eスポーツチーム代表者に聞く
広島出身でも移転当初は門前払い。今ではパブビューで3千人が来場。広島TEAM iXA代表の板垣氏の愚直な挑戦
2025年8月29日 06:30
広島に拠点を移し、地方に根付いたeスポーツチームの先駆けとして存在する広島TEAM iXA(以下、iXA)。ほぼ基盤のない状態から、地方に愛されるチームにまで成長するまでの過程や、首都圏にはない地方ならではの努力や利点などをオーナーの板垣護氏(以下敬称略)に聞いてきた。
--まず、iXAを設立した経緯を教えてください。
板垣:eスポーツに最初に関わることになったのは前職でeスポーツ系のゲーム開発をディレクションするようになってからです。当時、ゲームがうまい人がそこまで脚光を浴びていなかったことについて、ゲームを作る側として疑問を感じていました。
その後、独立し、それと同時に、ゲームがうまいことに価値を見出してもらえるよう、自らチームを作ろうと思いました。iXAの運営会社であるヤルキマントッキーズは、ゲーム開発、デベロッパーの会社で、eスポーツチームブランドとしてiXAを立ち上げました。
--ゲームがうまいことが誇れる世の中にしたいと言う思いは、開発者目線だけでなく、プレイヤー目線でも感じたことでしょうか。板垣さん自身はゲームがうまい方でしたか。
板垣:実は子どもの頃はゲームをほとんど遊んでいないんですよね。まったくやっていなかったわけではないですが、本当にたしなむ程度です。スーパーファミコンとかPlayStationとかは持っていたんですけど、ソフトはあまり持っていませんでした。ゲームセンターも学校帰りにちょろっと寄っていた程度です。
子どもの頃は勉強をがんばっていて、高校卒業まではずっと勉強をしていました。受験勉強もがんばっていたんですけど、家庭の事情で大学進学を諦めなくてはならず、高校卒業後はすぐ就職することになりました。
そこで、学歴があまり関係ない世界として、ゲーム業界に入るか、料理人になることを考えました。私が高校卒業した当時、ゲーム業界は今ほど学歴が重視されていなかったんですよね。ゲーム会社でシナリオライターのバイトをしていたこともあり、最終的にゲーム業界に進むことになりました。
--シナリオライターのバイトはかなり特殊ですね。
板垣:高校が受験校で娯楽があまりないところでした。そこで友人向けに自作の小説を書いていたんですけど、それが結構評判で、続きを待っている人もいました。そういう経緯もあり、シナリオライターのバイトに就きました。
--当時の流行りから考えると、場合によってはケータイ小説家になっていたかもしれませんね。
板垣:そうですね、その可能性はありました。そして、ゲーム業界に入った時は、ガラケーアプリが流行りだした時で、そこでシナリオライターとしてゲームの企画を提案していました。
当時はガラケーでようやく3Dグラフィックスが動かせるようになった時代で、3D描画エンジンが出回り始めたところでした。ガラケーのアプリはシンプルなものばかりで、開発エンジンもあったので、3~4人いれば開発できてしまう時代でした。プランナー、デザイナー、エンジニア、コンポーザーくらいですね。
ガラケーのアプリは仕様も決まっていますし、いろいろ制限もありました。ミニマムで開発できる時代でしたね。その分、基礎力がつく時代でした。今は分業なので、自分がゲームのどの部分を作っているかも分からないこともあったりで、基礎力をつけるのが難しいと思います。
その後バンダイナムコに入り「テイルズ」シリーズや「ガンダム」シリーズに携わっていました。隣のチームがTEKKEN関係だったため、よく大会やゲーセンのお話を聞かせていただいていました。ただ、ゲームに対する世間の認知はまだあまり良いものではなく、大会に出ていること自体を恥ずかしいと感じる人もいるほどでした。昼間は同好の士と一緒に大会に出て盛り上がっていたのに、大会が終わって、一歩、街に出れば、そのことは隠さないとダメなんです。
ゲームがうまいことに価値がなかったし、認められていませんでした。作り手として、好きなことを隠さないといけなかったり、好きなことをやっていることが恥ずかしいと思うという価値観をなんとかしたいと思っていました。
そして、その頃になると、携帯電話もガラケーからスマホに移行し始めており、ソーシャルゲームの時代に入って行きました。最初はガラケーのアプリと一緒で、ゲームのクリアに腕前はあまり関係なく、課金ですべてが解決できました。その分、気軽で難易度が低いため、これまでゲームをプレイしてこなかった層にも刺さって、ゲームファンの裾野を拡げてくれたと思います。
