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NVIDIAが99ドルでNintendo Switch同等の開発キットを発売

Jetson Nanoを掲げたJensen Huang(ジェンセン・フアン)氏(Founder and CEO, NVIDIA)

メイカームーブメントにディープラーニングをもたらす

 NVIDIAが「Nintendo Switch」相当のハードを99ドルで提供する。NVIDIAは、Switchが内蔵するチップと同じアーキテクチャのチップを、廉価開発キットで発売する。それも、ロボットやメイカームーブメントをターゲットに。

 具体的には、Arm命令セットアーキテクチャのCPUコアを搭載したSoC(System on a Chip)を使った組み込み向けボード「Jetson(ジェットソン)」の新バージョンを出す。

 NVIDIAが主催するGPUコンピューティングのカンファレンス「GPU Technology Conference 2019」が、米サンノゼで3月18日から始まった。初日の午後はJensen Huang(ジェンセン・フアン)氏(Founder and CEO, NVIDIA)のキーノートスピーチ。この日、Huang氏はスピーチの中で、組み込み向けの新製品「Jetson Nano」を発表した。

 Jetsonシリーズは、Tegra SoCやその後継のSoCにメモリやI/Oインターフェイスを加えたボード製品だ。Jetson Nanoは名前のとおり、70×45mmと手のひらに楽に収まる小さなボードだ。NVIDIAはこのボードをベースとした開発キットを99ドルで発売する。ターゲットは、開発者のプロトタイピングや、物作り愛好家のメイカームーブメント、ホビイストの趣味など。「Raspberry Pi」と似たようなターゲットを狙う。想定としては、メイカーのショーなどに出展するエンジニアが、自作ロボットの頭脳と知覚にJetson Nanoを使うというあたりだ。

 Jetsonボードは、Arm系CPUコアという点でもRaspberry Piなどと似ているが、大きな違いはCUDAが走るGPUコアを載せている点。NVIDIAのソフトウェアスタックを使って、マシンラーニングやその他のGPUコンピューティング、3Dグラフィックスが容易となる。NVIDIAの強味を活かした製品だ。

 Huang氏は、Jetson Nanoを世界で最も小さいAIコンピュータと説明。また、キーノートスピーチの中でJetson Nanoを使ったリファレンスロボット「KAYA」も紹介した。ディープラーニングのインファレンスなども容易なJetson Nanoが、自律型ロボットの頭脳として、強味を発揮すると位置づける。

Jetson NanoベースのロボットのリファレンスデザインKAYA
Jetsonがロボットに浸透している
ロボットのリファレンスデザインKAYA

Jetsonボードファミリの新しい製品

 もともと、Jetsonボードには、異なるSoCを中核にした製品があった。従来のラインナップは大まかには、20nmプロセスの「Tegra X1(Erista)」をベースとした「Jetson TX1」、16nmプロセスの「Tegra X2(Parker:パーカー) SoC」をベースとした「Jetson TX2」、12nmプロセスの「Xavier(エグゼビア)SoC」をベースとした「Jetson AGX Xavier」となっていた。Jetson TX1とTX2のボードサイズは87mm x 50mm。

 今回発表されたJetson Nanoは、Jetson TX1をベースとしている。同じ機能のSoCを使いながら、ボードをやや小型化しており、ボードと開発キットそれぞれで販売する。一般向けには99ドルの開発キットの販売となる。ボード単体では1,000個以上のオーダーで129ドルで、これは量産製品への組み込みも視野に入れた販売となっている。

 ナノとブランド名をつけられているが、Jetson NanoはSoCのパッケージレベルで見るととくに“ナノ”ではない。スマートフォンに搭載されているような、SoCとDRAMと積層したPoP(Package On Package)になっておらず、DRAMはボード上に配置されている。開発キットのヒートシンク大型であることから、CPUコアやGPUコアをガンガン回すことを前提としていることがわかる。POPにすると、排熱が難しくなるほか、コストが上昇してしまうため、避けたと見られる。

