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iPhone 7の「A10」は16nmプロセスでパッケージ刷新か

第2世代の16/14nm FinFETプロセスに移行するA10

 Appleから、16/14nmプロセスの「Apple A9」モバイルSoC(System on a Chip)を搭載した「iPhone SE」が登場した。iPhone SEのA9チップは、iPhone 6s/6s PlusのA9とほぼ同様と見られている。A9はFinFET 3Dトランジスタによる電力効率が強味だが、それも変わらない。SoCが大きく変わるのは、次の世代、iPhone 7世代になってからだ。

 SoCの型番規則から「Apple A10」になると予測されるiPhone 7世代のSoCは、チップ自体は16/14nm FinFETプロセスノードに留まる。しかし、GPUアーキテクチャを始め、さまざまな拡張が加わると予想されている。特に注目されているのは、パッケージ技術だ。「Fan-Out(ファンナウト)」パッケージ技術をA10に使うことで、iPhoneをさらに薄くする可能性が高いと噂されている。

 また、プロセス技術も同じ16/14nm世代でも、プロセスの中身が変わる。現行のA9は、16/14nmプロセス世代の初期生産プロセスだったが、A10は性能強化版プロセスに変わることは確実だ。トランジスタ性能を高めることで、セルライブラリなどの変更が可能となり、チップの性能が上がるだけでなく、チップを小型化したり、チップにより多くの機能を搭載できるようになる。言い換えれば、SoCのアーキテクチャを拡張することが可能となる。

 AppleはA9の生産を2カ所のファウンダリに分散させており、TSMCの「16FF」とSamsungの「14LPE」プロセスを使っていた。現在はTSMCとSamsung/GLOBALFOUNDRIES連合のどちらも、2世代目の16/14nmプロセスの製造に入っている。TSMCの「16FF+」と、Samsung/GLOBALFOUNDRIESの「14LPP」プロセスだ。どちらも、初期生産のプロセスより性能を高めたバージョンとなっている。

 ちなみに、A9のように、2ファウンダリに生産を分散することは、現在では膨大なコストと労力がかかるため、一般的ではない。そのため、A10ではTSMC一本に生産が絞られると予想される。TSMCで製造する場合は、ほぼ間違いなく16FF+プロセスになるだろう。TSMCの16nmプロセスには、相対的に高性能なGLと相対的に低電力なLLの2系列がある。16FF+でも、2系列は平行し、「16FFGL+」と「16FFLL+」となる。A10に使われるとしたら16FFLL+プロセスと推測される。

ARMのARM Tech Symposiaで示された16FFLL+プロセスのオプションとアプリケーション

パッケージ技術を大きく革新する可能性が高いA10

 AppleがA10で採用すると言われているパッケージ技術は、「Fan-Out Wafer Level Package(FO-WLP)」技術の一種。通常のSoCやプロセッサのパッケージでは、ダイのバンプをチップパッケージのバンプに展開するためにオーガニックサブストレートを使っている。それに対して、FO-WLPでは、オーガニックサブストレートを使わず、薄い「Redistribution Layer(RDL)」を使う。チップスケールパッケージとは異なり、ピン数が多くパッケージサイズがダイサイズより大きなチップにも使えることが特徴だ。

 FO-WLPでは間に入るオーガニックサブストレートがなくなる分、パッケージの厚み(Zハイト)が薄くなる。また、抵抗が減り、I/O性能が高くなり、消費電力も削減できる。

ASM Pacific TechnologyによるFO-WLP技術の説明

 AppleがA10の製造委託を行なうと見られているTSMCは、「InFO WLP(Integrated Fan-Out Wafer-Level Package)」と呼ぶFO-WLP技術の提供を開始しようとしている。これは、TSMCのインハイスパッケージ技術だ。TSMCでは、InFO-WLP技術によって、20%パッケージの厚みを削減し、20% I/Oスピードを引き上げ、10%の熱低減になると説明している。

 iPhoneのAxシリーズSoCは、DRAMと積層したPoP(Package On Package)で搭載されている。SoCのパッケージの上に、DRAMダイ2個のパッケージを重ねた構造だ。InFOテクノロジでもDRAMダイの積層は可能であるため、iPhone向けのSoCに適用できる。

 AppleのA10がTSMCのInFO技術を使うという噂が広まったのは、TMSCがInFO技術の浸透に自信を見せ始めたからだ。特に、昨年(2015年)10月のファイナンシャルカンファレンスコールで、TSMCが2016年からInFOの大量生産が立ち上がり、2016年の第4四半期には、InFO関係で1億ドルの売り上げになるとアナウンスしたことで、A10=InFO WLP説が有力になった。

 加えて、次世代iPhoneがさらに薄型化するという噂が流れたことで、ますます信憑性が高くなって来ている。InFOを使うことで、iPhoneの薄型化の技術的な実現性が確実となるからだ。このように、iPhone自体の噂と、半導体技術系の噂の両方が、かみ合ってAxシリーズのパッケージ刷新が信憑性を帯びてきた。

