イベントレポート
【特別コラム】Lightningがもたらす光と陰
(2013/1/22 00:00)
iLounge Pavilionからのレポート第2弾は、2012年9月に発表されたiPhone 5以降のiOSデバイスに採用されている「Lightningコネクタ」にフォーカスする。その前置きとして、iPhone 5発売から4カ月が経とうとしているのに、一向にLightning対応のアクセサリが出揃わない理由を考察するコラムを記した。2013 International CESで公開されたLightningコネクタ対応の各種アクセサリのレポートを見る前に目を通してもらえると、Lightningを導入するAppleの狙いや、アクセサリの傾向、発売時期やサードパーティのパワーバランスなどがより良く見えるようになるはずだ。わずかな時間を割いていただければ幸いである。
30ピンDockコネクタからLightningへの転換期に振るわれる大鉈
AppleはiPhone 5の発表によって、2003年4月に発表された第3世代iPod以降からおよそ10年にわたって採用してきた30ピンのDockコネクタ(以下、30ピンコネクタ)から、新しい「Lightningコネクタ」へとコネクタの転換を行なった。現時点で、iPhone 5、第5世代iPod touch、第7世代iPod nano、iPad mini、第4世代iPad(iPad Retina Displayモデル)が、このLightningコネクタを採用している。低価格モデルとして旧世代の製品が一部継続販売されているため、現行品として30ピンコネクタを採用している製品もあるが、Apple側における事実上の転換は2012年内にほぼ完了したと言って構わないだろう。
独自規格や先進規格を積極的に採用し、そしてあっさりとレガシーな要素を切り捨ててその先を目指すのは言うなればAppleの十八番でもあるが、おそらく同社史上もっとも成功して、もっとも普及した規格であろう30ピンコネクタの転換すらも厭わない大胆な決断には恐れ入るばかりだ。この決断はiPhone/iPod/iPad関連アクセサリという巨大なエコシステムにも影響を投げかける。
もちろん30ピンコネクタの規格はおよそ10年以上前の基準であり、デジタル信号とアナログ信号が混在することなど、ある意味古いものになりつつあったことは間違いない。約10年の間にはピン毎の用途や信号の基準値などにも少しずつ変化があり、iOSのバージョンアップなどで、本来対応すべき周辺機器に影響が出た事例もあった。加えて、Appleは初期から30ピンコネクタの利用には正規ライセンス許諾による運用を求めてきたが、海賊版やコピー品は後を絶たず、なまじ大きなシェアを獲得したがゆえに、近年は100円ショップなどでも容易に互換ケーブル、互換バッテリ等が入手できていた。中には粗悪な製品もあって、その利用に伴う故障や発火事故の責任までAppleに求められてはたまらない……というApple側の気持ちも想像できないではない(※初代iPod nanoは、Appleの責任でリコールが行なわれている。本文はこの事例に該当しない非正規品利用によるトラブルを指す)。
こうした規格の古さや海賊版への対処、さらにさまざまな深い思惑を秘めて、すべてをデジタル信号にした上、両面に8ピンを実装して表裏関係なくリバーシブルに接続できるLightningコネクタが登場した。サイズも約80%小さくなってデバイスへの実装にも有利な形状となっている。端子面が板状のため剛性も従来の30ピンコネクタより高い。しかし、その本質はコネクタのプラグ内部に収められている制御、認証用チップ(以下、認証チップ)にある。同期をはじめとするデータ信号のみならず、充電に要する信号線すらもこのチップを通過しないことにはデバイスに電力を供給できない。生半可なコピー品では単なる充電ですら太刀打ちができない仕組みだ。
iPhone 5の発売から1カ月間ほどは本体付属の1本以外に「Lightning - USBケーブル」を買い足す需要もあってか、純正のLightning - USBケーブルが品薄状態になった。iPhone 5の発表を受けて(あるいは、それ以前からも)、互換ケーブルの発売を宣伝する業者もあったが、早々に販売自体を諦めてしまったケースもある。また実際に販売はされたものの、正しく動作をしなかったり不具合が発生したという話も聞く。それでもさすがに天下に名だたる秋葉原だけあって、いまだに怪しいLightning互換ケーブルが時折まとまった形で流通しているようだ。僚誌のAKIBA PC Hotline!によれば、最安値は500円だとか。
