■笠原一輝のユビキタス情報局■
すでにレポートで多数お伝えした通り、IFAでは実に多くのWindows 8搭載PCが発表された。中でも注目されていたのは、ソニーのVAIO Duo 11のようなコンバーチブル型のノートPCや、キーボードドック付きのセパレート型のタブレットなど、Windows 8の目玉機能とも言えるタッチに対応した製品だろう。
他方Windows RTは、ARMアーキテクチャに基づいた製品ということもあり、IFAでは3つのメーカーから発表されただけと、やや寂しいスタートになりそうだということは、以前の記事でもお伝えした通りだ。
本レポートではそうしたWindows RTの現状や、今後の課題などについて、IFAで取材した内容などを元にお伝えしていきたい。
●3つのSKUのうちARM向けがWindows RTWindows RTとは、以前はWOA(Windows On Arm)の開発コードネームで知られていたARMアーキテクチャ版のWindows 8だ。x86向けには、Windows 8と上位のWindows 8 Proがあるので、Windows 8のSKUは(ボリュームライセンスで提供されるWindows 8 Enterpriseを除くと)3つということになる。
対応アーキテクチャ | プロ機能 | x86デスクトップアプリ | Metro Style Apps | Officeバンドル | |
Windows 8 | x86/x64 | - | ○ | ○ | - |
Windows 8 Pro | x86/x64 | ○ | ○ | ○ | - |
Windows RT | ARM(32bit) | - | - | ○ | ○ |
ARMアーキテクチャのWindows RTは、x86版のWindows 8と完全に別物だと思っている人もいるかもしれないが、対応しているプロセッサの命令セットアーキテクチャ(ISA)が異なるだけで、基本的な機能などには違いがない。
x86版のWindows 8とARM版のWindows RTでの最大の違いは、過去のx86アーキテクチャのデスクトップアプリケーションとの互換性と、ARM版にOfficeが標準添付されていることだろう。
Windows 8では、Windows 7やそれ以前のWindows向けのアプリケーションをそのまま利用できる(もちろんソフトウェアの仕様によっては動かない場合もあるのは、過去のOSのバージョンアップ時と同じ)。これに対して、ARM版のWindows RTではバイナリファイルでの互換性がないため、既存のWindowsアプリケーションをそのまま走らせることはできない。
Windows RTでは、ARM用バイナリファイルを持つデスクトップアプリケーション(ARM版Officeがこれに該当する)と、Metro Style Appsと呼ばれるWindows 8/RTから導入されたユーザーインターフェイス上で走るアプリケーションを利用できる。Metro Style AppsはCPUの命令セットアーキテクチャに依存しない中間言語を利用して作成されているため、ARMでも、x86でも同じように動作させることができるのだ。
●IFAでは3社からWindows RTタブレットが発表今回のIFAでは、ASUS、Dell、Samsung Electronicsの3社からWindows RTタブレットが発表された。
Samsung Electronicsは「ATIV Tab」と呼ばれる製品を展示し、実際に来場者が触って動作を確認することができた。すでに述べたとおり、Windows RTの仕組みそのものはWindows 8と何も変わらない。OSが起動すれば、Windows 8のユーザーインターフェイスが起動され、表示されるタイルから「Desktop」を選ぶと、従来のWindowsデスクトップへ降りることができる。
もちろん、従来のWindowsのように、マイコンピューターを開いて、システムドライブをエクスプローラーで見ていくこともできるし、コマンドプロンプトを起動してコマンドを実行することもx86 Windowsと同じように操作できる。つまり、Windows RTはれっきとした“フルWindows”なのだ。これがWindows Phoneなどの従来のARMアーキテクチャ向けのMicrosoft OSとは大きな違いだ。
ちなみに、ATIV Tabは、32GBのフラッシュメモリ(eMMC)をストレージとして搭載するが、このうちOSから見えるのは23.7GBだった。おそらく8GB近くは、リカバリ領域だろう。23.7GBのうち13GBが空きとなっており、OSや初期導入ソフトウェアに10.7GB程度が利用されていた。
すでに述べたとおり、Windows RTにはMicrosoft Officeが標準でバンドルされる。ただし、現時点では導入されていたのはOffice 2013 Preview版だった。Word、Excel、PowerPoint、OneNoteが入っており、タスクバーにピン留めされているアイコンから起動することができた。OSのビルドはx86版のRTM版と同じ9200であったため、おそらくRTM版なのだと思うが、はたしてOfficeの方は製品版でどうなるのかは、現時点では不明だ。
