笠原一輝のユビキタス情報局
衝撃のデビューで議論を呼ぶTrackPointなしの「ThinkPad X9」は誰向けのもの?
2025年1月14日 11:13
LenovoはCESの会期初日になる1月7日に2025年向けのPC新製品各種を発表した。それらに関しては別記事をご参照いただきたいが、この中で初めてTrackPointがない「ThinkPad X9」シリーズが発表されたことは大きな話題を呼んだ。
こうした経緯などについてThinkPadのグローバルでの開発責任者であるレノボ・ジャパン 執行役員 副社長 開発担当 塚本泰通氏に話を聞いた。
TrackPointがついていないThinkPadとして注目を集めるがThinkPad X9シリーズ、他社からの乗り換えユーザーがターゲット
今回Lenovoは同社の一般法人向けノートPC「ThinkPad」の最新製品として「ThinkPad X9シリーズ」の2製品を発表した。14型の「ThinkPad X9 14 Aura Edition」と15.3型の「ThinkPad X9 15 Aura Edition」がそれで、その詳細に関しては以下の記事をご参照願いたい。
ThinkPad X9にTrackPointがついていない理由について、塚本氏は「ThinkPad X9は、これまでThinkPadのお客様ではなかったお客様をメインターゲットにした製品となる。たとえば、他社製品に慣れ親しんでいるお客様が、高い生産性や堅牢性などThinkPadの基本的な価値を認めていただいて移ってこられる時に選択肢に挙げていただけると製品として企画、設計した製品になる。そうした時に、TrackPointよりもより大きなクリックパッドを用意した方がお客様にとっていいだろうと判断して、TrackPointは外すという決断をした」と説明した。
「ThinkPad X9というブランド名も、ThinkPad X1の対極にあるという意味でX9という名称をつけている。ThinkPad X1がこれまでのThinkPadのお客様向けフラグシップ製品であれば、ThinkPad X9は新しいお客様向けのフラグシップ製品という意味合いがある」とし、ThinkPad X9をほかメーカーからの移行を促す製品として捉えていると説明した。
つまり、Appleの「MacBook Pro」、Dellの「XPS」(今後は「Dell Premium」になる)、HPの「Dragonfly」(今後は「EliteBook Ultra」になる)のような他社のフラグシップ製品からThinkPadへの移行を促す製品がThinkPad X9の役割であり、移行で発生する影響を最小化するためにTrackPointを外したということだ。
TrackPointとタッチパッドというデュアルデバイスが20年以上続いてきたThinkPadシリーズ
TrackPointはスティック型のポインティングデバイスで、かつては東芝のDynabookなどにも搭載されていた時期もあったが、今はThinkPadシリーズだけに特有のポインティングデバイスになっている。キーボードのGBHキーの中央にある赤いキャップの下に、スティックとして搭載されており、ユーザーがスティックを倒す際の圧力を検出してポインタを動かす仕組みになっている。
かつてのThinkPadは、ポインティングデバイスはTrackPointだけだったが、2002年に登場した「ThinkPad T30」から、スティックとタッチパッドの両方を搭載するようになっている。なぜ両方を搭載したのかと言えば、ThinkPad以外のノートPCは、ほぼ例外なくタッチパッドのみがポインティングデバイスであり、他社製品からThinkPadに移ってきたユーザーにとったはタッチパッドがあることが大きな意味があるからだ。
TrackPointは、それを使い慣れているユーザーにとっては唯一無二の使いやすいデバイスだと思う(実際、筆者も長年のTrackPointユーザーだ)。しかし、どんなデバイスであろうが、人間にとって「使いやすい」と感じるのは「一番慣れているデバイス」であるというのが真理だ。どんなデバイスであっても、慣れるまで時間がかかる。TrackPointに慣れ親しんでいるユーザーがパッドに慣れるのに時間がかかるように、その逆にパッドに慣れ親しんでいるユーザーにとってはTrackPointに慣れるまで相応の時間がかかる。そして多くの場合は慣れる前に「使いにくい」と判断するのが現実かもしれない。
そうした現実を前にして、Lenovo(当時はIBMのPC部門)はThinkPad T30で、TrackPointとタッチパッドの両方を装着することを決断し、その後段階的に、ほぼすべてのThinkPadがこのデュアルポインティングデバイス仕様になっていった。TrackPointになれているユーザーはTrackPointを使えば良いし、そうでないユーザーはタッチパッドを利用すればいい、それがIBM時代も含めたLenovoの姿勢だった。実際、設定ツールを利用すれば、両方をオンにすることもできる、どちらかだけをオンにすることもできる(あまりいないと思うが両方オフも可能)。
従来のThinkPadは、ユーザーが必要としている間はTrackPointを継続
そうしたデュアルポインティングデバイス時代が20年以上続いてきた中で、今回のThinkPad X9において、TrackPointが用意されないという決断がされた。
技術的にはTrackPointを残しておくと、パッドの一部を割いてTrackPointのボタンを用意する必要があり、タッチパッドの面積がどうしても小さくなってしまうという課題があった。付け加えると、スティック型デバイスはキーボードの下部にスペースが必要ということも課題の1つだ。
普段からタッチパッドに慣れていてTrackPointは必要ないよという他社製品のユーザーから見ると、使わないTrackPointのボタンによってタッチパッドが小さくなってしまっていることは、デメリットしかない状況になっていた。そのため、他社製品からの乗り換えを促す役目を与えられたThinkPad X9シリーズでは、TrackPointを外す決断をしたということだ。
なお、ThinkPad X9シリーズのタッチパッドは、物理ボタンは存在せず、ハプティックによるフィードバックがある形のいわゆるクリックパッドになっている。このクリックパッドはThinkPad X1 Carbon Gen 12/13でオプションとして用意されていたクリックパッドと技術的には同じで、ThinkPad用のクリックパッドとしては第3世代のクリックパッドになる。
では、TrackPointは今後なくなる方向なのだろうか?
