Humanscale「Switch Mouse」
~伸縮自在なビッグサイズの海外製マウス



品名Humanscale「Switch Mouse」
購入価格99ドル
使用期間約1カ月

「買い物山脈」は、編集部員やライター氏などが実際に購入したもの、使ってみたものについて、語るコーナーです。

 Humanscale、というメーカーがある。ニューヨークに本社を持ち、エルゴノミクス系のOA製品を主に取り扱う企業である。日本での知名度は低い、というよりほぼゼロに近いが、ここが販売しているOAサプライは一癖も二癖もある製品が揃っており、海外のややマニアックなPC通販サイトでは、しばしばその製品の一部を見かける。

 中でもユニークなのはマウスで、一般的なマウスであれば手の付け根を机上につけて操作するのに対し、このメーカーの製品は手首ごとマウスに乗せて操作するというコンセプトを貫いている。マウス本体はもちろん、既存のマウスをこうした仕様に改造してしまうためのアタッチメントパーツを販売するくらいだから徹底している。人間工学的なこだわりが、こうした設計の源になっているらしい。

 今回、そのHumanscaleから発売されているエルゴノミクスマウス「switch mouse」を購入して1カ月ほど試用したので、そのレポートをお届けしたい。ちなみに本製品は有線タイプ(USB接続)で、レーザー方式、800dpi、対応OSはWindows XP/2000およびMac OS X(10.4.2以降)/9という製品だ。ちなみに購入時価格は99ドルなので、日本円では約1万円ということになる。

「switch mouse」パッケージ。後述の傾斜機能のみが強調され、伸縮できる機能についてはパッケージには図示されていない「switch mouse」製品本体。本体は白と黒のツートン。ケーブルは2mとかなり長いiPod classicとの比較。かなり大きいことが分かる

●序論:マウスの持ち方、動かし方の多様性

 マウスの持ち方、動かし方は人それぞれだ。もともとPCの操作というのは、人前で積極的に披露したり、逆に他人にチェックしてもらう機会はほとんどない。そのため個人個人の癖が知らぬ間に拡大し、いつしか特徴的な操作方法を身につけているケースは少なくない。

 具体例を挙げると、Webブラウザをスクロールする際、大きな動きはホイールで行なう人がほとんどだが、小さな動きが必要になった場合、人それぞれで操作方法がかなり異なる。スクロールバーをドラッグしてじわじわ動かす人もいれば、右下にある下向きの三角形をひたすらクリックし続ける人もいる。マウスから手を離してキーボードの↓キーを使う人もいる。キーボードをメインに使うユーザーであれば、PageUpやDown、あるいはスペースキーを使うことも多い。一時期ユーザビリティのコンサルタントをしていた筆者は、業務を通じてこうした操作方法を観察する機会を得てきた。

 話をマウスの持ち方と動かし方に戻そう。筆者の場合、手のひらの付け根を机上につけた状態で、マウス本体から手のひらを浮かせ、親指と薬指、小指で両サイドから軽く握るようにマウスを持つのが常だ。ポインタを下方に移動させる場合は手首をしゃくるようし、マウスを前後にスライドさせるように動かす。このスタイルでは、手の付け根は机上につけたまま動かさないため、長時間マウスを操作すると手の付け根が痛くなったり、こすれて赤くなる場合が多い。このタイプのユーザーは、リストレストを導入することで操作が快適に行なえるようになることが多いようである。

 一方、マウスに手のひらをぴったりつけて深く握ったうえで、ポインタを下方に動かす場合はヒジを曲げて腕ごと動かすという人もかなりの割合で存在する。筆者からすると、腕ごと動かすと肩が凝るのではないかと思うのだが、それらの人に言わせるとそうではないらしい。こうした動かし方をする人は、リストレストのように段差が発生するアイテムは、むしろ邪魔だと感じる傾向が強いようだ。

 上記はほんの一例で、ほかにも人それぞれ細かな違いが存在するわけだが、これらは初めてマウスを使った際の環境や、あるいは職場や学校などマウスをカスタマイズできない環境で身に付いたクセが、そのまま残ってしまったものだと考えられる。最初に使ったマウスがボールだったか光学式だったかで、マウスをちょっと持ち上げた際のポインタの動きの許容範囲もかわるだろう。いずれの場合も、絶対的に正しい持ち方や動かし方があるわけではなく、多様性があるということを理解しておく必要がある。

