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国際体操連盟、跳馬、鞍馬などで3Dレーザーセンサーによる採点支援システムを採用

体操競技採点支援システムの画面

 国際体操連盟は、富士通が開発を進めてきた体操競技採点支援システムを正式採用することを決定した。今後、国際体操連盟が主催するワールドカップで実運用テストを実施し、2019年にドイツ・シュツットガルドで開催される世界体操競技選手権大会で導入する。

 さらに、難易度の高さなどを判定するDスコア、技の完成度をみるEスコアも自動的に判定することを目指し、2020年には男子の跳馬、吊り輪、あん馬、女子の跳馬、平均台の合計5種目での自動採点、2024年には全10種目での自動採点も行なう計画だ。

 体操競技採点支援システムは、審判員の目視による判定に加えて、3Dレーザーセンサーを活用して競技者の動作をセンシング。これを数値データとして分析することで、より正確な判定を支援することになる。

 富士通の3Dセンシングテクノロジーにより、1秒間200万回のレーザーを照射して、選手の動きをセンシング。「ここでは、近赤外線を利用しているため、選手の演技には影響しない」(富士通研究所の森田俊彦取締役)という。

富士通研究所の森田俊彦取締役

 センシングしたデータを、富士通の人工知能であるZinraiを活用して、深度画像と関節座標を機械学習により導きだし、深層学習を活用した学習型骨格認識により、3D関節座標として一次骨格認識結果を算出。評価関数に基づき、骨格の最適位置を探索するフィッティングによって、リアルタイムに選手の骨格の動きを捉えることができる。ここに、国際体操連盟と日本体操協会と共同で蓄積した技のデータベースと、データを高速マッチングし、採点支援を行なうというものだ。

 技の認識では、手や足先の位置、肩や腰ひねり角度、体軸回転角度、腰や膝曲げ角度などの特徴量を抽出するとともに、DスコアやEスコアの自動採点では、男子819技、女子549技を収集した「技の辞書」も活用するという。

体操競技採点支援システムの仕組み
体操競技採点支援システムの概要
DスコアやEスコアの自動採点の画面

 6種目を対象に体操競技採点支援システムを導入した場合、24台の3Dレーザーセンサーを利用。マルチアングルビューを可能にしており、審判員が横方向からしか見えないものが、上方向を含めあらゆる角度から見ることができる。

 日本体操協会の審判委員長である竹内輝明常務理事は、「体操競技は、毎年、高度化、難度化している。0.5秒に3回半、4回とひねっている選手の技を見逃さずに瞬時に回転を判定しなくてはならない。また、静止技は角度が45度以内であること、あん馬での倒立の認定には、手首の位置に足が乗っているかどうかをみる必要がある。審判員は、目を手元に落とさずに、演技の内容をすべて速記で記録している。

日本体操協会の審判委員長である竹内輝明常務理事
富士通が開発した体操競技採点支援システムに使用する3Dレーザーセンサー
あん馬の採点支援システムのデモストレーションの様子。左手前にあるのが3Dレーザーセンサー
リアルタイムで骨格の動きを捉えることができる
骨格認識の仕組み
体操競技採点支援システムの広がり
体操競技採点支援システムのターゲット
採点時に角度や姿勢などが数値でわかる
あん馬の採点支援システムのデモストレーション

 また、さらに審判団の上に、リファレンス審判がいて、さらにの上にスーペリア審判がおり、誤審を防いでいる。東京オリンピックでは、196人の選手に対して、100人以上の審判がいるのが現状だ。だが、体操競技採点支援システムによって、微妙な判定でも、透明性の高い判定ができる。さらには、審判の教育にも利用できる」などとした。

 なお、新技については、ルールが改正された段階でそれが認められるため、競技会会場で混乱することはないという。

これまでの取り組み

 国際体操連盟(本部:スイス・ローザンヌ)は、体操競技や新体操などの競技に関する国際組織であり、世界各国の体操関連団体を統括。競技規則の制定や国際大会を主催している。

 富士通は、2016年から、富士通研究所および日本体操協会と、体操競技における採点支援技術の共同研究を行ってきた経緯があり、国際体操連盟とは2017年から提携し、より公平で、正確な、リアルタイム採点を実現するため、採点支援システムの実用化に向け、データ取得や実証実験などを進めてきた。

 2017年10月に、カナダ・モントリオールで開催された「第47回世界体操競技選手権大会」では、同システムの開発に必要な競技データの取得を、国際大会で初めて実施。2018年11月に、カタール・ドーハで開催した「第48回世界体操競技選手権大会」で技術検証を行なった。

 このほど、国際体操連盟と富士通は、新たなパートナーシッププログラムも締結。各国が主催する体操競技の国内大会への採点システムの導入を推進。採点支援に留まらず、選手育成やエンターテイメント性の追求などにより、ICTを活用した体操競技の発展につなげるという。

