日本HDD協会2012年1月セミナーレポート
~タイ洪水の大打撃から立ち直るHDD業界の2012年

1月20日 開催



 ハードディスク装置(HDD:Hard Disk Drive)関連の業界団体である日本HDD協会(IDEMA JAPAN)は1月20日に、「2012年のHDD業界展望を語ろう~幾多の試練を乗り越え、新たな潮流に向けて~」と題するセミナーを開催した。

 まず、この1月1日付けで日本HDD協会の会長に就任した東芝の服部正勝氏(東芝セミコンダクター&ストレージ社HDD技師長)が就任の挨拶を兼ね、「2012年 HDDの将来展望」と題して講演した。服部氏は、デジタルコンテンツの増加によって全世界のデータ需要は急拡大していくと述べた。具体的には、2009年には0.9ZB(ゼタバイト、1ゼタバイトは10の21乗バイト)だった総需要が、2020年にはおよそ39倍の35ZBに拡大するとの予測を示した。

 この膨大なデータ需要の大半は、HDDまたはNANDフラッシュメモリが担う。現在のHDDが提供できる記憶容量は1年当たりに約0.4ZB、NANDフラッシュメモリが提供できる記憶容量は1年当たりに約0.02ZBである。これらのストレージが稼働する期間の平均を3年とすると、1.6ZBくらいの容量を提供できる。ここから35ZBに拡大するには、年率で40%以上のペースでストレージの供給容量が増え続けなければならない、と服部氏は述べた。

●寡占化が進むHDDメーカー

 HDDの需要は今後も鰻上りに増え続けていく。その一方でHDD業界は寡占化が進んでいる。1990年ころには40社前後だったHDDメーカーは、2011年初めの時点でWestern Digital、Seagate Technology、日立グローバルストレージテクノロジーズ(HGST)、東芝、Samsung Electronicsの5社に減少した。ところが2011年3月にWestern DigitalがHGSTを買収することで合意し、同年4月にはSeagate TechnologyがSamsung ElectronicsのHDD事業を買収することで合意した。前者は欧州委員会(EC)によって買収の認可条件が課されたために買収が完了していないものの、後者はECの承認を経て2011年12月に買収が完了している。2011年2月1日現在、HDDメーカーは4社に減少しており、このままだと3社に減少する可能性が少なくない。

 HDDの寡占化が進んでいるのは、参入障壁が高いことと、価格競争が極めて厳しいことによる。価格競争が厳しいのは、HDDが標準品であることが大きい。フォームファクタは、基本的には3.5インチと2.5インチの2種類しかない。1.8インチ以下も存在するが、市場規模はわずかだ。部品はカスタム品であり、設計技術と製造技術はともに難度が高く、投資負担が大きい。このため、買収による事業規模の拡大でスケールメリットを追う方向に走りやすい。あるいは利幅の薄いHDD事業に見切りを付けた企業が事業を売却するという方向に進みやすい。

●ギリシャ問題とタイ洪水とiPadショック

 日本HDD協会のセミナーは1月と4月、11月に開催されてきた。1月のセミナーは、アナリストによる市場を展望する講演が通例となっている。今年は、インフォメーションテクノロジー総合研究所チーフアナリストの久保川昇氏と、IDC Japanストレージシステムズ リサーチマネージャーの鈴木康介氏がそれぞれ講演した。

 久保川氏は2011年12月末日まで日本HDD協会の会長を務めていた。1994年から毎年、1月のセミナーで市場を展望する講演が恒例となっている。今年の講演タイトルは「2012年のHDD市場展望」である。

 久保川氏は2011年のPC市場とHDD市場を振り返るとともに、2012年の各市場を予測した。2011年の大きな出来事をまとめると「景気低迷」と「自然災害」と「iPadショック」である。「景気低迷」は主に、ギリシャの財政破たんが欧州の通貨危機へと波及したことを指す。「自然災害」は東日本大震災とタイの大洪水を意味する。東日本大震災の影響は軽微だったものの、タイ洪水ではHDD生産の大半がストップし、HDD産業は大打撃を被った。「iPadショック」は、NANDフラッシュメモリを内蔵する(HDDを内蔵しない)iPadの販売数量の急増によってネットブックによるHDD特需が消えてしまったことを指す。

 これらの環境変化により、世界のPC出荷台数は前年比0.8%減の3億4,990万台、世界のHDD出荷台数は同3.1%減の6億2,930万台と、いずれもマイナス成長に陥った。特にタイ洪水の影響は大きく、例年は第3四半期(7~9月期)を上回るはずの第4四半期(10~12月期)にPC出荷は前四半期比で微減、HDD出荷は前四半期比で大幅減となってしまった。

PCの四半期ごとの出荷台数推移。出典:インフォメーションテクノロジー総合研究所PCとiPad、iPhoneの四半期ごとの出荷台数推移。出典:インフォメーションテクノロジー総合研究所HDDの四半期ごとの出荷台数推移。タイの大洪水が発生した2011年第4四半期に、異常な落ち込みを見せている。出典:インフォメーションテクノロジー総合研究所

