福田昭のセミコン業界最前線
3nmロジックの量産を狙うEUVリソグラフィの高NA化技術
2017年4月3日 06:00
次世代の半導体微細加工技術である、EUV(Extreme Ultra-Violet:極端紫外線)リソグラフィ技術の開発ロードマップが明確になってきた。早ければ7nm世代から量産への採用が始まり、少なくとも3nm世代までは微細化を牽引する(記事:高NA化で「3nm世代」の超高難度製造を狙うEUV露光技術参照)。近未来の時期に換算すると2018年から2026年頃までの微細化を、EUVリソグラフィが主導することになる。
微細化の切り札は光学系の大きな改良、具体的には開口数(NA)の向上である。半導体リソグラフィ技術の解像度(分解能)は波長に比例し、NAに反比例する。つまり、NAを2倍に高めると、解像度も2倍に上がる(解像可能な寸法が2分の1に微細化される)。
EUV露光装置のNA向上の歴史
EUVリソグラフィ技術は、露光ツールであるEUV露光装置と、インフラ(基盤)であるレチクル(マスク)やペリクル、レジストなどの要素技術群で構成されている。解像度を大きく左右するのは、EUV露光装置の光学系である。
唯一のEUV露光装置メーカーであるオランダのASMLは始め、NAが0.25のEUV露光装置「NXE:3100」を2010年に開発した。この「NXE:3100」はEUVリソグラフィ技術の開発と評価に使われた。続いてASMLは、NAを0.33に高めたEUV露光装置「NXE:3300B」を2013年に開発し、出荷を開始した。その後は、0.33のNAを維持したまま、改良機「NXE:3350B」を2015年に開発し、さらに「NXE:3400B」を2017年に開発し、出荷を始めつつある。そして同じ0.33のNAの次期EUV露光装置「NXE:3450C」(仮称)を2019年頃に出荷する計画である。
NAを高めたEUV露光装置は、その次に登場する。ASMLはこの装置を「High NA tool(高NAツール)」、あるいは「NXE:3500」と呼称している。NAは0.5を超えることが確実で、最も有力視されている値は「0.55」である。NAだけで比較すると、「0.33」の装置に比べて微細化可能な寸法は約0.6倍に縮まる。「0.55」の高NA化によって3nmノードの量産を目指す。
反射鏡のレンズを使うEUVリソグラフィの光学系
それではEUV露光装置では、どのようにしてNAを高めるのだろうか。
という本題に入る前に、EUV露光装置の基本的な構造についておさらいしておきたい。EUV光のスタートからゴールまでの行程(光路)を見ていこう。
最初は光源である。光源は、強力なレーザー光によって錫(Sn)をプラズマ化し、プラズマ光を発生させるところから始まる。次いで「コレクタ(集光器)」と呼ぶ反射鏡レンズによってプラズマ光を集光する。集光されたEUV光は中間集光点を経て照明光学系へと入っていく。照明光学系では、反射鏡レンズによって光の形状を整える。そしてEUV光をレチクル(マスク)へと入射する。
レチクルによって反射したEUV光は、投影光学系へと入っていく。投影光学系では、レチクルによる反射像(回路パターン)を反射鏡レンズによって4分の1に縮小し、シリコンウェハへと転写する。
なおシリコンダイの回路パターンは一括して投影するわけではない。細長いスリット状の光(厳密には円弧のごく一部だけを切り取った形状の光)でレチクルを走査(スキャン)し、シリコンダイのパターン全体を投影する。1回のスキャンが完了すると、次の領域へと移動(ステップ)する。それからスキャンを開始する。いわゆる「ステップ・アンド・スキャン」と呼ばれる、露光方式である。またスキャン(走査)によって回路パターンを転写することから、EUV露光装置を「EUVスキャナ」と呼ぶことが少なくない。
高NA化するときに問題となる2つの部分
NAは、光線が通過する媒質の屈折率と、光線の角度によって定義される。ここで光線の角度とは、レンズの中心に入射する光線と、レンズの端に入射する光線の成す角度(θ)である。媒質の屈折率をnとすると、
NA=n×sin(θ)
となる。EUV露光装置内部の光学系ではnは1.00(真空)なので、実際にはsin(θ)である。NAを高くするとは、角度θを増やすことだとわかる。
