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世界最高レベルの発電性能を持ったマルチナノポア発電素子

【研究成果のポイント】
◆ 半導体加工技術によりナノポア※1の構造と配置をナノスケールで制御。
◆ 逆電気透析発電※2において最適なマルチナノポア素子構造を明らかにし、世界最高レベルの発電性能を達成。
◆ 産業応用可能なブルーエネルギーの創出手段になると期待。

● 概要
大阪大学 産業科学研究所の筒井真楠准教授・川合知二招へい教授、産業技術総合研究所の横田一道研究員、華中科技大のYuhui He教授による国際共同研究グループは、固体膜中に加工するナノポアの構造と配置を最適化することで、世界最高レベルの発電性能を有する逆電気透析膜の開発に成功しました(図1)。
逆電気透析発電は、微小な細孔に発現するイオン選択性(陽イオンまたは陰イオンのどちらかだけがよりナノポアを通りやすくなる性質)を利用し、海水と淡水から再生可能エネルギーを得る一つの手法として世界中で研究開発が進められているものです。これまでの研究では、1個のナノポアについてMW/m2レベルの極めて高い発電性能が得られていた一方で、複数のナノポアを高集積させたマルチナノポア構造になると、その性能はせいぜい数W/m2に留まってきました。このため、逆電気透析膜の広い産業応用には、単一のナノポアの優れた特性がなぜ複数のナノポアになると劣化してしまうのかを明らかにし、マルチナノポアによる高発電性能を達成することが重要な課題であるとされてきました。
そこで当共同研究グループは、半導体技術を用いてナノポアの構造と配置を系統的に変えながらナノポア発電素子の性能評価を実施し、マルチナノポアの低い発電性能がどういった要因によるものなのかを調べました。その結果、ナノポアを密に配置しすぎるとナノポア間で干渉が起き、発電効率が著しく低下することを明らかにしました。そしてこの結果を基に、窒化シリコン膜中に最適な集積度(100億個/cm2)で加工した直径100ナノメートルのマルチナノポア構造を用いて、100W/m2という世界最高レベルの発電性能を達成することに成功しました。
本研究成果は、Cellの姉妹紙である「Cell Reports Physical Science」に、10月7日(米国時間)に公開されました。

画像1:
図1. マルチナノポアのイオン選択性を利用した逆電気透析発電。

● 研究の背景
ナノポアは、極薄な膜に加工されたナノメートルスケールの細孔です。この膜の片側を高濃度の塩水、反対側を希薄な塩水で満たすと、濃度拡散によりナトリウムイオンや塩素イオンがナノポアを移動します。この時、ナノポアの壁面が負の電荷を帯びていると、陰イオンである塩素イオンは壁面で電気的に反発されます。この壁面の影響が現れるのは壁からせいぜい10ナノメートルほどの距離までですが、ナノポアのような極微な孔の場合には、ほとんどの塩素イオンが壁面で反発を受け、ナノポアを通過できなくなります。一方、ナトリウムイオンは陽イオンであるため、壁面で反発されることなくナノポアを移動します。つまり、負電荷を帯びた小さなナノポアは、ナトリウムイオンだけを通す特殊な水路になるわけです。
すると、ナトリウムイオンは正の電荷を持つので、イオンの拡散によってナトリウムイオンだけがナノポアを通過することで膜の間には電圧が生まれます。これはすなわち、電荷を帯びたナノポアの両側に塩濃度差を与えることで、電気を取り出すことができるということを意味します(図2)。
逆電気透析法として知られるこの仕組みは、海水と淡水で実践することで、一つの理想的なブルーエネルギーの創出手段になることから、国内外で精力的に研究開発が進められてきているものです。最近では、ナノポアの直径や深さを最適なものにすることで、1個のナノポアでMW/m2レベルの極めて高い発電性能が実証され、大きく注目されていました。一方、1個のナノポアでは僅かなエネルギーしか取り出せませんので、発電素子として用いる場合にはできるだけ多数のナノポアを膜内に集積する(マルチナノポア)ことが求められます。しかし、マルチナノポア構造になるとなぜか発電能力は低くなり、せいぜい数W/m2程度の性能しか達成されてきませんでした。

