いまさら言うまでもなく、スマートフォンは増加の一途を辿っている。iPhoneが火を付けたブームは今、iPhoneブームからスマートフォンブームへと燃え広がった。MM総研の調べによると、機能や最新技術といった数字に弱い男性はもちろん、一般に技術的に要因で端末を選ぶ人が少ないと言われる女性であっても、4割が次回の買い換えでスマートフォンの購入を希望しているという。2015年には稼働端末の半分がスマートフォンになるとの予測もある。
●3Gネットワーク破綻は対岸の火事ではないスマートフォンの新機種が投入されたこの春の状況を見ると、一部にアンドロイドを使いこなせず、一般的なフィーチャーフォンへと戻す人もいるという。現状、日本の社会インフラを考えればフィーチャーフォンの方が使いやすい面もあり、予想通りに拡大するかどうかは不透明だ。しかし、スマートフォンの割合が増えていくという大きなトレンドにまでは影響しないだろう。つまり、スマートフォンは今後も増えていくということだ。
これだけスマートフォンが売れているとはいえ、みんなが一度に買い換えるわけではない。全ユーザーに対するスマートフォンの比率は、昨年末の段階で7~8%と言われていた。おそらく現在も10%は超えていないだろう。しかし、今のこの段階でも、スマートフォンが生み出す、“節約”を意識しないデータトラフィックは、3G回線を圧迫し続けている。昨今、ソフトバンクの3G回線の輻輳に不満の声が挙がっているが、最初にソフトバンクの3G回線が破綻しつつあるというだけで、スマートフォンが増え続ければ、いずれはNTTドコモやKDDIも破綻を来たす。これは時間の問題だ。
スマートフォンの割合が50%になり、さらにスマートフォンの処理能力がその間に4倍になれば、スマートフォンというカテゴリの端末が使う帯域は、これから数年で最低でも20倍にはなるだろう(孫正義氏は30倍以上になると講演で話している)。推測値はさまざまあるが、数十倍というデータ通信容量の増加は、基地局の打ち方ぐらいで解決できないのは明らかだ。
KDDI社長の田中孝司氏は「スマートフォンが使うデータのトラフィックは、現時点でも世界中3Gがカバーできる帯域幅でギリギリの状態です。この上に端末の能力向上やスマートフォン比率の増加があれば、間違いなく破綻します。携帯電話事業者ごとに耐えられるポイントは違いますが、どこが早く破綻するかだけの違いというのは、その通りでしょう。なにしろスマートフォンは携帯電話とはまるで違います。PCとほぼ同じように通信をしますからね」と話す。
●モバイルWiMAX対応スマートフォンは継続提供では、どのようにして、スマートフォン時代に対処していくのか。まずは、すでに3.9Gでの無線通信網整備が進んでいるモバイルWiMAXの活用がある。
KDDI田中氏(左)と前田氏(右) |
KDDIコンシューマ事業企画部事業戦略1グループリーダー・担当部長の前田大輔氏は2012年から、現在のCDMA2000ネットワークに加えてLTE(Long Time Evolution)を本格展開する予定だ。しかし、一方で出資先のUQコミュニケーションズのMVNOとして、モバイルWiMAXサービスも提供している。モバイルWiMAXをアンドロイド端末に組み込んだHTCのEVO WiMAXも発売した。
前田氏は「当初は通常の携帯電話をサービスする一方、PC向けには帯域が不足するということで、モバイルWiMAXをMVNOとして提供しました。しかし、その後スマートフォンへの急速なシフトがあり、当初の計画通りではデータ通信のトラフィックを処理できないことが明らかになって来ました。そこでKDDIグループ全体で、増加するトラフィックに対処する必要があるだろう、ということでEVO WiMAXの投入を準備しました」と話す。
昨年夏までは3つの携帯電話事業者の中で、もっとも保守的な端末戦略を繰り返していると思われたKDDIが、昨年末から今年春にかけて完全にAndroidにフォーカスを当てた戦略に切り替わった事に個人的には驚かされたのだが、この方向転換の時期に関して両氏は「2010年5月から6月にかけて、スマートフォンへの移行、Androidへの注力を決め、短期間で実行したことを明らかにした。