こうしたケーブルはコピー品、あるいは品質検査で落ちたロットの横流し品とも想像されており、仮に現在動作していても、将来に渡って使えるとは限らない。元々が粗悪品だったのか、iOSが6.0から6.0.1、6.0.2へとマイナーバージョンアップしたことで、認証チップによるコピー品チェックが入ったのかは知らないが、何らかのタイミングで使えなくなってしまうことがある。コピー制御が実際に入ったのかどうかはAppleのみぞ知るというところだが、かなり高い可能性として、将来的にもこうした対策は取られることになるだろう。
非正規品を買うなと言う権利は筆者にはないが、非正規品を買う場合はその場その日限りの緊急対処か、特定のiOSバージョンでのみ動作する(あるいは、まったく動作しない)という覚悟をもって購入、自己責任で利用すべきと言うのが現時点での見解だ。
MFiプログラムの正規ライセンス品が12月前後に流通を開始
その後Appleによる純正品の増産があったのか、加えて「携帯電話の充電はMicro USB経由でも行なえるようにする」というEUとの合意の元に欧州地域のみで販売されていた「Lightning - Micro USBアダプタ」(もちろんこれにも認証チップが入っている)が日本を含む各国で販売開始されたこともあって、とりあえず当面の需給バランスが保たれる程度には「Lightning - USBケーブル」の供給が回復した。この間にAppleは関連周辺機器の製造拠点である中国深センにおいて、MFi(Made For iPhone/iPod/iPad)プログラムに参加するサードパーティや開発者に対してLightningコネクタのライセンシングを行ない、ようやくサードパーティによるMFiプログラムに準じた正規ライセンス品の製造および流通準備が整い始めることになる。
筆者の手元に来たニュースリリースによれば、米Griffin Technologyによる4種類のLightningコネクタケーブルがサードパーティとしては世界で初めて出荷されると2012年11月29日(現地時間)にアナウンスがなされている。実際の受注開始は12月の第1週からだった。ちなみに、いかにもアメリカらしく、車のシガーソケットからLightningコネクタ経由で充電のみが行なえるアダプタ「PowerJolt SE」は、それに先んじる11月16日(同)付けで、同じGriffin Technologyから出荷が開始されている。おそらくこれが世界で初めてサードパーティから出荷されたLightning対応の正規ライセンス取得アクセサリと思われる。
日本でも、ソフトバンクBBから2012年12月27日付けでニュースリリースが出され、「SoftBank SELECTION(ソフトバンクセレクション)」ブランドから「iPhone用 USBケーブル(L)」として、Lightningコネクタケーブルが発表され、翌28日から販売が開始された。ほかにも世界の有力なApple関連のアクセサリを扱う企業が、サードパーティによる正規ライセンス品としてのLightningコネクタケーブルを順次出荷、流通させたのが2012年12月中の出来事だ。言い換えれば、2012年内にサードパーティがMFiプラグラムのロゴを得て正規ライセンス品として出荷できたLightning関連アクセサリは、同期・充電が可能な各種のLightningコネクタケーブル等にとどまっていた。
例外的には、ハーマンインターナショナルがJBLブランドで発売する「ONBEAT MICRO」、「ONBEAT VENUE LT」といったLightning端子搭載ステレオスピーカーが12月中の発売を実現しているが、これは言うなれば『特別扱い』に等しい。この『特別扱い』あるいはそれに準ずる企業は、この先もかなり重要なポジションを占める。
