山田祥平のRe:config.sys

Uber公共ライドシェアは交通空白地帯のUSB-Cポート

 公共ライドシェアが注目されている。特に地方においては地域公共交通を取り巻く環境が悲惨なところも少なくない。そのような地域では自治体や地域団体が主体となったオンデマンドによる移動手段も有効だ。その運用にUberが貢献しているという。

 USB-Cポートのように相互運用性の標準化が進めば、運行モデルやアプリのUI/言語対応が“共通化”され、どの地域でも同じ手順で移動の課題を解ける……。そんな可能性が見えてきた。これで、より多くの地域の悩みが解消するかもしれない。

公共交通機関で加賀市を移動するには

 石川県加賀市は、市内の片山津温泉、山代温泉、山中温泉、そして隣の小松市にある粟津温泉という4つの温泉の総称としての加賀温泉を擁する、石川県南西部に位置する人口約6万人の市だ。北陸自動車道もあれば小松空港も近い。2024年に延伸したばかりの新幹線停車駅として加賀温泉駅もある。九谷焼や山中漆器でも知られ、美食の街としてカニに代表される日本海の海産物を楽しめる。そんな街がどうして公共交通に困るのか……。

 たとえば、新幹線延伸に伴って在来線はIRいしかわ鉄道に変わったが、金沢までは約45~50分かかる。約20分で行ける新幹線の倍以上だ。乗っている時間はともかくとしても、本数が1時間に1~2本しかないというのが不便だ。関西からの足も敦賀で乗り換えが必要になり、直通の特急はもうない。時間もコストも増えてしまった。

 新幹線やいしかわ鉄道の加賀温泉駅の1日の乗降客は6,000人前後なので、降り立つのはその半分くらいだ。通学、通勤客は路線全体で約5万人がIRいしかわ鉄道全線を重要な足として利用する。

 さて、加賀温泉駅南側のロータリーに出ると、そこから使える交通手段はいくつかある。

 温泉に行くなら多くの旅館で提供されている無料送迎バスを使える。ほとんどの場合は無料だ。

 また、キャン・バスと呼ばれる周遊バスが提供され、海まわりと山まわりのルートで1日乗車券などを使って観光名所を回れる。まちづくり加賀という第三セクターの運営で、地元のバス会社に運行を委託している。運行頻度は1.5~2時間に1本程度だ。

 そしてタクシーや路線バス。タクシーを使ってしまうと山代温泉までは約2,500円が必要だ。また、路線バスは1時間に1~2本だ。とにかく時刻表にあわせて行動するしかない。ここでは効率という言葉は存在しない。

 これらの足は観光客目線でのものだが、地域住民も暮らしの足は自家用車に頼らざるを得ないというのが実状だ。数字上は100台程度のタクシーを利用できるようだが、観光客の増加とドライバーの高齢化によって慢性的なタクシー不足に陥っている。

 たとえば加賀市を代表する大規模なベッドタウンは松が丘エリアだそうだが、その住民が加賀温泉駅隣の大聖寺駅最寄りの加賀市役所に立ち寄り、そのあと加賀温泉駅周辺や国道8号線沿いの大型商業施設で買い物をして自宅に戻るのに、公共交通機関だけを使った場合、いったいどのくらいの時間がかかるのだろう。

 GoogleのAIであるGeminiに試算させてみたところ、「移動時間自体は合計で40分~50分程度と非常にコンパクトですが、『バスや電車の待ち時間(乗り継ぎ)を含めると、最低でも2~3時間、タイミングが悪いと半日仕事になる可能性がある』」ということだった。クルマがあれば1時間もかからずにすべて回れるという。公共交通機関に限定して移動すると、バスの時刻表にあわせて行動することが必須となり、午前中に出発して帰ってくるのは昼過ぎというスケジュールが現実的らしい。

 こうした状況の解消に便利な仕組みが、加賀市による「のりあい号」という加賀市の乗合タクシーだ。自宅の玄関に迎えにきてくれて、目的地の玄関まで送り届けてくれる。利用対象は加賀市民に限定されるが、一部山間部を除く加賀市全域で利用できる。運賃は1回500円と格安だ。

 ただし、利用の1時間前に予約が必要というルールがあり、それでも枠がいっぱいで断られて数時間後になったりということが頻繁に起きているらしい。利用の数日前から予約を入れておくのが無難だともいう。

公共ライドシェア導入にUberが貢献

 こうした状況を打破するために、加賀市は北陸新幹線延伸にあわせて2024年春からUberアプリを使った公共ライドシェアを導入した。現在の登録ドライバーは35名で、運行時間は朝7時から23時まで(金曜日、土曜日は翌2時まで延長)となっている。

 加賀市によれば、今年11月の実績では月間334件の利用があり、1日平均で10件程度の利用があったという。

 外国人と思われる利用者が約半数だという。観光客やビジネス客の利用が多く、市内の住民は料金の安いのりあい号を利用する傾向にある。また、高齢者はアプリの利用に不慣れで公共ライドシェアの利用が少なくなっているとのことだ。

 ライドシェア車両の実稼働は35名のうち1日平均6~7台で、ドライバーはほとんどが副業として活動している。年齢層は40~50代をボリュームゾーンとし、男性が圧倒的多数だという。

 現時点での課題としては、高齢者のモバイル利用が進んでいないことや、18時以降の夜間の公共交通手段が不足していることがあげられている。そのため、需要の増加を見据え、ドライバーのさらなる拡充が必要であるとし、利用促進のための周知活動を強化していくということだ。つまり、Uberの知名度を市民に浸透させて、より高い稼働率をめざすという。

