3G+モバイルWiMAXの極楽



 ついにUQコミュニケーションズによるモバイルWiMAXサービスが正式に始まった。エリア増強は試験サービスの開始以降、これまでも順次行なわれてきたが、7月1日のサービススタートに合わせ、基地局数は6月だけでそれまでに設置した基地局とほぼ同数が開局。設置済みながら光回線が開通していない基地局も少なくないが、それらも9月までには稼働を開始する。

 さらには駅構内や大規模商業施設への展開も、このタイミングに向けて一気に進めてきたのか、主要な駅構内にはモバイルWiMAX対応を示すステッカーを見ることができた。これはJR自身が駅構内のサービスをアピールしているもので、44駅でモバイルWiMAXが利用できるという。写真は上野駅のものだが、複雑な上野駅構内を見事にカバーしているようだ。

上野駅各所にあるWiMAXのステッカー(青いもの)

 また、7月1日からはOMA-DM(open mobile alliance-device management)を用いたオンラインサインアップも始まった。これでOMA-DMの動作が確認されている、加入前の端末を用いれば、ユーザーは好きな接続事業者を選択してサービスを利用できる。

 このところ高速無線WANの話題が続いたが、最後に内蔵モバイルWiMAXについての話を書いておきたい。

●開始されたオンラインサインアップ

 OMA-DMはサービス加入前の“白ROM”端末に接続先情報やユーザー情報を書き込み、“黒ROM”端末にするための仕組みだ。

 OMA-DMはPC上で動作する接続ユーティリティと共に動作し、白ROM端末がモバイルWiMAXのサービスエリアにあるとモバイルWiMAXの回線事業者(この場合はUQコミュニケーションズ)のサーバーに仮接続を許可する。Webブラウザを起動すると接続事業者を選択する画面が表示され、事業者を選択すると各事業者のサインアップ画面へと進み、登録に必要な情報が揃うと認証サーバーに登録されるとともに、認証に必要な情報を端末に書き込む。

 どのような情報が書き込まれるのかは、あまり詳しくは述べられていないが、認証サーバのアドレス(接続事業者ごとにユーザーの情報は持つ)やID、パスワードなどの情報が書き込まれるようだ。7月1日に発売された新通信モジュールは、これまで無料体験サービス期間中だった時とは異なるOMA-DM対応端末になっている。

 ただし、すべての情報が通信モジュール内のROMに書き込まれてしまうわけではなく、一部の情報は暗号化された上でコンピュータのストレージ内にも収められる。これはモジュール盗難などへの対処を行なうためだろう。

 コンピュータのストレージ内に書き込まれるのは認証情報と通信モジュール固有の情報(MACアドレスなど)などを組み合わせて作られたバイナリファイルで、データのすり替えが簡単に行なえないようにするなど一定以上のセキュリティ対策が施されている。たとえば、モバイルWiMAX端末を盗まれ、前述の暗号化された接続情報データベースをコピーした上で新しい端末に盗んだ通信モジュールを装着しても、そのままでは“なりすましアクセス”は行なえない。

 一方、正規のユーザーがOSをインストールし直すなどして接続情報のデータベースが失われた場合は、通信モジュール内に書き込まれた接続先情報をたどってログイン画面が表示され、あらかじめ通知されている情報でログインすることで、再度、データベースが再構築される模様だ(ただし、公開されていない情報もあるため、推測も含んでいる)。

 この記事を書いているのはサービス開始初日のため、一度選択した接続事業者の契約を切って、別の事業者と契約する場合の手順については試していないが、MVNOに対してかなりオープンに開かれた仕組みが提供されているという印象だ。

 UQコミュニケーションズはKDDIの出資比率が大きく、大手携帯電話事業者の子会社の印象が強い。しかし、auのサービスが携帯電話の機能と強くヒモ付いた、囲い込み的手法のビジネスを行なっているのとは異なり、UQコミュニケーションズは通信インフラを普及させ、販売するという意識が強いように感じる。この点は、今後、柔軟なモバイル通信サービスを期待する上で重要な点だ。

