笠原一輝のユビキタス情報局

メモリも入ったASUS特別パッケージのIntel CPUは、Lunar Lakeへの道

ASUSがZenbook Pro 16X OLEDで採用しているSoM、左側はその裏側

 去る12月25日の21時にPC Watchは年末座談会の配信を行なった。この中で、読者の投票による「今年気になったモバイルノートとモバイルゲーム機」の選出が行なわれた。結果は、モバイルノート部門が「Zenbook S 13 OLED」、モバイルゲーム機部門が「ROG Ally」と、いずれもASUSの製品が選ばれた。

 以前本連載でもASUSのトップのインタビュー記事をお送りしたが、ここ数年のASUSは「PCセントリック」な開発体制を取っており、一般消費者の視点で見ても、プロの視点で見ても「面白い」と感じる製品が増えている。それを代表するのが今回両部門で選ばれたASUSの製品と言える。

 そうしたASUSの開発体制は、単にASUS一社の開発体制にとどまらず、ノートPCの未来という点を考えても重要な開発が行なわれている。その代表例はASUSが「Supernova SoM Design」と呼んでいる、CPUとメモリが一体になったモジュールデザイン。実はこれ、ASUSにとって重要なだけでなく、同時にこれを開発して提供したIntelにとっても重要なデザインスタディーになっているのだ。それはどういうことなのだろうか?

16万円弱と安価なのに軽量1kgを実現したZenbook S 13 OLED

Zenbook S 13 OLED、第13世代インテルCoreプロセッサ、16GBメモリ、512GBのSSD、13.3型OLEDパネル(2,880×1,800ドット、550cd/平方m、DCI-P3 100%)というスペックで1kgという軽量を実現

 ASUSにとって今年最も重要だった製品は、読者の投票でも1位に選ばれた「Zenbook S 13 OLED」であることに疑いの余地はないだろう。特にこの製品は日本をターゲットにした製品で、Core i7-1355UないしはCore i5-1335U、16GBメモリ、512GBのSSD、13.3型OLEDパネル(2,880×1,800ドット、550cd/平方m、DCI-P3 100%)というディスプレイを採用していながら、重量は約1kgと比較的軽量を実現していることが特徴だ。

 しかも、バッテリは63WhとこうしたノートPCの標準である40~50Whという容量よりも大容量で、かつ1kgという軽量を実現していることは見逃せない特徴と言える。

左はASUS セールスプロダクトマネジャー ハワード・チャン氏(Zenbook S 13 OLED担当)、右はASUS セールスプロダクトマネジャー ピーター・チェン氏(Zenbook Pro 16X OLED担当)

 そうしたZenbook S 13 OLEDの開発を行なったASUS セールスプロダクトマネジャー ハワード・チャン氏は「この製品を開発するにあたり気をつけたのは、コストと重量などのバランスを取ることだった。もっと軽量にすることは不可能ではないが、そうするとコストが上がってしまう。

 また、バッテリの容量を削れば軽量を実現することはできるが、そうしたことはせずに十分な容量を確保しつつ、1kgという軽量を実現していきたいと考えて設計した」と述べ、低コストだけれど、軽量でかつ長時間バッテリ駆動という、相反する命題を実現するような製品を目指したと説明した。

 それはZenbook S 13 OLEDの内部を見るとよく分かる。Dカバーを開けると、バッテリが底面積の約3分の2を占めており、基板や冷却ファンを置くスペースが全然ないことが分かる。そうしたスペースがないのに、Zenbook S 13 OLEDは1つが小型のデュアルファンを採用して、CPUの冷却する仕組みになっている。それにより十分な放熱量を確保しながら、小型軽量を実現できている。

 チャン氏によれば「このファンから出た風は、ディスプレイの下部にあたって上に吹き抜けるようになっている。そのため、OLEDパネルを守る必要があり、パネル側に温度管理のICが入っており、それによりある一定の温度以上になると、たとえばファンの回転数を上げるなどの細かな制御を行なうことで、ディスプレイパネルの劣化を防ぐ仕組みになっている」という仕組みを採用している。