Uber Technologies CEOのDara Khosrowshahi氏が加賀市長を表敬訪問

 Uberによる公共ライドシェアを日本で最初に導入した自治体は京都府の京丹後市だ。2016年5月に公共交通空白地帯の解消を目的に「ささえ合い交通」という名称でスタートした。タクシー会社が撤退してしまった過疎地域における住民による自家用車の近隣住民送迎システムだ。

 一方、加賀市はそこまで深刻ではない。だが、同市はUber Japanが包括連携協定を締結して、Uberのアプリを全面的に導入した大規模な事例だ。それが「Uber初の本格的な自治体連携」と紹介されてもいる。

 ちょうど、ライドシェア解禁の議論が活発だったタイミングでの導入で、正確には道路運送法第78条2号の公共交通空白地有償運送に基づく制度だ。

 先日、Uber Technologies CEOのDara Khosrowshahi氏が加賀市を訪れ、山田利明加賀市長を表敬訪問した。

 Khosrowshahi氏は日本の大都市以外を訪問するのは今回が初めてだという。もともとは大都市向けのサービスとしてスタートしたUberだが、あらゆる場所のすべての人に移動手段を提供することが野望であると同氏は語っている。また、テクノロジーは今、若者、高齢者を問わず、社会全体が適応しようとしているものだし、Uberでは現在、高齢者向けに簡素化されたインターフェイスに取り組んでいるとも。これについてはすでに、シニア向けのシンプルモードとしてアプリに実装されている。Uberアプリのすべての選択肢や複雑さを必ずしも必要としない、高齢者がアプリを使うための非常にシンプルな方法だ。

 また、今後はAIによる音声モードも可能になるという。来年には操作をする代わりに電話に話しかけるだけでUberを呼べるようになり、年齢層にかかわらずUberの利用がはるかに簡単になるだろうとも。

 Khosrowshahi氏はUberの日本での成長には大変満足しているという。モビリティに関しては、過去3年間、事業が毎年倍増している中で、今後もこの高い成長率を維持していかなければならない一方で、優先事項は、大都市以外での成長になると考えているという。観光を必要とし、経済を活性化させるための移動手段を必要としている地方の小さな町や都市へとUberを広げていきたいと心から思っているということだった。

 Uberのコミュニティ・ライドシェア・プログラムと、各市長とのパートナーシップが非常に重要だとし、大都市以外でどのように移動の解決策を提供できるかを示す実例だともいう。

Uberによる公共ライドシェア導入支援がスタート

 Uberは、今回、日本において、公共ライドシェア導入支援の専用ページを開設した。地域交通施策における新たな移動手段の構築をサポートするためのものだという。

 公共ライドシェアの概要や導入プロセス、自治体・NPO向けのサポート内容を説明するとともに、地域ごとの実情に応じた移動手段の整備を後押しするのが目的だ。多言語対応のUberアプリを活用した運行モデルは、多くの自治体から寄せられている導入相談に応える形での開設だという。

 Uberは、自治体からの問い合わせに対して、地域の交通課題や住民ニーズ、運行希望エリアを伺う事前ヒアリングを実施し、その内容を踏まえて最適な公共ライドシェア運行モデルを設計する。管理ポータルやアプリ操作に関するトレーニングは、Uberが直接実施する場合はもちろん、運行主体となる事業者が実施する形にも対応可能で、運用開始まで一貫して伴走支援を行なうという。

 また、サービス開始後も、運行データ分析や改善提案、安全対策の強化など継続的なサポートを提供するものの、導入に際する初期費用ゼロで、売上に応じた手数料モデルを採用しているため、大きな初期投資を必要とせずにサービスを開始できるという。

 こうした支援に取り組む自治体はうらやましい。個人的な郷里の福井県小浜市は、今、京都までの移動に2時間以上かかる。だが、敦賀止まりの新幹線が延伸すれば小浜-京都間は、わずか19分(計画値)になって劇的に関西圏との関係が深まる。だがそれは15年後でもあやしい。原子力発電所が林立し、関西圏の4割超の電力を支えている地域なのにだ。

 日本全国には、こうした地域がたくさんある。利便のみならず、安全性が担保できればの話だが、そんな地域におけるモビリティ活性化のために貢献するであろう公共ライドシェアの導入については注目を続けたい。

 その先には単なる「便利さ」を超えて、地域が存続するための「生命線(インフラ)」として爆発的に高まる自動運転のニーズがある。実際の子育て世帯や現役世代の感覚としては、「大人1人につき車1台」が必須の地域では、夫婦2人暮らしなら車2台、親子(大人)同居で車3~4台を家の前に広大な駐車場を持って所有する。そんな時代はもうすぐ終焉を迎える。だが、公共交通(バスや電車)だけで生活を完結させるのは非常に難しく、コンビニへ行くのにも車を使うのが当たり前のライフスタイルだ。だからこそ運転免許返納後の高齢者の移動手段が極めて重要な課題となってくる。

 世帯あたり約1.7台と推定(Gemini)される加賀市の自家用車所有台数は、その絶対数が激減したのち、自動運転への依存度がきわめて高くなるだろう。だが、住民が一人一台自動運転車を購入する未来はやってこない。だからこそ、MaaSが求められるのだ。最終的に幹線道路の自動化でバスを代替するフェーズから、ラストワンマイルの自動化へと進んでいく。北陸特有の雪事情を含めて技術的な課題も少なくない。Uberは、きっとその時代のことも考えているにちがいない。

 ちなみに今回の加賀温泉取材では、宿泊旅館から加賀市役所までをUberで移動した。前日の夜に翌朝7時20分迎車で予約したのだが、ライドシェア車両は見つからず、Uberタクシーを使った。メーター料金は2,700円で、それとは別に予約料が700円必要だった。約5.5kmを9分間実車での料金が合計3,400円。高いのか安いのか……。