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クロスモーダルと次世代E-VLが生み出したYoga Book C930の極上E Inkキーボードの秘密

Yoga Book C930

 レノボ・ジャパン株式会社は12月18日、10月に発表した液晶とE Inkディスプレイを備えた10.8型2in1「Yoga Book C930」について、レノボ大和研究所の研究者自らが技術解説を行なう「Yoga Book C930 Tech Talk」を開催した。

 Yoga Book C930は2016年9月に登場した「YOGA BOOK」の後継モデルで、キーボード面にE Inkディスプレイを採用し、キーボードレイアウトの切り替えや、ワコムAES方式のスタイラスペンでのイラスト描きができることなどが特徴。Yoga Book C930は発表時から予想を上回る反響があったとのことで、一時的に出荷延期を行なっていたものの、先週より店舗での販売も開始された。

 Yoga Book C930に関する製品情報については下記の記事を参照されたい。ここではYoga Book C930 Tech Talkで語られた内容を紹介する。

Yoga Bookのラインナップなどを説明したコンシューマー製品事業部部長の櫛田弘之氏
これまで“Yoga”とつくものは2in1を意味していたが、2018年7月以降はプレミアムな製品をYogaと定義するようになった
Yogaはほかとは違うという点をアピール
ラインナップ表。600番台よりも上のものがYoga、それよりも下はideapadとなる
ノートPCのポートフォリオ
命名規則も若干変更。英文字が数字の前につくようになる
Yoga Book C930の特徴

2016年より開発が行なわれていたE Inkキーボード

初代YOGA BOOK(左)と、Yoga Book C930
YOGA BOOKのキーボード
Yoga Book C930のキーボード

 今回の技術説明会では、おもにYoga Book C930のE Inkキーボードに焦点を当てた解説が行なわれた。

 レノボ・リサーチ横浜でAdvisory Researcherを務める戸田良太氏は、レノボの研究所でじつは2016年6月より、E Inkデバイスと液晶ディスプレイを組み合わせた製品の試作が行なわれていたことを明かし、その間に初代Yoga Bookが登場(レノボ、世界最薄最軽量の10.1型2in1「YOGA BOOK」)、そして2世代目となるYoga Book C930へとつながった系譜を説明した。

レノボ・リサーチ横浜でAdvisory Researcherを務める戸田良太氏
E Inkと液晶を組み合わせた製品は2016年6月から開発されていた

 初代のYOGA BOOKでは、ワコムのペンタブレットとタッチキーボードを組み合わせた構造を採用していたが、キーボードの処理をするエンジン自体はソフトウェア制御であり、平時でのタイピングのレスポンスはよかったものの、CPU負荷が高まった状態が継続している場合などに、遅延が発生するという欠点があった。

 今回のYoga Book C930ではそういった問題に対処すべく、処理系をハードウェアとして実装。これによってタイピング時にOSの影響を受けずにすむようになり、レスポンスは高速化した。490WPM(ワード毎分)という世界記録の256WPMを大幅に超えた入力速度でも問題が生じなかったという。

 また、動作が安定することにより、キーボードに指を置いたさいのフィンガーレストの挙動も改善、キーボードのレイアウト変更も行なえるようになり、合計28言語をサポートしたほか、Windowsの高精度タッチパッドに準拠するといったカーソル操作面での進化も遂げている。

Yoga Book C930のキーボードと前世代品などとの比較
キーボードはハードウェアとして実装されている

 なお、WindowsからはUSB接続されたキーボードなどとして認識されているようで、E Inkディスプレイについても、デバイス上ではディスプレイではなく、ストレージのような存在として見られている。

 戸田氏はこのキーボードに関して、平面キーボードとして打鍵時の感覚をさらに良好なものにすべく、従来の“音”+“振動”というフィードバックの仕組みに、“3Dアニメーション”を加えた「クロスモーダル・フィードバック」とした。

 クロスモーダル・フィードバックとは、VRなど仮想的な知覚が生まれることを指し、戸田氏はチョコ味のクッキーを見て、チョコの香りを嗅いだ後に、普通のクッキーをかじるとチョコ味だと錯覚してしまうという東京大学によるMeta Cookieの実験を例として挙げ、人間の知覚の補完機能を利用したものと説明する。

