大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」
なぜ富士通ブランドのChromebookが誕生したのか?「FMV Chromebook 14F」の狙いを聞く
2021年12月2日 06:15
富士通クライアントコンピューティング(FCCL)が、国内メーカー初のコンシューマ向けChromebook「FMV Chromebook 14F」を発表。2021年11月16日から販売を開始している。12月10日からは、全国の約1400店舗で展示販売が行なわれる予定だ。なぜFCCLは、Chromebookを市場投入したのか。その狙いを追ってみた。
Premium Chromebookに準拠
FCCLが発売したChromebookは、量販店などで販売する「FMV Chromebook 14F」と、富士通ショッピングサイト「WEB MART」などで発売するウェブモデル「FMV Chromebook WM1/F3」で構成される。いずれも、インテルCore i3-1115G4プロセッサーを搭載しているが、これとは別に、Amazon.co.jpだけで販売されるインテルCeleron 6305(TGL U)搭載モデルも用意されている。
FCCLでは、今回の製品をコンシューマ向けに位置づけている。NECやシャープ(Dynabook)といった国内ブランドでもChromebookが発売されているが、これらは企業向けや教育分野向けと位置づけられており、コンシューマ向けとした今回のFCCLのChromebookとはターゲットが異なる。国内メーカーがコンシューマ向け専用に発売するChromebookは、これが第1号製品になるという。
また、Chromebookには、機能を強化した上位区分として、Plus Chromebookと、最上位のPremium Chromebookがあるが、今回の製品はPremium Chromebookに準拠。マルチタスクや高度な処理もスムーズに行なえることを前提としたスペックになっているのが特徴だ。
FMV Chromebook 14Fでは、先に触れたように、インテルCore i3 1115G4プロセッサーを搭載し、8GBのメモリ、128GBのSSD、14型ワイドタッチ対応フルHDディスプレイを搭載。価格は、8万2,280円となっており、Chromebookとしては高価格帯のレンジに入る。
では、なぜ、FCCLは、Chromebookを搭載したのか、そして、なぜChromebook PREMIUM仕様の製品だけを投入したのか。
家庭内での2台目需要を狙う
FCCLの基本姿勢として感じられるのは、あくまでもWindows PCが同社PC事業の中心であり、今回のChromebookは、Windows PCを利用している家庭における2台目のPCとしての選択肢に位置づけている点だ。
FCCLの調査によると、GIGAスクール構想による1人1台の端末整備において、Chromebookの導入が促進されたり、Googleの積極的なTVCMなどにより、Chromebookの認知度は約7割に上昇。さらに、年末年始商戦や春商戦などの大型商戦期には、量販店店頭などにおいて、Chromebookの販売台数が急激に増加する傾向がわかったという。
また、購入動機としては、起動が速い、価格が安い、本体が小型で軽量といった理由とともに、「2台目のPCとして便利」という回答が約4割を占め、Chromebookによる2台目需要が顕在化していることが浮き彫りになったという。
同社では、「用途としてはライトだが、快適に、安心して使える2台目のPCが欲しいというニーズにChromebookを提案する。コロナ禍によって増加した在宅勤務や在宅授業のために、家庭内で1台のPCを共有するのは限界があると感じた人も多い。在宅勤務で仕事をする際には、Windows PCを利用し、その間、家族がメールや検索、動画視聴などの用途に利用するためにChromebookを2台目のPCとして利用するといった用途を想定している」とする。
また、「これまでにもChromebookを使っていたが、国内メーカーによる安心で、高スペックのChromebookに買い替えたいという需要にも対応できると考えている」とする。
FCCLでは、Chromebookによる価格競争分野に入るつもりはないという。また、FCCLのChromebookの購入をきっかけに、次のステップとして、FCCLのWindows PCにステップアップしてもらうという中長期的な提案につなげることも視野に入れているようだ。
全方位戦略の一角を担うChromebook
FCCLでは、国内PCメーカーとして全方位の製品ラインアップを用意している。
ノートPCの現行モデルでは、「家族にちょうどいい」をコンセプトにした14型ノートPCのMHシリーズ、パフォースンスを追求した15型ディスプレイ搭載のAHシリーズ、17型ディスプレイを搭載したNHシリーズ、軽量薄型とともに、スタイリッシュなファブリック調のデザインを採用した15型ディスプレイのTHシリーズ、日常に溶け込むデザインにこだわったCHシリーズ、マイファーストPCのコンセプトを持つEHシリーズのほか、世界最軽量を実現したLIFEBOOK UHシリーズや、それをベースに開発したハイリテラシーモデルFMV Zeroなど、老若男女向けに幅広く展開し、さらに初心者からハイエンドユーザーまでをカバーする製品群を用意している。さらに、ここにデスクトップPCやタブレットのラインアップが加わることになる。