 しかし、FO-WLP技術は、単純にスマートフォンを薄型化するというだけの技術ではない。それどころか、チップパッケージ技術の大転換であり、マルチチップの統合を初めとしたさまざまな可能性を秘めている。チップのプロセス技術が、従来のプレーナからFinFET 3Dトランジスタに変わったのと同じくらいの衝撃がFO-WLPにはあると言われている。もし、AppleがA10でFO-WLPを採用するとしたら、またもAppleが技術的先駆者となる。

まだ分からないA11の製造プロセス

 来年(2017年)の「iPhone 7s」世代のSoC「Apple A11」世代のプロセス技術については、まだ見えない部分がある。16/14nmプロセスの次は10nmプロセスノードだ。10nmの量産立ち上げはTSMCで今年(2016年)の第4四半期予定となっている。次期iPhoneが2017年夏に発売としたら時期的に間に合うかどうかが微妙だ。

 iPhoneの場合は、初期出荷量が極めて多いため、SoCの生産ストックが一定量必要となる。16/14nmプロセスで、TSMCとSamsungの2ソースとしたのは、同プロセス世代の立ち上がり時期で、1ファウンダリでは生産量が間に合わない可能性があったためと推測される。2017年の中盤に10nmでiPhone規模の製品を出荷するのは、前回の16/14nmプロセス同様にリスクがある。もっとも、ファウンダリにとっては、新プロセスを牽引するのはモバイルSoCなので、可能な限りAppleのスケジュールには同期させるだろう。

 もちろん、今回同様にTSMCとSamsungの2ソースにするという手もある。しかし、もしTSMCのInFoパッケージ技術を使うとなると、パッケージハイトを合わせるために、SamsungまたはGLOBALFOUNDRIES側での生産チップのパッケージ技術も考慮しなければならない。

 ただし、A11でもし10nmプロセスが使えなかった場合にも、Appleには改良型プロセス技術の選択枝がある。それは、TSMCの16FFCプロセスを使うことだ。16FFCは、TSMCの3世代目の16nmプロセスで、低電力と省ダイ面積(=低コスト)を実現する。低電力プロセスなので、GPUのような高性能製品には向いていないが、モバイルSoCの場合はiPhone系のような製品向けで使うことができると推測される。AppleがA11で16FFCを使う場合は、コスト削減あるいは機能拡張のどちらかを実現することができる。

各社のプロセス技術ロードマップ
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各社のプロセスノードの寸法比較
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 こうして見ると、Appleは、16/14nmプロセスに3世代3年留まったとしても、同じプロセスノードの中で、改良プロセスを使うことで漸進的にSoCを進化させることができることが分かる。また、半導体メーカー各社は、現在、10nmの次の7nmプロセスの技術的なメドが立ったと言及し始めている。7nmまでは、現在の16/14nmプロセスのFinFET技術の延長で行ける見通しだ。言い換えれば、2020年~2021年までのプロセス微細化は、継続が可能だ。

これまでのAxシリーズの機能拡張の歴史
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 ただし、iPhoneについて言えば、SoCアーキテクチャの大幅な革新のペースは、今後はやや落ちることになる。iPhoneのApple AシリーズSoCは、2012年に32nmのA6、2013年に28nmのA7、2014年に20nmのA8、2015年に16/14nmのA9と、1年置きにプロセスを微細化/改良して進化して来た。20nmから16/14nmは、ノードの数字ほどシュリンクはしないが、性能/電力が改善された。しかし、今後は、プロセスノードの移行は2~3年サイクルとなり、ペースはスローダウンする。

 Appleにはチップのダイサイズを大きくして機能を増やすという選択肢もある。しかし、現在のA10/A10Xのダイサイズは、既にモバイルSoCとしては大きく、それも難しい。同じノード世代でのプロセスの改良によって、アーキテクチャを拡張するしかない。10nm移行も、この傾向は続くと見られる。

Axシリーズのダイサイズの遷移
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 そうした状況にあるため、Appleは今後は、SoCそのものだけでなく、パッケージ技術やメモリ技術などでSoCの拡張を図って行くと見られる。パッケージ技術の革新の延長には、スタックドメモリもある。

廉価モデル向けSoCは起こさないAppleの方針

 先端半導体技術を使うiPhone。同社は、iPhone SEのような相対的に廉価なモデルのために、低製造コストのSoCを起こすつもりがないようだ。iPhone SEに見えるのは、SoCはそのままで、3D Touchのような部材コストのかかる技術を落とす方がコストダウンになるという判断のようだ。

 ハイエンドのモバイルSoCのコストはスマートフォン版で20ドル台前半と言われている。IHS Technologyが発表したiPhone SEのコスト見積もりでも、A9のコストは22ドルとなっている。iPhone SEのためにSoCを新たに起こすと、設計やマスクのコストがかかるため、SoCをそのままに留めるのは、妥当な判断かも知れない。

 ちなみに、AppleはA5世代では、32nmプロセスにシュリンクしたA5を、初代iPad miniなどの廉価マシンに投入した。しかし、新プロセスでのコストダウンの比率は以前より低くなっており、今ではこの方法は効果が薄いと推測される。

(後藤 弘茂 (Hiroshige Goto)E-mail