Lenovoの塚本氏は「従来型のThinkPad、たとえばX1シリーズや、Pシリーズ、Tシリーズ、Xシリーズ、Lシリーズといった既存のお客様を対象としたモデルに関しては今後も変わらずTrackPointが搭載されていく」と明言し、強調した。
つまり、既存のThinkPadユーザーは変わらずTrackPointを利用できるというわけだ。当面のところはTrackPointが装着されないのは、ThinkPad X9のような新規のユーザーを対象にしたモデルだけだということになる。もちろん、TrackPointを必要としないユーザーが大多数になり、そちらの方がユーザーとして増えればそれも変わってくる可能性はないとは言えないが、近未来ではないということだ。
結論としては、「TrackPointはなくならない、それを必要とするユーザーがいる限り」、というのが現時点での答えとなる。
ThinkPad X9はエンジンハブ、スマホ用CMOSを採用したカメラ、マジックテープなスピーカーなど新機構山盛り
そうしたTrackPointが装着されないことはひとまず置いておくと、ThinkPad X9はこれからのThinkPadを示唆するような新しいデザイン、設計が採用されている。
特徴的なのはDカバー(底面カバー)の「エンジンハブ」と呼ばれる、直線的なメッシュ状の膨らみが用意されているというデザインだ。そのエンジンハブの左右には、Thunderbolt 4のポートが1つずつ用意されており、左右対称のデザインを印象づけるデザインにもなっている。
エンジンハブの内部には、冷却用のデュアルファンが用意されており、熱源となるSoCはそのデュアルファンの間に置かれ、エンジンハブのメッシュから外気を吸って、背面に排気することで効率よく排熱を行なえるようになっている。
スピーカーもユニークな構造になっている。通常こうしたノートPC用のスピーカーは小さなネジで筐体に固定される形になっている。しかし、ThinkPad X9ではそのネジ用のスペースすら節約してスピーカーの大きさを確保するようにしている。スピーカーはサイズを大きくできればできるほど、より良い音、より大きなボリュームを実現することが可能になるため、そうしたスクリューレスのデザインにしているのだ。
ではどうやって筐体に固定しているのかと聞くと「マジックテープを活用して、本体に固定している」(塚本氏)とのことで、なんと面ファスナー(いわゆるマジックテープ)で固定しているのだという。実に「コロンブスの卵」的な発想の転換だが、振動の吸収などもできているなど思わぬ副産物もあったそうだ。
カメラも特徴的なデザインになっている。それがMIPI-CSI2接続の高性能なスマートフォン用のCMOSセンサーを採用していることだ。塚本氏によればソニーのスマートフォン用のCMOSセンサーが採用されており、それをPC用のカメラに必要な4K解像度を実現するために、800万画素のCMOSセンサーとしてクロップして利用しているのだという。一般的なスマートフォン用のCMOSセンサーは数千万画素であることが一般的なので、ぜいたくにもそれを800万画素分だけ利用しているということになる。「スマートフォン用のCMOSセンサーを利用することで、暗いところでは従来のPC用CMOSセンサーとの違いは一目瞭然だ」(塚本氏)との通りで、非常に明るく鮮明な映像でビデオ会議などを行なうことが可能になる。
塚本氏によれば、今回のThinkPad X9シリーズは、LenovoがCS(Clean Sheet)25と呼んでいる2025年向けの新設計シャシーを採用した製品となる。こうしたCSの製品には、今回の製品で言えばカメラやエンジンハブ、スピーカーのように新しい設計が採用されるのが一般的で、翌年のモデルなどで横展開されることが多い。その意味では、ThinkPad X9シリーズは、TrackPointのあるなしは別の議論として、ThinkPadの今後を示唆しているということができるだろう。