後藤弘茂のWeekly海外ニュース

96コアの高性能サーバーCPUも目論むArmの新ブランド「Neoverse」

クラウドからエッジまでがNeoverse、エッジに中継されるデバイス側がCortex-Aというブランド分けとなる

 英Armの高性能インフラストラクチャプラットフォームの本命『Zeus』が、いよいよ見えてきた。

 クラウドサーバーなどをターゲットとするCPUプラットフォームで、EUV版7nmプロセスをターゲットとするとみられる。

ArmのウワサのZeusがいよいよ登場

 Armは、すでに、サーバーを含めた高性能市場を視野に入れたCPUコアIPを投入しつつある。命令デコードを4命令/サイクルの帯域に引き上げた「Cortex-A76(Enyo:イナイオ)」のIPを、液浸版7nmプロセスをターゲットに投入した。

 Cortex-A76アーキテクチャにインフラストラクチャ向け拡張を加えるとみられるCPUコアをベースとすると見られるプラットフォーム「Ares(アリース)」は、来年(2019年)前半には立ち上がる見込みだ。その後、2020年の市場投入を目指してEUV版7nmをターゲットとするZeusを、さらに2021年の市場に向けて5nmプロセスの『Poseidon(ポサイドゥン)』プラットフォームを投入する。世代とごに、性能を30%ずつアップするという。

 また、既存のCortex-A72/75ベースのプラットフォームのコードネームは『Cosmos(コズモス)』であることも明らかにされた。

ArmのDrew Henry氏(Senior Vice President and General Manager, Infrastructure Line of Business, Arm)
Armの新しいプラットフォームロードマップ

 Armは、米サンノゼで開催している同社の技術カンファレンス「ARM Techcon 2018」の基調講演で、こうしたインフラストラクチャプラットフォームのロードマップを正式に発表した。

 ArmのDrew Henry氏(Senior Vice President and General Manager, Infrastructure Line of Business, Arm)は、「高性能でスケーラブル、セキュアなソリューションだ」と説明する。

 Zeusは、以前からArmの最高性能のCPUコードネームとして噂になっていたが、今回、プラットフォームのコードネームとして公開された。現在はまだ、CPUとプラットフォーム、それぞれのコードネームの関係はわかっていない。

 いずれにせよ、明確なことは、毎年新しいプロセス技術をターゲットとした高性能CPUコアと、それ中核としたプラットフォームが提供されることだ。

 さらにArmは、サーバーを含むインフラストラクチャ市場向けに新しいプラットフォームブランド『Neoverse』を立ち上げた。

 Armは、クライアントコンピューティング向けには「Cortex-A」をブランドとしているが、インフラストラクチャには、別ブランドのNeoverseを持って来る。データセンターから、5G時代のエッジまでを含むインフラストラクチャが、Neoverseブランドのカバー範囲となる。

 Armは、Neoverseを、Cortex-Aと並ぶ重要な柱として据えていくつもりだ。

サーバーやインフラストラクチャに力を入れるArm

 Armは、組み込みからモバイルクライアントまで浸透して来た。同社にとって、次のターゲットは高性能のサーバー市場だ。今回のNeoverseブランディングと、高性能プラットフォームの強化は、ArmがサーバーCPUに本腰を入れることを意味している。

 Armは、これまでもサーバー市場への進出を謳ってきたが、実際には、同社の取り組みはやや腰が引けていた。

 CPUコアIPについては、これまでArm自身が提供するコアは3命令/デコードまでで、どちらかと言えば、省電力に振ったアーキテクチャだった。

 それ以上の高性能コアは、Armとアーキテクチャライセンスを結んだ各社に任せるという戦略だった。またプラットフォームも、サーバーをカバーするにはまだ弱い部分があった。

 そうしたArmの弱い姿勢もあって、Armサーバーは現状では大きく成功しているとは言いがたい状況にある。一定のポジションは得ているが、当初期待されたような、サーバー市場のx86を大きく切り崩すには遠い状況にある。

 Armサーバーを推進する姿勢を見せていたAMDも、現在は様子見に後退している。もちろん、Armサーバーの浸透度が低い背景には、さまざまな要素が絡んでいるが、Arm自身の取り組みも弱かったことは確かだ。

 しかしArmは、Cortex-A76とそれに続くZeusとPoseidon世代のCPUコアIPの投入で、ついにCPUコア自体では、より高性能のニーズにも応えられる態勢を整えつつある。

 今回の発表は、高性能CPUコアに加えて、周辺システムを揃えたプラットフォームのレベルでサーバー市場に最適化したものを提供するという宣言だ。

 またそれを、モバイルクライアントコンピューティングのイメージが強いCortex-Aブランドから切り離し、新たなブランドのNeoverseで推進しようとしている。Armのサーバーとインフラストラクチャ市場に対する強い姿勢が見て取れる。

クラウドからエッジまでがNeoverseブランド

 Armは、今回のNeoverseをクラウド側だけでなく、クラウドからエッジまでのインフラストラクチャのブランドと位置づける。

 ここでArmがエッジと呼んでいるのは、IoT(The Internet of Things)とクラウドのインフラストラクチャの中で中継点となるノードで、データのフィルタリングなど、かなりのコンピューティング機能が必要となる部分だ。

IoTビッグデータ時代のインフラストラクチャはクラウドとIoTの間に立つエッジが含まれる

 Armが、新市場をインフラストラクチャとして包括する背景には、コンピューティングのパラダイムが変わるというArmの認識がある。

 Arm Techconのキーノートスピーチで、同社CEOのSimon Segars氏は、現在は「コンピューティングの第5の波(The Fifth Wave of Computing)」だと説明した。

