タブレット型端末を足がかりにスマートフォンへ進出したいIntel



 先週行なわれたIntel Developers Forum 2010(IDF 2010)、最大の話題がSandy Bridgeだった事は言うまでもないことだろう。現地ではSandy Bridgeに関して、従来より多くの情報が出てきたことで、その期待はさらに高まってきている。もともと、OEMメーカー各社はPCの設計に必要なSandy Bridgeの詳細なデータが出てくる度に、次の世代はかなり良いものになると話していた。

 ただし、それはどちらかと言えば、ノートPCの設計者から聞こえてきていたものだった。Sandy Bridgeは設計に必要な数値や情報を見ているだけで、バッテリの持続時間が大幅に伸びる事が予想できたからだ。Sandy Bridgeを使うことでノートPCは、Penryn搭載ノートPCと同等以上のバッテリ持続時間、そしてミドルクラスのGPUパワーを得ることになる。しかもバッテリ持続時間を延ばすために、スイッチャブルグラフィックスを使う必要もない。

 同じく先週行なわれたInternet Explorer 9βのローンチ、開発が進んでいるChrome 7、Firefox 4など、GPUを活用するブラウザが今後の主流になる事を考えると、スイッチャブルグラフィックスが不要になる点は、モバイルPCユーザーにとって重要な点になるだろう。GPUを使用するアプリケーションを終了しなくても、グラフィックスが省電力モードに遷移するからだ。スイッチャブルグラフィックスの場合、いったん、GPUを使うアプリケーションを終了させなければならない。

 独立系のGPUベンダーは否定するかもしれないが、ノートPC向けのディスクリート型GPUは、今後、主流から徐々に外れてハイエンドのゲームPCにしか残らなくなるかもしれない。そうならないためには、シームレスにスイッチャブルグラフィックスが動作するために、何らかの仕組み作りが必要になるだろう。

 もっとも、Sandy Bridgeの詳細が明らかになってくると、徐々に“これはデスクトップPC向けにこそ、大きな力を提供するプロセッサではないか”という声も上がってきている。処理のボトルネックを見事に解消し、効率良くパフォーマンスを引き上げているからだ。それにデスクトップPC向けとしても、Sandy BridgeのGPUは(ゲーマー向けとは言い難いものの)十分に強力だからである。

 これは単に評価する側の立ち位置による見方の違いでしかない。結論から言えば、デスクトップPCでもノートPCでも、そしてバッテリ持続時間を重視するモバイルPCでも、Sandy Bridgeは期待できるプロセッサになっているということだ。まだ搭載する製品の登場まで半年もあるというのに、今からこれほどの可能性を見せつけて、Calpella世代の製品が売れなくなってしまうのでは? と余計な心配をしてしまいたくなるほどだ。

 一方、IDFにおけるもう1つの話題だったスマートデバイス……Intelがスマートフォンやタブレット端末、ネットアプリケーションを統合したTVなどを指す時に使うカテゴリ……に関しては、今1つクリアな未来が見えてこない。これはIntelの製品が悪い、彼らの戦略が不明瞭ということではなく、スマートデバイスにいけるインテルアーキテクチャの位置付けにあると思う。

●“スマートデバイス”の流行を手がかりに、Atomの売り込みをかけたいIntel

 回線帯域とプロセッシングパワーを使いまくるスマート(賢い)デバイスと言えるのか。本来、スマートとは日本のケータイ電話やBlackBerryのように、アプリケーションを上手にワイヤレス回線の帯域に当てはめていく、管理されたデバイスの方がスマートではないか? といった話もあるが、世の中では“スマートデバイス”という呼称が、iPhoneやiPadに代表される製品を示す言葉として定着しつつある。

 スマートフォンをはじめとするスマートデバイスのほとんどは、PCを使ったインターネットアプリケーションを、各種デバイスの持つ画面やUI要素を用いて手軽に使えるようにした製品であり、PCと同じようにインターネットの帯域を(それが携帯電話のネットワークかどうかなど意識することなく)ガンガンと消費しながら、アプリケーションを動かす。

 PCと同じソフトウェアが動作し、汎用プロセッサの能力も(組み込み用としては)とても高いAtomプロセッサを、徐々により低消費電力のアプリケーションへと広げていきたいIntelならなおさらだ。

 今回のIDFにおけるAtom関連の新製品は主にタブレット端末向けのOak Trailに基づく具体的な製品群、組み込み用のAtom Eシリーズ、それに同一パッケージにEシリーズコアとゲートアレイチップを封入したStellartonだったが、このうち組み込み系の製品は具体的に搭載製品が登場するのはまだ先の事だ。Oak Trailは重要な製品だが、しかし今の市況の中でもっとも注目されるのは、スマートフォンへの進出シナリオだろう。

