液晶で本を読むのも悪くないと思い始めた理由



 すでに発売されて数カ月が経つGALAPAGOSについて記事を書くつもりになったきっかけは、およそ1カ月ほど前に遡る。

 2月にシャープが電子書籍端末のGALAPAGOSに関してユーザーイベントを行なったのだが、この時に筆者も参加させていただいた上で、発言の機会もいただいた。私の話は一般的な電子書籍市場や出版社、筆者などそれぞれの立場と現状と将来の展望などについて話をしたのだが、個人的にはGALAPAGOSを推進しているエンジニア自身から、直接、GALAPAGOSに対する疑問に長時間にわたって答えてもらえたことによる収穫が多かった。

 現在販売されているGALAPAGOSの端末についての評価ばかりに目が言きがちだが、将来を考えるとシャープが作ろうとしている電子書籍流通の仕組みの方が重要だ。また、実際にこのイベント前後にしばらく5.5型版の端末を貸していただいたのだが、使い始めなければ解らなかった部分もある。

 実際に購入しようとすると限られた店舗かWebサイトでしか購入できない(購入時にユーザー登録が必要になるため)ことや、大規模なアップデート計画の予定が正式には発表されていないことなど、消費者の側にはやや不満もくすぶってはいるが、想像していたよりはポジティブな印象を持った。

 ただし、当然ながら改善も必要になるだろう。

●紙不足、インク不足と電子雑誌

 もうそろそろ、東北地方太平洋沖地震の話から抜け出なければならない頃だが、実は電子書籍(中でもとりわけ電子雑誌)と、この震災の間には深い関連性があるので、まずは冒頭で触れておきたい。

 震災以降、書籍や雑誌を作るための紙不足が深刻との報道を見たことがある方も多いと思う。これには大きく2つの理由がある。

 1つは有明にある用紙保管倉庫が水没したこと。この用紙保管倉庫は製紙メーカーが共同で運用しているもので、製本のために紙が必要になると、この倉庫から必要な分をオンデマンドで切り出して印刷所に搬入される仕組みだった。

 ところが、埋め立て地である有明が地盤沈下を起こしてしまい、用紙の在庫が軒並み水没。さらに落下などで芯材にダメージが出てしまい、出荷できないロールもあるそうで、もともと多く持たなくなっていた中間在庫が激減してしまった。

 さらに東北や北関東にある製紙工場が被災し、すぐに印刷が行なえない状況がある。特にコート紙は工場内をチリ1つないクリーンな環境に戻す必要があるなど、復旧にはある程度の時間が必要になるようだ。北関東の工場は動きつつあるようだが、東北の工場は見通しが立っておらず、全国の雑誌用紙の4割を生産していた工場の復旧をあてにできない。

 西日本の製紙工場からの配送を手配しているそうだが、ガソリンなど燃料の一時的不足もあり、また在庫が一通り捌けたあとの生産能力などからしても、発行部数やページ数などの制限がしばらくは続くことになりそうだ。

 しかも、この問題に輪をかけているのがインク不足だという。東北には質の高い顔料を作る工場があり、こちらも被災で顔料の製造ができなくなってきているそうだ。インクメーカーによって異なるが、いくつかのカラーインクの在庫が減ってきていると伝え聞いており、顔料の供給が長期にわたって途絶えると出版・印刷業界のダメージは大きくなりそうだ。

 日本雑誌協会によると雑誌の発行休止、または発行を延期は190誌を超え200誌に迫るという。コミック誌など発行部数の多い雑誌の場合は、物理的な配送の問題もある。このところ無料電子版での配信に、いくつかの雑誌が乗り出しているのは、どうしようもない事情が背景にあるからだ。

 “紙の雑誌はもういらないのでは”という過激な意見もあるが、電子雑誌の発行で雑誌の製作費が賄えるのは、まだ相当先の話になる。震災の影響は広告業界にもダメージを与えることは確実なため、紙の雑誌は本格的に冬の時代を迎えることになる。こうした急速な環境の変化が、雑誌の電子化を加速させるのではないか? という見方があるわけだ。

 紙不足、インク不足で雑誌が従来通りに発行できなくなる可能性は確かにある。実際、ほとんどの雑誌が減ページ、あるいは発行部数減を依頼されており、今後も資材不足が続けば発行できなくなる可能性はある。しかし、だからといって雑誌の電子化が急速に進むというのは楽観的な見方だ。

