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専門家に訊く、バッテリを長持ちさせるための運用術

 在宅勤務やコワーキングスペースでの作業など、コロナが変えた新しい働き方の当たり前が、従来の常識を少しずつ変えつつある。モバイルノートのバッテリについても同様だ。技術の進化もその新しい当たり前に影響を与える。モバイルノートPCを外に持ち出す機会が激減しているかもしれないが、再び、アクティブな活動が再始動したとき、愛機をフル活用できるよう、バッテリを健全な状態に温存しておく方法を考えたい。

消耗品としてのバッテリ

 モバイルノートPCには、かならずといっていいほどバッテリが内蔵されている。そして、いまも変わらない常識として、バッテリは消耗品だ。

 ところが、本体の薄軽化のために、多くの場合、バッテリは取り外しができず、エンドユーザー自身が劣化などを理由に手軽には交換することができない。メーカーのサポートに連絡し、純正のバッテリに交換してもらう必要がある。

 もちろん、それには交換のための技術料等のコストと、ある程度の時間がかかる。万が一のアクシデントが発生したときのリスクを考えれば、データのバックアップなどの手間もかけなければならない。数万円のコストをかけてでも、長年使ってきたPCを延命させるのか、それとも、新しいPCに買い替えるのかは、なかなか難しい問題だ。

 バッテリは消耗品だと書いた。充電と放電を繰り返すことで、蓄積できる容量が次第に減っていき、最終的に半分程度になったときが寿命とされることが多い。昨今のノートPCはバッテリで20時間近い駆動時間を確保できるが、それが半分になったときに寿命と判断されるわけだ。

ノートPCのバッテリ

 ただし、この充放電サイクルによる自然劣化は、理想的な状態でのバッテリ運用がされた場合のことであり、話はそうカンタンではない。

 たとえば、在宅勤務時には、モバイルノートPCをデスクの上に置いたまま、ACアダプタをつなぎっぱなしで充電しながら運用を続ける。場合によっては日中の作業時間のみならず、就寝時もアイドル状態で稼働を続けているかもしれない。

 この状態をバッテリから見ると、ほぼ満充電の状態が続き、ほんの少しバッテリが消費されたところで電力が補充されてまた満充電になるといった状態が繰り返されていることになる。充放電サイクルは、0%から100%までの充放電が何回行なわれたかを示す指数だ。98%と100%を行ったり来たりしても1サイクルの2%にしかならない。これを50回繰り返したところで1回の充放電が行われたとされる。

 0%と100%を繰り返すよりも、できるだけAC電源で使った方が、充電サイクルを消費しないので、結果として、バッテリが寿命を迎える時期を先送りにすることができるように感じるかもしれない。だが、そうは問屋が卸さない。

突然起こるバッテリのトラブル

 モバイルノートPCで使われるバッテリは、多くの場合、リチウムイオンポリマーだ。薄軽化のために角型やシート型のバッテリモジュールが使われている。

 バッテリにはそれ自体に充放電を最適にするための制御回路や、ショート、加熱などから自分自身を保護する回路が実装されているので安全は担保されている。ノートPCにACアダプタをつなぎ、普通に使っているだけでは事故が起こることはない。稼働中に液晶ディスプレイを閉じていても、放熱に問題が起こる熱設計は、まともなメーカーのパソコンではありえない。

 バッテリの運用で注意しなければならないのは、過放電と過充電だ。とくに過充電は御法度だとされている。ただ、普通に使っている限り、過放電も過充電も起こらない。そうならないように制御されているからだ。

 それでもアクシデントは起こる。どうもノートPCが机の上にしっかりと設置できないと思ったら、底板が少し浮いているといったことに気がつく。スマートフォンなどでも同じようなことが起こる。これは、内蔵されたバッテリが何らかの原因で膨張し、外装を内側から押しひろげてしまった結果だ。バッテリ内部の電解質が酸化してガスが発生し、それがバッテリそのものの外装を内側からふくらませているわけだ。

膨らんでしまったノートPCのバッテリ

 バッテリモジュールは完全にパッケージされているため、ガスが外部に漏れることはない。バッテリモジュールが膨らんだ結果として、PC内部の基板等を圧迫し、それが本体の故障の原因となることもある。もっともPC本体の外装にまで影響を与えるほどに膨らんでしまったら、たとえ稼働には影響がなかったとしても、そのまま使う気にはなれないだろう。

 ちゃんとしたメーカーのPCに内蔵されているバッテリは万全の対策が施されている。机上の理論的にはこうしたことは起こらないはずだ。だが、その「万全」にもマージンがあって、使い方によっては膨張などのトラブルに遭遇するし、フル充電になっているのでACアダプタを外したら、アッというまにシャットダウンしてしまうといったことが起こる。

 メーカー側の対策がきちんとしているのはわかっていても、念には念をいれてバッテリ運用をしたほうが、気分的にも安心だ。

バッテリが膨らんでも安全性には問題なし

 富士通クライアントコンピューティング(FCCL)で、同社製品のバッテリ関連の技術を統括しているミスター電源として知られる矢野秀俊氏(プロダクトマネジメント本部第一開発センター第一技術部シニアマネージャー)に話をきいてみた。

 同氏によれば、バッテリが膨張しても安全上の問題はないという。支障がなければそのまま使い続けてもいいのだそうだ。充電と放電はバッテリにとっての呼吸のようなもので、現象としてはモジュール内部でCO2を吸ったり吐いたりを繰り返す。そのバランスがなんらかの原因で崩れたときに、エチレンガスだけがたまってバッテリを膨らませてしまうのだという。