一連のAtom関連製品を発表したインテルのダグ・デイビス副社長Atom採用の数多くのタブレット端末が登場する

 タブレット端末は今後、大きく台数が伸びる分野と考えられているが、Infineonの無線部門を買収したIntelが狙う目的地はスマートフォンにある。LTEの技術をAtomファミリの中に統合していき、パフォーマンス面の利点を携帯電話のハンドセット分野でも活かしたいと考えるのは自然の成り行きだ。

 携帯電話の場合、利用できるネットワークの帯域に合わせてアプリケーションや端末を作り込む事になるが、LTE世代になれば3Gネットワークでの制限が大幅に緩和されるため、より多くの帯域を使った端末を許容できるようになる。そうなってくれば、Atomが持つパフォーマンスや、インターネットアプリケーションとの高い親和性(リッチインターネットアプリケーションのためのランタイムは、最初にIntel向けに開発される)を、具体的な商品力として活かしやすくなる。

Intelの挙げたスマートフォン分野におけるAtomの優位性

 Atomの強みはPC向けプロセッサの市場を持つIntelだからこそ使える最先端のプロセスを、他社に先駆けて使えることだ。半導体製造プロセスのトレンドからすると、他社よりも1世代、場合によっては2世代ぐらい先のプロセスを利用できる。その分、パフォーマンス、あるいは省電力の分野で有利な事は言うまでもない。

 現時点では、より省電力かつコンパクトなプラットフォームで、多くのインストールベースとアプリケーション、ツールを持つARMが優勢としても、どこかのタイミングでそれらを彼方に押しやるほど、半導体性能で差を付けられると考えているのだろう。

●タブレット型端末を足がかりにスマートフォンへ?

 このところの動向を見ていると、Atom Z6xxのタブレット型端末は2010年後半に数多くの製品が投入され大きな成功事例となりそうだが、果たしてスマートフォン向けにも同じようにインテルアーキテクチャが入り込める余地があるのだろうか? Intelのウルトラモバイルグループでスマートフォン市場を担当するパンカジ・ケディア氏は次の4つをキーポイントとして挙げた。同氏はウルトラモバイルグループを立ち上げたアナンド・チャンドラシーカ氏の元で、この分野を長く見てきた。

 彼が挙げたのは“チップの高性能がもたらすユーザー体験レベルの革新的な進歩”、“アプリケーション切り替え速度やグラフィックス、ビデオ機能などに優れPC並のパフォーマンスを実現するゲーム機能”、“PC上で利用できるのと同等のプラグインをはじめ、PCでの体験と差のないインターネットアクセス機能”、“AndroidとMeeGoの両方をサポートし、Intel自身が開発者を支援しているIntel AppUpなど新しいアプリケーションやソフトウェアの流通を支援”の4要素だ。

 しかし、異論アリという人もいるはずだ。

 PCの世界ならばいざ知らず、スマートフォンとなれば、アプリケーションはそのデバイス専用に設計しなければ、使いやすくはならない。確かにRIA用プラグインが、インテルアーキテクチャならば簡単に用意できるという利点はあるが、一方でAppleとMeGooを除くスマートデバイス(Androidベースが多い)のアプリケーション実行環境は、プロセッサのアーキテクチャに依存しない。

 コアのロジックをJavaで書き、グラフィックスやアニメーション、ビジュアル処理をOpenGL ESでプログラムし、WebアプリケーションはGPUを活用したHTML5対応ブラウザで動かすのなら、プロセッサアーキテクチャの互換性は必要ない。むしろ、特定のプロセッサに依存せずに動作基盤を作ることができるなら、将来を考える上でそちらの方が良いと考えるだろう。特定のアーキテクチャに依存してしまうと、自分たちの商品の未来を、自分たちでは決められなくなってしまうからだ。

Atom Z6xx搭載の端末。スマートフォンまでは届かないものの、小型デバイスへのIntelの浸透は少しずつ進んでいる

 一方、スマートデバイスはハードウェアのメカニカルな構成がシンプルなので、ソフトウェア基盤さえ用意してやれば、規模の小さな会社でも参入しやすい。技術力がさほど高くなくとも、製品を作れる。もしMeeGoベースでAtomを使ったハンドセットを……と考える新興ベンダーがいるなら、Intelは積極的に支援するだろう。これまでも同様に、ベンダーの周囲を固めて製品開発を容易にすることでインテルアーキテクチャの優位性を固めてきた経緯がある。

 とはいえ、いかにIntelと言えども、何年もかけて粘り強くサポートしていかなければ、この分野でメジャーな存在になるのは難しいだろう。MeeGoやAppUpの成果も含め、タブレット型端末におけるインテルプラットフォームの正否が、ひとまずはAtom搭載スマートフォン成功への試金石となるだろう。年末に向けて各社のタブレット端末、その上で動作するアプリケーションの増加や出来具合に注目したい。

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(2010年 9月 21日)

[Text by本田 雅一]