この一連の動きの中で気になるのは、モバイルWiMAXへの対応が一時的なものなのか、それとも今後も見据えた中長期的戦略によるものなのかだ。2012年以降にLTEの整備をKDDI自身が勧めていくのであれば、モバイルWiMAX対応は、3Gだけでは収容しきれないトラフィックの一時的待避先という捉え方もできる。
しかし、田中氏は今後も継続的にモバイルWiMAXの利用を進めていくと話す。「この先の端末について話をするのは、携帯電話事業者としてはタブーですが、今後も続けるのかと言われれば、当然続けます。これから年末までは、まだまだ時間があります。モバイルWiMAX搭載の機種はどんどん出てきますよ。年末になれば、他社からはLTEに対応したスマートフォンも当然、出てくるでしょう。それまでには、きちんと選べるラインナップを揃えます」。
EVO WiMAXでのモバイルWiMAX利用に関しては、モバイルWiMAXと3Gの切り替えで通信セッションが一度切れることを指摘する声もあるが「セッションが切れるのはLTEでも同じ。今後は端末側でセッションを張り直して継続させるなどの対処をしていく」と前田氏。田中氏は「ネットワークをまたがってハンドオーバーすることよりも、快適な高速通信がより広いエリアで使えることの方がずっと重要。遅くて使えないほど混雑するよりも、モバイルWiMAX併用で可能な限り快適な通信環境を提供する方がいいじゃないですか」と話した。
●計画的なトラフィックのコントロールは無理こうした、自分がユーザーならば、どんなことを求めるだろうかという視点は、田中氏の基本的な経営戦略と連動している。KDDIはモバイルWiMAX対応機において、モバイルWiMAXエリア以外、すなわち3Gエリア内でのテザリングを解禁した。
「禁断のアプリと発表会で話したスカイプの搭載もそうですが、スマートフォンはPCなんですよ。携帯電話事業者がダメだといったところで、ユーザーはできることを知っていますし、当然、やりたいと言います。ではどういう方法なら、それを顧客に提供できるかを考える事が我々のつとめですよ」と田中氏は話す。
モバイルWiMAXに対応するEVO WiMAX |
これから基地局整備を進めるLTEに対して、都市部、特に首都圏では、UQ WiMAXのサービスエリアは圧倒的に充実している。その上、モバイルWiMAXを搭載したスマートフォンは海外で販売され、すでにグローバルモデルの中に組み入れられて製品が開発されている。田中氏は「確かに将来、モバイルWiMAXの方がエコシステムとしては、やや弱くなる可能性はある」と認めるが、“今すぐに手に入る新たな広帯域”としては、外に選択肢はない。
しかし、LTEへの取り組みに手を抜くという意味ではない。KDDIとしては、LTEとモバイルWiMAXの両方をやるという宣言なのである。なぜなら、KDDIのLTEへの投資計画は、他のどの携帯電話事業者よりも積極的なものだからだ。
「LTEに対する投資は本気ですよ。エリア展開はものすごくアグレッシブ。総務省に出している計画も、現時点でもっとも積極的なのはうちですから」(田中氏)と、こちらも鼻息が荒い。
KDDIのLTEサービス開始は来年12月で、NTTドコモに比べると2年遅れの開始となっている(基地局導入は今年11月より)。しかし、これは800MHz帯再編スケジュールに歩調を合わせたものであり、消極性を示しているわけではない。総務省への申告内容は2014年までに29,361局、人口カバー率96.5%を実現するために5,150億円を投資するという壮大なものだ。これはソフトバンクモバイルの2,073億円(DC-HSPA含む)はもちろん、NTTドコモの3,430億円(いずれも2014年までの投資計画)を大幅に超えている。
前田氏は「携帯電話事業者に与えられている周波数帯域は限られていますから、MVNOへの積極的な回線提供を行なっているUQコミュニケーションズのモバイルWiMAXも含め、使える周波数帯域はすべて使って通信容量を増やします」と話した。