実際に触って見た感想だが、割と軽々と動いており、動作に不満は感じなかった。Officeを複数動かして演算させながら他のことをやったりなどは、プロセッサパワーを考えるといろいろ厳しそうだが、シングルタスクで使っている限りは快適だ。
【動画】Windows RTの動作の様子。タッチ操作で軽々と操作でき、Officeアプリケーションの切替なども軽快だった |
●Windows RTでサポートされるSoCはNVIDIA、Qualcomm、TI製
MicrosoftがWindows RTにおいてサポートするARMアーキテクチャのSoCは、NVIDIA、Qualcomm、TIの3社から提供される製品だけになる。かつ、基本的には以下のSoC、ないしは今後リリースされるであろうこれらの上位製品に限られる。
そうなっている理由はいくつかあるが、1つにはWindowsがAndroidに比べてグラフィックスへの負荷が高いことが挙げられる。Windows 8/RTではWindows Aeroによる透過表示などは廃止されたものの、それでもGPUへの負荷がAndroidなどに比べると高い。具体的には、Direct3D 10 Level 9.3と呼ばれるAPIに対応したハードウェアとある程度の2D/3D性能が必要になるのだが、従来のARMアーキテクチャのSoCではそれに見合うGPUが内蔵されたものはまだまだ少ない。
NVIDIAのARM SoCは、現在Tegra 2、Tegra 3の2つが販売されているが、NVIDIAがWindows RTで正式にサポートするのはTegra 3のみとなる。Tegra 3ではCortex-A9プロセッサコアが倍(デュアルからクアッド)になっており、クロック周波数も高く、GPUのエンジン数も8から12に引き上げられている。Windows RTを利用するにはその程度の性能が必要であると判断されたのだろう。
Qualcommは、公式にMSM8960以上でWindows RTをサポートすると明らかにした。MSM8960はSnapdragon S4シリーズの上位製品。GPUの違いでMSM8960(Kraitデュアルコア、Adreno 225内蔵)と、MSM8960 Pro(Kraitデュアルコア、Adreno 320内蔵)という2つのSKUがあるが、Windows RTをサポートするのはMSM8960以降となる。つまり、GPUがAdreno 225以降でデュアルコア以上のSnapdragon S4が必要ということだ。なお、MSM8960にはLTEモデムが内蔵されているが、モデムなし版としてAPQ8060A(デュアルコア、Adreno 225内蔵)がラインナップされており、今回IFAで展示されたSnapdragon S4を採用した2製品はいずれもこのAPQ8060Aを採用していた。
TIのWindows RTサポートは、OMAP4の最新版となるOMAP4470以降となる。OMAP4470はCortex-A9デュアルコアで、GPUがPowerVR SGX544に強化された製品となる。PowerVR SGX544はDirect3D 10 Level 9.3に対応している。これ以前のOMAP4のSoCだとDirect3D 10 Level 9.3に対応しているGPUを内蔵している製品がない。TIはプロセッサコアCortex-A15と、GPUをPowerVR SGX544MPへと強化したOMAP5シリーズを2013年にも投入する計画で、本格的なWindows RTサポートはOMAP5あたりからになる可能性が高いと言える。
なお、今回IFAで展示されたのは、ASUSのVivo Tab RT、DellのXPS 10、Samsung ElectronicsのSamsung ATIVで、ASUSがNVIDIAのTegra 3、DellとSamsungがQualcommのSnapdragon S4(APQ8060A)を搭載となっていた。
これらの製品は、以下の点がAndroidタブレットとは異なっている。
(1)メインメモリが2GBであること
(2)フラッシュメモリが32GB以上必要であること(どちらもeMMCフラッシュに対応)
(3)液晶ディスプレイの解像度が1,366×768ドット以上であること
(4)10点マルチタッチをサポートしていること
こうした要件は、コストアップの要因になる。OEMメーカーの関係者によれば、これらの部材だけで数十ドル程度のコストアップにつながり、OSのライセンス料と併せれば同等スペックのAndroidタブレットから100~200ドル程度のコストアップは避けられないだろうとしている。
●液晶は10型、価格はiPadと同程度以上に今回IFAで発表されたWindowsタブレット、そしてAndroidタブレットを液晶サイズで図にしてみると、以下の図のようにポジショニングすることができる。
【図1】IFAで発表されたタッチ対応のWindows 8/RT、Androidタブレット |