 というのも、電子雑誌ではこれまでの雑誌市場をとてもではないが、支えきることはできないからだ。今はまだ、これから数年をかけて電子雑誌の立ち上げの方向を模索する段階だろう。まだ業界の準備は整っておらず、紙と電子の両輪を回していかなければならない。製作コストを回収するビジネスモデルがうちに見切り発車で前へと進んだところで、良い結果を出すのは難しいだろう。

 とはいえ、今回の件が雑誌の電子流通に関する議論を、さらに真剣味のあるものにすることは間違いない。そうした意味では、雑誌ビジネスの変革へと一歩前へと進んだと表現することはできるかもしれない。

●液晶で本読みも悪くないと思った理由
過去に何台もの試作をしては商品化しないといったことが何度か続いたという。現在のガラパゴスは、さまざまなサイズのモックアップを作成。サイズの最適化を図り、5.5型の高精細液晶パネルを新規で起こした

 さて、前置きが長かったが、シャープのGALAPAGOSである。本来なら1カ月ほど前に記事を書きたかったのだが、間に震災が挟まってしまい、記事を書くタイミングをやや逸してしまっていた。とはいえ、前述した電子雑誌の話とも深く関連するため、この機会に記事にしておきたい。

 実際にGALAPAGOSを使う前は、いくつかの問題があるとの指摘を知人から耳にしていた。買いにくさと、購入してからの登録処理の煩雑さ。さらに購入プロセスもステップが多いという意見だ。また、GALAPAGOSに汎用的な情報端末としての能力も期待していた向きには、ちょっと期待はずれという意見も聞いていた(もっとも、汎用のAndroid端末でないことは、あらかじめアナウンスされていたのだが)。

 確かに、購入時の面倒さや購入直後の設定に関しては、すでに設定済みの端末を借りたためわからない。GALAPAGOSストアの洗練度も、Kindle Storeに比べるとやや落ちるかもしれない。

 しかし、一方で想像よりもずっと良いところもあった。液晶パネルの表示品位だ。

 バックライトを透過光で見る液晶は、長時間の読書後に目が疲れやすいのではないか、と言われてきた。確かに電子ペーパーを使った製品に比べると、質感が紙と異なるのは間違いない。しかし、目の疲労感という意味で明らかに劣る印象も持たなかった。個人的に、これは大きな発見だ。iPadで読書をしてみると、今ひとつしっくりしないと感じていたからだ(むしろサイズが小さくともiPhone 4の方が読みやすい)。

 暗い環境下ではやや明るすぎる傾向があるなど、バックライトと周囲の明るさのバランス(自動で調整する機能がある)の取り方には改良の余地はあるが、高精細な画素配置による文字表示が効いているのかもしれない。

 1,024×600ピクセルの5.5型サイズから計算すると、サブピクセルを用いずに表現する場合でも215ppiある。さらにカラーのRGB画素(サブピクセル)を用いて表示している。紙のように見えるには300ppi以上が必要と言われることから、まだ“紙の領域”までは到達してはいないが、それでも精細度の向上が読みやすさを引き出していることは十分に感じられた。

こちらはモノクロ液晶のモックアップからも解るとおり、かなり前の試作。電子書籍を長年継続してくる中で、何度も専用端末発売をトライしながら、ガラパゴスに辿り付いた

 Sony ReaderやKidleのようなE-inkを用いた製品と比べ、文字に関しては基本的に自発光しないE-inkの方が紙に近い質感と感じる。これは反射と透過光の違い以外にも、画面表面と表示の深さ(液晶はガラス面の奥に表示層がある)の違いなども関係しているようだ。この質感の差は埋まらないが、液晶の方が圧倒的に優れていることがある。それは書き換えの速度だ。

 5.5型版GALAPAGOSのトラックボールを回しながら、パラパラとページをめくるように読み進めながら、たまに数ページ戻って確認する。そんなことを前後を行き来しながら読む際の使い勝手は、液晶の方がずっといい。ビューアソフトのパフォーマンスチューニングで、もっと高速なページめくりができるのであれば、さらに感覚的に良いものになるだろう。

 iPadで本を読んでみた時に、あまりポジティブにはなれなかったのだが、GALAPAGOSを見て、さらに高精細化が進んでいくなら、液晶パネルで本を読むのも悪くないと感じた。5.5型というサイズ感も抜群で、電車の乗り換え時にちょっと内ポケットに入れるのにちょうどいい。


●どこまで成長できる? GALAPAGOS

 とはいえ、今のままの端末では物足りない。発表時にも“進化する”と話していただけに、どこまで成長できるのかが、現行ハードウェアの鍵となろう。

 イベントでは筆者もシャープにいくつか質問してみた。まずハードウェアに関してだ。すべてについて質問に答えていただけた訳ではないので、筆者の解釈の部分とシャープのコメントを織り交ぜながら話を進めたい。