もちろん、Lightningコネクタに対応するアクセサリや周辺機器の開発表明は2012年中にもさまざまなジャンルに及ぶ多数のメーカーから行なわれているが、実際に製品化されて店頭に並ぶのは更に先のこととなっている。身の周りに溢れる30ピンコネクタ対応の各種アクセサリを前に「これだけの市場が待っているというのに、なんとノンビリしたことか?」と思うこともあるが、Appleの秘密主義的な製品開発と、前述したタイムスケジュールを見れば致し方ないと納得もできる。
何より30ピンコネクタは10年ほど戦いを続けてきた。後継たるLightningコネクタに関しても、Appleは同じようなスパンを見据えた開発を行なってきたことだろう。現在、Lightningコネクタの反対側にあるのはUSB 2.0だが、将来的にFlashメモリの容量単価が下がったり、コンテンツの大容量化が進めばより高速なデータ転送速度が必要になる可能性がある。それは自然な流れだろう。例えば仮にUSB 3.0とした場合、iOSデバイスに導入できるほどにコントローラが小さくなり、かつ省電力化すれば搭載の可能性はないとは言えない。Lightningコネクタとケーブルはそれをつなぐ役割を果たすことになるわけだ。
実際、12年前を振り返れば元祖iPodと第2世代はFireWire 400(IEEE 1394)のコネクタだった。30ピンコネクタを初採用した第3世代も同じくホスト側のインターフェイスとしてはFireWire 400でMacやPCと接続されていた。FireWire 400とUSB 2.0が併用されたのは2004年からで、その後USB 2.0へと絞り込まれて現在に至る。転送プロトコルの変更や更新は、想定できない要素ではない。
こうした長いスパンを考えれば、約4カ月という空白期間は準備段階としてあり得るものだ。Dockスタイルのステレオスピーカーやスタンド類など、見た目上のおさまりが悪いものもあるが、Appleから発売されている「Lightning - 30ピンアダプタ」あるいは「Lightning - 30ピンアダプタ (0.2 m)」を利用することで、アナログビデオ信号を除いては、同アダプタに内蔵されているD/AコンバータでLightningのデジタル信号をアナログ変換して出力できる。こうした互換性の検証は僚誌のAV Watchに詳細が記載されている。もう半年ぐらいの間は、ユーザーレベルでこうした対応が必要な状況が続くだろう。
Appleは世界規模の小売店舗。アクセサリ専売、優先のアドバンテージ
そして2013年はいよいよLightningネイティブな周辺機器へと主戦場が移行する。別途掲載する2013 International CESのレポート記事でも触れるが、第1四半期から第2四半期にかけては、ほぼ充電ソリューションが中心になってくるはずだ。しかし、この充電ソリューションに関しても一斉に「ヨーイ、ドン」とは限らない。ここに、認証チップの存在が影響を与える。
基本的にAppleとサードパーティはMFiプログラムによる契約を経て、関連周辺機器の製造販売が行なわれる。筆者がMFiプログラムを結んでいるわけではなく、また実際に結んでいれば、それはおそらく守秘義務の対象となるので以下は想像に過ぎないが、認証チップの数量に関しての条項が含まれる可能性は高い。チップ自体を渡すのか、あるいは製造権を渡すのかはわからないが、認証チップ自体のコスト以上に市場に正規ライセンス品が流通する数をコントロールすることは、Apple自身にとっても有益かつLightningコネクタを普及させていく上で不可欠と思えるからだ。これは、コンソールゲーム市場に例を取れば半ば当たり前の話で、例えばニンテンドー3DSやPlayStation Vitaのゲームカートリッジも同じようなライセンス契約の元で数量を管理した上で製造されている。関連周辺機器を製造する企業は市場を見ながら自社内の製品ボリュームを管理し、Apple側は同一ジャンルにおける総ボリュームがある程度は把握できることになる。もし市場に対して過度な供給が行なわれるような事態になれば、それをコントロールしようとするだろう。