●角度が傾斜し、かつ伸縮自在な本体をもつマウス

 前置きが長くなったが、こうしたさまざまな持ち方、動かし方があるにもかかわらず、国内で市販されているマウスの多くは、ほぼオールマイティな作りをしている。ここ数年で毛色の変わった製品といえば、コクヨの「ザ・フィットマウス<手の匠>」か、マイクロソフトの「Microsoft Natural Wireless Laser Mouse 6000」くらいで、あとはサイズ違いがせいぜいといったところだろう。持ち方や動かし方の多様性に反して、マウスそのものの作りはどれもオールマイティで、それぞれの持ち方や動かし方に特化したマウスというのは、ほぼ未開拓の領域なのだ。

 その点、今回紹介する「Switch Mouse」は、少なくとも国内市場のマウスには見られない持ち方と動かし方を想定しており、非常に興味深い製品だ。具体的な特徴を見ていこう。

 まず1つは、本体が傾斜しており、かつ左右どちらにでも傾けられる構造を採用していること。本製品は本体底面がナナメにカットされた特殊な形状になっており、角度固定用のパーツを取り付けることによって、左右どちらかに約30度傾けて固定する構造を採用している。右手で使用する場合は右に傾け、左手で使用する場合は左に傾ける、といった使い方が可能になる。前述のマイクロソフトの「Microsoft Natural Wireless Laser Mouse 6000」と同様、手首のひねりが自然な角度になるように設計されているわけだ。

マウス底面のパーツを差す方向によって、左右どちらの向きにも傾斜させることが可能。角度は固定されており、変更はできない
傾斜させることを前提に、底面は最初からナナメにカットされているリアビュー。傾斜させる側と反対側がポッカリと空いた独特のフォルム
左右どちらの向きにも傾斜が可能。ちなみに説明書には傾きは45度とあるが、実際には20~30度程度
【動画】角度固定用のパーツを取り外して、傾きの方向を変更する様子

 そしてもう1つ、これが本製品の最大の特徴なのだが、マウスの全長を調整できることが挙げられる。具体的には写真および動画をご覧いただきたいが、そのものズバリ、本体の長さが10段階で伸縮するのだ。最大まで伸ばした状態での全長はおよそ20cmにも達する。A4用紙の短いほうの辺とほぼ同じであることを考えてもらうと、その大きさが分かっていただけるかと思う。

本体を伸ばしたところ。可変は計10段階内側には目盛りがある
めいっぱい伸ばした状態では、本体の全長はおよそ20cmにも達する手のひらの付け根をマウス後部に乗せることを前提に、マウスの長さを調整する
本体を10段階目まで伸ばす様子

 実はこの機能、本稿冒頭に挙げた、マウスの後部に手のひらを乗せるという思想が反映された設計になっている。つまり、本体の長さを調整することで、手のひらのホームポジションを決められるようになっているのだ(製品には位置合わせのためのシートまで付属する)。これにより、手首から先がすべてマウスの上に乗った、特徴的な持ち方を実現するというわけである。

 ちなみにこのマウス、国内で市販されている一般的なマウスに比べ、もともと本体サイズがかなり大柄である。筆者も購入時点ではその大きさにまったく気づかず、到着してパッケージを開けて驚いたのだが、まるで1/144スケールのプラモの中に1/100スケールが紛れ込んだかのような違和感がある。ただでさえ大きいことに加え、さらに伸縮機能が備わっているわけで、その極端さが窺い知れる。

最適な全長を算出するためのチェックシートが付属する筆者が常用しているロジクールMX510との比較。MX510もマウスとしてはかなり大型だが、本製品はさらにその上をいくサイズ。最大まで伸ばすと1.5倍ほどはある

●軽い力でのコントロールが可能。手首が疲れにくい点はメリット

 では実際の使用感はどうだろうか。先に結論を書いてしまうと「いいところもあれば悪いところもある」ということになる。順に見ていこう。

 まず、握り心地からして一般的なマウスとはまったく違う。そもそも「握り心地」という表現は正しくない。「乗せ心地」といったほうが正確だ。横幅も大きいので、親指と小指で両サイドから挟むことすらできず、手のひらをマウス上面にペタリとくっつけた状態になるのだ。マウスというより、むしろトラックボールに近い。

 クリック感は通常のマウスと変わらない。マイクロスイッチを採用した2ボタンなので、これは当然といえば当然だ。また本製品は、ホイールではなくトラックポイントに似た独自のポインティングデバイスを採用しているが、こちらの使い勝手は可もなく不可もなくといった印象だ。ホイールであれば回し方によってスクロールの行数がコントロールできるが、本製品は機構上それが難しく、細かいスクロールはやや不得手だ。もっとも、押しっぱなしにすることで長距離スクロールが容易に行なえるので、一長一短といったところだ。ちなみに横スクロールにも対応している。