ガラパゴスの前身は、XMDF-誕生のきっかけにもなったシャープの電子手帳ザウルスシリーズだった……ということで、歴代のザウルスが並べられていた。ザウルスファンという認識は全くなかったのだが、数えてみたら筆者もこのうちの4台を所有していた

 GALAPAGOSは、シャープの電子手帳にはじまるザウルスの流れを汲む開発チームの手による製品だユーザーイベントにやってきた方々も、一様にザウルスシリーズに思い入れのある人物ばかりで、中にはほとんどの代表的なザウルスを所有している人もいたようだ。

 これはシャープの電子書籍フォーマットであるXMDF自身が、ユーザーからのボトムアップで策定された経緯からの伝統だという。元々はパソコン通信用の縦書きログビューアから発展し、小説を読むためのビューアとデータ形式を作り、そこに向けて電子書籍を販売してもらうという順にXMDFは生まれた。

 ところが、今のGALAPAGOSは順番が逆になっている。電子書籍専用端末であり、XMDF以外は読むことができない。一方で汎用端末としての機能は限定的で、Android Marketなどは利用できない。

 しかし、1月のInternational CESでアクオスとの連携(GALAPAGOSで再生している動画をネットワーク経由でTVに引き渡す機能)を発表するなど、大幅なアップデートが予定されていることは間違いない。筆者が試した5.5インチ版は未公表ながら第1世代のSnapdragon/800MHz版と思われるが、人づてにはOSのベースバージョンが上がることで、動作は大幅にスムーズになっているという。

 注目のAndroid Marketの利用に関しても、CTS(Android Compatibility Test Suite)のクリア基準が2.3以降で緩和されている。従来のようにスマートフォンだけでなく、さまざまなタイプのデバイスをサポートする必要が出てきたためだ。シャープ自身も、GALAPAGOSを汎用端末にしたいとの意志は持っていたため、何らかの形でアップデートされていくものと思われる。

 Snapdragonが第1世代のため、高パフォーマンスのグラフィックスは期待することができないものの、高精細なWebブラウジングやメール閲覧など良い面も少なくないため、OSのアップグレードが発表されれば、端末の魅力はグッと高まるのではないだろうか。5.5型というユニークなサイズも魅力だ。

 またシャープはGALAPAGOSの書籍ビューアを、他フォーマットに対応させる作業も進めている。例えば講談社や角川書店は.book形式を主に採用している。また、今後はePub 3.0への対応も必要になってくるだろう。これらについては柔軟に対応していく模様だ。

 シャープのザウルスチームは、以前からユーザーとの接点を大切にしながら、ボトムアップでより良い端末へのアップデートを行なう努力をしてきた実績があるが、反面、きちんと対応できると言える時までは、決して何をどうする、あるいはどうしていきたいといったことを言わない、奥手なところがある。

 このため、ハッキリと筆者も記事に書けないのだが、今回に関しては大幅なアップデートを期待してもいい。まだしばらく時間はかかるようだが、ユーザーは大いに期待していいと思う。


●TSUTAYA GALAPAGOSストアの行方

 シャープはXMDFだけにこだわるのではなく、他形式も含めた柔軟な対応の姿勢を見せていくようだ。というよりも、電子書籍や電子雑誌が流通する仕組みを作り、環境を整えることでGALAPAGOSワールドを作ろうとしている、という方が言い方としては正しい。

 重要なのはコンテンツであって、コンテンツ(電子書籍や雑誌)が流通するシステムをGALAPAGOSとして作り、そこに多様な端末を用意していこうというわけだ。自宅やオフィスでの閲覧に向いた10型版と通勤族を意識した5.5型版に加え、スマートフォン向けにTSUTAYA GALAPAGOS対応のアプリケーションを提供(ただしシャープ製Android端末のみ対応。IS01を除く)開始した。

 個人的には、これだけ長期にわたって電子書籍の流通を継続してきただけに、シャープへの信頼感は高いのだが、それでもいくつか疑問はある。例えば、スペースタウンからTSUTAYA GALAPAGOSへの移行に際して、コピー制限が厳しくなった。購入した書籍は、最大3台の端末でしか読むことができない。スペースタウンではコピー回数に制限はなかった。

 スペースタウン時代の有料XMDFコンテンツは、フットプリントと言われる運用をしていた。これは入手したXMDFファイルに、ダウンロードごとそれぞれユニークなコードを埋め込んでおくというものだ。基本的には利用制限なしに使えるようにしているものの、悪質な複製が行なわれた場合などは、このIDを追うことで流出元やそこからの経路を辿ることができる。