 OMA-DMによる認証情報の端末への書き込みは、携帯電話をネットワークに登録するプロセスと似ている。一度登録してしまえば、あとはログイン作業などを行なわなくとも、即時にオンラインとなれるのも携帯電話と同じだ。

 異なるのは、ユーザーが端末から接続事業者を自由に選べることと、SIMカードを必要としない点。このため、端末になるPC(あるいはMIDなどの情報端末)は、SIMカードスロットなど特別なハードウェア設計を行なわなくとも、Wi-Fi/モバイルWiMAX兼用通信モジュールを組み込んで必要な接続ユーティリティをインストールしておくだけでいい。

●モバイルWiMAX内蔵PC構築の体験

 この7月1日に合わせて、モバイルWiMAXの使い勝手を探るために、日本での認証が取れているIntel Wireless Link 5150(Echo Peak)を2つ用意し、手持ちのPCに内蔵の無線LANモジュールと交換する形で組み込んでみた。以前の記事でも述べたが、海外から流れてきているEcho Peakの場合、あらかじめ日本の接続事業者以外の接続情報が書き込まれている場合がある。UQコミュニケーションズは通信モジュールを白ROMで提供し、MVNOに対してオープンにしているが、海外のモバイルWiMAX事業者は(競合の存在などにより)黒ROM化してからモジュールを供給していることがあるからだ。

 その場合、初期接続の段階で通信モジュールに書き込まれた認証サーバーと繋がらないため、モバイルWiMAXを利用する事ができないという。しつこいようだが、秋葉原などでMini PCI Expressカードを入手して組み込む事には賛成しない。

 たとえば2枚のEcho Peakのうち、1枚はVAIO type P、もう1枚はMontevinaプラットフォームのLOOX RとSanta Rosaプラットフォームのdynabook SS RX1に組み込んでみたのだが、dynabook SS RX1では上手く動作しなかった(Wi-Fiは動作するがモバイルWiMAXは動作しない)。Echo PeakがSanta Rosaで動作しないというわけではなく、多くの場合は動いているようだが、一部、BIOSの違いによる非互換があるようだ。他にもThinkPadシリーズはBIOS側で未知のデバイスを組み込むとデバイスにロックがかかるため、やはり動かないという(こちらは筆者の手元では試していない)。

 VAIO type PへはNTTドコモの無線WANカードがインストールされたモデルを使用したため、FOMAネットワーク、Wi-Fi(IEEE 802.11a/b/g/n)、モバイルWiMAX、Bluetoothの4つの無線技術に同時に対応するコンピュータに仕立て上げることができている。

Intel Wireless Link 5150のハーフサイズカードVAIO type Pにあらかじめ組み込まれていた無線LANカード。サイズは同じなので、置き換えることができるtype Pはキーボードを取り外した下にアンテナの配線があるので、まずはこれを外しておく(無線WAN、無線LAN合わせて4本)
さらに筐体底面のカバーを開けて写真のMini PCI Express Cardスロットの基板を取り外す上はFOMAハイスピード+GPSのカード、下が無線LANカードだ。無線LANカードの右にあるのはBluetoothモジュールで基板から伸びているアンテナはBluetoothのもの
無線LANカードをEcho Peakに差し換え、熱伝導シールを貼り替える元通りに組んでアンテナ線を取り付ければ組み込みはほとんど終わり。接続ユーティリティとして、Intel PROsetのWiMAX用モジュールをインストールする

 以前のコラムでも記したが、モバイルWiMAXは2.5GHz帯を用いているため、アンテナはWi-Fi用のものをそのまま利用できる。本来はモバイルWiMAXに対応したアンテナがあった方が感度が良く、速度も出るようだが、VAIO type PとLOOX Rでは全く問題なかった。どちらも自宅周辺で4.5~5Mbps程度、丸の内周辺では7Mbps近い速度が出たこともあった。

