■大原雄介の最新インターフェイス動向■
この連載シリーズの最後を飾るのは、10GBase-Tである。ご存知の通り、Ethernetは単純に速度だけ見ても10Mbps/100Mbps/1,000Mbpsがあり、更にどんなケーブルを使うかによっても違いがある。表1に、10Mbpsから(今回のテーマである)10Gbpsまで、どんなEthernetの規格があるかをまとめたものだが、ご覧のとおりざっとまとめただけで10種類を超えている事がわかる。
【表1】Ethernetの規格規格 | 速度 | 媒体 | 伝達距離 |
10BASE5 | 10Mbps | 同軸ケーブル | 500m |
10BASE2 | 185m | ||
10BASE-T | UTP CAT3 | 100m | |
100BASE-TX | 100Mbps | UTP CAT5 | 100m |
100BASE-FX | 光ファイバー | 400m/2km/10km | |
1000BASE-T | 1Gbps | UTP CAT6 | 100m |
1000BASE-SX/LX | 光ファイバー | 500m/10km/50km/70km/150km | |
10GBASE-T | 10Gbps | UTP CAT6a/CAT7 | 100m |
10GBASE-R(SR/LR/ER/ZR) | 光ファイバー | 26m/66m/300m/10km/30km | |
10GBASE-CX4 | 同軸ケーブル | 15m | |
10GSFP+Cu | 10m |
【10月14日:お詫びと訂正】初出時に表に誤りがありましたので、訂正させていただきました。
もっともこれらのうち、家庭とか小規模オフィスなどで使われるのは、もっぱらxxBASE-Tと呼ばれるもので、UTP(Unshielded Twisted Pair)ケーブルを利用したものであるのも、ご存知の通りだ。このxxBASE-Tは図1のように、各機器がHubを介して接続することを前提としている(機器同士の直接接続も可能だが、この場合はPoint-to-Point接続になる)。
【図1】xxBASE-TのHub |
UTPは名前の通り、シールドを施さないひねり対線の事で、ここで使われるケーブルは対応できる信号速度によってカテゴリ(CAT)分けされている。表2は現在定められているCATをまとめたもので、厳密に言えば最近はCAT 7aが登場していたり、あるいはUTPで無いものも混じっていたりするが、このあたりは後述する。
【表2】ケーブルのカテゴリカテゴリ | 用途 | ||
CAT 1 | 電話/ISDN用 | ||
CAT 2 | 4MbpsのToken Ring用 | ||
CAT 3 | 16MHz以下。10BASE-T用 | ||
CAT 4 | 20MHz以下。16MbpsのToken Ring用 | ||
CAT 5 | 100MHz以下。100BASE-TX/1000BASE-T用 | ||
CAT 5e | |||
CAT 6 | 250MHz以下 | ||
CAT 6a | 500MHz以下。10GBASE-T用 | ||
CAT 7 | 600MHz以下。10GBASE-T用 |
コネクタは8ピンのRJ45を使う関係で、内部的には4対の信号を流せることになるが、10BASE-Tで使うCAT 3の場合、実際には送信と受信で1対ずつの合計4本しか信号を使わないので、内部は図2のようになっている。ここでストレートとクロス、2種類のケーブルがあるのは、送受信の向きに関係する。図2で言えば、ケーブル左の送信側(1、2番ピン)はケーブル右の受信側(3、6番ピン)に繋ぎ、逆にケーブル左の受信側はケーブル右の送信側に繋がないと通信が出来ないわけで、これを素直に実装したのがクロスケーブルである。
【図2】ツイストペアケーブル |
ではストレートケーブルは? というと、これはHubに繋ぐためのもので、Hubは送信と受信を逆にしているので、ストレートケーブルで受け取ることができる。このため、以前はHubと繋ぐためにはストレートケーブル、機器同士を繋ぐときはクロスケーブルをそれぞれ用意する必要があった。ところが最近はこれが面倒だ、ということで、極性自動認識機能(AutoMDI/MDI-X)を搭載した製品が大多数になっており、ストレートケーブルでもクロスケーブルでも気にせずに繋げられるようになっている。
さて、話を戻そう。まずは10BASE-Tが「最初のEthernet」として広く普及することになったのは1989年から1990年のことだ。Ethernet自身はもっと早く、1982年には10BASE5の標準化が終わっているが、これはド太い同軸ケーブルを使うもので、非常に扱いにくかった。その後、もっと細い同軸とBNCコネクタを使った10BASE2が登場するが、これでもまだ高価かつ扱いにくさが残った。