こうしたWindows搭載PCの幅揃いラインアップを1台目のPCとして提案する一方で、2台目としての需要を取り込むために新たに用意したのが今回のChromebookというわけだ。「30~40代のファミリー層向けの2台目PCというのが、Chromebookの最初のアプローチになる」という。
全国1,400店舗での展示をスタート
FCCLが、コンシューマ市場向けにChromebookを投入したという点では、Googleにとっても大きなメリットがある。
これまでの海外ブランドを中心としたChromebookの展示販売は、主に都市部の大手量販店の展示が中心であったが、FCCLの販売ルートを活用することで、郊外の店舗でも展示が可能になるからだ。FCCLでは、12月10日から、全国1,400店舗での製品展示を開始し、店頭展示用の什器やPOP、カタログなどもする予定であり、これによって、新たなユーザー層や、これまでにChromebookが手つかずだった地域にも展開できることになる。GIGAスクール構想によって全国各地の小中学校に広がったChromebookを、自宅でも使いたいという需要の受け皿にもなりそうだ。
随所にこだわったFCCLのモノづくり
40年間に渡る富士通パソコンの歴史は、常に価値を追求したモノづくりの繰り返しであった。Chromebookでも、その姿勢は変わっていない。
今回の製品でChromebook PREMIUMの仕様を採用したことからもそれがわかるが、さらに、随所にFCCLならではのこだわりが隠れている。
今回のChromebookの開発を担当したのは、コンシューマPCの開発を行なっているコンシューマ事業部だ。
「これまでやってきたFCCLのモノづくりのポリシーをしっかりと引き継いだ製品になっている」と自信をみせる。
こだわりの1つめは、キーボードである。
Chromebookは、Windows PCとは異なり、仕様が細かく定義されている。キーボードに関しても同様で、Googleから仕様が定められている。だが、FCCLでは、キートップの文字や、カーソルキーの配置などについてGoogleと交渉。見やすい文字をキートップに入れるとともに、カーソルキーは同社がWindows PCで採用している逆T字型の配置とし、Fラインと呼ばれるFCCL独自のデザインも採用した。
また、キーストロークは1.7mmを確保。指の力にあわせた2段階の押下圧を実現するとともに、指にフィットするシリンドリカル形状や、ミスタッチを軽減するステップ型キートップ配置などを採用。快適なタイピングができるようにしている。
「最初にあがってきたキーボードはフカフカしすぎて、とても使えるものではなかった。Windows PCで実現している水準にまで引き上げるのに苦労した」という。
キーボードの匠の技術を継承するFCCLキーボードマイスターの藤川英之氏も開発に参加。キーボードのたわみ量を測定しながら、どのキーを押しても、しっかりとした打鍵感を確保できるように、何度も改良を加えて、剛性を確保したキーボードを実現したという。
なお、本体には、高級感を持たせるように、蒸着箔コーティングによるダーククロムカラーを採用。とくに、キーボード面における金属質感の塗装は上質な印象を与え、「所有する喜びを実感してもらえるはず」と自信をみせる。
慣れないクリックパッドにもこだわる
2つめは、クリックパッドである。FCCLは、Windows PCでは、タッチパッドを採用しているが、Chromebookでは、Googleに定められた仕様に則ってクリックパッドを採用している。
FCCLの開発チームにとっては、あまり慣れていないデバイスともいえるが、これまでのノウハウを活用し、快適なクリック入力に必要な押下圧を確認し、それをもとにチューニング。他社製品では、パッドの上部エリアではクリック入力ができなかったり、下部エリアでもクリックには押下げるために一定の力が必要だったりといった課題を解決し、上部エリアでもクリックができ、下部エリアでは軽い力でクリックができるようにしている。これは、Googleが定めた仕様よりも、高い水準の仕様になっている部分の1つだ。
3つめは、オーディオである。FCCLのChromebookでは、WAVES MaxxAudioを搭載し、自然な高音を再現することにこだわっているほか、ウェブ会議でも使用しやすい音質も実現しているという。同社の調査によると、とくに利用している用途として動画をあげた人は52%、音楽視聴が25%に達しており、「スマホのように手軽なChromebookであれば、さらに多くの頻度で動画視聴や音楽の再生といった利用が期待される。スペースの問題から使えるスピーカーなどには制限があったが、WAVES MaxxAudioによって最適な音質を実現することができた」としている。
FCCLのChromebookと他社のChromebookを比較したところ、高音での差よりも、低音での聞こえやすさに大きな差が生まれていることも明らかになった。
「ブランドスピーカーを採用しているChromebookと比べても、高音から低音まで差がない。動画視聴や音楽鑑賞を楽しみたい人だけでなく、ウェブ会議が多いビジネス用途にも適している」と自信をみせる。