なお、この図は今回IFAで発表された製品のみを掲載しているので、例えばLenovoの「ThinkPad X230t」のように、すでに販売されているWindowsタブレットで、Windows 8正式発表以降も継続的に販売されるであろう製品は含まれていない。
今回のIFAで明確になったことは、1つには以前の記事でも述べたとおり、Windows RT搭載製品をリリースするベンダーが当初予想より減ったことだ。東芝はプロジェクトを中止し。それ以外にも延期や中止したメーカーもある。また、Microsoftが当初OEMメーカーに示していたターゲットは11型など、既存のAndroidタブレットよりもやや大きめの液晶ディスプレイを搭載した製品だったのだが、実際には10型に留まっており、もろに競合することになる。
ちなみに、もう1つIFAで見えてきたのは、Clover Trail搭載タブレットの意外な盛り上がりだ。正直に言って、Clover Trailはさほど期待されていなかったというのが当初の業界の受け止め方だった。というのも、前世代であるOak Trailがあまり盛り上がらなかったからだ。だが、蓋を開けてみれば、今回のIFAではClover Trail搭載製品が5機種発表。Windows RT搭載製品を発表した3社のうち2社(ASUSとSamsung)が同時にClover Trail搭載製品もリリースしている。これは保険を張ったということだろう。
製造コスト的に、Clover Trail搭載製品とARM搭載製品の間に差はほぼない。というのも、利用しているSoC以外のパーツは、Windows 8タブレットも、Windows RTタブレットもほぼ同じだからだ。
それらの価格帯はどのあたりになるのだろうか。それを予想したのが以下の図になる。
【図2】Windows RT/Windows 8タブレットの価格帯(筆者予想) |
現在の10型Androidは内蔵フラッシュが16GBで399ドル、32GBで499ドル、64GBで599ドルという価格設定になっている。これに対して、圧倒的な市場シェアを誇るiPadはそれにプラス100ドルで、16GBが499ドル、32GBで599ドル、64GBで699ドルとなっている。つまり、iPadのプレミアムは100ドルだということだ。
ここに、「Androidタブレットから100~200ドル程度のコストアップ」を加えると、Windowsタブレットの価格は、現状のiPadを上回ってしまう可能性が高い。
●OfficeがWindows RTのプレミアム、評価はMetro Style Appsの充実次第さて、Windows RTにはiPadに相当するプレミアムが存在するのだろうか。
ここでは2つの要素を考える必要がある。1つはWindows RTでもAppleがiTunesストアを通じて提供しているようなユーザー体験、つまりは多数のアプリケーションを、MicrosoftがWindowsストアを通じて提供できるかどうかだ。
x86であれば既存のWindowsアプリケーションを利用できるため、既存のWindowsユーザーにとってはそれ自体がiPadに対するプレミアムになるが、Windows RTにはそれがない。おそらく当初はiPadと同じような多数のアプリケーションをそろえるのは無理だろう。ただ、この問題は時間が解決する問題であり、Microsoftが今後も努力を続けていけば、解決できない問題ではない。
Windows RTがiPadに対して明白に持っているメリットは、Officeを標準で搭載していることだろう。しかも、互換Officeではなく、純正Officeだ。iOSも、Androidも、サードパーティからOfficeのファイルを閲覧/編集するアプリは提供されているが、正直いって満足できるだけの出来のものがない。しかし、Windows RTに搭載されているOffice 2013は、Outlookこそないものの、最新版の純正Officeであり、Word、Excel、PowerPointを使うことができる。コンシューマ向けデバイスとされるタブレットとはいえ、実際にはビジネスにも、パーソナルユースにもどちらにも使うという人は少なくないだけに、この点はiPadに対してアドバンテージになるだろう。
以上のような観点から考えていくと、OEMメーカーがWindows RTに対してやや及び腰になっている理由も見えてくると思う。つまり、多くのOEMメーカーは、Metro Style Appsがどれだけそろうのか様子を見ているのだろう。Office搭載は明確なアドバンテージだが、肝心のMetro Style Appsが出そろわなければWindows RTはOffice専用マシンと化してしまう。製品投入は、Metro Style Appsが出そろうのを見極めてからでも遅くない、そう考えているところが多いのではないだろうか。
従って、MicrosoftがWindows RTを本気で成功させたいと思うのであれば、何よりもMetro Style Appsの充実を図ることが第一だろう。そしてOEMメーカーが要求しているとおり、高いとされるWindows RTのライセンスを下げ、コストモデルをAndroidタブレットのそれに近づけることも重要になってくる。
(2012年 9月 7日)