さらにそこから進化を遂げ、スマホにもコンシューマゲームの技術が落とし込めるようになり、スマホゲームでも腕前を競い合える時代になっていったわけです。そこからスマホアプリでもeスポーツ的な考えが認められるようになりました。
--私自身、板垣さんとは前職でのクラロワリーグからの付き合いになりますね。
板垣:前職でのeスポーツチームは私ともう1人で立ち上げました。最初に選手として迎えたのはEVOのストリートファイターVで5位になったもけ選手でした。
クラロワリーグへの参加のきっかけとなったのは、ソーシャルゲームインフォで「クラロワ」の記事を書いたことがきっかけです。そして、SUPERCELLの担当者さんが声を掛けてくれて、参入する運びとなりました。チームリーグ戦となった初年度は日本で世界大会が開かれ、その決勝に出ることができました。
--前職を退社して、ヤルキマントッキーズとiXAを立ち上げるわけですが、拠点を広島にしたのは何故でしょうか
板垣:私は、もともと広島出身なので、同級生が広島で働いていています。その同級生たちが社会人として経験を積み、今はそれなりのポジションにいます。その中に県庁勤めの人がいて、あるとき、広島県が企業誘致をしていることを聞いたんです。それが広島に移転するきっかけですね。
それまでは六本木ヒルズに入っていたゲーム会社の一部を間借りしていたんですけど、コロナ禍によってその会社が六本木ヒルズからオフィスを引き上げてしまったんです。当然、ヤルキマントッキーズも出ざるをえなくて、リモートでの作業に移行していきました。
そうなると、東京にいる意味ってあまりないんですよね。さらに、ストリートファイターリーグ: Pro-JP(SFL)が発足し、地方に拠点があり、地方を盛り上げるチームを探していました。それらが複合的に相まって、広島へ拠点を移すことになったわけです。
--県の企業誘致があったことで地方での立ち上げはスムーズに進んだのでしょうか。
板垣:それが移転当時は誰からも受け入れてもらえなかったんですよ(笑)。広島というか、地方はやっぱり保守的で、特に当時はeスポーツチームやゲーム開発に関しては認知度が低く、受け入れてもらえていませんでした。
最初は、我々を知ってもらおうと思い、広島を拠点としている地場の企業に電話かけまくりました。地方はメールとかではなく、直接電話する習慣があったので、それを実践したんですけど、ほとんど相手にされませんでした。場合によっては「ゲームとか胡散臭いから二度と電話かけてこないで」とまで言われました(笑)。
ただ、自分でも、いきなり海の物とも山の物とも分からない企業を知ってもらうのは虫が良すぎるかもと思い、広島の名産を買いまくって広島で開催したiXA主催の大会の賞品にしました。
そうやって少しずつ広島との親和性を高めたうえで、受け入れてもらえるために必要だと思うことは愚直にやってきました。最初の頃は、すべて自分だけでなんとかしようとしてきたところもあったんですが、ちょっとずつ知ってもらってからは、いろんなところにも協力してもらって、知名度を高めていけました。
--今では地元密着のチームという印象ですが、どのタイミングで受け入れられたと感じましたか。
板垣:ブレイクスルーになったのはSFL2024のパブリックビューイングですね。パブリックビューイング自体は2023シーズンからやっていたんですけど、最初はお客さんが2人しか来ませんでした(笑)。
一方、2024シーズンではしっかりと告知をして準備もしました。2024シーズンの最初のパブリックビューイングは、地元のお祭りと一緒にやりました。出店とかもあり、お祭り感がありました。結果、3,000人を超える人に来ていただきました。前年の最初が2人なので、大きな飛躍ですよ。
祭り会場の近くの古民家を2つ貸し切ってやったんですけど、入れ替わり立ち替わり人が出入りし、地元の人がたくさんきてくれました。eスポーツ好きの地元の若手に実況をやってもらいましたし、来場者にはお年寄りも多く見られました。高齢者の方はスト6のことはよく分かっていませんでしたが、iXAの存在は知っているという不思議な現象も起きていました。
そこから、地元にチームがあるんだったら応援しようって人が増えてきました。東京や首都圏だと3年前くらいからファンミーティングやパブリックビューイングが盛り上がっていた状態になっていたと思いますが、地方拠点のチームでもようやくできるようになったという感じです。