4つめは、タッチディスプレイの採用だ。14型の大型ディスプレイによって、動画などを見やすくしたり、マルチタスクの場合にも大きな画面で、作業を効率的に進められるようにしているだけでなく、タッチ操作を可能にしたことで、スマホのような手軽さで直感的な操作ができるようにした。「社内ではChromebookには、タッチが必要なのかという議論もあったが、Androidアプリが使えることが特徴であるChromebookでは、タッチ操作が必須と考えて、搭載することにした」という。
そして、5つめが、充実したインターフェイスの搭載だ。Type-Aポートを2基、Type-Cポートを2基搭載し、さらには、Chromebookでは珍しいHDMI出力端子も搭載。TV画面への出力を簡単に行なうことができるようにした。Type- Cポートは左右に1つずつ用意しているため、ACアダプタは左右どちらからでも接続できる。
LIFEBOOK MHシリーズをベースに開発
実は、FMV Chromebook 14Fは、Windows PCの14型ディスプレイ搭載ノートPCのMHシリーズをベースにしている。
筐体サイズや基本デザインはMHシリーズと同一であり、豊富なインターフェースを採用できたのも、同様に数多くのインターフェースを持つMHシリーズの経験を活かしている。
また、約1.29kgという軽量化を実現できたのも、同等の重量となっているMHシリーズをベースにしていることによって実現できた要素の1つだ。「2台目のPCとして、家の中を移動させる点でも苦にならない」とする。
だが、設計思想や回路などはMHシリーズとの共通化が図られているものの、インターフェースの位置が異なっているため、マザーボードも異なるものを採用したり、キーボードの剛性感を高めるためのメンブレンシートにも異なる形状のものを採用している。当初、想定したほどの共有化は図られていないようだが、開発の効率化には大きく貢献したという。
Chromebookの製品化においては、Googleが定めた仕様に準拠するように、Googleの審査を受ける必要があり、その点でも、Windows PCにはない多くの工数がかかったという。
だが、この審査をクリアすることが品質を高めることにつながり、さらに、FCCLの社内基準に準拠することで、より高い品質でのモノづくりが進められたという。
FCCLが、Chromebookの製品化の検討を開始したのは、2020年12月。実際に開発がスタートしたのは、2021年3月だったという。つまり、FCCL初のChromebookは、わずか半年間で開発を完了したといえる。
製品企画部門では、Chromebookの需要が年末に集中している実績をもとに、11月の発表にこだわり、開発チームはそれに向けて急ピッチで開発を進めていったのだ。
14型ディスプレイノートPCとして、先行して開発を進めていたWindows PCのMHシリーズの存在は、Chromebookの短期間での開発にも大きな効果を及ぼしたのは間違いない。
FCCLでは、「今回のChromebookの開発を通じて、Googleとの関係構築ができたことは大きい。また、短期間での開発においては、レノボグループとの連携効果もあり、両社の関係がより強固になった。そして、ChromebookをFCCLが自ら市場投入することで、今後は、Chromebookユーザーからの声も直接聞くことができるようになる。次のChromebookの展開は、これまで以上にスムーズにできるだろう」と語る。
Chromebookビジネスの地盤を整える
FCCLは、レノボグループの1社として、日本の市場におけるビジネス成長を担っている。今後数年は、国内PC市場全体は低迷すると見られるなかで、新規市場としてのChromebookは、重要なターゲットのひとつになる可能性がある。
「Chromebookが、今後、本格的な成長をはじめたときに、いまから開発、生産、販売を経験しておくことは、コンシューマ市場向けだけでなく、企業向け、教育市場向けのモノづくりにも生かすことができる。また、サポート体制の構築も同時に行っており、今後も継続的にChromebookのビジネスが行なえる地盤が整った」とも語る。
長期的な視点で見た場合、今回の取り組みが、Chromebookの開発から販売、サポートまでのビジネスプラットフォームを整備することにもつながったというわけだ。
「Chromebookでは、さまざまな制限もあり、FCCLが提供するMy Cloudサービスが利用できないという課題もある。また、Windows PCではFCCLが得意としているアプリケーションのバンドリングや、ゲームの提供、そして、AIアシスタントのふくまろが活用できないといった状況にある。こうしたFCCLならではの特徴を、Chromebookでどう生かせるのかといったことも今後は検討していきたい」とする。
また、FCCLでは、アジアを中心に、海外展開を加速しようとしているが、現時点ではChromebookの海外展開はまだ議論はされていない。海外では、Chromebookでは、価格競争が激しい状況もあり、そのなかで、プレミアムモデルの市場創出の可能性があれば打って出ることも可能になるだろう。
発売の手応えを判断するにはまだ早いが、FCCLが高いスペックでChromebookを市場投入したことには、高い評価が集まっているという。まずは順調な一歩を踏み出したと見てよさそうだ。
Chromebookの次のステップでも、FCCLらしいモノづくりを継続していく考えを見せるが、それには今回の製品の売れ行きが物差しとなる。今回の製品は、FCCLの継続的なChromebook投入に向けた試金石となる。