 数字だけを見ると少し遅いのではないかと感じるかもしれない。しかし、実測値で4Mbps以上出ていれば、出先でやりたいことのほとんどはできてしまう。サイズの大きな写真を送る際に、アップリンクがやや遅いと感じる程度だ。Webのブラウジングなら困ることはない。なお、スループットがUSBタイプの通信モジュールに比べて遅いのは、Echo Peakがカテゴリ3というUSBタイプの通信モジュールに比べ一段遅い変調方式で通信しているためである。

 USBタイプと同等の実効で15Mbps前後、あるいはそれ以上の速度を得ようとすると、カテゴリ4に対応したKillmer Peakというモジュールが必要だ。こちらは年末商戦向けに秋以降に順次、各PCに組み込まれていくはず。内蔵アンテナの質が高ければ、USBタイプの通信モジュールよりも高速になり、実効で20Mbps近くまで出る可能性があるようだが、特にそれを“待つ”必要があるとは思わなかった。

無料テスト期間中に配られた端末でアクセスすると、接続事業者選択ポータルではなく、UQ WiMAXのサインアップ画面につながる(あらかじめUQ WiMAX向けの黒ROM化がされているため)。白ROMのEcho Peakでは接続事業者選択ポータルにつながるが、筆者のものはあらかじめテスト用に有効化されていたため、その画面は見ることができなかった(こちらに画面あり)Echo Peakの初期接続情報書き込み画面。一連のプロセスで黒ROM化される自宅では平均5Mbps程度だが、部屋によってはさらに高速に繋がる。ここでは7Mbps以上のダウンリンク速度が出た

 すでにパナソニックや富士通など、モバイルWiMAX対応PCが発表されているが、来週以降、さらに多くのPCベンダーからモバイルWiMAX対応PCが登場する見込みだ。WiMAXとWi-Fiのモード切替など、ネットワーク関係のユーティリティを独自に開発しているメーカーもあり、より使いやすいものになっていくと思う。

 価格差は同スペックのPCに対しておおむね1万円ほどの差額との事だから、使う見込みがあるのであれば、スグに利用するわけでなくとも、WiMAX対応のモバイルPCを選んでおくのが良いだろう。

●3G+モバイルWiMAXの極楽

 内蔵モバイルWiMAXは、おそらく使ったことのないユーザーが想像するよりも、はるかに使いやすい。あらかじめコンピュータと通信モジュールのペアで認証が取られているため、PCの液晶パネルを開いてレジュームさせると、レジューム直後からEcho Peakが電波を捉えて認証プロセスを開始、4秒以内に認証が終了し、1秒とたたないうちにIPアドレスが飛んでくる。

 たいていはこの間にメーラーウィンドウをフォアグラウンドに持ってきたり、あるいはPCを開いて”さて使おうか”と動きが止まっていたりするので、ほとんど待ち時間らしい待ち時間を感じない。

 自宅のWi-Fiネットワークに繋いでいるのと同じ気分で、エリア内ならどこでも当たり前にオンラインになる。もし自宅(あるいは社内)ネットワークに繋いだのと同じように使いたいのであれば、自動的にVPNで繋ぐように設定しておけばいい。モバイルWiMAXは、若干レイテンシが遅い傾向がみられるため、VPNを通すと速度が60%程度に落ちてしまうこともあったが、それでもオンライン/オフラインを意識しない快適さを考えれば、快適性が充分に上回る。

 もちろん、現在のところモバイルWiMAXはネットワークのエリア拡大を推進中という段階なので「どんなに便利だろうと、東京の話だろ?」と思うのは無理もない。しかし、かつてWi-FiのPCへの標準装備がインテルによって積極的に進められ、全国各地にWi-Fiスポットが増えていった過去を振り返るならば、これから1年後、2年後への期待は膨らむ。