これらが解決したのは10BASE-Tが登場してからで、1990年頃だと国内では4~5万円でカードが購入できたと記憶している。もっともこの価格は急速に下落していった。最大の要因は、1995年に100BASE-TXが標準化されたことだろう。当初はこちらも拡張カードが10万をやっと切るとかいう価格であり、対応するHubも8ポート品が30万とかいう代物だったのが、これも急速に価格は下落する。1998年にはTalkingHubが相場より1~2万高い78,000円で発売されていたわけだから、この時点で8ポートHubは5万を切るか切らないか程度だ。
ネットワークカードの方は、この頃DECの21140シリーズ(通称Tulipチップ)を搭載したものがもう1万を切るくらいで秋葉原で購入できたことを記憶している。2000年に入ると、もうネットワークカードは(メーカーを選ばなければ)5,000円、Hubも1万円未満(例えばこれ)で入手できるようになり、一般的な家庭でも普通に導入されるようになってきた。
この状況を後押ししたのは、PC用のチップセットに標準で10/100BASE-TのMAC(理論層)が入るようになったことだろう。Intelの場合は2000年にリリースされたICH2で10/100BASE-TのMACが内蔵され、あとはPHY(物理層)だけ外付けすればEthernetが利用できるようになった。
ただしもっと決定的なのは、これに先立つ1999年に1000BASE-Tの標準化が完了したことだ。個人のデスクトップやノートには100BASE-Tで十分かもしれないが、サーバーやバックボーン用途向けには既に帯域不足が声高に叫ばれており、こうした用途に向けて1995年から標準化が始まっており、1999年に制定された。
こちらも当初はえらく高価で、しかもネットワークカードは(サーバー用途ということもあって)64bit PCIのものが大半だったりしたが、次第に低価格品が出回るようになってきた。チップセットの側も、2006年にリリースされたICH8では10/100/1000BASE-T対応となり、ほとんど価格差無しに利用できるようになった(厳密に言えば1000BASE-T PHY対応のPHYは10/100BASE-Tのみに比べて1ドルほど高価なので、メーカーによっては未だに低価格品は10/100BASE-Tのみとするところもあるが、原価の差は殆どないようなものである)。Hubの方も、ほとんど10/100BASE-T対応のものと同等、というか主流が1000BASE-Tに移ったこともあり、10/100BASE-Tのみのものはむしろ値段が上がったりしている。
さて、やっと話が10GBase-Tにたどり着いた。2005~2006年には、既に1GbpsのEthernetが一般家庭で利用できる程度にまで価格が下落した。ということは間違いなくこの時点でサーバーとかデータセンターでは「全然足りない」という状況が起きていることになる。というより、2005年どころの話ではなく、2000年あたりから実際発生していた。もちろん複数のEthernetを束ねて、論理的に1本のEthernetとして扱うTrunkingのテクニックは広く利用されていたが、だからといって10本も20本も束ねるのは、管理の点でもコストの点でも大変である。そんなわけで、より高速なEthernetを求める声は非常に強かった。
こうした声に答える形で、2002年にまず標準化が行なわれたのが10GBASE-SR/LR/ERと10GBASE-LX4である。表1にあるように、10GBASE-SR/LR/ERは光ファイバーを使ったもので、ファイバーの種類とか利用するレーザーの波長により到達距離に随分差がある。一般論としては
・10GBASE-SR(Short Range):ラック内、あるいは隣接するラック間の配線。最短は26mだが、利用する光ファイバーによっては最大82mまで引っ張れるので、何とかフロア内の配線にも利用できるレベル
・10GBASE-LR(Long Range):フロア/ビル間の配線。到達距離は10km以内とされるが、がんばると25kmくらいまで引っ張れる製品もある
・10GBASE-ER(Extended Range):拠点間配線。到達距離は30km以上(これも当然配線品質に依存する)。
といったものである。実のところLRはともかくERのニーズがどこまであるのか? という事に疑問を持たれるかもしれないが、実はこれらは「SONET/SDH」というフレームリレー用の光ファイバー/レーザーの規格をそのまま流用している。このため開発期間も短く済んだし、ERのような規格も実現したわけだ。既に敷設済のSONET/SDHの配線をそのまま流用できるという点でも効果的だったわけだ。
ただこうした光ファイバーは概して高価である。何が高価か? というと、光コネクタがどうしても安くはならないからだ。需要自身がRJ-45などに比べると数桁少なく、高価な価格体系が許容される用途で主に利用され、おまけに光軸をきっちりあわせないと通信ができないから、許容される機械的誤差もRJ-45などに比べると数桁少ないわけで、安くなるはずも無い。
