後藤弘茂のWeekly海外ニュース

単価もコストも低いIntelのAtomの損得



●Intelの予想を超えるAtomの成功

 Intelにとっても、Atomのここまでの成功は想定外だった。Intelは、5月に開催した投資家&アナリスト向けのカンファレンス「Investor Meeting 2009」でそう説明した。

 「低消費電力かつ低コストのAtomの立ち上げは成功した。経済が下降している状況であったにもかかわらず、予想を上回る成功を果たした」(Stacy Smith(ステイシー・スミス)氏(Vice President, Chief Financial Officer, Intel))。

 Smith氏によると、IntelのCPU製品に占めるAtomの比率は、急速に膨れあがっているという。下はIntelのクライアント向けCPU製品の、2008年以降の製品ミックスだ。これを見ると、Atom系のCPUの比率が急激に高まってきたことがよくわかる。2009年の予測でも、引き続き穏やかに伸び続ける。

Atomの製品比率

 「2009と2008を比べると、デュアルコアのトータルの数量がより下がる。クアッドコアが増えるのと同時に、Atomが増えるためだ。Atomは2009には、トータルで15%のクライアントミックスになると予測している」(Smith氏)。

 チャートを参照すると、2009年の中盤に15%に達し、2009年末にはAtomが17~18%程度に増えるとの予測に見える。正確な数字はわからないが、Atomの伸長は続くというのがIntelの予測だ。

 その一方で、クアッドコアCPUの比率は、Atomほどは急伸していないように見える。チャートでは、2008年末でさえ、5%を下回るように見える。これは、チャネル市場だけを見ていると意外に思えるかもしれない。しかし、もはやクアッドコアが主流となったチャネル市場とは対照的に、メーカー製PC、特に企業向けモデルは、まだデュアルコアの時代であり、ノートPCもほとんどがデュアルコアだ。そのため、ボリュームだけで見ると、クアッドコアの比率は、まだ小さい。

Lincroftのダイ

●AtomはCeleronを侵食するがCore/Pentiumを侵食していない

 Atom旋風は、当初は、日本を初めとする一部の地域限定のブームだった。しかし、Atomの浸透はより広い地域へと広がりを見せつつある。Intel自身の示した数字では、ネットブックは今年に入って15%前後と、かなり高いシェアで定着している。ネットブックはもはや世界的なブームになりつつあり、ネットトップがそれを追って一定の浸透を果たす可能性は高い。

ネットブックの浸透

 市場の拡大自体は、Intelにとって朗報だろうが、実際には、AtomはPCの市場も食いつつある。製品ミックスを見ればわかる通り、Atomの伸長とともに、シングルコアのCeleronの数量は減っている。AtomがCeleronに取って代わりつつあるように見える。

 この現象は、IntelのCPU戦略に沿っているのだろうか。Intel製品同士の共食い現象が起きているのではないのか。もっと明確に言えば、Atomの伸長は、Intelの製品ブランドと価格の戦略を崩しているのではないのか。それについて、IntelのSmith氏は次のように説明している。

「共食いが起こるとしても、それはローエンドのCeleronの層だけだと見ている」。

 つまり、Atomが浸食するのは、Celeronが占めていたローエンド市場だけであり、その上の製品層には影響しないため、問題はないというのがIntelの立場だ。IntelのSean Maloney(ショーン・マロニー)氏(Executive Vice President, Chief Sales and Marketing Officer)は次のように説明していた。

 「Atomのネットトップ/ネットブックが伸びたために、Intelのブランディングと価格の階層が崩れつつあると指摘される。しかし、CPUのブランド別の出荷量を見れば、そうでないことがわかる。2007年の第3四半期から2009年の第1四半期を通して、ラフに言ってブランドミックスはほぼ同じだ。違いは、CeleronがAtomに一部置き換わったことだ。しかし、CoreとPentiumの両ブランドの出荷量はほぼ水平だ。Intelのブランド階層は、決して崩れていない」。

ブランド別のシェア

 そして、Intelにとっては、AtomがCeleronを置き換えること自体は歓迎すべきことだという。「Atomの製品マージンの比率は、ローエンドのCeleronの製品マージンよりずっと高い。そして、製品マージンの金額ベースでは、Atomチップのネットブックがよく売れることは、ローエンドのCeleron層のノートPCが売れることと等価だ」(Smith氏)ためだ。

 つまり、Intelにとっては、Celeronを売るよりも、Atomを売った方が利幅が大きい分いいと言う。そして単価が安くても、利幅の大きなAtom ネットブックがよく売れるなら、それはCeleronノートPCがそこそこ売れることと同等の金額の利益をもたらすというわけだ。

●製造コストが低いため利幅が大きいAtom

 あれだけ安いAtomの利幅が大きいのは、もちろん、製造コストが低いからだ。IntelはAtomと他のIntel CPUの、2009年第4四半期の予想コスト比較も示した。下のチャートの右がAtomで、グリーンがCPU、オレンジがチップセットを示している。PC向けのデュアルコアCPU+チップセットはAtomの約2倍強のコスト、クアッドコアCPUとチップセットはAtomの4倍のコストとなっている。

 CPUだけで比較すると、Atomのコストはさらに低い。Atomのダイサイズ(半導体本体の面積)は24.2平方mmとデュアルコアCPUの1/3のサイズ。製造コストの大半を占めるダイが低コストだから、Atomは安くつく。