先ほど説明した光学系の中で、NAを上げることで問題となるのは主に2箇所である。1つはレチクルでの反射角が上がるとともに広がること。もう1つは、対物レンズ(シリコンウェハに回路パターンを転写するレンズ)での反射角が広がることだ。
コントラストの低下を倍率の上昇で防ぐ
始めはレチクル(マスク)に関する開口数の向上を説明しよう。マスクに関する開口数(NA(mask))は、ウェハに関する開口数(NA(wafer))を倍率(縮小率の逆数:mag)で割ったものに等しい。つまり、従来のEUV露光装置ではマスクのNAはウェハのNAの4分の1に小さくなる。したがってマスクで反射するEUV光は、ウェハに比べると垂直に近い角度で反射していることがわかる。
マスクはウェハと同様に平面である。マスク基板に形成した多層膜によってEUV光を反射する。議論を単純化するために、NAの影響を水平方向(Y方向)で反射する光と垂直方向(X方向)で反射する光に分けて考える。光学系のNAを高めるとともに、解像する平行直線パターンのハーフピッチ(線幅と間隔)を狭める。
NAを0.33から0.55に高めたときに平行直線パターンの解像コントラストを比較すると、Y方向ではコントラストが大幅に低下してしまう。一方、X方向では、コントラストの低下はわずかにとどまる。
ここで投影光学系の倍率(縮小率の逆数)をY方向だけ従来の4倍から、8倍に増やすと、コントラストの低下をかなり防ぐことができる。
マスクはすでに説明したように、多層膜による反射型マスクである。光線の反射率は垂直方向(入射角が0度)が最も高い。反射率は約60%である。光線が斜めに入射すると、反射率は低下する。それでも現在のEUV露光用マスクは、入射角が11度くらいまでは垂直方向とほぼ同じ反射率を維持する。しかし12度~15度にかけて反射率は急激に低下し、15度以上になると反射率は約5%とごくわずかになってしまう。
NAが0.33の光学系では、マスクでの入射角がY方向で最大11度、X方向で最大5度なので、反射率は最も高い状態をほぼ維持する。ところがNAが0.55の光学系になると、マスクでの入射角がY方向で最大17度、X方向で最大8度に傾く。Y方向で角度が12度~17度の領域は光があまり反射しない。このため、解像コントラストが低下する。
そこでASMLと光学系開発担当のドイツCarl Zeiss SMTが考案したのが、投影光学系の倍率をY方向だけ、8倍に拡大することである。すでに説明したように、光学系の倍率が大きくなると、マスクのNAは低下する。すなわち光線の反射角度が小さくなる。Y方向の最大入射角は9度と小さくなり、マスクの反射率が高い領域だけを使えるようになる。
高NA化で1回の露光領域が半分に減少
Y方向とは、「ステップ・アンド・スキャン」のスキャン方向でもある。マスクの露光領域はスキャン方向の長さが132mm、スキャン幅が104mmなので、従来の4倍(4分の1)光学系では、シリコンウェハにおける露光領域(フィールド)の寸法はY方向が33mm、X方向が26mmだった。面積にすると858平方mmである。
しかし高NA化した光学系では、倍率が非対称になる。Y方向が8倍、X方向が4倍である。マスクの露光領域の寸法は変わらない。この結果、シリコンウェハにおける露光領域(フィールド)の寸法はY方向が16.5mm、X方向が26mmとなり、面積では半分に減少する。「ハーフフィールド(half field)」と呼ばれる露光領域となる。
「ハーフフィールド」化がもたらす最大の問題点は、スループットの低下である。単純に計算すると、単位時間当たりのウェハ処理枚数は半分に減少する。スループットの低下を防ぐために、ASMLはマスクの移動ステージとウェハの移動ステージを高速化することを表明している。具体的には、マスクの移動速度を4倍に、ウェハの移動速度を2倍にする(スキャンとは光学系を移動させるのではなく、マスクとウェハを同期して動かすことである)。こうすると原理的には、従来と同じスループットを維持できる。
対物レンズで決まるウェハのNA