Jetson NanoのCPUボード。中央がSoCでその上にDRAMが2パッケージ載っている

 Jetson Nanoは、SoCパッケージとDRAMパッケージ2個がボード上に実装されている。この点は、従来のJetson TX1と変わらず、チップやパッケージレベルで小型化した製品には見えない。とはいえ、開発キット全体で見ると、Jetson TX1の約170×171mmと比べると、Jetson Nanoは100×80mmとかなり小型化されている。そして、価格付けの面では、Jetson TX1が登場時に599ドル、値下げされた499ドルだったことと比べると大幅に小さく(ナノ)なっている。

Jetson Nanoの開発キット

Jetson NanoのSoCのスペック

 SoCのスペックもJetson TX1と同様で、4コアのCortex-A57、Maxwell(マクスウェル)アーキテクチャのGPU 128 CUDAコア、64-bit LPDDR4メモリインターフェイスなどとなっている。今どき、CPUがCortex-A57というのはかなり古いイメージがあるが、これはSoCの設計時期が古かったためだ。また、CPUコアは実際にはローパワーのCortex-A53も4コア搭載しているはずだが、X1アーキテクチャでは同時にアクティブにできるコアは4コアと見られる。

Jetson Nanoのボードの仕様
CPU4×Cortex-A57 1.43GHz
GPUMaxwell 128 CUDA Core
メモリ4GB LPDDR4 25.6GB/s(64-bit)
ビデオエンコーダ4K@30 | 4x 1080p@30 | 9x720p@30(H.264/H.265)
ビデオデコーダ4K@60 | 2x 4K@30 | 8x 1080p@30 | 18x 720p@30|(H.264/H.265)
カメラI/F1x MIPI CSI-2 DPHY lanes
ストレージスロットmicroSD
接続Gigabit Ethernet, M.2 Key E
ディスプレイHDMI 2.0/eDP 1.4
USB4x USB 3.0, USB 2.0 Micro-B
その他GPIO, I2C, I2S, SPI, UART
開発キットのサイズ100×80×29mm

 Jetson NanoのSoCのスペックは、Nintendo SwitchのSoCと極めて近い。これは、Nintendo Switchが、Tegra X1をベースにしているため当然だ。メモリもSwitchとNanoは同じ4GBのLPDDR4。Jetson Nanoにディスプレイとコントローラをつければ、Nintendo Switchに早変わりしてもおかしくなさそうに見える。そんなボードが99ドルなので、Switchと比較すればお得と言える。

Jetson TX1をベースにしたJetson Nano

 NVIDIAは、今回のJetson Nanoについて、Jetson TX1ベースと説明するのみで、SoCが同じシリコンなのかどうかは明確にしていない。Jetson TX1と同じなら、20nmプロセスとなる。現在の半導体チップの設計や製造に必要なマスクのコストを考えると、Jetson Nanoのためだけに16nmにチップを移植して量産することは考えにくい。常識的に考えるなら、20nmのチップのままということになる。

 もっとも、もしNVIDIAが、任天堂のためにTegra X1を16nmまたは12nmに移植して量産を開始しているなら、Jetson NanoのSoCも16/12nmの可能性がある。そのケースでは、任天堂は互換性のためにスペックは据え置くはずなので、同じスペックでプロセスが微細化したチップであってもおかしくはない。その場合は、スペックはJetson TX1と同じでも、チップの電力効率はアップするはずだ。

 ちなみに、NVIDIAはCUDAにドメインスペシフィックなライブラリ群を加えたソフトウェアスタックを「CUDA-X」と名付けた。Jetson Nanoでは、これらのライブラリも使うことができる。NVIDIAの戦略は明確で、継続性のあるGPUアーキテクチャを、ランタイムも含むCUDAのスタックで抽象化し、その上に、分野に特化したライブラリを揃えることで、NVIDIAの製品ライン全体でCUDAのプログラミングモデルとソフトウェア資産を共有化しようとしている。

 ロボット向けには、ロボットAIが自己内部でシミュレーションを行い、その結果をロボットの動作に反映させる、シミュレーションベースのAIモデルである「ISSAC(アイザック)」のSDKも公開する。Jetson Nanoは、その戦略のローエンドを支えることになる。

GTC2019のキーノートスピーチが行なわれたSJSU(San Jose State University)
ライブラリ群にCUDA-Xの名前がつけられたNVIDIAのソフトウェアスタック
ロボット向けのISSACライブラリ