 HDDメーカーごとの出荷台数シェアはSeagate Technologyがトップで31.4%を占め、Western Digitalが2位で30.0%を占めた。3位はHGSTで18.1%、4位は東芝で11.9%、5位はSamsung Electronicsで8.6%のシェアとなった。なおHDD市場は上記5社で、ほぼ100%のシェアを占めている。

 応用分野ごとの出荷台数比率は、デスクトップPC向けが23.2%、ポータブルPC(ノートPC)向けが32.4%、そのほかのコンピュータ向けが5.1%、民生(CE)向けが11.6%、アフターマーケットそのほか向けが27.6%となっており、PC向けが半分強を占める。民生向けの内訳(全体を100%にした場合)はデジタルビデオレコーダ(DVR)向けが最大で66.6%とほぼ3分の2を占めており、ゲーム機器向けが26.3%で続く。カーナビ向けは3%、MP3プレーヤー向けは2.2%、デジカメ(デジタルビデオカメラ含む)向けは2.5%となっている。

 HDD出荷台数に占める民生向けの割合は2003年~2004年頃に急伸し、2005年にはおよそ15%に達した。前年の講演では2010年の民生向けを15.5%と推定していた。2011年に民生向けが11.6%に下がったことは、民生向けHDD市場の先行きが明るくないことを示している。

●HDD不足の解消は2012年第2四半期以降に
2012年のPC出荷台数とHDD出荷台数の見通し。出典:インフォメーションテクノロジー総合研究所

 タイ洪水によってHDDの生産はストップし、供給不足から販売価格は一気に上昇した。HDDの供給不足はいつ頃解消するのだろうか。久保川氏は2012年のHDD市場を四半期ごとに予測した。HDD生産ラインの一部はすでに操業を再開しており、2012年の第1四半期中に生産ラインはすべて操業を再開する見通しである。ただし、供給不足はまだ解消しないとする。2012年の第2四半期は、枯渇した在庫を充填するために、フル生産が続く。2012年第3四半期~第4四半期もほぼフル生産状態になるという。

 このことから、短くとも2012年第1四半期(2012年1~3月期)いっぱいはHDD不足の状態が続くことが分かる。在庫を適正な水準まで戻す期間を考慮すると、HDD不足が解消されるのは第3四半期(2012年7~9月期)以降になりそうだ。

 2012年のPC出荷台数とHDD出荷台数を久保川氏はそれぞれ、前年比6.4%増の3億7,240台、同10.8%増の6億9,760万台と予測した。タイ洪水の反動で、HDDの出荷台数は2桁成長となる。

●エンタープライズ向けストレージの出荷量拡大も続く

 IDC Japanの鈴木康介氏は、「エンタープライズ向けストレージシステムの動向」と題して講演した。外付け型ストレージ市場の現状を概観し、2015年までの市場を予測した講演である。

 鈴木氏は、2008年から2011年のタイ洪水以前の時点まで、外付けストレージの記憶容量ベースの出荷量と記憶容量当たりの価格の推移を四半期ごとに示した。記憶容量ベースの出荷量は前年同期比でおおよそ40%増~60%増と急激に増加してきた。一方、記憶容量当たりの価格は、前年同期比でおおよそ20%減~40%減と急速に低下してきた。

 また外付けストレージの売上高と出荷量(記憶容量ベース)を、2015年まで予測した値を示した。2010年~2015年における売上高の年平均成長率は4.4%とそれほど高くはない。これに対し、出荷量(記憶容量ベース)の年平均成長率は46%ときわめて高い。言い換えると、記憶容量当たりの単価は今後も、急速に下がっていく。2015年には出荷量は80EB(エクサバイト、1エクサバイトは10の18乗バイト)に達する。

外付け型ストレージの記憶容量ベースの出荷量と記憶容量当たりの価格(いずれも前年同期比)。2008年第1四半期~2011年第3四半期までの推移。出典:IDC Japan外付けストレージの売上高と出荷量(記憶容量ベース)の予測値。出典:IDC Japan外付けストレージの売上高予測を接続環境(インタフェース)別にみたもの。 出典:IDC Japan

 外付けストレージの記憶容量ベースの出荷量は現在も将来も、年率40%~50%の非常に高い比率で伸び続けていくことが分かる。またHDD全体の記憶容量ベースの出荷量については、2011年1月セミナーで馬籠敏夫氏(テクノ・システム・リサーチ ディレクター)が講演で、2008年を55.8%成長の134EB、2009年を43.3%成長の192EB、2010年を53.6%成長の295EBと推定している。

 こういった実績と予測から、「年率で40%以上のペースでストレージの供給容量が増え続けなければならない」とした服部氏の条件をクリアすることは、決して不可能ではなく、夢物語でもないことが分かる。2011年は年末のタイ洪水によって急ブレーキがかかったが、2012年はフルアクセルで急激な回復を目指す年になるだろう。

 なお、セミナーの講演内容は報道関係者を含めて撮影と録音が禁止されている。本レポートに掲載した画像は、講演者と日本HDD協会のご厚意によって掲載の許可を得たものであることをお断りしておく。

(2012年 2月 3日)

[Reported by 福田 昭]