 この仕組みは読者にとっても利益があるということで、出版社とも合意が取れていたのだが、電子書籍のビジネスが本格化する中で、出版社の要望でデバイスへのチェックアウト回数による制限に切り替わったようだ。この件に関してシャープが何も言わないのは、それだけ微妙な問題(ハードウェアメーカーでは制御できない)だからなのだろう。

 例えば、スペースタウンのシステムをベースに電子書店を運営していた出版社が、販売サイトを相次いで閉じるということが2月から3月にかけてあった。これは“Sony Readerなどシャープ製以外のXMDF対応端末でも自由にコピーして本を読める”という情報が一人歩きし、完全なコピーフリーで自社の扱う本が流通していると誤解したのが原因だった。

 フットプリントによる管理が承認されたのは随分昔の話で、電子書籍は主流から外れたものだった。それ故に許されていた部分もあるが、当時の事情を知らない関係者からは「勝手にコピーされて他の端末で読まれてる」という意識が働いたのかもしれない。

 シャープとしては、XMDFを中心に各種フォーマットに対応しながら“ガラパゴスの世界”を作っていくとのことで、最終的にどんな表現方法、どんな著作権管理手法で販売/配布するかは出版社自身が決めることになる。

●電子雑誌への近道を

 さて、書籍については技術的な問題よりも、出版社を含め関係各所の覚悟次第だと思うが、雑誌となるとやや話が変化してくる。雑誌にも多様な種類があり、それぞれビジネスモデルは異なる。例えばファッション系ならば収入に対する広告の割合は明らかに大きく、発行部数の少ない専門系の雑誌ほど広告収入への依存度は低い。

 広告収入の依存度が低い専門性の高い雑誌に関しては、電子流通へのハードルは若干低くなるが、それも端末の数が増えなければ机上の空論となる。もちろん、それは広告依存度の高い雑誌でも同じだろうが、広告依存度が高い場合は“どのように広告を見てもらうか”が問題になる。

 読者の中には広告は無理矢理見せられるものと思っている方もいるかもしれない。しかし、無理矢理見せられるということは、本人の意志に反しているということ。あまり気持ちの良いものではない。広告は商品や企業、サービスなどのイメージや機能を知ってもらうためのものなのだから、気持ちの良くない見せ方は本来、理想ではない。

 紙の場合は、パラパラとめくりながら雑誌を見ているときに、自然に広告が目に入るものだが、電子媒体の場合は画面表示のサイズや解像度が限られていたり、ページをめくる作業が実物の雑誌ほどにはスムーズではないため、広告が存在するだけで鬱陶しいと感じてしまう。

 これは1つの情報源として広告を見てくれる読者の多い紙の雑誌との大きな違いだ。この問題に対処するために、シャープはXMDF 3.0を、本文とグラフィックを分けて閲覧しつつ、全体のレイアウトも確認できるという、現時点での特徴だけでなく、広告を邪魔なものにしないためにどうするかを広告代理店などと共同でアイディアを出し合うべきだろう。

 もう1つは、日本の特殊事情への対応という意味でも、“ガラパゴス”らしく対応できれば、前へと進みやすくなる。最終入校データへの柔軟な対応だ。

 海外の電子出版ソリューションは、大抵の場合、アドビInDesignの最新版、あるいはその1つ前のバージョンぐらいまでしか対応していない。ところが、日本では最新のCS5どころか、CS3での入稿を求められることも多いという。なぜなら、最終的な写真データを貼り込みやレイアウトの詰めの部分を、印刷所側で行なっていることが多いためだ。

 このため出版社側の都合でバージョンアップを行なうこともできず、また最新の入稿データが出版社にない場合が多い(全てではない)。しかも、最終版の保管管理も印刷所が担っているケースが多く、出版社サイドの判断だけでは簡単には新バージョンへと移行できない。

 日本の電子雑誌が、電子雑誌とは名ばかりの、タダの画像ビューアになってしまっているのも、紙用に編集したデータを手軽に電子雑誌にできないからだ。言い換えれば、日本の事情に合った発行ツールを提供できれば、電子雑誌化を望むコンテンツオーナーも増えるのではないだろうか。

 XMDF 3.0のフル機能を活かせるようになれば、雑誌の見やすさは格段に向上する。シャープには是非とも、雑誌社と電子化の間を取り持つ接着剤になってほしいものだ大いに期待したい。

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(2011年 3月 31日)

[Text by本田 雅一]