ArmのSimon Segars氏(CEO)
第1から第4までのこれまでのコンピューティングの波
5番目の波はデータドリブンだとArmは見る

 第1の波はメインフレーム、第2の波がPC、第3の波がインターネット、第4の波がモバイル&クラウドで、現在は第5の波であるデータドリブンのコンピューティング時代に入ろうとしているという認識だ。

 Armは、2020年までにIoTデバイスの数は500億、2035年までには1兆に達すると予測する。IoTの未来に向けて、データ量は爆発的に増えており、直近では5Gの導入で、さらにデータトラフィックは急増する。

2035年までに1兆個のデバイスがネットに接続される
5Gが導入されますますデータトラフィックが増えるとクラウド側にも進化が要求される

 そうなると、急増するデータを高効率に処理する能力が、データセンターに求められるようになる。データドリブンの時代になると、データセンターはコンピューティング一辺倒ではいられなくなり、I/Oやメモリ、トランザクション数が重要となる。

 すると、相対的にコアサイズがx86 CPUより小さいため、コア数を増やしやすく、IPとしての提供で用途に特化したチップを開発しやすいArmサーバーが有利となる。

 そうした環境に向けて、クラウドだけでなく、エッジまで含めたインフラストラクチャを提供していく、それがArmの戦略とみられる。

1兆個にまで膨れ上がるIoTデバイスを支えるインフラストラクチャ
現在はcosmosプラットフォームがアプリケーションサーバーだけでなく、ネットワーキング、ストレージ、セキュリティなどに浸透している

NeoverseとCortex-AのCPUコア

 Armは、NeoverseではCortex-Aとは異なる設計のCPUコアを提供するのか。

 Drew Henry氏は、「Armのコア自体は、非常に似たものになるだろう。しかし、インフラストラクチャ向けに特化したものになる」と説明する。

 CPUコア自体のマイクロアーキテクチャはベースを共用しながら、インフラストラクチャ向けのオプションを加え、特定プロセスに最適化した「POP (Process Optimization Pack)」なども、高性能に最適化されるなどの工夫がなされると見られる。

 実際、Armが示したNeoverseの構成例では、クライアント向けのCortex-Aのオンダイネットワークでは難しい構成など含まれており、プラットフォームレベルでさまざまな拡張が予想される。

 たとえば、クラウドコンピュートソリューションでは、8x8の1TB/sのメッシュネットワーキングで、最大96コア、64MBのオンダイキャッシュなどの構成が描かれている。メッシュのノードごとに2つのCPUコアが接続される構造に見えるため、最大8コアでスイッチで統合する、クライアント向けの「DynamIQ」クラスタの構成とは異なると思われる。

 また、マルチソケット対応で、コンピュートノード間は新しいコヒーレントインターコネクトである「CCIX」で接続する。

 Arm Techconで、このあたりはもう少し技術的な詳細が明らかにされると見られる。チップ間接続には、CPU同士を含めてCCIXが導入されることが明らかになった。

サーバー側のチップの構成例

 ネットワーキングやストレージ、セキュリティなどのアクセラレーションでは、カスタムアクセラレータを含めた構成も示されている。

 こちらもメッシュネットワークに、16~24CPUコアと、各種アクセラレータを搭載し、メッシュネットワーキングで接続する。アクセラレータの統合は、現在のドメインスペシフィックな機能の統合の流れに沿う。

ネットワークやストレージ、セキュリティなどのためのシステムの例

 一方、エッジでは32CPUコアを4x4メッシュ(各ノードに2コアずつ)に載せて、32MBのオンダイキャッシュを搭載し、機械学習アクセラレータなどをCCIXなどに接続できるという例が示された。

エッジソリューションの例

 このように、エッジ側で最小なら4 CPUコア、クラウド側で最大なら128ビッグコアと256のデータプレーンコアを載せたシステムまで、スケーラブルにカバーするというのがARMの考え方だ。

クラウドからエッジまでのシームレスな構成例

エコシステムパートナーの育成が鍵

 ArmはNeoverseブランドの立ち上げとともに、インフラストラクチャ市場でのArmのプレゼンスを上げようとしている。

 そのために、ソフトウェアとハードウェアのエコシステムパートナーを育成しようとしている。

Neoverseのエコシステムパートナー
Neoverseのソフトウェアエコシステムパートナー

 ちなみに、サーバーやインフラストラクチャでは、ArmからCPU命令セットのアーキテクチャルライセンスを受けたベンダーが、すでに地歩を固めている。

 ArmのNeoverseでは、アーキテクチャルライセンスのパートナーからも、より広範なソリューションが提供されると謳う。

Armのアーキテクチャルライセンスパートナーからはさまざまな拡張アーキテクチャが提供される

 ポイントの1つは、ここにアーキテクチャ拡張としてArmの新しいベクタアーキテクチャ「Scalable Vector Extension (SVE)」が含まれている点だ。

 Armは、SVEはインフラストラクチャ寄りの拡張の例だと説明する。SVEはスケーラブルなベクタ命令で、日本の“ポストK”コンピュータチップに採用されている。

 こうしたストーリーからすると、Armが自身のCPUコアIPで、SVEを実装する日も来る可能性がある。このあたりは、次世代命令セットアーキテクチャである「ARMv9」の動向とも絡んでくると見られる。

 ちなみに、現在のArmのCPUやプラットフォームのコードネームは、ギリシャ神話の神々から取られている。

 英語発音に近いカナを振ると、軍神アレスのAres(アリース)、主神ゼウスのZeus(ズース)、海神ポセイドンのPoseidon(ポサイドゥン)、戦いの女神エニュオのEnyo(イナイオ)、Enyo CPUのプラットフォームが同じ戦いの神であるAresと、揃えられている。

 またNeoverseは、宇宙であるユニバース(universe)に対して、新しい宇宙的なニュアンスとなる。