Windows 7 Ultimateのパッケージ |
Windows 7の日本での発売日が発表された。この報道を真っ先に報じたのは毎日新聞のWebサイトだった(マイクロソフト樋口社長が記者会見を開始する前、11時ちょうどぐらいにニュースが配信された)が、年末商戦で低価格ノートPCをテコにMicrosoftが巻き返しを……といった論調が印象的だった。
知人の他新聞社産業部記者に尋ねてみると、やはり低価格ノートPC、いわゆるネットブックがWindows 7の成功を占う大きな鍵になると考えていると話していた。PCの話題というと、何かとネットブックに結び付ける報道には異論もあるが、しかしWindows 7にとってネットブックが重要な商品であることは間違いないだろう。
●Microsoftにとって重要なネットブック市場低価格ノートPCの多くには、コストを下げるためにWindows 7 Starterが採用されるものと予想される。このライセンス料金は安価なものだが、そのうちの何割かはより高機能なWindowsへとライブアップグレードを行なう可能性が高いからだ。
低価格PC市場を開拓するため、ULCPC向けにWindows XPをライセンスしていたが、これらのPCをWindows VistaやWindows 7にアップグレードするハードルは決して低くはない。もちろん、本誌を読んでいる読者ならば、多くは「自分でインストールすればいいでしょ?」思うかもしれないが、OSのアップグレードというのは、OSそのもののインストールに慣れていないと気が重いものだ。
しかし、ライセンス料金が格安とはいえ、StarterであってもWindows 7さえプリインストールしておいてもらえば、ライブアップグレードによってOSの基本部分を入れ替えることなく、スムーズにより高機能なエディションへとアップグレードしてもらうことができる。
Windows 7はネットブックはもちろん、MIDプラットフォームの貧弱なGPUでも新Aero Glassによる新しいユーザーインターフェイスが有効になる。これもまた、MicrosoftがHome Premiumへと誘うために考えたシカケなのではないだろうか。実際、新Aero GlassはVista時代よりも、遙かに使いやすさが増す。
Windows 7 Starterが動作する低価格PCを入手したユーザーの中には、もちろん、そのまま使う人も多いことだろう。しかし、その中から何割かでも追加料金を払ってくれたなら……という皮算用はあるに違いない。
フル機能のPCの出荷台数が頭打ちになるのであれば、出荷台数が増えている低価格PCユーザーに対して、“お金を払ってもらいやすい”環境を提供しようというわけだ。低価格PCが直接的にWindows 7による収益を高めるというよりも、間接的に貢献することになるだろう。もちろん、日本市場の場合、あるいは価格よりも機能や使いやすさをチョイスして、低価格PCのプラットフォームにHome Premiumを組み合わせる製品もあるだろうが、いずれにしろ、ネットブックでの快適性を高める事はMicrosoftにとって非常に重要な事なのだ。
もっとも、Microsoftはそうした近視眼的な“巻き返し”ではなく、もっと違う、見えない敵と戦っているのかもしれない。
●ネットブックはこれからも“単に安いノートPC”であり続けるのかネットブックの現在の位置付けは「低価格ノートPC」と新聞で表記されるように、現時点では“性能は悪くて画面も狭く小さいけれど、低価格で買える値段の安いノートPC”でしかない。もちろん、その低価格さが従来とは異なる用途、異なるユーザー層を掘り起こしていることは確かだが、メーカー側の意図、あるいはネットブックという製品形態そのものが意図しているのは、携帯電話やスマートフォンでは楽しめない、フルのネットコンテンツ、サービスを利用するための端末というものだろう。
Windowsの上で動作している以上、Windows向けに開発されているすべてのアプリケーションは動作するが、あまり複雑なソフトウェアを動かすことは想定していませんよ、ということだ。
しかしネットブック、あるいはMIDといった製品は、常時、どんな場所でもネットワークに接続してコンピュータを使う、携帯電話のような常時接続の環境が当たり前になってくることで、その位置付けが変化する可能性がある。
これらのデバイスを、“安くて性能の悪いノートPC”ではなく、“スマートフォンよりも汎用性が高く使いやすい携帯端末”と位置付けることで、Webにアクセスし、インターネット上のサービスを利用する低価格ノート型端末という、本来の役割へと回帰できるからだ。
ただし、そのためにはソフトウェアの力が必要になる。本当の意味でノートPCが常時接続の環境を得るには、モバイルWiMAXなど3.9G世代の通信インフラが充分に整ってくるのを待つ必要があるが、そちらの方はすでにタネは蒔かれている。あとはソフトウェアを育てる環境を作れるかどうかだ。
ネットブックを本来のコンセプトに沿った製品として完成度を高めようとするトライアルは、実は既に始まっている。AcerがAndroidとWindowsのデュアルブートネットブックを発売すると6月に発表し、これにASUSなども追従している。現在は“Androidを入れてみます”程度のものだが、1つの試金石にはなるだろう。加えてIntel主導でMID向けに開発されているMoblin(Linuxベースの携帯情報端末OSと基本アプリケーションのセット)プロジェクトもある。
