■笠原一輝のユビキタス情報局■
以前の記事で、IntelがMenlowの後継となるMoorestownのPC版としてOak Trail(オークトレイル、開発コードネーム)を計画していると紹介した。COMPUTEXでIntelはそのOak Trailの計画を、ほんのわずかだが明らかにした。
Oak TrailはPine Trail-Mに比べて消費電力が半分になっており、1080p動画のデコード、HDMI出力をサポート。Moorestownの技術を流用したシリコンが採用され、CPU+チップセットの2チップ構成になっているという。
また、Oak TrailはVAIO PやLOOX UのようなウルトラモバイルPCだけでなく、タブレット端末用のプラットフォームとも位置づけており、OSはWindowsだけでなく、MeeGoやAndroidにも対応している。
●Moorestownの技術を流用したシリコンになるというOak Trailの正体今回IntelがOak Trailに関して公開した資料は以下のスライド2枚だけだ。実際、それ以上の詳しい情報は明らかにされていない。整理すると情報は以下の通りになる。
Intelの基調講演で示されたOak Trailの概要を説明するスライド | 基調講演の後に行なわれた、ムーリー・イーデン副社長の記者会見で示されたOak Trailのもう1枚のスライド、ブロック図が追加されている |
- CPU+チップセットの2チップ構成になることと、そのブロック図
- Pine Trail-Mに比べて消費電力が50%に削減される
- 1080pのビデオデコードに対応、HDMI出力に対応
- サポートされるOSはWindows、MeeGo、Android
- 2011年の早い時期に出荷される
はっきり言ってしまえば、この5つだけだが、それでもOak Trailがどのようなプラットフォームなるのかを推測することはできる。
速報の中で、Oak Traillの位置づけはMoorestownのPC版というものになると述べたが、その表現は半分当たっていて、半分は外れていた。というのも、Oak TrailはCPUこそMoorestownのCPUであるLincroftだが、チップセットは完全に別チップが採用されるからだ。
MoorestownはCPUのLincroft(Intel Atom Z6xxシリーズ)とチップセットのLangwell(Intel Platform Controller Hub MP20)で構成されているが、Moorestownそのものはスマートフォンで利用することを前提に設計しているため、そのままではPCなどに利用することが難しい。その最大の障害は、LangwellがPC用としては必須のSATAポートを備えていないことだろう。Langwellにはフラッシュメモリを利用するインターフェイスは用意されているが、SATAが用意されていないのだ。このため、IntelはOak TrailではチップセットはLangwellではなく、別チップを利用することにしたという。実際、この情報は複数のOEMメーカー筋から確認できている。
それでは、このLangwellとは別チップとなるチップセットは、果たしてどのようなチップになるのだろうか? 当初筆者はNM10(TigerPoint)を持ってくるのだろうと考えていたのだが、Intel Intelアーキテクチャ事業本部 PCクライアント事業部 事業部長兼副社長のムーリー・イデン氏のセッションで公開されたOak TrailのスライドにはUltra-Low Power Hubと書かれており、かつCPUのLVDSからの出力を受け、チップセット側に内蔵されているHDMIのトランスミッタに入力されてHDMIポートが実装されると書かれているので、NM10ではない可能性が高い。
現時点ではそれがどのようなチップセットであるのかは明確ではないが、これらのことから考えて、Langwellの改良版などの新しいシリコンである可能性が高いのではないだろうか。
●Oak TrailのCPUとなるOakview(仮名)はおそらくLincroftと同一のシリコン右下に表示されているGadget用のFuture Atom SoCと書かれたダイ写真は、上段中央のZシリーズAtomと書かれたMoorestownのダイと色合いを除きほぼ同一だ |
それでは、Oak TrailのCPUは、Lincroftと同じものになるのだろうか? 筆者はこれに関して、CPU側は何も変わっていないと考えている。それには2つの理由がある。
1つにはチップセット側と異なり、CPUを再設計するのは膨大な時間がかかるし、おそらくこの短期間で新チップを作るのはかなり難しいと思われる。もう1つは、ダディ・パルムッター上級副社長のプレゼンテーションでは、組み込み向けのAtomの中にGadget(ガジェット向け)というカテゴリに、Future Atom SoCという製品が表示されており、これがOak Trailのことだと思われるのだが、そのダイ写真を見ると、MoorestownことAtom Z6xxシリーズと全く同じダイになっていた。Intelのラインナップに他にLincroftを使った製品がない以上、Oak TrailのプロセッサはLincroftそのものだと考えていいだろう。
今回、IntelはOak TrailのCPU、チップセットともに開発コードネームを発表しなかったが、おそらくCPUに関してはOakviewになる可能性が高いのではないだろうか。というのも、これまでのIntelのこのカテゴリーでのネーミングルールを見ていると、