画像2:
図2. ナノポアのイオン選択性を利用した逆電気透析発電。窒化シリコン表面は水中で負電荷を帯びるため、陰イオンはナノポア壁面で電気的な反発力を受ける。この効果のため、小さなナノポアになると、陰イオンは電気的な反発によりナノポアを通れなくなる。一方、陽イオンは反発を受けないため、ナノポアを通過できる。その結果、ナノポアに塩濃度差を与えると、陽イオンだけがナノポアを拡散移動することから、膜の間には電位差が生じる。

そこで当共同研究グループは、何によってマルチナノポア素子の性能劣化が起きているのかを調べました。これまでのマルチナノポアの研究では、ナノポアの構造や配置を一つに限定して発電性能評価が行われてきました。それに対し我々は、電子線リソグラフィー技術を用いて、窒化シリコン膜中(表面は水中で負に帯電)に加工するナノポアの大きさ・深さ・配置を系統的に変えて発電性能評価を行いました。その結果、10マイクロメートル四方の面積に加工する直径100ナノメートルのナノポアの数が100個以下の範囲では、ナノポアの数に比例して発電性能が向上するのに対し、100個以上ナノポアを集積させると、逆に発電能力は急激に劣化するということを明らかにしました(図3)。
この原因を理論シミュレーションで調べたところ、ナノポアを過度に集積すると、隣接するナノポア間で干渉が起き、塩濃度の分布がマルチナノポア全体に広がった緩慢な分布に変化するため、イオンの拡散が弱まることを突き止めました。さらに、最適なナノポアの構造と配置を用いることで、100W/m2という世界最高レベルの発電性能を達成することができました。

画像3:
図3. マルチナノポアの集積度と発電性能の関係。集積度を上げると発電力は増大しますが、1個のナノポアの発電性能から期待される数値(点線)よりは低い電力量になります。また、過度に集積度を上げると(グラフではナノポアの数が400個以上の範囲)、マルチナノポア付近の塩濃度分布が緩慢になり、発電性能が著しく劣化します。

● 本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
今回の研究は、ナノポアの加工を容易にするために、窒化シリコンという汎用的な膜材料を採用しました。一方、逆電気透析発電性能は、ナノポアの壁面電荷状態によって大きく変化することが知られています。今後は、窒化シリコン以外の様々な膜材料について、ナノポア構造と配置の最適化を取り入れた研究開発が進められることで、発電性能のさらなる向上が見込まれます。特に日本は海で囲まれた海洋資源が豊富な島国ですので、マルチナノポア構造を応用した逆電気透析発電は、将来の持続可能な社会の実現に役立つクリーンなエネルギーとして広く利用されていくと期待されます。

● 特記事項
研究成果は、2022年10月7日(米国時間)にCellの姉妹紙である「Cell Reports Physical Science」のオンライン版で公開されました。

タイトル:“Sparse multi-nanopore osmotic power generators”
著者名 :Makusu Tsutsui, Kazumichi Yokota, Iat Wai Leong,
Yuhui He, Tomoji Kawai

● 用語説明
※1 ナノポア
ナノメートル(10億分の1メートル)スケールの細孔。

※2 逆電気透析発電
イオン交換膜を隔てた海水に電圧を加えてイオン交換を行うことで、海水を真水に換える手法は電気透析と呼ばれます。逆電気透析発電は、この電気透析と逆のプロセスを用いることで、海水と淡水から直接電気を取り出す方法です。

● 筒井准教授URL (研究者総覧)
https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/350a1072cefba177.html

● これまでの研究成果
AI技術とナノポアセンサで1個のインフルエンザウイルスの高精度識別に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2018/20181121_1

ナノポアセンサ×ペプチド工学でインフルエンザウイルスを
1個レベルで認識する新規ナノバイオデバイスの開発に成功!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2019/20190110_3

AI技術とナノポアセンサでウイルスの複数種識別に成功!
一回の検査で複数のウイルス、感染症の原因特定に期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2020/20201110_2

水の力でもっと精密にナノ粒子をとらえる!
ナノポアデバイスの開発で高精度な解析の実現へ
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210316_2

注目のナノポアセンサ AIでノイズを制御し精密に形状を測定!
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210514_1

DNA検出可能なナノポアセンサを開発!超高感度変異ウイルス検査システムへの応用に期待
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2021/20210824_2

イオンを流すとナノポアが加熱!ウイルスの検出と無害化を同時に行えるナノポアセンサ開発へ
https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220212_1

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