KDDIのLTEは、都市部/地方ともに800MHz帯で全国規模でのサービスエリアを展開する。実際、上記5,150億円のうち、800MHz帯への投資額は約3,800億円と大部分を占める。新800MHz帯の10MHz分を全国展開するため帯域として利用し、1.5GHz帯は都市部など基地局密度が必要な部分に重畳して電波を送ることで、利用できる通信帯域と収容数を増やす。つまり、単に基地局密度を高める努力をするだけでは、とても間に合いそうにないので使える帯域は全部使っていこう。簡単に言えばそういうことだ。
モバイルWiMAXにはスマートフォンだけでなく、PCや携帯型ワイヤレスルータの比率も高くなるだろうが、そうした種類のトラフィックがモバイルWiMAX、モバイルWiMAX 2に逃げる事も含め、負荷分散の計画をいかに上手く進められるかが、KDDIのテーマと言えるだろう。
北米ではClearwireが、モバイルWiMAXとLTEを両方重ねる運用のテストをしており、あるいはモバイルWiMAXの転回が遅れている北米でも、最終的には両方を併用する方向に行くのかもしれない。そうなれば、LTEかモバイルWiMAXかの選択をユーザーに求めるのではなく、“1台で全部入り”となっていく可能性はある。
●スマートフォンの受け皿として、公衆無線LANへ積極投資ただ、モバイルWiMAXとLTEへのトラフィックの分散がうまくいったとしても「本当に、みんながフルにスマートフォンの機能を使い始めると、LTEやモバイルWiMAX 2がフルスピードになっても、まったく足りませんよ」と田中氏は語る。
今の時代、アプリケーションの使い方を携帯電話事業者がコントロールする事などできない、という考えが、その根底にあるからだ。
「トラフィックが凄い事になるから、これをやっちゃいけません。こう使ってくださいと言ってみても、やろうと思えばできることをユーザーは知ってます。これでは利用者として、我慢できませんよ。モバイルWiMAX対応モデルで3GでもテザリングをOKにしたのも、同じ理由です。普段、テザリングでモバイルWiMAXをしているお客様が、ちょっとエリアから外れたら使えなくなる。利用者の立場で考えれば理不尽なことです」(田中氏)。
ではどうするか。その答えは、かねてより繰り返し議論されている固定系通信回線へIPの通信トラフィックの迂回しかない。すでに北米で、各種拠点への無線LANの普及が進んでいる。米国での状況に比べると、日本の公衆無線LAN網は「まだまだ弱い」と田中氏は指摘する。
「公衆無線LANは、各社にアクセスポイントを貸し出しているNTT-BPが最大手だが、それでもまだ1万ポイントぐらいしかない。ソフトバンク系も数字で言えば4,000カ所程度です。諸外国に比べると公衆無線LAN後進国です。スマートフォンのデータトラフィックは、自宅での通信量がとても多く、その次に駅、そして勤務先です。まずは自宅の無線LAN対応、それに駅や商業施設などをカバーし、スマートフォンからシームレスに繋がるよう仕掛けを作ります」(田中氏)。
KDDIは公衆無線LANサービスで後塵を拝しているようにも感じるが「アクセスポイントの数は、どこもまだ少ない。今から積極的に展開し、あらかじめスマートフォンに系列アクセスポイントへの自動接続するような手段をどんどの進める」(田中氏)と、スマートフォンの時代に向けてこれからが勝負との認識だ。
今後は米国で電波帯域が割り当てられ、話題になっているSuper Wi-Fi(長距離での通信の安定性を高めた無線LAN)なども含め、固定通信回線への“ウェストゲート”もポスト3G戦略の主役に位置付けている。
KDDIは近く、夏モデルの発表を控えているが、どうやらスマートフォンへの移行を携帯電話事業者としての好機とし、インフラの面でも積極的にスマートフォン対応としていく。となれば、従来のフィーチャーフォンに搭載されていたアプリケーションが、どこまでスマートフォンに移植されるか。
これについても、明言は避けたものの「自社で展開しているナビウォークなどのブランドはもちろん、コンテンツパートナーのアプリケーションも、基本的にはすべて移植、あるいは同等アプリケーションが使えるようパートナー支援をしています。また、“禁断のアプリ”に関しても、3GではなくモバイルWiMAXではもっと活用の幅を拡げることができると考えています」と田中社長。
この積極性、前のめりの姿勢は、フィーチャーフォンからスマートフォンへの変革期において、大きな武器になるだろう。
(2011年 4月 28日)