福田昭のセミコン業界最前線

ルネサスとNECエレの事業統合は必ず失敗する



 日本で初めてパーソナルコンピュータ(PC)と称するマシンが登場したのは、'79年のことだ。NECの「PC-8001」である。Z80互換のNEC製8bitマイコンを積んでいた。そのころ大学生だった筆者は、小遣いをはたいて本体とCRTディスプレイを購入した。CRTディスプレイにはプログラミング言語BASICで記述した文字が、緑色に輝いていた。本体はキーボードとの一体型だった。カバーを外すとメインボードがあり、DRAMもNEC製であることが分かった。

 '82年には「国民機」と呼ばれた「PC-9801」が登場する。8086互換のNEC製16bitマイコンを搭載していた。グラフィックスコントローラLSIもNEC製だったし、DRAMもNEC製だった。'80年代前半の国内PC業界は最大手のNECと、それに対抗する富士通や日立製作所などの日本勢という構図で描かれていた。そしてPCに搭載する半導体の大半は日本製だった。マイコンのアーキテクチャはIntelまたはMotorola(現在はFreescale Semiconductor)が開発したものだったが、命令セット互換のマイコンをNECや日立製作所などが製造し、PCに載せていた。

 半導体に目を転じると、'85年における半導体ベンダー売上高ランキング(調査会社のDataquest(現Gartner)調べ)のトップはNECだった。トップ10社の中で5社を日本の半導体ベンダーが占めた。日立製作所が4位、東芝が5位、富士通が8位、松下電子工業(現在はパナソニック株式会社セミコンダクター社)が10位。'80年代後半から'90年代前半に至る、黄金時代の幕開けである。特筆すべきなのは、上記の日本企業すべてが、DRAMを量産していたことだ。

 黄金時代を牽引したのはDRAM事業だったが、黄金時代を終焉させたのもまたDRAM事業だった。日米半導体貿易摩擦と韓国DRAMベンダーの板挟みにあった日本のDRAM事業は黄昏を迎える。'99年12月、日立製作所とNECのDRAM事業を統合した新会社、NEC日立メモリ(2000年5月に商号をエルピーダメモリに変更)が誕生する。エルピーダメモリはその後、日本で唯一のDRAM開発/製造企業となる。

 エルピーダメモリが誕生してもうすぐ10年を迎える。その間、半導体産業では再編が相次いだ。そして今でも、再編の話題が尽きない。半導体はどこから来て、そしてどこに行こうとしているのかを、このコラムでは月に2回程度語っていきたい。読者諸兄の参考になれば、自分にとって無上の喜びである。


 大手マイコンベンダーであるルネサステクノロジとNECエレクトロニクスが、事業統合に向けた話し合い(協議)を進めていることが、公式に明らかになった。両社に、親会社である日立製作所と三菱電機、NECを加えた5社による話し合いが順調に進めば、7月末には事業統合に関する契約が締結される。そして2010年4月1日には、事業統合された新会社が発足する。

 ニュースリリースによると「統合後の新会社は、マイコン、システムLSI、個別半導体という3つの製品群を持ち、半導体全体では世界第3位の会社となります。統合後は、いずれの分野でも、開発プロジェクトの選択と集中を進め、グローバルに高い競争力を持つ強い製品群の育成に力を注いでまいります」とある。

 残念なことに、こういった文面を素直に読むことはとても難しい。これまでの経緯と実績が邪魔をするからだ。

 ルネサステクノロジは2003年4月1日に「今後市場拡大が見込まれるシステムLSI分野における世界最強の供給メーカーを目指し事業を強力に推進」(2002年10月3日付け、日立製作所と三菱電機の共同ニュースリリースから抜粋)するために、日立と三菱の半導体事業統合によって発足した。当時の年間売上高は単純合算で約9,000億円。市場調査会社Gartnerが毎年発表している半導体ベンダーの売上高ランキングでは、2003年にルネサステクノロジは第3位を占めた。

 ルネサステクノロジの発足に先駆けることおよそ半年。2002年11月1日にNECエレクトロニクスがNECの半導体事業を分離独立することで発足した。こちらは「新会社は、システムLSI事業への経営資源の集中を図り、高度化するシステムニーズを実現する半導体ソリューションの専業企業として事業を展開することにより、グローバルな競争力の強化を目指します」(2002年7月24日付け、NECのニュースリリースから抜粋)としていた。当時の年間売上高は約7,000億円。Gartnerの半導体ベンダー売上高ランキングでは、2003年にNECエレクトロニクスは第8位となった。

 このように、ルネサステクノロジとNECエレクトロニクスはともに、システムLSIでグローバルな事業を展開することが目的で発足したことが分かる。2003年当時の世界の半導体市場規模は、Gartnerによると1,775億ドル。このときに使用した円換算比率は1ドルが115.92円なので、円換算すると20兆円を超える市場に打って出ようとしたのだ。

 それから5年。2008年の世界の半導体市場規模は2,550億ドル。2003年に比べて44%拡大した。円換算比率では1ドルが103.38円と円高に振れたため、26兆3600億円で28%の拡大となる。