- Pine Trailプラットフォーム→Pineviewプロセッサ
- Ceader Trailプラットフォーム→Ceaderviewプロセッサ
であるので、これに従えばOak Trail版のLincroftは当然のことながらOakviewでないと一貫性がなくなってしまうからだ。
もっとも、別にコードネームに一貫性がなくても問題はないので、そうでない可能性はあるが、Intelという会社の律儀なところを考えると、おそらくOakviewと間違いないと筆者は考えている。
●GPUがCPU側に移動することで130nmから45nmプロセスルールへ微細化そしてOak Trailの2つ目の特徴は、Pineview-Mプラットフォームに比べて消費電力が50%低い点だ。この消費電力がピークパワーに近いTDP(Thermal Design Power)を意味しているのか、平均消費電力を意味しているのかは明確ではないが、バッテリ駆動時間が延びるという文脈のなかで消費電力が50%低いという形で利用されているので、おそらく平均消費電力が50%低いという形になるのだろう。
この特徴も、Lincroftを利用することで十分実現可能だ。Pineviewには、945Gに内蔵されているGMA950をベースにしたGPUが内蔵されているが、Lincroftに内蔵されているのはモバイル端末を前提にしたGMA 600というGPUが内蔵されている。
これは、Menlowプラットフォームのチップセット「Polusbo」(プールズボー、Intel US15W/X)に内蔵されているGMA 500をベースにし、コアそのものは従来と大きな違いはないが、CPUに内蔵されたことでプロセスルールが130nmから45nmに微細化し、消費電力も大幅に下がっているからだ。
ただし、PCにも利用することを考えて設計されているOak Trailであるだけに、クロック周波数などはMoorestown向けのLincroftに比べるとやや高めに設定されている可能性が高い。それでもPC向けとして十分に低い消費電力であることは容易に想像できるだろう。
●OSはWindowsだけでなく、MeeGoとAndroidをサポートでタブレット端末にも対応Oak TrailでWindowsがサポートされるというのは既報の通りだが、今回COMPUTEXではそれに加えて、IntelがNOKIAと推進するMeeGoとGoogleのAndroidがサポートされることが明らかにされた。
Windowsがサポートされるのは、Oak Trailが日本のOEMメーカーが求めていた、VAIO PやLOOX UなどのMenlowベースのウルトラモバイルPC用のプラットフォームであるという側面があるからだ。日本メーカー以外にも、韓国のVilivなど、数は決して多くないものの、MenlowベースのウルトラモバイルPCを製造するメーカーはあり、そうしたメーカーのニーズを満たすために、Windows用のドライバが提供される。Oak TrailがMoorestownのPC版という位置づけを与えられているのはそのためだ。
これに対して、MeeGoやAndroidをサポートするのは、iPad対抗のタブレットデバイス用途もOak Trailでカバーすることを意識しているからだ。
しかも、IntelはiPadの成功が、単にハードウェアの魅力だけではないことをしっかり理解している。結局iPadが成功したのは、iTunes、そしてその上で動作しているApp StoreというエコシステムをAppleがきっちりと構築できたからだ。
これに対して、ASUSやMSIなどのIntelのOEMメーカーにはソフトウェアを作るというインフラがない。というのも、PCのOEMメーカーはソフトウェアの開発はマイクロソフトなどの外のメーカーから買うことに慣れており、自社で開発する機能を持っていないからだ。また、仮にiTunesのようなソフトウェアが作ることをできたとしても、それを利用してアプリケーションストアを開設し、開発者を集めてソフトウェア流通のエコシステムを作るというのは、OEMメーカー1社のレベルではコスト的にも難しい。
そこでIntelが用意したのが、開発者に情報を無料で開示してソフトウェア開発を支援する仕組みのAtom Developer Programであり、それによりできたソフトウェアを流通させるための仕掛けがAppUp Centerなのだ。AppUp CenterはIntelが自社のブランドだけで行なうものではなく、フランチャイズ方式になっており、OEMメーカーがAppUp Centerの仕組みを利用しつつ自社のブランドでアプリケーションストアを開設することができるようになっている。つまり、インフラにかかるコストはOEMメーカーみんなでシェアしつつ、それぞれ独自のアプリケーションストアが開ける仕掛けなのだ。
そうした仕組みを用意した上で、IntelはOEMメーカーに対してタブレット端末へのAtomの採用を呼びかけている。これはなかなかクレバーな戦略であり、OSとしてAndroidを採用すればWintelならぬGootelと呼ばれるような一大エコシステムが完成しても不思議ではないと思う。
世の中の多くの人の目はiPadに向きがちな今だけに、あまり注目はされていないが、そうした背景があることを考えれば、IntelのAtomを利用したタブレット端末の戦略は今後も要注目だろう。
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(2010年 6月 2日)