もちろんMFiプログラムを結ぶ企業のプライオリティも存在する。これまでもきちんとAppleと正規ライセンス契約を結んで30ピンコネクタ対応製品の出荷を行なってきた企業は優先されるだろうし、新参や今までは曖昧な関係だったところは、それなりの待機期間を余儀なくされる可能性は高い。加えてAppleはオンラインストアそして世界中に直営店を抱える世界的な小売店舗としての側面がある。現在もApple Storeエクスクルーシブ、つまりApple Store限定で販売される製品は存在している。例えば、蘭Philipsの開発したWi-Fi対応で色温度だけでなく色彩まで調整できるLED電球「Hue」などがそうだ。米NIKEのフィットネス製品「FuelBand」も自社直営のNike Shop専売に続いて、Apple Storeでの販売を開始した。今Apple Storeは、付加価値の高い製品を売るのにはうってつけと言える場所でもある。
iOSデバイスのシェアが高い現在、Lightningに対応するアクセサリは紛れもなく付加価値の高い製品だ。仮にApple Storeでの専売期間が設けられれば、サードパーティとしては自社ブランドの価値が高まる上に、小売店舗としてのApple Storeも売り上げの増加にも結びつく、いわゆるWin-Winの関係が構築できる。付加価値の高い、あるいは高品質な製品ほど、Apple Store専売からある程度の期間を経て、量販店での販売へと拡大していく流れができあがることは想像できる。
Apple側としてもプライオリティの判断材料は必要となるため、30ピンコネクタ関連の周辺機器を扱ってきた実績、これまでApple Storeで取り扱いのあったブランドは優先されることだろう。場合によってはMFiプログラムの締結に期間を要したり、認証チップの供給が希望通りとはいかない可能性もある。先に述べたように、「一斉にヨーイ、ドン」とはいかないわけだ。第2グループ以降に回されてしまったところは、例えば第1グループの専売期間が明けたあと量販店などでの販売が始まるときにスタートを切らされることになるかも知れない。それでもその第2グループの中で、功成り名を遂げて、iPhone 5SかiPhone 6かはわからないが、次のタイミングでトッププライオリティに入ることを目指すという道が待っているという仕組みだ。もちろん既存ジャンルではなく、前述した「Hue」のように、それ自体が前例のないような製品であるならば、いきなりトッププライオリティ化する可能性もある。
こういった書き方をすると独占、寡占とも受け取られがちだが、ユーザー側としては安心して利用できる正規ライセンス品を容易に選別できるというメリットもある。もちろん独占、寡占を盾に、適切な価格範囲を逸脱してしまってはユーザーの反発も招きかねない。ユーザーが求める製品が極端な品薄になってしまってもユーザーの反発は起きる。何よりLightningの普及を目指さなければならないAppleとしても、慎重で柔軟な舵取りが求められることになる。
それはサードパーティとの関係に対しても同様で、認証チップを導入してまで、海賊品、コピー品の氾濫を防ごうとしているのだから、MFiプログラムを締結した側が不利になるようなことがあってはならないわけだ。もちろん、Appleが世界中にApple Storeを展開し、オンラインストアも構えているとは言え、とてもそれだけでは消費者の需要はまかなえない。当然既存の量販店など他の小売店舗との関係も大切になる。
iOS対応のアプリケーションは、iTunesのApp Storeを通じて提供されることで、セキュアな流通環境が最初からほぼ出来上がっていた。一方、既存のMac OSというプラットホームでは、現行のOS X Mountain Lionから、Mac App Store(以下、MAS)の本格的な運用を開始して、MASからダウンロードしたアプリケーションのみが起動できる最もセキュアな環境、加えてApple認定のデベロッパによるアプリケーションのインストールを認める環境、そしていかなるアプリケーションでもインストール可能な環境の3段階のセキュリティが設定できる。ソフトウェアとハードウェアという違いはあるが、MFiプログラムによるLightningの正規ライセンスは、このセキュリティ管理に近いものがある。選択肢を提供するのはApple側だが、選ぶのはユーザー自身だ。
世界中で年に数度行なわれる家電関連の展示会。International CESはその代表的なものだ。Apple自身が展示会に出展をしているわけではないが、見えないところでもその影響力は大きく働いている。Lightningコネクタの導入がもらたす、この先のアクセサリ市場を引き続き注視していきたい。