 これに対して残念なことに、ルネサステクノロジとNECエレクトロニクスの売上高は過去5年間、まったく伸びなかった。もちろん途中で売上高の伸びたり縮んだりはあるのだが、粗く見ると横ばいである。問題なのは、ほとんどの年度で両社は、世界市場よりも低い成長率しか達成できなかったことだ。ルネサステクノロジの「世界最強」とNECエレクトロニクスの「グローバルな競争力」は、ともに実現できなかったとみるべきだろう。

ルネサステクノロジとNECエレクトロニクスの売上高およびランキング推移

 なぜ、両社の売上高は伸びなかったのだろうか。その大きな要因は地域別の売上高にあると考えられる。両社は日本市場への依存度が高いのだ。ネサステクノロジの2006年度売上高の60%、NECエレクトロニクスの2007年度売上高の54%が日本市場での売り上げになっている。こういった地域別の売上高比率は変動しにくい。現在でも似たような比率であると考えられる。

ルネサステクノロジの地域別売上高比率(2006年度)NECエレクトロニクスの地域別売上高比率(2007年度)

 日本の半導体市場が世界全体に占める大きさを見てみると、2003年の時点で世界全体の23%、2007年の時点では世界全体の19%を占めていた。つまり、日本市場の比率は世界全体の2割前後に過ぎない。その2割前後の市場に収入の半分以上を頼っているのがルネサステクノロジとNECエレクトロニクスなのだ。極端な日本市場偏重であり、「グローバル」とはとてもいえない、バランスの悪さを抱えていることが分かる。

2003年の半導体市場の地域別比率。出典:WSTS(世界半導体市場統計)2007年の半導体市場の地域別比率。出典:WSTS(世界半導体市場統計)

 さらに日本市場においても、両社の事業成績は売上からみると、あまり良いとはいえない。2007年の日本の半導体市場は2003年に比べて、ドルベースで25%、円ベースで28%ほど増えている。しかし、両社の売上高はそれほどには伸びていない。日本市場の伸びに追随できているかどうかも怪しいのだ。

 売上高を大きく伸ばすには、需要の絶対値の大きい市場でシェアを増大させる、あるいは、需要の伸び率の高い市場でトップシェアを獲得して市場の成長に沿って売り上げを増加させていく、世界の各地域でトップに近いシェア(例えば3位以内)を獲得する、といった手法がある。

 2003年の時点で世界市場を地域別に眺めると、アジア太平洋(日本を除く)地域の市場規模が最も大きく、世界全体の39%を占めていた。そして地域ごとの成長率もアジア太平洋地域が最も高かった。このため2007年になるとアジア太平洋の比率は45%に上昇した。

Texas Instrumentsの地域別売上高(2007年)。同社の決算資料から

 このことを十分承知していた米国の半導体ベンダーは、アジア市場、特に中国市場の開拓に力を入れた。例えば米国企業であるTexas Instrumentsの地域別売上高はアジア地域(日本を除く)が最も大きく、同社の売上高全体の6割近くを占める。本社所在地である米国地域での売上高比率は13%に過ぎない。言い換えると、世界市場の地域別比率に企業の地域別売上高比率がかなり近い。ルネサステクノロジおよびNECエレクトロニクスに比べると、ずっとバランスが良い、グローバルな事業展開だと言える。

 こういった地域別売上高のアンバランスに両社が気付いていなかったかというと、そうではない。それどころか、両社はその発足当時から、アンバランスに気が付いていた、というよりも知っていた。問題はむしろ、アンバランスの是正をそれほど重要視していなかったことにある。重視していたと両社は反論するかもしれないが、業績発表会や事業説明会などで地域別売上高比率の変更が明確な目標として語られたことはなかったと思う。それはすなわち、重視していなかったということである。

 だがこの点について、今回の事業統合に関する記者会見では変化がみられた。事業統合した両社の売上高に占める日本市場比率を、現在の56%から40%に下げるとともに、海外市場比率を44%から60%に上げるとの説明がなされたからだ。

 ただし、目標時期と具体策が示されていなかったのはいただけない。さらに、筆者に言わせると60%という比率はまだ低すぎる。これでは、NECエレクトロニクスが発足し、ルネサステクノロジが発足してからこれまで辿ってきた道と同じ、御題目の繰り返しになってしまう。

 事業統合の「成功」を何を持って定義するかだが、仮に「新会社が半導体ベンダーランキングで世界第3位の地位を今後5年間は確保すること」、あるいは、「世界半導体市場の伸びと同等以上の成長を今後5年間の平均で確保すること」としよう。この「成功」には海外市場での売上高比率を早急に高めることが不可欠である。日本市場でのシェアをこれ以上高めても、「成功」には至ることはほぼ不可能に近い。にも関わらず、海外市場の売上高を早急に高める道筋は今のところ、ルネサステクノロジ、NECエレクトロニクスの両社からは見えていない。だから、このまま事業統合しても「必ず失敗する」。今のところはそう判断せざるを得ない。

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(2009年 5月 12日)

[Text by 福田 昭]