日本HDD協会2012年10月セミナーレポート
~「容量単価の減少と出荷台数の増加」というシナリオの崩壊

10月12日午後 開催
会場:発明会館(東京都港区)



 HDD関連の業界団体である日本HDD協会(IDEMA JAPAN)は10月12日に、「HDD技術の現在と将来」と題するセミナーを開催した。今回のセミナーでは、HDD市場が構造変化を起こしつつあることが示唆された。

 HDDの市場予測に関する講演からは、HDDメーカーの減少による寡占化がタイ洪水をきっかけに市場構造の転換を促していることが伺えた。具体的には、薄利大量販売路線から、利益重視路線への転換である。さらに、HDDの出荷台数増加という既定路線が、この夏を境に急激に変化しつつあるという事実が明らかにされた。

 なお、セミナーの講演内容は報道関係者を含めて撮影と録音が禁止されている。本レポートに掲載した画像は、講演者と日本HDD協会のご厚意によって掲載の許可を得たものであることをお断りしておく。

●2012年の出荷台数は当初、タイ洪水の反動で2桁成長を予測

 日本HDD協会のセミナーは例年、1月と4月、11月に開催されてきた(2011年と2012年は1月と11月のみ開催)。2012年1月のセミナーでは、インフォメーションテクノロジー総合研究所 チーフアナリストの久保川昇氏が、2012年のHDD市場を以下のように展望していた

 まず、タイ洪水によるHDDの供給不足が収斂するのは、早くても2012年第2四半期(2012年4~6月期)になる。在庫の充てんまで考慮すると、2012年第3四半期(2012年7~9月期)も生産ラインはフル操業が続く。2012年通年のHDD出荷台数は前年比10.8%増の6億9,760万台と予測していた。

 タイ洪水による生産ストップで出荷台数がマイナス成長となった2011年に対し、2012年の出荷台数がプラス成長となるとの見通しは、久保川氏に限らず、HDD市場を調査しているアナリストに共通の認識だった。例えば市場調査会社TrendFOCUSのプレジデントを務めるMark Geenen氏は、2012年6月の時点で2012年のHDD出荷台数を前年比9.6%増の6億8,180万台と予測していた

●2012年7~9月期の激変で一気にマイナス成長へ

 しかしこういったシナリオは現在、大幅に変更されつつある。今回、市場調査会社テクノ・システム・リサーチのディレクターを務める馬籠敏夫氏は「2012年下期のHDD市場を展望する」と題した講演で、2012年第3四半期(2012年7~9月期)に市況が急変していると説明した。同社の推定によると、四半期ごとのHDD出荷台数は2012年第1四半期が1億4,600万台、2012年第2四半期が1億5,700万台と推移した。ここまでは年初の予測通りだった。そして年末商戦に向けて第3四半期は、1億6,000~1億7,000万台に出荷台数を延ばす見込みとされていた。

 ところが第3四半期の出荷台数見込みは、急速に縮んでいく。2012年7月上旬の時点での見通しは1億5,700万台。それが8月上旬には1億5,200万台、さらに9月上旬には1億4,300万台、そして9月末には1億4,100万台へ。坂道を転がり落ちるように下方修正されていった。結局、10月12日時点での推定値は1億3,800万台となり、当初の予測からは2,000~3,000万台も落ち込んだ。

 落ち込みの大きな原因は、PC向けの不振である。数量は少ないが、エンタープライズ向けも第3四半期に入ってピークを過ぎており、伸びていない。テクノ・システム・リサーチが推定した昨年(2011年)のHDD出荷台数は6億2,107万台である。9月末時点で予測した2012年通年のHDD出荷台数は前年比4.1%減の5億9,583万台となる見込み(講演スライドの数値)だが、実際にはさらに低くなる可能性が高い。第4四半期(10~12月期)の出荷台数を9月末時点では1億5,000~1億5,500万台と予測していたが、講演当日時点では楽観的にみても1億4,300~1億4,500万台になると下方修正しているためだ。

2012年の四半期別HDD世界市場推移。出典:テクノ・システム・リサーチ

●PC向けはマイナス、増設向けは伸びず

 HDDのアプリケーション別に2012年の出荷台数予測(2012年9月末時点)をみていくと、デスクトップPC向けは大幅なマイナス、ノートPC向けは少しのマイナス、エンタープライズ向けは微増で頭打ち、ニアライン(NL)向けはわずかに増加、増設(アドオン)向けは微増、コンシューマ向けは大幅なマイナスと、いずれもふるわない。しかも、PC向けはさらに減少する可能性が高い。

