革新機構の出身者を除くと、オムロン出身の作田久男氏(CEO兼代表取締役会長)と、Freescale Semiconductor日本法人出身の高橋恒雄氏(CSMO兼執行役員常務)である。

 作田氏がオムロン(当時は立石電機)に入社したのは1968年(昭和43年)。前年の1967年11月9日~10日に立石電機は「OMRONテクニカル・フェア(OTF)」と呼ぶ、顧客向けの大規模な展示会を初めて開催した。立石電機の全商品を展示するとともに、一部の商品を実演展示するという大規模なもので、業界団体主催の総合展示会が主流の時代に、一企業が単独で開催するイベントとしては画期的なものだったと言える(注:上記の記述は、湯谷昇羊著/新潮文庫『「できません」と云うな-オムロン創業者 立石一真-』の242ページ~244ページに基づいています)。立石電機はその後、「OTF」の略称で顧客向けの展示会を次々と開催していく。

 高橋氏が日本法人の社長を務めたFreescale Semconductorは、「FTF(Freescale Technology Forum)」と呼ぶ、開発者向けイベントを本社所在地の米国はもちろんのこと、日本を含む米国外の重要な地域でほぼ毎年、開催してきた。当然ながら、高橋氏は日本の開発者向けイベント「FTF Japan」の責任者を何度も経験してきた。

 こういった幹部交代が今日の開催に大きく寄与しているものと思われる。

2014年4月現在におけるルネサスの主な経営幹部。2013年9月以前の親会社では日立の出身者が2名、三菱の出身者が1名、NECの出身者はなし。そのほかでは作田CEOを含めたオムロンの出身者が2名。ルネサスの公表資料を基にまとめた

基調講演:構造改革と震災からの復旧

 9月2日に開催された「DevCon JAPAN」のスケジュールは、午前が全体講演である基調講演セッション、午後が最大で9つのトラックが同時進行する技術講演セッションとなっていた。そのほかに「ソリューション展示会」と呼ぶ製品展示会が併催された。

 あいにく、講演セッションで報道関係者が聴講を許されたのは、基調講演セッションだけだった。そこでここからは、基調講演セッションの様子をご報告したい。

 基調講演セッションは、作田氏、鶴丸哲哉氏(COO兼代表取締役社長)、高橋氏、大村隆司氏(執行役員常務兼第一ソリューション事業本部長)、横田善和氏(執行役員常務兼第二ソリューション事業本部長)の5名により、2時間近くにわたる講演が続いた。進行役は高橋氏が務めた。

 最初に作田氏が登壇し、ルネサスにとって初めてのコーポレート・カンファレンスであり、、変革しつつあるルネサスを体感して欲しい、と挨拶した。そして会社の継続性を担保するために、事業の選択と集中を進めていると述べていた。

 続いて鶴丸氏が登壇し、2011年3月の東日本大震災で那珂工場が被災して生産ラインが停止したこと、関係各社の協力によって工場の生産ラインを当初予測の半分の期間で復旧できたことを説明し、関係各社に改めて感謝の言葉を述べていた。

基調講演が始まる直前の会場の様子。9月2日午前9時25分頃に撮影
挨拶するCEO兼会長の作田久男氏(左)と講演スライドの一部(右)
登壇するCOO兼社長の鶴丸哲哉氏(左)と講演スライドの一部(右)。講演スライドは那珂工場の内部を撮影したもの。上が東日本大震災によって被災した製造設備。下が復旧した製造設備

基調講演:制御とITの融合

 そして高橋氏が、「制御とITの融合」をテーマに講演した。まず世界が生成するデータとIPトラフィックが爆発的に増え続けている一方で、データ量当たりのコストが急速に低下していることを説明した。世界全体が生成するデータ量は2013年から2018年の5年間で6倍近くに増加すると予測されている。2018年には、1人が1日に生成するデータがDVD換算で約1.3枚に達するという。生成されたデータはネットワークを通じてクラウド(ストレージ)にアップされる。このIPトラフィックは、2013年から2018年の間に約4倍に増加する。

 そこで、インターネットに流れるデータ量を効率化することが課題となる。データを圧縮する技術、ネットワークを制御する技術が課題を解決するカギであると述べていた。

 一方で、1人当たりのトラフィック量の急増とコストの急減は、データのセキュリティを脅かしていると指摘する。人口1人当たりのトラフィックとデータ1byte当たりのGDPでみると、2002年にはそれぞれ502MBと10,700ドルであった。それが2018年には209GBと61ドルになると予測されている。トラフィック量は416倍と大幅に増えるのに対し、データ量当たりのコストは175分の1と劇的に下がることになる。