Zenbook S 13 OLEDのCPU、ヒートシンク、冷却ファンの構造。横から吸ってヒンジ部分に排気する
裏ぶたは簡単にとりはずせる、SSDへのアクセスも容易

 というのも、Zenbook S 13 OLEDでは、冷却ファンから出た風は、ヒンジの隙間にある送風口から風がディスプレイに当たって、それが上に抜けるという構造になっている。一般的な製品だと、その風は左右にある送風口から吹き出す形になっており、ノートPCをフルロードにすると、マウスを操作している手に生暖かい風があたり……という経験をしたことがある読者も少なくないだろう。このため、最近ノートPCではディスプレイのヒンジに送風口を設けて、ディスプレイの上下に風を送るというのが一般的だ。

 Zenbook S 13 OLEDでもそうした形状をとっているのだが、そのままだと、CPUがフルロードになったときに常時熱風がディスプレイに当たるため、そのままではディスプレイの劣化が発生してしまう。そこで、ディスプレイ側に温度を検知できるセンサーを入れており、ある程度以上になると温度がそれ以上上がらないような制御が入るという。それにより、性能を落とさずにディスプレイも守ることが可能になっているということだった。

 実際に、Zenbook S 13 OLEDを見てみると、裏面カバーもネジを外すだけで簡単に開けられるようになっており、メンテナンス性もよい。そうしたシンプルに作りに徹したからこそ、下位モデル(Core i5-1335U/16GB/512GB SSD/WPS Office)というモデルで、16万円弱という高いコストパフォーマンスを実現できたのだなということが理解できた。

Apple M1を見て、「自社製品にも採用しなくては」と走り出すASUS

Zenbook Pro 16X OLED、16型のOLEDパネルを採用し、CPUはIntel Core i9-13905H、GPUはNVIDIA GeForce RTX 4080 Laptop GPU、メモリは32GB、1TB SSDというスペック

 筆者が個人的にASUSのベストプロダクトオブザイヤーだと思っている製品が「Zenbook Pro 16X OLED」だ。この製品の最大の特徴は、ASUSが「Supernova SoM Design」と呼んでいる、メモリ体型のSoM(System on Module)を採用していることだ。

 SoMとは、SoCとメモリやフラッシュメモリなどを1つにモジュールに混載しておくモジュールで、それをマザーボードに装着することで、SoCとメモリなどの実装面積をより小型にできる。

SoMのモジュール。Intelが特別に提供しているCPUパッケージが採用されている

 こうしたSoMを、ノートPCで最初に採用したのは、Appleだ。Appleは、Armアーキテクチャを初めて採用したM1を搭載したMacBook Pro (13インチ、M1、2020)を登場させた時に、このSoMを採用している。それにより、SoCとメモリの基板上の実装面積を最小化して、よりマザーボード基板の小型化を実現したのだ。

 ASUS セールスプロダクトマネジャー ピーター・チェン氏は「Appleの発表会を見ていて、これは弊社の製品にも使える、シンプルにそう思ったことがスタートだった。そこで、直ちにSoMを製造しているベンダーに連絡を取って、サンプルを取り寄せて設計を開始した」と率直に語ってくれた。

 その効果は非常に大きかったという。前世代のSoCとメモリを基板に直付けしていた場合の実装面積は60×50mm(3,000平方mm)で、SoMの実装面積は42mm×44.7mm(1,877.4平方mm)になり、約38%実装面積が小さくなっているという。それにより、その空いたスペースを利用し、GPUを1つの上のグレードにすることが可能になり、さらに性能が強化されたのだという。

上が今年(2023年)のモデル、下は昨年(2022年)のモデル

 このSoMにIntelの第13世代Core Hを搭載するにあたり、ASUSは1つの問題にぶち当たっていた。というのも、Intelの第13世代Coreの標準パッケージ(Type3パッケージ)は45×37.5mmで、そのままでは長辺が42mmのSoMからはみ出してしまうのだ。