 それまでの間、エリア外では3G携帯電話のネットワークを活用すれば(3G利用の際は当然ながらダイヤルアップが必要になるが)いい。モバイルWiMAXと併用する分、利用の頻度は減ることになるが、くだんのVAIO type Pでは、未保証ながら利用できるb-mobile 3GのSIMカードを用いて接続している。ご存知の通り、b-mobile 3Gはプリペイドで時間あたりの課金となるため、利用頻度が低い場合にトータルの利用料金をかなり抑えることができる。

 VAIO type Pが打ちやすいキーボードと超軽量、コンパクトを実現していることもあって、3G+モバイルWiMAXの体験は至極極楽。かつてのモバイルコンピューティングの昔話を笑い話にしたくなるほど愉快なものだった。

 UQコミュニケーションズは、今後はモバイルWiMAXを内蔵するPCや情報端末が増えていくことを睨んで、個人契約でも1契約に対して3台までのモバイルWiMAX端末をヒモ付けることができる。追加一台ごとの料金は、わずかに200円だ(2010年1月までは無料)。これなら内蔵+USB通信モジュールといった契約になったとしても、負担は少ない。内蔵型を嫌う理由はないだろう。

 ただし、1つだけ懸念がある。今回は、自分で組み込んだため実現できたWi-Fi+モバイルWiMAXのVAIO type Pだが、現実には同様の構成で発売されるモバイルPCは存在しないかもしれない。というのも、PC内蔵の無線WANモジュールは、そのほとんどがFOMA対応だからである。

 KDDIの資本が入ったUQコミュニケーションズのモバイルWiMAXに対応しながら、NTTドコモの無線WANモジュールも内蔵するという販売形態は、おそらくNTTドコモが許可しないのではないだろうか。もっとも、将来、モバイルWiMAXのエリアが拡大していったとしても、当面の間、3G無線WANとモバイルWiMAXは補完関係にある。ユーザーの為にも、NTTドコモには寛大であって欲しいものだ。

●SIMカードが存在しないこと

 さて、実際に3台のPCへのEcho Peakの組み込みを通じて感じたことがある。それはSIMカードが存在しないことの素晴らしさだ。

 もちろん、これには良い面と悪い面があり、SIMカードがないが故にモバイルWiMAXでは端末の追加という形で、最大数の決まった複数機器を1つのアカウントにヒモ付けていかなければならない。もし、SIMカードをモバイルWiMAXが使っていたなら、SIMカードを入れ替えるだけで、どんな端末からでもアクセスできる。

 また、別の国でローミングアクセスする際にも、SIMカードを購入して現地のモバイルWiMAXに接続といったことが簡単に行なえる。しかし、今のような通信モジュールに認証先を書き込んでしまうようなやり方だと、海外ローミングも可能ではあるものの、元々契約している接続先とローミング契約を結んでいる事業者にしかローミングできないだろう。

 だから良い面と悪い面があると書いたが、SIMカードが存在するとSIMカードスロットへのアクセスを意識して通信モジュールの取り付け位置を考えるなど、あらかじめWANアクセスを意識した設計をしておかなければならない。PCを中心に普及させるのであれば、SIMカードを使わない方がPCへの内蔵を推進しやすい。実際、多くのモデルが設計変更をほとんど加えることなくEcho Peak搭載機種を開発できているという。

 ユーザー側にしてもPC上のユーティリティで接続するだけなので、好きな時にモバイルWiMAXの契約を行なえる。10月からは1日のみのアクセス権購入も可能になるが、使いたいときにSIMカードを売っているところがない……では使い物にならない。

 以前、Wi-Fiモジュールと互換性のあるWi-Fi/モバイルWiMAX両用モジュールの存在とインテルのプラットフォーム戦略推進が、モバイルWiMAX普及の原動力になると書いたが、意外やモバイルWiMAXの成功を引き出すのは、SIMカードレスのシンプルなハードウェア構成かもしれない。

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(2009年 7月 2日)

[Text by本田 雅一]