山田祥平のRe:config.sys

【特別編】良いアプリ、悪いアプリ、普通のアプリ

 アプリを使う側にとって、あるプラットフォームがいいかどうかは、その使い勝手はもちろんだが、自分が必要なアプリがあるかどうかは重要な要素だ。だが、アプリを作る側にとってはどうだろう。ユーザーにとって快適な開発環境は無関係かもしれないが、結果として良いアプリを入手する手段が拡大するのだから大歓迎だ。今回は、Google I/Oで刷新されたアプリ開発環境と、その配布に使われるPlayストアについて振り返ってみよう。

Key Lime Pieの夢は先送り

 AndroidアプリはJavaで開発される。そのためには、さまざまな統合開発環境(IDE)が使われてきたが、今回のGoogle I/O 2013では、「Android Studio」という提供が発表された。すでに、Windows版、Mac版、Linux版のプレビューが公開されている。基調講演のレポートでも紹介したように、さまざまな解像度、画面サイズを持つAndroid端末の画面を、1画面で複数同時にリアルタイムプレビューできる機能や、各国語言語での表示プレビューができるといった特徴を持つ。これまでAndroidアプリ開発者の間で人気が高かったIDEは「Eclipse」だったが、新しいIDEはそれに次ぐ人気を誇っていた「IntelliJ」がベースになっている。

 Googleは、今回のカンファレンスで、かねてより噂されていたAndroid OSのバージョンアップや、新しいハードウェアを何も発表しなかった。「Key Lime Pie」は、現行AndroidのJeally Beanの先頭文字「J」の次にくる「K」から始まるお菓子の名前で、次のAndroidのコードネームとされている。また、新版Nexus 4やNexus 5の噂、また、新版Nexus 7にGoogle Glassなど、さまざまな憶測が飛び交う中で開幕したのが今年(2013年)のGoogle I/Oだったのにだ。

 ちなみに、開幕を前にサンフランシスコに到着した夜に、念のためにレストランでの夕食時にKey Lime Pieを注文して冒頭の写真を撮っておいたのは内緒だ。まさか、レストランも会期に併せてデザートメニューを用意したわけでもあるまいが、恥ずかしい話だが期待をあおられてしまった。

 ところが蓋をあけてみると、これらに関する発表は一切なかった。カンファレンス中に、Google幹部と話をする機会もあったのだが、このことについて尋ねてみたところ、Google I/Oは、あくまでも開発者向けのカンファレンスであり、開発者のためのものだという。Androdi OSのリリースアップや、新ハードウェアの発表は他の機会がいくらでも作れるから、あえてここでやる必要はないという判断をしたということだった。実際、昨年(2012年)のGoogle I/OではJelly BeanことAndroid 4.1が発表されてお祭り騒ぎに近い状況だったたが、それに続く4.2の発表やNexus 4の発表は別に行なわれている。

 昨年と今年と、2回のGoogle I/Oを経験した立場からいうと、Googleの判断はマーケティング的にも悪くなかったかもしれない。というのも、世の中的に期待されていた新しい話題を、このカンファレンスに集中して発表してしまうと、本当に伝えたい重要なメッセージが伝わらなくなってしまう可能性もあるからだ。

 たとえばKey Lime Pieが発表されたりすれば、マスコミはもちろん、参加している開発者も大騒ぎになるにちがいない。そして、新しいハードウェアが配布されたり、おそらくは参加している全員が持参しているであろうGoogleのリードデバイスにOTAで落ちてくる新しいAndroidに一喜一憂するにちがいない。それでは地味ながらもAndroidの未来に関わる有意義な刷新の話題が埋もれてしまう。

 だが、今回のGoogle I/Oでは、それがなかった。参加者全員に配布されたハードウェアは、すでに発表済みの「Chromebook Pixel」であり、高価な製品ではあるが、開発者にとってもマスコミにとっても、それほど目新しいものではなかった。インターネットを探せば、3月頃のレビューが山のように見つかるはずし、その気になればすぐに買える。

 カンファレンスのために、全米はもちろん、世界各国からサンフランシスコに駆けつけた開発者、さらにプレス関係者には、トピックスが大量に得られるという点で、全部の発表を一度にやってもらえばどんなにいいかとも思うのだが、もし、そうなっていれば、今頃は、開発環境のことなど頭の中にはなく、せっせと新しいAndroidを懸命に探検していたに違いない。もしかしたら、こうした記事を書くこともなかったかもしれない。

 間に合わなかったのか、意図的に間に合わせなかったのかは定かではないが、もし、1カ月後といったタイミングで新たな展開があるとすれば、プレスはGoogleの思うツボにはまってしまったということになる。それはそれで仕方がないことだ。

分析機能拡充とアプリビジネス

 もとい、アプリ開発について話を続けよう。

 Androidアプリが、Google Playストアで配布されているのはご存じの通りだ。だが、それ以外にもセキュリティ設定で「提供元不明のアプリ」のインストールを許可するように設定しておくと、裸のAPKファイルを直接インストールすることもできる。少なくともGoogle Playストアで配布されているアプリはGoogleが提供元を把握しているということだ。

 すなわち、セキュリティのことさえ気にしなければ、インターネットを散策して、適当なところで見つけたAPKを、そのまま端末に入れてしまうことができるわけだ。これは、Windowsが適当なEXEファイルをプログラムとして自由にインストールできるのに似ている。セキュリティ設定が必要なだけ、まだマシなのかもしれない。また、この仕組みを利用して、Google以外にもAndroidアプリを配布しているストアはいくつもある。