 そこでIntelに連絡を取り、このSoMに入るような特別パッケージを作成してもらい、無事に納められたということだった。そのあたりの詳細なやりとりに関してチャン氏は何も語らなかったが、「Intel側も積極的に対応してくれた」とむしろIntelも非常に前向きに対応してくれたとのことだった。

Intelは2024年に登場させる予定のLunar LakeでSoMを採用する計画

IntelがInnovation 2023で公開したクライアントPCロードマップ

 実はIntelの側にも、そうしたSoMを自社製品に採用したいと考えていたASUSに協力する理由が十分にあった。というのも、IntelもそうしたSoMを将来の製品で採用する計画があるからだ。

 上のスライドは、Intelが9月に米国カリフォルニア州サンノゼで開催したInnovation 2023で公開した、今後のロードマップだ。右側に表示されているMeteor Lakeはいうまでもなく、12月14日(米国時間)で発表されたCore Ultraで、既に搭載製品もOEMメーカーから販売開始されている。そして2024年の製品として、さらにArrow Lake、Lunar Lakeという2つの製品が投入される予定だ。

 Arrow Lakeに関しては、Core Ultraの5つのタイル(CPUタイル、GPUタイル、SOCタイル、I/Oタイル、ベースタイル)のうち、CPUタイルのプロセスノードがCore UltraのCPUタイルのIntel 4からIntel 3へと微細化された製品になる。

 実際、Intelのスライドにも「次世代CPUコア、拡張されたGPU/AI(NPUのこと)、エンスージアスト向け最適化」と書かれている。つまり、CPUに関してはIntel 3に微細化されたCPUコア、GPUタイルとSOCタイルは同じプロセスノードだが最適化が加えられてクロック周波数などが上がって性能が向上し、そしてエンスージアスト向けの最適化とは現在のCore Ultra世代では用意されないゲーマー向けのSKUなどが登場するという意味になる。

 一方Lunar Lakeの特徴は「次世代NPU、超低電力モビリティ向け、画期的な電力辺りの性能を実現」と書かれている。以前よりIntelはLunar Lakeはモバイルに特化した製品になると説明してきており、より小型のノートPC(最近流行のミニPCやポータブルゲーミング機)やタブレットなど小型軽量のWindowsデバイスに特化した製品になることが分かっている。

 それに加えて、NPUの世代が進化し、性能が大きく引き上げられる。同時期に登場するAMDの「Strix Point」や、QualcommのSnapdragon X Eliteに内蔵されているNPUと同じような性能を発揮するとみられている。

Lunar Lakeは既にサンプルが製造されており、Innovation 2023では実働デモが公開された

 そして、このLunar Lakeのもう1つの特徴が、SoMの導入なのだ。Intelが公開したスライドからそれが分かるように、Lunar Lakeには2つのメモリモジュールが搭載されており、その下部にCPUのダイが搭載されている形になる。現時点ではこの写真のスケーリング(比率)がCore Ultra/Arrow Lakeと同じなのか分からないので、大きさに関しては不明だが、Intelも独自のSoMを導入しようと考えていることは明らかだ。

 また、この写真からは面白いことがもう1つ分かる。それは、Lunar Lakeは表面からはダイが2つあるように見えることだ。Lunar Lakeが3Dパッケージング技術(Foveros)を採用するのか、2.5Dパッケージング技術(EMIB)を採用するのか、現時点では分からないので、前者であれば3つのダイ、後者であれば2つのダイ(タイル)から構成されている。いずれにせよ、Core Ultra/Arrow Lakeとはダイの構成も、全く異なり完全にゼロから設計されているダイであることは明白だ。

 このため、Intelが言っている「画期的な電力辺りの性能を実現」も、この変化によって実現されている可能性がある。それがAppleのMシリーズや、QualcommのSnapdragon X Eliteに匹敵するようなものであれば、Lunar Lake登場後の市場は大きく様変わりすることになりそうだ。