ここからは、対物レンズ(シリコンウェハに回路パターンを転写するレンズ)に関するNAの向上技術を説明しよう。露光装置のNAとは一般に、シリコウェハに回路パターンを投影する対物レンズの投影角と、対物レンズからウェハまでの媒質の屈折率によって決まるNAを指す。媒質の屈折率は1で固定されているので、対物レンズの投影角を広げることが、すなわち、NAを高めることになる。
言い換えると、対物レンズからウェハに入射する光線の最大角が上がるとともに、入射する光線の角度が広がるのである。すると対物レンズの直径は大きくなり、対物レンズに至るまでの投影光学系のすべての反射鏡レンズが大きくなり、光学系全体の寸法が大型化する。幅が太くなるとともに、高さが上昇する。
反射鏡レンズに孔を開けるという妙手
投影光学系は6枚の反射鏡レンズで構成されている。レチクル(マスク)に近い側から、1番(M1)から6番(M6)までの番号で区別することが多い。対物レンズはM6である。
NAを0.25から0.33に上げるときには問題にはならなかったが、0.33から0.55に上げるときに問題となったのは、対物レンズ(M6)の1個手前の反射鏡レンズ(M5)である。M5レンズは、従来より高い最大角度で光線をM6レンズに入射するとともに、従来よりも大きな広がり角で光線をM6レンズに導かなければならない。M6レンズを巨大化したことによるしわ寄せが、M5レンズに来ているとも言える。
マスクと同様に、反射鏡レンズも多層膜による反射を利用する。そしてマスクと同様に、角度の広がりに弱い。従来(NA0.33)の光学系と同様な構成では、0.5を超えるNAを実現することは困難である。
そこで、M5レンズとM6レンズの中央に孔を開けてEUV光を通す光学系を、Carl Zeiss SMTは考案した。M4レンズで反射した光線は、M6レンズ中央の孔を通ってM5レンズに到達する。M5レンズで反射した光線は、M6レンズ(対物レンズ)で反射する。反射した光線はM5レンズ中央の孔を通ってウェハに達する。こうするとM5レンズにおける光線の角度が小さくなり、コントラストと解像度を両立できる。
NAが0.7の「スーパー高NA」への道筋
NAが0.55の「High NA tool(高NAツール)」によって3nmノードのロジック半導体を解像可能なことは明確になってきた。それでは、NAをさらに上げることは可能なのだろうか。
光学系開発の担当企業であるCarl Zeiss SMTは、NAが「0.7」という、「スーパー高NA」とでも呼べる投影光学系の実現可能性をすでに示している。それは、投影光学系の反射鏡レンズの枚数を8枚に増やすとともに、NAが0.5超の光学系と同様に、一部の反射鏡レンズに孔を開ける光学系である。
実は、投影光学系を構成する反射鏡レンズの枚数を従来の6枚から、8枚に増やすと、反射鏡レンズに孔を開けずに0.55のNAを実現できる。しかし反射鏡レンズを2枚追加することで、EUV光のエネルギーは半分以下になってしまう。したがってスループットを維持するためには、光源の出力を2倍に増やす必要がある。ただでさえ、光源の出力向上ペースは当初のスケジュールからは遅れに遅れてきた。このため、8枚レンズの光学系という案はNAが0.55の露光装置には採用されなかったと見られる。
しかし、NAが0.7という極めて高い値になると、実現手段は限られてくる。反射鏡レンズを2枚追加し、さらに、反射鏡レンズの一部(少なくとも対物レンズとその手前のレンズ)に孔を開ける。現在のところは、これしか方法がない。
当然ながら、実現は極めて困難である。ただしNAが0.55のEUVリソグラフィ技術で3nmノードまで引っ張れれば、NAが0.7の光学系が必要になるのは2nmノード以降になる。スケジュールとしては2027年頃だ。開発期間には10年間の猶予があるとも言える。その間に反射鏡の反射率が向上する、あるいは光源の出力が向上するといった進展があれば、具現化の確率は上昇する。
「ムーアの法則」は3nmノードで終わるわけではない。技術的な難しさは途方もない高さだが、やるべきことは見えている。2nmノードを具現化する確率はゼロではない。逆に、3nmノードの手前でムーアの法則が終わる可能性もまた、ゼロではない。「半導体業界が微細化を諦めたとき」が、ムーアの法則が本当に終わるときなのだ。