 これに対して、iOSでは、少なくともエンドユーザーがこうしたことをすることはできなくなっている。それがより安全であるのはいうまでもない。

 アプリの開発者は、より多くのユーザーが自分たちの作ったアプリを安心して使ってもらえるようにするために、その筆頭の配布手段として、とりあえずGoogle Playストアを選ぶ。これは、有償のアプリも無償のアプリも同様だ。

 現行のアプリのビジネスは、さまざまなモデルがあるが、大きくは、趣味やボランティアによる無償提供、広告収入を期待した無償提供、アプリ代金を期待する有償提供などに分類できる。

 どのモデルのアプリも、Google Playストアに登録しての配布となり、ユーザーはストアで自分の気に入ったアプリを発見して、それをインストールすることになるのが一般的だ。

 開発者は、Google Play Developer Consoleと呼ばれるGUIを使い、クラウドサービスとして、自分の開発したアプリの管理ができるようになっている。今回のGoogle I/Oでは、このサービスが大幅に刷新されたことが発表された。

 例えば、アプリの中味を解析し、その改善点を教えてくれるOptimization Tipsがこのサービスで得られたり、基調講演のレポートでも触れたように、APKファイル内の言語リソースを抽出し、翻訳サービスを依頼するといったことができるようになった。

 さらに、Webのリファラーのように、どこからGoogle Playストアのエントリが参照され、参照したうちのどのくらいの割合がインストールに至り、さらに、どのくらいの割合で起動までされているのかといった情報も得られるようになる。有償アプリの場合、情報として重要な要素となる日次、月次、国別といった売り上げ情報も得られるようになる。この分析結果を見ることで、解説に別の言語を加えようとか、他国語に対応しようといった対策ができ、より売り上げを増大させるために何をすればいいのかを知るヒントになるわけだ。

アルファテスト、ベータテストもサポート

 Google Play Developer Cosoleに関する発表の中で、多くの開発者の期待に応えたのが、Beta Testing & Staged Rolloutsの機能だ。

 アプリの開発では、アルファ版のリリース、ベータ版のリリース、そして製品版のリリースといった段階で開発が進んでいく。アルファやベータをGoogle Playストアで公開してしまうと、すべてのユーザーに入手機会が訪れ、最悪の場合、ちょっとしたバグが致命的な結果を生んで、製品完成前から悪い噂が流れるなどの懸念がある。それを回避するために、特別なユーザーだけにGoogle Playストアとは違う場所、たとえば自社WebサイトなどでAPKを配布するといったことが行なわれてきた。そのための「提供元不明のアプリ」というわけだ。

 だが、今後は、この機能を使うことで、Google+との連携により、特別に選んだアカウントだけにアルファやベータテストに参加してもらえるようになる。ユーザーとしてもGoogle Playストアでこれらのバージョンを入手できるので安心は安心だ。開発者も、ユーザーの身元をある程度把握することができるようになるわけだ。

 また、製品の本番配布や、既存製品のバージョンアップに際しても、一斉に配布を始めるのではなく、全体の何%に配布するかを設定し、徐々に展開することもできるようになる。これによって、各ユーザーの反応を確認したり、致命的なバグが残っていてたいへんなことが起こっていないか様子を見ながらバージョンアップができるわけだ。

開発者スタンスの再確認

 こうして苦労して開発者が作ったアプリも、ユーザーに発見されなければ埋もれてしまう。それでは元も子もない。個人的にはGoogle Playストアでアプリを探すことは希有で、インターネットで評判などを確認しながらGoogle Playストア内のエントリに遷移し、Webからプッシュでインストールするパターンが多い。

 だが、今後は、スマートフォンやタブレットだけで完結させようというユーザーも増えていくだろう。Googleは今回、Google Playストアに新たに「タブレット向け」というカテゴリを新設した。カンファレンス前からストアのGUIに変更が加えられ、順次展開されていたが、その内容が基調講演で紹介されている。

 これによって、ストアはまた新たなGUIを持つことになり、これまで発見されにくかったアプリが、日の目を浴びる可能性も出てきた。特に、今後、増えるであろうタブレット向けに特別なカテゴリを設け、スマートフォン用アプリのみならず、タブレットを有効に活かすアプリが探しやすくなるわけだ。

 実際、手元のタブレットでも、「タブレット101」、「注目のタブレットアプリ」というタブが新しくできて、タブレット向けアプリを探しやすくなっていることを確認している。両者ともにTablet Fordというフォーカスで、前者が他国語版アプリ、後者が日本語版アプリの紹介が大きなタイル表示で提供されている。

 このように、Googleは、常に開発者のことを考え、彼らがAndoroidプラットフォームでうまくビジネスを成功させることができるようにしているのだということが分かる。冷静に考えれば、本当に今までそんなこともできなかったのかと思えるような事象もあるのだが、そこはそこ、とにかく前進したことは間違いない。

 少なくとも、昨年のGoogle I/Oでは、多くの参加者は開発者であると同時にAndroidの最前線のミーハーユーザーでもあった。今年もそれは同様なのだが、Googleは、開発環境とアプリビジネスの展開における手厚いサポートを表明することで、彼らに開発者であることの再確認を求めたのかもしれない。

(山田 祥平)