 いまのバッテリは外装がペラペラのシートタイプなので、内部が膨らむと外装まで膨れてしまうのだそうだ。それでも安全だと矢野氏はいう。同社におけるクギ挿し実験などで実証されているが、膨れによって内部で短絡することは絶対になく、バッテリの性能にも影響はないと矢野氏はいう。

 それでも心配なら、と矢野氏が解説してくれた。

 まず、事実として、電圧が低い状態はバッテリの健康にいいという。バッテリは満充電状態を電圧で判断する。満充電状態がいちばん高い電圧となるのだ。したがって、満充電の状態が長く続かない方がバッテリにはやさしいことになる。

 さらに、温度や湿度も重要だ。PCを直射日光の当たるところに放置するようなことは回避するべきだ。

 バッテリの寿命を延命するという点では、充電し続けることは決してよくない。バッテリ内部にはアルミが使われているが、アレニウスの法則により、温度が10℃上がると2倍寿命が縮み、10℃下がると2倍寿命が延びる。つまり、化学反応が起きにくくすることで意図的にバッテリの延命を企てることができるのだそうだ。

 FCCLのPCの場合、満充電を検知すると、PCからバッテリが完全に切り離された状態になるという。そのときPCを駆動しているのは外部電源だ。そして、外部からの給電では足りないというときになってはじめてバッテリに救援を求める。つまり、バッテリはあくまでもACからの給電のアシストとして扱われている。仮に、高い負荷の処理でバッテリが消費されても、89%までは充電を開始せず、89%になって初めて100%に向けて充電を再開する。

 最近はスマホ用のモバイルバッテリで充電できるPCも増えているが、バッテリからバッテリへの充電は効率が悪い。でも、この仕組みがわかっていれば、満充電に近い状態でモバイルバッテリを接続して使えば先にそれが使われ、結果としてトータルのバッテリ運用時間を長くすることができる。本体バッテリに充電が必要な状態になってからモバイルバッテリを接続するのでは、そのバッテリの持てる力の半分程度しか活かせないと考えたほうがいい。緊急用のバッテリは先に使えということだ。

 矢野氏によれば、自宅でしかパソコンを使わないなら、コンセントにつながずシャットダウンしておくくらいで十分だろうという。バッテリが0%になることはまず気にする必要はないし、放電サイクルについても気にし始めたらキリがない矢野氏はいう。

バッテリ延命をかなえる各社PC製品の取り組み

 いろいろな心配を払拭するためには、ちょっとした自衛手段も必要だ。

 エンドユーザーに、こうした利便を提供するために、PCメーカーによってはバッテリをいたわるためのユーティリティを添付していることもある。

 たとえば、FCCLのPCでは、設定アプリの項目の中に「Extras」というカテゴリがあって、そこに機種ごとに異なるユーティリティがまとめられている。そのなかにバッテリユーティリティが含まれ、バッテリの情報を確認したり、バッテリ満充電量、ECO Sleepなどを設定することができる。充電モードとしては、80%充電モードとフル充電モードをここで切り替えることができる。

FCCL製品では、設定アプリに「Extras」というカテゴリがあり、独自ユーティリティがまとめられている
「バッテリーユーティリティ」で満充電量などを調整可能

 レノボのThinkPadには、Commercial Vantageというユーリティティが用意され、そこでバッテリ設定ができる。プライマリーバッテリのしきい値を「次の時点を下回った場合に充電を開始」「充電を停止する時点」として5%刻みで設定できる。

 デル機にはDell Power Managerが搭載され、高度な充電制御を指示したり、1日1回だけ指定した時刻までにフル充電し、それ以降はACアダプタが接続されていても充電をしないように設定ができる。

 HP機では、HP Power Managerで、ピークシフトの管理ができ、そこで外部電源に切り替えるバッテリ残量を設定できるほか、BIOSのPower Mangement Optionsの設定で、80%での充電停止を設定できる。

 Panasonicの場合、以前は、バッテリのエコノミーモードとして80%での充電停止を設定する機能を提供していた。それによって通常のバッテリ寿命を約1.5倍に延ばすことができるとしていたが、最新のレッツノートSV/XZシリーズにはこのモードがない。内部的に段階的に満充電の状態を制御して劣化を抑えているらしく、エンドユーザー側では何もする必要がないということなのだろう。これはものすごい自信の表れだし、バッテリの取り外しができるレッツノートならではだともいえる。

コロナ禍でのバッテリいたわり大作戦

 いずれにしても、コロナ禍が続き、在宅勤務等のテレワーク状態が継続するなかで、モバイルPCをバッテリに依存しないで使う時間が多いのなら、メーカー側のユーティリティを利用するなり、自分自身で対策するなりして、バッテリを劣化させないように自衛手段を講じることを考えよう。

 コロナ禍が明ければ、以前のようにアクティブに活動できるようになるかもしれない。そのときに頼もしい相棒としてのモバイルノートPCが、不自由のないバッテリ駆動時間を確保できるようにしておくために、とりあえずは、バッテリをいたわって使うことを実践してみよう。

 個人的には、69%での充電開始を設定し、80%での充電停止で、満充電になったら念のためにACアダプタを抜いておくよう運用スタイルを変えた。そして、使わないときにはスリープさせておく。そのために電源状態にかかわらずカバーを閉じればスリープするように電源設定も変更した。

 放電はあるが、使いたいときにゼロでも宅内ならすぐに充電ができるし、高速なWi-Fiもあるので同期等もすぐに終わる。持ち出す予定の前夜にはフル充電するが、80%で充電停止しても、昨今のモバイルPCの長時間駆動なら、今の外出状況で不便を感じることはまずないようだ。それでバッテリをいたわりながら、近い将来のモバイル活動再開に備えたい。その日がくるまで、もう少しのガマンだ。