クロスモーダル・フィードバック

 つまり、Yoga Book C930のキーボードでは、E Inkのキーボードを押下したさいに、キートップが沈んだようなアニメーションが行なわれるとともに、キーボードのタイプ音が耳に、振動が指につたわることで、仮想的ながらも実際のキーボードを使っているような錯覚を生じさせることを狙っている。

 試作機を使った実証実験では、キーボードアニメーションを行なうことで、入力速度が向上し、生産性向上が5.8%向上。さらに、タイプ音については、同じ音の長さでも頭にピークを持ってくることで、長く感じるという東京電機大学による「音の長さの錯聴」という知覚補完の研究成果を取り入れ、タイプ音を最適化。これによってさらに7.3%の生産性が向上した。実際には文字が出たタイミングの±1msで同期が取られている。この音によって、キーボードの振動が切られていても、振動していると錯覚してしまうという検証者も出たという。

 しかし、タッチタイピングにおいてはキーボード面を見ていないので、アニメーションは高速入力に寄与しないのではないかという疑問が生じるが、戸田氏によればそうでもないという。あくまで仮説とした上で、高速入力技能を持ったタイピストにこのキーボードを使ってもらったところ、やはりアニメーションの影響があったとのこと。キーボード音+振動、そしてキーが押下されるアニメーションの3要素が組み合わされることで、脳が実際のキーボードを使っているように錯覚して、入力速度の向上につながっているのかもしれないと推測した。

 なお、キーボード音はWindowsのサウンドとしてミックスしてスピーカーから出力されるので、イヤフォンを挿した場合などは、イヤフォンからしか聞こえない。

 初代に続き、ユーザーのタイピング位置を学習して、個々のキーの位置をリアルタイムに調整する「E-VL(Ergonomic-Virtual Layout)」を採用しているが、第2世代ではそれに加えて、1本指で入力しているか、タッチタイピングで入力しているかのタイピングスタイルの予測とレイアウト全体をリアルタイムに切り換える機能を追加した。

E-VL(Ergonomic-Virtual Layout)の進化

 説明ではE-VLの挙動を見せるサンプル機が用意されていたが、残念ながら撮影禁止だった。どういうことが行なわれているのか簡単に説明すると、Yoga Book C930では文字入力中にBackspaceキーが押されることで、入力ミスがあったと判断し、その動作の前後のキーから本来はなにを押そうとしていたのかを学習。このデータをもとに、該当キーの認識枠の範囲を広げるという動作が個々のキーで行なわれる。もちろん見た目上の変化はない。

 初代と比較した場合に、第2世代ではタイピングの正確性が22%も向上されたとのことで、初代から大きな進化を遂げたことになる。

 なお、学習内容はずっと保持されるわけではなく、使用されるたびにその都度覚える形式になっている。というのも、1つの学習内容だけを持ち続けてしまうと親子で使用する場合などに不都合が生じるためだ。また、押されたキーを保存するわけではないので、キーロガー的な動作は皆無とのこと。

 キーボードレイアウトの切り替え対応が可能になったことで、タッチパッド部分についても、初代YOGA BOOKのレイアウトである「クラシック」と、最適なキーピッチに合わせたという「モダン」を選択可能。後者ではタッチパッドが14%拡大され、操作性が向上するとともに、キーボードが平面なため、タッチパッド位置が指先で判別できないという問題を解決すべく、振動で境界がわかるバーチャルボーダーを取り入れた。

 先述のとおり、Windowsの高精度タッチパッド準拠になっており、3本指操作やジェスチャに対応、これは平面キーボードとしては世界初という。また、静電容量センサーを実装したことで、1本指でのドラッグ&ドロップにも対応した。

キーボードのレイアウトを変更可能
キーボードの切り替え
タッチパッド

 戸田氏は、レノボの関係各所に協力を求めることで、今回の製品を完成させた。同社は大企業ながらあまり縦割り構造の組織となっていないようで、ディスプレイやキーボードなど、各開発部門の専門家からの知見やフィードバックなどの支援が得やすいそうだ。根強い人気を誇るThinkPadシリーズを長年にわたり提供するなど、今回の技術説明会は同社の開発力の源泉の1つを垣間見せる内容だったと言える。

Yoga Book C930の試作機その1とその2。この試作機を定期的に行なわれる社内レビューで見せたところ、好評だったため、本格的な開発がスタートしたという
製品版のYoga Book C930