ホイールではなく上下左右に移動可能なポインティングデバイスを装備。クリックも可能両側面には拡張ボタンをそれぞれ1基ずつ装備。レイアウト的には親指で押すことになるため、事実上左右どちらか一方のみ利用することになる

 大きく異なるのは、やはり前後左右に動かす際の感覚だ。手のひらをまるごと乗せていることから、手首を支点にして動かすのではなく、ヒジを支点に、腕全体でマウスを振るような動きになる。通常の握り方の場合、手首が机上についていることが、マウスをピタッと静止させる役割をも果たしているわけだが、本製品では手首は机上と触れ合っていないので、ちょっと力を加えるだけでマウスが机上をツーッと滑っていってしまう。ピタッと止められるようになるには、多少の慣れが必要だ。

 もっとも、では扱いにくいかというと、そんなことはない。動かしやすさについては従来のマウスよりも圧倒的に上だ。手首が机上に接しておらず、摩擦がかかっているのがマウスの底面だけなので、とにかく軽い。本体が大柄な反面、重さをまったく感じないのだ。一般的なマウスであれば、動きを軽くするためにマウスパッドを工夫したり、磨耗した底面のソールを取り替えたりといった必要があるが、むしろ本製品ではウレタン製のマウスパッドなどを敷いて摩擦を増してやったほうが、従来の感覚に近くなる。いずれにせよ、ちょっとこれまで味わったことのない感覚だ。

小指を接地させることで、マウスが滑りすぎないようにコントロールすることが可能になる

 ただし、マウス操作時の支点が手首からヒジ寄りに移るため、左右の動きが得意である反面、前後の動きはやや苦手であり、これは使い続けてもなかなか慣れない。特に筆者のように、もともと手首を支点にマウスをしゃくるように動かすユーザーは、やや苦戦することになる。逆に、もともとマウスを深く握るタイプのユーザーであれば、あまりこうした点は気にならないかもしれない。

 しばらく試用した結果としては、手首は疲れにくくなったが、そのぶんヒジから先全体が以前より多少疲れやすくなったように感じる。一方、手のひらの付け根が痛くならなくなったのはメリットだと感じた。全体的に、精細な操作にはあまり向かないが、ブラウジングを中心とした用途ではかなり快適に使える製品だと言える。マウスジェスチャを多用するユーザーはその恩恵を受けやすいだろう。

 ちなみに、マウスが滑り過ぎる点に関しては、摩擦係数の高いウレタンなどのマウスパッドを導入する以外にも、マウスを動かしたくない時に小指を机上につけてやることである程度解決できそうである。また、ヒジ近くを支点に操作する格好になることから、机はなるべく奥行きがあったほうが操作しやすい。

●基本機能の一部が改良されれば、使い続けてみたい製品

 このマウスが惜しいのは、上記のコンセプト以前に、基本機能の部分でやや難があることだ。具体的には、サイドボタンのクリック感が均一でなかったり、専用ユーティリティによるキー割り当てに制限がある(任意のキーの組み合わせが割り当てられない)といった点だ。このほか、筆者が現在メインで使っているロジクールMX510に比べてボタン数が少なく、カスタマイズ性に乏しいといった個人的な理由もあり、常用にはすこし厳しいというのが、1カ月ほど使ったうえでの結論だ。

Web上からダウンロードしたユーティリティを利用すれば、中央クリックおよび左右ボタンのカスタマイズが可能になるキー割り当てで選べるのはプリセットされた内容のみ。任意キーの組み合わせは非対応

 もっとも、コンセプトそのものは秀逸であり、そのメリットは製品を使っていて実感できるレベルにあるので、上記の点が改良された後継機種が出てきた暁には、おそらくまた購入して試すことになると思う。こうしたインターフェイス機器においては、特殊な操作性を持つ製品にひとたび慣れてしまうとほかの製品が使いにくくなるのが常だが(独自配列のキーボードなどがそうだ)、この製品に関しては、従来のマウスが使いにくくなるリスクを冒してでも、使い続けてみる価値があると感じる。本製品に限らず、ユーザーの多様性に応じたマウスが、これから先も登場してくることに期待したい。

本稿冒頭で紹介した、既存のマウスで「手のひらの付け根乗せ」を実現するためのアタッチメント「MOUSEMATE」。価格は18ドル弾力性のあるやわらかい素材でできている
裏面。マウスを取り付けるためのくぼみと、その中央には両面テープがある既存のマウスに取り付けたところ。底面のソールは高さ違いの2種類が付属しているので、多くのマウスに取り付けが可能

(2009年 12月 10日)

[Text by 山口 真弘]