 馬籠氏は、増設向けは本来もっと伸びるはずなのだが、増設市場をHDDメーカーがコントロールする状況が生まれつつあると微妙な言い方をしていた。日本国内では増設HDDの市場はサードパーティ製が主流なのだが、世界的には増設市場(台数ベース)の約30%をHDD大手のWestern Digitalを占めているという。またコンシューマ向けはフラッシュメモリを搭載したストレージの普及が進んでおり、今後も伸びは期待できないとした。

アプリケーション別の市場推移。出典:テクノ・システム・リサーチ

●金額でみた2012年のHDD市場は2桁成長に

 一方、台数ベースと金額ベースでは市場の様相は大きく違う。2011年秋のタイ洪水によってHDDの単価が急激に上昇し、金額ベースの市場規模を大きく拡大させたからだ。金額ベースの2012年HDD市場は前年比17%増の384億1,800万ドルと予測されている。こちらの数値も流動的なのだが、前年比でプラスとなるのは確実だろう。

 平均単価の推移をみると、昨年(2011年)の前半時点では、HDDの平均単価は49.3~49.2ドル。50ドルを割り込んでいた。それが2011年の第4四半期には67.2ドルと第3四半期の50.2ドルに比べて34%も上昇する。今年(2012年)の第1四半期には平均単価がさらに上昇し、70.7ドルに達した。以降は平均単価が下降していくものの、2012年第3四半期の時点で62.1ドルと、タイ洪水前よりも依然として高い水準を維持している。

HDDの四半期別出荷推移(台数、金額、平均単価)。出典:テクノ・システム・リサーチ
2010年~2012年のHDD市場(台数、金額、平均単価、総記憶容量、平均記憶容量、GB単価)。出典:テクノ・システム・リサーチ

 PC市場では2012年の年末商戦に数多くのWindows 8搭載モデルが一気に投入されることから、一見するとHDDの出荷台数は伸びるようにみえる。ところがテクノ・システム・リサーチの調査では、伸びはあまり期待できない。理由の1つは、PCに対する個人需要と法人需要の違いにある。Windows 8搭載モデルの購入層は個人ユーザーであり、法人ユーザーはゼロに近い。法人ユーザーが購入するのは、依然としてWindows 7搭載モデルである。Windows 8搭載モデルの投入による需要増はない。

 そしてメディアタブレットがノートPCの法人需要を侵食し始めている。ビジネス用途と教育用途でメディアタブレットが使われ始めており、今後はノートPC市場に影響を与える可能性が少なくない。そして長期的には、メディアタブレットの出荷台数がノートPCの出荷台数を追い抜くとの予測が提示された。テクノ・システム・リサーチの予測では、2014年~2015年にはメディアタブレットとノートPCの逆転が起こる。

メディアタブレットとノートPCの出荷台数予測(2010年~2014年)。出典:テクノ・システム・リサーチ

●HDD出荷「7億台」が遠くなる

 2010年にHDDの出荷台数は6億5,000万台に達した。当時は「HDDの出荷台数はすぐに7億台に到達する」とのシナリオが、HDD業界では支配的だった。ところが現在、そのシナリオは変更を余儀なくされている。2010年の出荷台数は年別ではピークの出荷台数となり、2014年になっても2010年の出荷台数には達しない。2015年にようやく、2010年と同じ水準に達しそうだ。過去20年の間、HDDの出荷台数は急な坂を一気に登るように急上昇してきた。ところが2012年になり、HDDの出荷台数は「2年連続でマイナス成長」という過去に経験したことのない状況を迎えつつある。7億台は遠のいた。

 出荷台数の拡大による薄利多売路線を突っ走ってきたHDD業界だが、黎明期に100社を超えたというHDDメーカーは、2012年には実質的にわずか3社になってしまった。赤字体質が染み付いていたHDD事業は、タイ洪水をきっかけとする販売価格の上昇で、かなりの利益を出せるようになった。出荷台数が少々減っても、事業収支は黒字を出せるだろう。しかし出荷台数の減少が続けば、いつかは損益分岐点を割り込む。それは販売価格の下降圧力となる。また販売価格がじわじわと下がっている状況は、HDD購買層に「さらなる値下げを待つ」という消費行動を促す。HDDの値崩れは起こるのか。値崩れが起こったとして、需要は急増するのか。それともHDDの販売価格下降が止まるのか。HDD市場から目が離せない状況が、しばらくは続きそうだ。

HDDの市場推移と今後の予測(1990年~2015年)。出典:テクノ・システム・リサーチ

(2012年 10月 17日)

[Reported by 福田 昭]