インフラ整備への取り組みが進むワイヤレス充電
「スマートフォンにしたら、電池がもたなくなった」。昨今、耳にする言葉である。携帯電話普及の歴史は小型化の歴史でもあり、20年前はまるでショルダーバックのような大型製品や車載タイプからスタートした。以降、消費電力の効率化をはじめさまざまな技術革新を経て、今日の形状へと近づき、多くのユーザーに受け入れられた。小型化や薄型化については、現在のフィーチャーフォンが実用レベルにおいてバランスのとれた現実的な到達点とも言えだろう。
一方スマートフォンはと言えば、ここ数年の進化と普及のスピードがめざましい。フィーチャーフォンで得た顧客満足度をそのままスマートフォンに適用しようとすれば、同じように小型化、薄型化が求められる。とはいえ、急速に進化と普及が進みすぎているがゆえに、次々とハイスペック化する仕様にバッテリ持続時間が追いついていないのも現実だ。もちろんプロセッサ、ディスプレイ、バッテリともに技術革新は続いているが、スマートフォンのスペックをそのままに、フィーチャーフォンほどのバッテリ持続時間を維持しょうとするのは、現時点ではなかなか難しい相談と言わざるをえない。
今、1つの解としてユーザーが選択しているのが、モバイルバッテリなど外付けバッテリの利用だ。自宅などで充電したリチウムイオン2次電池などをユーザー自身が持ち歩いて、必要に応じてスマートフォンやポータブルゲーム機などに給電する。前述の状況からこの市場は急速に拡大中で、家電量販店などに用意されるモバイルバッテリの品数や売り場面積も拡がっている。しばらくこの傾向は続くだろう。
もう1つの解は、出先でポータブル端末へと充電する手段の確保である。公共のスペースをはじめ、駅、喫茶店など人々が立ち寄るエリアでポータブル機器に充電ができるシステムが整えばいい。長距離ドライブの際に、道々給油しながら走り続けることをイメージしてみよう。途中で給油できることがわかっているから、ガソリンタンクを限りなく大きくする必要はない。一般的な車のガソリンタンクが50L前後なのは、インフラとしてガソリンスタンドなどの給油施設が日本中に整っているからだ。
もちろん電源コンセントはあちらこちらにあるが、無許可で使ってしまっては窃盗行為にあたる。立件されるケースはまれだが、事例がないわけでない。商業スペースなどでは電源コンセントの利用を許可することをサービスの一環として行なっている場合も多いので、そうしたサービスを使っているユーザーもいることだろう。とはいえ、充電のために常にケーブルやACアダプタ類を持ち歩くことは決してスマートとは言えない。
前置きが長くなったが、そこで注目されるのが無接点充電(ワイヤレス充電)だ。「無接点」あるいは「おくだけ」といった言葉から、手軽さが前面にでているが、むしろインフラとして整備されることが到達点と言える。現在は充電器とパワージャケットのような充電アダプタのセット売りで、自宅や勤務先などで手軽に充電するアイテムに留まっているが、車におけるガソリンスタンドなどのように充電ポイントが整備されれば、その用途は一変するだろう。コーヒーを飲む間に充電が行なえるなら、フィーチャーフォンよりも電池がもたなくなったと言われるスマートフォンでも、継続して利用し続けることができるわけだ。
●カードタイプのワイヤレス充電ユニット「WiCC」を提案するDuracell POWERMATDuracell POWERMATブースに展示されたWiCC(Wireless Charging Card)のサンプル |
Duracell POWERMATは昨年(2011年)に引き続いてMobile World Congressの第8ホールにブース出展した。エンドユーザー向けとしては、現在の主力製品となるiPhone 4/4S向けジャケットタイプの充電アダプタと充電台。ほかにポータブルタイプのユニバーサルバッテリがあり、いずれも北米を中心とした家電量販店などで入手できる。
一方、ブースの奥へと足を運ぶとOEMや端末メーカー向けの製品や提案が並んでいる。今回、初めて公開されたのがWiCC(Wireless Charging Card)という名称の製品で、切り欠きと電気接点のある1枚の基板だ。説明によると基板の中にはワイヤレス充電のためのコイルと回路が組み込まれている。大きさとしてはSDメモリカードよりもひとまわり大きいイメージで、厚さは1mm弱。バッテリの取り外しが可能な端末であれば、そのバッテリよりもやや小さいといったところ。このWiCCを、バッテリと本体の間に組み込むことによって、端末をワイヤレス充電に対応させることができる製品となる。
出展されたWiCC自体はアフターマーケットを対象としている製品で、ユーザー自身が端末へと取り付ける。バッテリカバーをはずして差し込む作業だ。端末メーカー向けには、このWiCCを差し込むための接点とカード分のわずかなスペースをバッテリとバッテリカバーの間に用意して欲しいという提案をしている。回路やコイルのコストを端末メーカー自体が負担することはないので、無接点充電の準備だけなら大幅なコスト増にはならないという理屈だ。