 具体的には、2019年から、国際体操連盟主催大会で採用し、2024年までに体操競技人口の多い約30の加盟国に展開し、2028年までに146カ国の全加盟国への拡大を推進する。

 なお、2020年までは、国際大会やオリンピックのスポンサー契約の関係上、支援システムとして活用することになるという。

 また、採点支援システムで培った技術や技のデータベース、選手の演技データを活用したトレーニングソリューションの提供や、採点ルールの浸透および審判員の技術向上に向けたeラーニングの開発と活用も行なう。

 さらに、体操ファン拡大のためにも活用。体操競技のエンターテイメント性を高めるため、テレビやインターネット向けの放映コンテンツとしての活用や、試合会場での表示板向けおよび来場者のスマホ向けシステムの提供。データベースの整備やデジタルマーケティングの早期実現にも取り組む。

 そのほか、富士通が世界体操競技選手権大会でアワードを新設し、体操競技ファン拡大、人気向上にも貢献することも盛り込まれている。

スポーツ分野でもっとICT活用を

富士通の田中達也社長

 富士通の田中達也社長は、「富士通はスポーツ分野において、ICTを活用したスポーツデジタルソリューションに取り組んでいる。具体的には、スポーツセンシング/AI、スポーツデジタルマーケティング、スタジアム/アリーナソリューションであり、エンターテイメント領域での取り組み、選手強化やファン拡大、スポーツ周辺産業との連携なども進めている。選手強化、ファン獲得、事業拡大の好循環によってスポーツ産業が発展することになる。

 体操競技採点支援システムは、判定の公平性を追求するために作ってきたが、それをテレビや会場に提供することで観戦の魅力を高めるコンテンツビジネスにも展開できる。これは、富士通にとっても、グローバルビジネスの1つのかたちである。

 国際体操連盟では、体操競技や新体操以外にも、トランポリン、エアロビクス、バルクールなどもカバーしている。また、競技スポーツだけでなく、健康維持などにも活動を広げている。国際体操連盟のパートナーとして、世界の人々が幸せになる取り組みを富士通は進めていきたい」と述べた。

富士通の阪井洋之執行役員常務

 また、富士通の阪井洋之執行役員常務は、「体操競技採点支援システムは、大会主催者向けに、富士通が運用サービスとして受託して提供するかたちと、全世界の176カ所のナショナルトレニングセンサーや、国際体操連盟に加盟する907チームに対して、選手のトレーニング向けにオンプレミスシステムとして一括提供することを考えている。国際体操連盟主催の14カ国28大会、146カ国で開催される956の各国全国大会での採用により、国際標準化を進めていく」としたほか、「テレビ局向けに放映権とともにコンテンツを提供したり、会場でのスマホ向けアプリの導入によるコンテンツ配信など、大会データを活用したビジネスも想定している」という。

 国際体操連盟の渡辺守成会長は、「2年前に、富士通の担当者に、2020年の東京オリンピックでは、体操の採点をロボットが行なうことをみんなが期待しているとジョークを言った。それがこのシステムを開発するきっかけであった。

国際体操連盟の渡辺守成会長

 Dream comes trueではなく、Joke comes trueだと私は言っている。富士通はまじめな会社であり、職人気質である。内村航平選手が練習に一生懸命に取り組んでいる姿とダブってみえた。職人芸と言われる体操だからこそ、富士通の取り組みとダブって見えるのだろう。

 ICTの職人と体操の職人の共同作業で完成したものといえ、将来的には、多くのスポーツで課題となっている審判の公平性を飛躍的に高めることを期待している。また、エンターテイメント性の向上にも寄与すると考えている」とし、「私は、会長としてのマニフェストを掲げるなかで、体操をサッカー並にまで、人気を高めたいということを掲げた。見る人に対して、エンターテメイント性を高めて、見ていて楽しいスポーツにすることを約束したい。体操競技採点支援システムによって、体操界を取り巻く環境は大きく変化する」と期待を述べた。

 選手にとっては、試合にならないと点数が測れないという練習環境を改善できたり、日本と世界での点数に差があるといった課題も是正できること、さらには審判数の削減や、採点時間の短縮によって、約2時間30分かかっている競技時間の削減にもつながるとしている。

 また、「国際オリンピック委員会のトーマス・バッハ会長からは、この実績をほかのスポーツにも展開して、スポーツ界の発展につなげてほしいと言われている。選手の怪我の予防や、人々の健康増進にもつなげたい。人類の進化にプロジェクトとして適用分野を広げたい」と述べた。

TV局向けに配信することも視野に入れている
会場ではスマホを利用して解説を聞くことも可能に
今後の体操競技採点支援システムの発展