ケーブルも、プラスチックのマルチモードファイバだと比較的柔軟なものもあるが、それでも銅線と比べると曲げ半径は遥かに大きくなるので、配線も結構大変である。これは特にラック内の配線とかで重要な問題になってくる。
こうした用途に向けて、10GBASE-Rシリーズと同時に正式化されたのが、10GBASE-CX4である。これは片方向あたり4本の同軸ケーブルを使い、各々のケーブルに3.125GHzで信号を伝送する。4本の合計は12.5Gbpsとなるが、8B/10Bエンコーディングを使っている関係で転送レートは10Gbpsとなるものだ。ただし配線は15mに限られるため、ラック内は可能でもラック間となると場合によってはちょっと辛い、といったところである。それでもコストは光ファイバーに比べてずっと安価であり、配線の柔軟性も高いということもあり、比較的良く利用された。
さて、これらはいずれもサーバーやデータセンター向けであり、もう少し小規模な用途にはやはりUTPを使った安価な接続方式が必要、ということもこれまた早くから認識されていた。そこでこれに向けて10GBASE-Tの標準化作業が2002年11月にスタートした。当初は2~3年程度(つまり2005年中)に標準化作業が終わると見られていたが予想に反して難航し、最終的には2006年10月までずれ込むことになった(なんで難航したか、という話はこのあたりにも少し出てくる)。
ちなみに標準化された規格は、かなり壮絶なものになった。同軸ケーブル8本の10GBASE-CX4ならばともかく、ひねり対線4対だけで双方向10Gbpsの通信を行なうのは、電気的にかなり無理があり、その無理を力技でねじ負かした、といわんばかりの構成である。まず最初に放棄されたのが、CAT5のサポートである。最終的にサポートされている配線は
・CAT6/CAT6e:55mまで
・CAT6a/CAT7:100mまで
となった。理論上はもう少し短い距離ならばCAT5/CAT5eでも動くかもしれないが、10GBASE-Tは接続にあたり毎回Link Trainingを行なって、10Gbpsで通信可能かどうかを確認するので、これではねられる可能性もある。
ではこれらのケーブルの構造は何が違うのか、を簡単にまとめたのが図3である。CAT5eを含むCAT5までは、要するに4対の撚り対線を大きな被覆にまとめただけだが、CAT6では中央に十字型のスペーサーを入れ、撚り対線同士の位置関係を常に一定に保っている。CAT6eでは、更に全体を覆うシールドが追加された。更にCAT6aでは、被覆が不等断面形状となり、ケーブルの同士の距離をあける工夫がなされている。ハイエンドのCAT7では、更に4対の撚り対線それぞれに個別のシールドが追加された。ここまでやらないと、10Gbpsでは通信できないというわけだ。ちなみにCAT6まではUTPであるが、CAT6e以降はシールドされているので、STP(Shielded Twisted Pair)と呼ばれる。
【図3】ツイストペアケーブルの仕組み |
では何でここまで厳重にシールドする必要があったか。10GBASE-Tの場合
・信号はPAM16を採用。PAMはPulse Amplitude Modulation(パルス振幅変調)で、要するに信号の電圧の差で値を伝え、PAM16の場合は信号電圧が16段階(=4bit)で区別されることになる。
・信号の変調に128DSQ(Double Square QAM)という技術を採用。QAMは直交振幅変調と訳されるが、この128DSQを使うと2つのSymbolが7bitに相当する。
・信号の周波数そのものは200MHz
となっている。この結果、生の信号速度は
200MHz×7bit÷2 Symbol×4bit×信号線4対=11.2Gbps
という結果になる。
ただ、単にUTP(なりSTP)にPAM16と128DSQを行なっただけだと、エラーレートは10^-2程度である。要するに100bit送ると1bitコケる、というレートでこれでは使い物にならない。そこでLDPC(Low Density Parity Check)と呼ばれるエラー訂正技術を利用した。LDPCを使う場合、1,723bitを送るのに2,048bit必要(つまりエラー訂正に325bit必要)という、結構オーバーヘッドの大きいものであるが、これを採用したことによってエラー率は10^-12まで下がった。これは116.4GB転送すると1bit化けるというオーダーで、これならばTCP層のエラー訂正で十分カバーできるエラー頻度である。この結果、実効転送レートは
11.2×(1723÷2048)≒9.42Gbps
で、微妙に10Gbpsには届かないのであるが、まぁ概ねこれで十分であろうと判断されたようだ。
さて、そんなわけで何とか標準化にこぎつけた10GBASE-Tであるが、その後ちっとも製品がリリースされなかった。それは何故か? というあたりを次回御紹介する。
(2010年 10月 13日)