以前はPOWERMATでも各機種対応の専用バッテリカバーなど数種類が販売されていたが、Android端末は多岐に及ぶ上、1機種あたりの販売ボリュームが読みにくい。iPhoneやBrackberry向け製品がパワージャケットという形で製品化されているのは、単一機種でも大規模な出荷数が見込めたからだ。Android端末は製品サイクルも短いため、Powermat側としても端末メーカー側としても、より汎用性のある形でワイヤレス充電への対応を進めていくという方向性だろう。今後は端末へのNFC搭載が進む。そのために確保する端末内スペースにカードタイプでワイヤレス充電のソリューションを割り込ませていこうという考え方だ。
冒頭で述べたとおり、インフラとしての整備もDuracell POWERMATは目指している。GM(ゼネラルモータース)との提携によって、シボレーの特定車種のコンソールにPOWERMAT規格のワイヤレス充電台を搭載する。当初2012年と言われた計画は2013年にずれこみそうだが、クルマに乗ってスマートフォンを置けば充電が始まる。シガーソケットから充電する仕組みはすでにあるが、アダプタやケーブルなどの存在を考えれば、ケーブルをつなぐよりも、置くだけという形がスマートであることは間違いない。
また公共の場所という点では、ニューヨークにある大型スポーツ施設であるマジソンスクエアガーデンと公式パートナーシップを結んで、充電スポットの設置を行うことが発表されている。ブース内では、マジソンスクエアガーデン内にPOWERMATの充電スポットがあることを示すイメージビデオが流れていた。
ブース内で流れているイメージビデオでは、GPSなどを使った現在位置情報から、近隣のワイヤレス充電可能なスポットを探すスマートフォンAppも紹介されていた。画面からはiOS向けのように見えるが、現時点ではコンセプト映像ということでiTunes Storeから実際にこのAppが入手できるわけではないという。
●インフラ整備の模索が続くWPC。Qi対応のテーブル導入の計画もあり。
一方日本国内では「おくだけ充電」としてNTTドコモが導入をはじめたことによって、WPC(Wireless Power Consortium)によるQi規格のほうが先行しているのは、たびたび紹介しているとおりである。製品ラインナップとしても、シャープ製、NECカシオ製端末への導入が進むほか、パナソニックがQi対応のモバイルバッテリと充電台を販売している。また、日立マクセルもiPhone 4/4S対応のジャケットと充電台を出荷している。ユニークな製品としては、2月20日に販売が始まったパナソニックのBlu-rayレコーダDIGA「DMR-BZT920」が、天板を使ったQi充電に対応している。WPCのデータベースによれば、現在世界中で48製品がQi規格対応製品として販売されている。
WPC(Wireless Power Consortium)の参加企業。現在108企業がコンソーシアムに参加している |
WPCは、Mobile World Congressの第一ホールにブース出展したほか、併催イベントとなるMobile Focusなどでも関連製品の展示を行っていた。セールスポイントはやはりメーカーを横断する相互運用性で、Qi規格に対応している製品同士では互換性を気にする必要がない。Qiのロゴを目当てに充電台、あるいは充電スポットを探せばよいわけだ。現在はUSB出力に準じる約5V/500mAの出力が規格化されているが、今後はタブレットなど、より高い給電力が必要な製品についても規格化を進めていく。前述のDuracell POWERMATもコンソーシアムに2011年5月から参加しているが、現時点では自社ブランドを優先しているのが実情だ。前述のWiCCも、Qiとの関連については一切触れられていない。
インフラへの取り組みもDuracell POWERMATと同様に行なわれている。当初、NTTドコモは提携先企業として、全日本空輸、TOHOシネマズ、プロントコーポレーションを発表したが、2月27日現在、アースホールディングス、JTB、マクドナルド、ナチュラルローソン、日産自動車、ロイヤルパークホテルズ、てもみん、三越、高島屋などが加わった。
ただしこれらはあくまでもトライアルサービスということで、現在発表されているサービス期限は2012年3月末日まで。おそらくこのトライアルサービスは期限を延長して継続されるものと想像されるが、現時点では特に何らかの発表はない。トライアルサービスという例をあげると、マクドナルドはいわゆる新世代デザイン店舗とされる17店舗のみで実施されており、いずれも全店舗対応というわけではない。提携先企業側としても、集客や顧客サービスに一定のメリットがあると判断をすれば店舗の拡大などで対応を強化していくものと想像される。ある程度のインフラが整ったうえで、トライアルサービスから正式サービスへと移行していくことになるのだろう。
現在のトライアルサービスではパナソニック製の充電台を仮設置しているケースが多いが、MWCのWPCブースから得られた情報によると、3月中にも都内のスターバックスでQi充電に対応するテーブル型什器を導入する計画があるとのこと。常設タイプの什器がでてくることは、普及に向けた新たな一歩踏み出したと考えていいだろう。
(2012年 3月 5日)
[Reported by 矢作 晃]