製造コストの比較
CPUのダイサイズ比較

 そのため、IntelはAtomを安く売っても、製品マージンを落とすことがない。IntelのCPUとチップセットの製品マージンは次のようになっている。一番左が2008年の、伝統的なデスクトップとノートPCの製品マージン。これにAtomは含まれていない。中央が、Atomベースの組み込み製品のマージン。一見してわかる通り、マージンはPCビジネスとほぼ同じレベルと予測されている。「新製品分野でも、健全な製品マージンを達成できる」(Smith氏)。

 右端は、Atomベースのネットブックの製品マージンだ。これも充分に高いマージンを維持できていることがわかる。

 「Atomベースのネットブックでの製品マージンは、デスクトップの平均よりやや低い。しかし、依然として健全な製品マージンだ。2010年には、もっと製造コストを下げたチップセットへと変わり、コストがさらに下がる見込みだ」(Smith氏)。

Atomベース製品の利幅

●十数年前の1,000ドルPCの時との大きな違い

 これまでも、何回か低価格PCの波はあった。例えば、'90年代の中盤から後半にはサブ1,000ドルPCの波が来た。しかし、これまでのIntelは、こうした流れを積極的に推進はして来なかった。市場の流れに応じてCeleronの価格を引き下げるといった対応は行なったものの、自らが低価格化を牽引はしなかった。それは、ローエンドのCPUの製品マージンが悪かったためだ。だが、Atomを得た今は状況が違うという。

 「サブ1,000ドルPC現象の時と較べると、全くアプローチが異なる。Atomの製造コストが低く製品マージンが健全だからだ」とIntelは説明している。

 Atomを作ったことで、Intelは無理なく低価格化の波に対応できるようになり、その結果、ある程度までは、積極的に低価格化を牽引するようになった。

 こうしてAtom発売から1年を経たIntelの戦略を眺めると、方向性が見えてくる。IntelのAtom戦略の中では、次第にCeleronがAtomに食われて、縮小して行くことになるだろう。最終的にCeleronブランドは完全になくなってしまうかもしれない。代わってAtomがCeleronスペースを占めるようになる可能性がある。少なくとも、製品マージンからすればそうなる。

 このことは、PC向けCPUが2分化して行くことを意味する。それは、Atomの方向性が、伝統的なPC向けCPUの流れとは大きく異なるからだ。IntelのDavid(Dadi) Perlmutter(ダディ・パルムッター)氏(Executive Vice President, General Manager, Mobility Group)氏は次のように説明している。

 「伝統的なノートPCでは、およそ同じ程度の電力で、パフォーマンスを継続して向上させている。我々は、今後もこの戦略を続ける。

 一方、Atomでは、異なる最適化を行なう。最初の45nmのAtomのパフォーマンスは、2003年に発表した最初のCentrinoと同程度だ。Atomでは、そのパフォーマンスを維持したまま、ハンドヘルド製品まで消費電力を下げて行く。

 今までのCPUは同じ熱設計の枠の中でパフォーマンスを上げていた。それに対して、Atomでは、どんどん低い熱設計へと下げて行く。パフォーマンスをほぼ同じ程度に保ち、ダイは小さくする」

 これまでの、常にパフォーマンスが上がり続けるという方向ではなく、Atomでは、パフォーマンスはほぼ一定で、消費電力がどんどん下がって行く。また、周辺機能をどんどんワンチップへと統合して行く。その結果、製造コストも下がって行く。これは、Intelがムーアの法則のもう1つの効用を使い始めたことを意味する。ムーアの法則で一定期間毎にプロセスが微細化を続けるため、チップベンダーは、(1)同じダイサイズ(半導体本体の面積)でより多くの機能やパフォーマンスを実現するか、(2)同じパフォーマンスでダイサイズと電力を小さくすることができる。Intelは、これまで、PC向け製品では1番目の性能向上だけに眼を向けていたが、今は、後者のコストを下げる方向も積極的に利用しようとしている。

モバイル向けCPUの進化

●新しいプロセスのFabへと集約させて行く製造戦略

 以前、このコラムでAtomがPC向けCPUの市場をある程度浸食すると製造キャパシティとの絡みで問題が発生すると指摘した。ダイの小さなAtomの比率が増えると、IntelはFabの製造キャパシティを埋められなくなり、製造キャパシティ自体を縮小せざるをえなくなるからだ。しかし、Intelの現在の製造プロセスとFabの調整の結果、そうした問題は解消されて行くようだ。

 Intelは、以前は古い製造プロセスも残しておいて、チップセットなどを古いプロセスで製造していた。ところが、現在、Intelは全てのCPUラインで、チップセット機能のCPUへの統合を進めつつある。例えば、Atom系なら、モバイルデバイス向けには「Lincroft(リンクロフト)」、ネットトップ/ネットブック向けには「Pineview(パインビュー)」が、それぞれGPUコアを含めたノースブリッジ(GMCH)機能を統合したCPUとして登場する。

 これは、製造面から見れば、メモリコントローラやGPUコアといった部分の製造プロセスを、1世代古いプロセスから最新のプロセスへと移すことを意味する。こうした流れを受けて、Intelは、古い製造プロセスのFabを閉鎖し、最新プロセスのFabへと注力しつつある。つまり、チップセット側にあった機能を最先端プロセスで製造するCPUへと統合、それと同時に製造キャパシティを最新Fabへと絞り込む。それによって、Atomのようなダイの小さなCPUコアが市場の大きな比率を占めるようになっても、製造キャパシティを埋めるだけの製品需要が維持されるというわけだ。

Lincroftのダイ
Atomプラットフォームの進化
デスクトップ向けCPUのロードマップ
モバイル向けCPUのロードマップ