 そしてデータの価値を毀損する事例が急速に増加し、もはや日常的なものになりつつあることを説明した。偽ブログ(フェイクブログ)、詐欺行為(フィッシング)、乗っ取り(およびなりすまし)、ウイルス感染、サーバー攻撃などの具体的な事例を挙げてみせた。

高橋氏の講演スライドの一部。人口1人当たりのインターネットトラフィック量の増加とコストの減少
高橋氏の講演スライドの一部。サイバー攻撃の主な事例

基調講演:近未来のクルマを描く

 高橋氏の講演が終了するとともに、デモンストレーション・ビデオが上映された。ビデオは、あるドライバーが「近未来のクルマ」に搭乗してから下車するまでを描いており、随所に最先端あるいは近未来の自動車技術を埋め込んでいた。

 ビデオの内容を要約しよう。ドライバー(運転者)はスマートフォンをキーレスエントリーの代わりに使用して乗用車に乗り込む。乗用車のコックピットはカメラで運転者の顔を認識し、シートの位置を自動調整する。車体にはカメラが埋め込まれており、周囲の安全を確認する。安全確認が完了すると、発進可能な状態となる。運転者が乗用車を発進させ、ナビゲーションに従って目的地まで走行する。途中で左折巻き込みの安全を乗用車が確認してくれるシーンが入る。目的地に到着すると、運転者が降車する。そして乗用車は自動運転によって駐車場に進み、空きスペースに駐車し、停止する。停止すると運転者のスマートフォンに通知が届く。そしてエンジンを切る。

デモンストレーション・ビデオのシーン。左は目的地に到着したところ。右は自動運転で駐車しようとしているところ

 ビデオの上映が終わると同時に大村氏が登壇し、基調講演の続きが始まった。大村氏が束ねる第一ソリューション事業部は、車載制御システムと車載情報システムを担当している。ルネサスは車載マイコンでは世界市場のトップシェアを握っており、占有率は4割に達する。年間に世界で生産される自動車1台当たりに換算すると、平均で10個の「ルネサス」マイコンが搭載されていることになるという。

 大村氏の講演では、車載制御向けに製品化が近いマイコンが紹介された。今年(2014年)の秋に正式に発表する予定だとする。R850H G3M CPUコアを4個(2×2個)内蔵するマイコンで、デュアルロックステップ機構を2組備えており、信頼性の極めて高いマイコンとなっている。また車載用のセキュリティ機能、接合温度150℃での動作が可能な耐熱性、22チャネルのネットワーク接続機能などを備える。

2014年秋に正式発表する予定の車載制御用マイコンの概要

 また、デモンストレーション・ビデオの乗用車をイメージしたドライブ・シミュレーターを試作し、ソリューション展示会場で「近未来のクルマ」を体験できることを示した。基調講演の会場から展示会場の体験ブースを呼び出し、ライブでデモ走行の様子を紹介した。

未来のクルマを体験するドライブ・シミュレーターのデモンストレーション一覧。「統合コックピット」と呼んでいた
ドライブ・シミュレーター「統合コックピット」の展示ブース。一般道を走行中の状態である。車輪に相当する部分が青く光っているのは、運転が手動であることを示す
ドライブ・シミュレーター「統合コックピット」のディスプレイ。時速(表示は0km/h)やATレンジ(表示はDレンジ)、走行距離などが表示される
自動運転によって駐車場の空きスペースに入ろうとしているところ。車輪に相当する部分が緑色に光っているのは、運転が自動であることを示す

基調講演:リストバンドで生体信号をモニター

 大村氏の講演が終わると、第二ソリューション事業本部長の横田氏が登壇した。第二ソリューション事業本部の担当分野は、産業・家電・OA(オフィスオートメーション)・ICT(情報通信技術)と幅広い。このため講演で紹介された技術は、セキュリティ技術、インバータ・モーター制御技術、低消費RF通信技術と多彩だった。

 興味深かったのは、生体信号をモニターするリストバンド「ライフログ」のデモンストレーションである。「ライフログ」で計測した脈拍や体温などをBluetooth経由でスマートフォンに送信し、さらにインターネット経由でタブレットに送信し、タブレットのディスプレイで表示して見せた。

リストバンド型の生体信号モニタ「ライフログ」。横田氏が装着して実際に計測しているところを見せた
「ライフログ」で計測した横田氏の生体信号をタブレットで表示。脈拍がかなり高いものの、体温は正常であることが分かる

 開発者向けイベントでベンダーが近未来を展望して見せるのは、半導体業界では当然のこととなりつつある。その意味ではルネサスはようやく、米国の半導体ベンダーに近づいたと言える。2015年のDevConは米国で開催する予定だ。2016年にはまた日本でDevConが開催されることを期待したい。

(福田 昭)