--iXAのスポンサーも広島の地場産業がついていたり、広島銀行にiXAのポスターが貼られたりと、端から見ても地元チームとして認められた感はありました。
板垣:広島には広島銀行という地方銀行があるんですけど、そこのとある支店の支店長さんに仲良くしていただいていて、商工会で地元を盛り上げたい人たちの会に呼んでいただけました。私はeスポーツ業界では年長者の部類ですが、商工会では若手なので「若いやつががんばっているなら支援しなくては」と言っていただけました。
支店長から紹介された広島空港の担当者さんはストリートファイターシリーズが好きで、地元にチームがあることを知って、スポンサーに名乗りを挙げていただきました。広島空港は以前は国の管理空港でしたが、2021年から公共施設等運営権を民間に売却するコンセッション方式で民間企業に委託されています。なので、民間若手の柔軟な考えの人が入ってきて、その人たちがアグレッシブなことをやっていて、iXAの支援もしていただけました。
--今は協力体制ができあがって、拡がっていくフェーズに入っていますけど、それまでは結構大変だったわけですね。
板垣:最初は今の状態にまでなることは、夢のまた夢という感じでした。広島の商工会議所青年部に加入させていただき、母校での年に一度の大きな同窓会では我々主催のゲーム大会も開くことができました。そういった活動や空港や銀行というトップクラスの地元企業が支援してくれたことで、認知が広がり、いろいろな人や企業から声をかけていただけるようになりました。当初は門前払いだったことを考えると、本当に夢のようです。
--iXAの参入タイトルを教えてください。
板垣:iXAは格ゲー、特に「ストリートファイター6(スト6)」のイメージが強いですが、それ以外にも「クラッシュロワイヤル(クラロワ)」や「グランツーリスモ7」「TEKKEN8」「GUILTY GEAR -STRAIVE-」「eFootball」「大乱闘スマッシュブラザーズSP」などの選手がいます。
かつては「VALORANT」「ロケットリーグ」「グランブルーファンタジーVS」などもやっていました。いろいろなジャンルに手を出していますが、ほかのチームに比べてシューティング系が弱く、MOBAにも手を出していません。
--今後の活動や目標について教えてください。
板垣:eスポーツチームとしては、やはりSFLや世界大会でいい実績を残せるようにしたいです。その結果が地元の人への周知にもつながるので。あとは、中国・四国地方の代表のeスポーツチームとして、広島東洋カープのような地元愛に溢れる濃いチームにしていきたいですね。そのためにも、ある程度の成績は必要だと思っています。
また、昨今のeスポーツチームとしては、インフルエンサー活動が弱いと言うのは自認しており、そこも今後は強化していきたいと思っています。iXA自身がインフルエンサーを抱えるというよりは、iXAを応援してくれるインフルエンサーと一緒に何かをやりたいと思っています。
先ほど広島東洋カープの名前を出しましたが、現在、広島を拠点にしているプロスポーツチームのドラゴンフライズ(バスケットボール)、サンフレッチェ広島(サッカー)とのつながりもできています。そういった広島拠点のスポーツチームとのコラボもやっていきたいです。
現状では参入タイトルを増やすことは考えていませんが、選手側からアプローチがあれば考えていきたいと思っています。実際、TEKKEN8部門のパキスタンのMuneeb Rahman選手については、彼の方から加入の希望をもらい、入ってもらいました。
現状は手弁当でやっており、ヤルキマントッキーズの資金で運営費用を賄っています。資金調達をやっているわけではないですが、なんとかずっと黒字経営でできています。ただ、eスポーツチームのあり方が変わってきているので、今後は資金調達なども考えていかないといけないかもしれません。
--巨大チームとしての存在ではなく、資金内でやれる範囲のことをやっていることもあり、他のチームにありがちな選手の頻繁な入れ替えがないのもiXAの特徴に思えます。同じ選手が居続けることはチーム全体を応援する「箱推し」がしやすくなる要因の1つで、iXAがファンに愛される理由かもしれないですね。
板垣:そういえば、在籍年数の長い選手が多いですね。これまでチームから選手の契約を解除したことはないですね。そういった点もチームの特色となると思います。


















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