これらのプラットフォームがネットブック/MIDにインストールされて販売されるだけでは充分ではないが、その上に常時接続で利用する事を意識したアプリケーションが豊富に乗り、それらが流通する仕組みが提供されるようになれば、“ネットを利用するためのスマートフォンより便利な端末”として自発的に発展をし始めるだろう。
問題は自発的にアプリケーションが開発され、各種ソフトウェアが集まってくるシカケを作れるか否かだ。
AcerのAtomベースのAndroid搭載ネットブック | ASUSのAndroid搭載機 |
●ネットブック/MIDが化けるために必要な要素
おそらく、最もゴールに近いのはAndroidだ。今後、多くのスマートフォン(当然、常時接続だ)に実装され、常時、ネットワークに接続された状態で利用するネットワークサービスに連動したアプリケーションが多数登場するだろう。そしてもちろん、持ち歩いて利用すると便利なちょっとした小物も揃ってくるはずだ。
スマートフォンとネットブック/MIDでは画面解像度やユーザーインターフェイスなどさまざまな面で異なるが、本質的な部分に変わりはない。Androidはアプリケーション実行環境を徹底的にJava化しているため、ちょっとした手直しをすれば、両者で利用可能なソフトウェアは書ける。
ただ、前述したように自発的に発展する市場を生み出せるかどうかが、一番の難関だ。
iPhoneが大きな成功を収めようとしているのは、ソフトウェア開発者を集めるため、彼らにとって魅力的な環境を用意したことだ。容易かつ安価に開発ツールと情報を入手でき、完成したソフトウェアはネットワークでAppleに投げれば、それを流通させ、仕事の対価を容易に受け取ることができる。過去を振り返っても、コンピュータの歴史において開発者たちを味方に付けたプラットフォームは常に成功を収めてきた。
iPhoneがその環境を生み出せたのは、もちろんApple 1社が集中してiPhoneのエコシステムに関与し、App Storeを発展させるように管理を行なってきたからだ。この場合、旗振り役が1社だけにシンプルである。
ではAndroidをネットブック/MIDで利用する際に、誰が旗振りをして、エコシステムを構築していくのか。そこが最も大きな問題になるだろう。本来ならIntelがイニシアティブを取って欲しいものだが、IntelはMoblinでそれを(MIDにおいて)行なおうとしている。
IntelはMoblinをMIDのために開発支援しているが、ネットブックまでその範囲を拡げた上で、Moblinの成果をAndroidに統合させることはできないだろうか。同じような位置付けの異なるプラットフォームが、近いコンセプトの機器カテゴリで併存するのは普及には不利だ。まずは端末をより便利に使いやすくするための地ならしが重要という意味では、MoblinもAndroidもなかろう。
ここしばらく、Core 2 Duoを売る上で、目の上のタンコブのような存在だったネットブックが、本来のネットアクセス端末として発展していくのであれば(安いPCではなく、PCとスマートフォンの間をつなぐブリッジ製品になってくれるなら)、Intelにとっても、PCベンダーにとっても悪くない話だ。
安物PCとしてノートPCのあり方をネットブックが変え続けるよりも、ネットブックが異なる役割を持つ製品として市場で定着してくれる方が、Intelにとってずっと好都合だ。ネットブックユーザーが増えるほど、ネットブックを意識したサービスやソフトウェアがPCプラットフォーム向けに増え続ける。
もう1社、やはりイニシアティブを取れるとするなら、それはMicrosoftだ。未だにWindowsとLiveの有機的な結合が行なえていないMicrosoftに期待はできないかもしれないが、ついぞ諦めてしまったOrigamiプロジェクトのように、ネットブック/MID向けの新しいソフトウェアプラットフォームをWindowsカーネルの上に載せる事ができるなら、あるいは……という気にさせられる(ただし、その兆候は現時点ではなく、かつて噂された小型端末向け軽量版カーネルもどこかに消えてしまった)。
と、ここまで記事を書いていたところ、突然、Google Chrome OSのニュースが入ってきた(この記事のテーマとオーバーラップする部分があるのは、単なる偶然だ)。同社のニュースリリースを見る限り、LinuxをベースにChromeをフロントエンドにしたシンプルなOSのようだ。Androidはネットブック向けにも開発されているが、Google Chrome OSはAndroidと目的が重なるものではなく、あくまでGoogle Chromeが組み込まれたLinuxということで、少々位置付けは異なる。
Google Chrome OSのニュースを見て、かつて'90年代にOracleが提唱したNC(Network Computer)構想や、MicrosoftのNet PCを思い起こす人もいるだろうが、こうしたコンセプトが受け入れられるぐらいに、Webを通じたアプリケーションがリッチになってきたということだろう。
Android、Google Chrome OS、Moblinは、それぞれに市場を変えるだけの潜在力はある。しかし、どのアプローチが受け入れられるのか、あるいは結局は従来型のOSに回帰するのか、現時点では予想するのは難しい。とはいえ、大きな市場に成長したネットブックを巡っては、これからもさまざまな提案が行なわれていくだろう。今後の動向に注目していきたい。
(2009年 7月 9日)