山田祥平のRe:config.sys

モダンPCってなに?

~まずは体験から

 エンドユーザーのPCに対する期待値は、目の前にある実機への驚きをトリガーとして跳ね上がる。これなら今までやりたかったことができるようになるはずと心を躍らせる。たいていの場合は、その次に挫折が待っているわけだが、幻想であろうがなんであろうが、やりたかったはずのことができる魔法の箱であるのは四半世紀前も今も同じだ。

アッという間にモダン

 ニューヨーク近代美術館、いわゆるMoMAができたのは1929年のこと。開館第1回展は「セザンヌ、ゴーギャン、スーラ、ゴッホ展」だったそうだ。美術の世界では、モダンアートはセザンヌ以降とされるようだが、ウォール街で株が大暴落した大恐慌とほぼ同時に開館したときくとちょっとした驚きを感じる。感動は経済の動きとは別腹らしい。

 印象派から離れ、ポスト印象派として近代美術の父とされるセザンヌは美術の世界に新しい息吹を吹き込んだと言われている。美術の世界に比べれば、PCの世界なんて、本当に歴史が浅いわけだが、それでもモダンといった概念がPCやそのオペレーティングシステム、ユーザー体験の文脈のなかで語られるようになってきていることに、ちょっとした感動を覚える。

 先日、日本マイクロソフトは、モダンPCプレスセミナーを開催し、各社のモダンPCを勢揃いさせてその位置づけを説明した。同社によれば、とくに、地方や郊外でモダンPCが著しい売れ行きの伸びを示しているという。これについては同セミナーに登壇したNECレノボ・ジャパングループの河島良輔氏(コンシューマ事業プレジデント)も、増税前駆け込みとWindows 7サポート終了前の駆け込みで、この秋は想像以上の売上げの伸びがあったとした。同氏によれば、今まであまりPCに接していなかった層が購入にいたる傾向があるともいう。

モダンPCの定義

 では、そのモダンPCとは何なのかというと、その定義はどうにも曖昧でなかなかその姿が見えてこない。

 セミナーでは日本マイクロソフトの梅田成二氏(執行役員コンシューマー&デバイス事業本部 デバイスパートナー営業統括本部長)がモダンPCとは何かを説明するさいに、1枚のスライドを公開した。これがモダンPCであるための公開された要件ということになる。その要件は、カテゴリごとに必要要件と推奨要件に分類されている。

 まず、デザインの必要要件としては2in1コンパーチブルまたは2in1デタッチャブル(着脱式)、ウルトラスリム(18mm以下)、またはオールインワンのどれかでなければならない。これは、今現在、目にすることができる多くのPCのフォームファクタだ。これに推奨要件として、極薄ベゼル、メタリックデザイン、IPSディスプレイ、バックチルト・キーボード(バックライトのことだと思われる)が挙げられている。

 次に、性能の必須要件ではSSDまたはSSD+HDD、eMMC、Optane+HDDを持つことが求められている。これまたハードルはそれほど高くない。推奨要件としては高精度タッチパッド、802.11ac 2×2、Bluetooth 4.0以上、8時間以上のバッテリ駆動時間が挙がる。

 また、ユーザー体験のカテゴリでは必要要件として、コルタナ、Windows Hello、Windows Ink、Sモードのうち2つ以上の対応が求められ、推奨要件としてモバイルブロードバンド接続が挙がる。

 これらの情報と、セミナーに登壇したDynabook、デル、日本HP、富士通クライアントコンピューティング、NECレノボグループが紹介した各社の製品を見るかぎり、モダンPCを名乗るハードルはそれほど高くないように感じる。

 個人的には、ディスプレイがタッチに対応し、モバイルブロードバンド接続が可能で、モダンスタンバイ対応といったあたりを期待したかったのだが、そこまでの対応がなくても、十分にモダンPCを名乗ることができるようだ。もっとも、要件を満たしていても4GBメモリのWindows PCをモダンというのは抵抗があるが……。

 日本マイクロソフトによれば、OEMパートナー各社に求めるモダンPCの要件は、その時点のトレンドに応じて随時見直しが行なわれ、柔軟に変化していくそうなので、「モダンPC2019ハードウェアデザインガイド」的なドキュメントは存在しないようだ。

 ほぼ20年前、Windows 98が出るころに「PC97ハードウェアデザインガイド」がマイクロソフトプレスから刊行され、それを参照すればWindows 98を支えるハードウェアの概要がわかった。本当は、今のマイクロソフトにも、こうした情報を積極的に公開するオープンな姿勢を示してほしいところだ。

PCの復権

 エンドユーザーにとってPCの印象はまちまちだ。電源を入れても使えるようになるまでに分単位でまたされることが当たり前だと思っていたり、長年の利用でニッケル水素バッテリがへたり、ノートPCを使っていても数十分でシャットダウン警告が出て大きなACアダプタをつながないで使うことなどありえないし、カバンに入れて持ち出すなど言語道断というイメージを抱いている一般エンドユーザーが大多数だろう。スマートを名乗ることができるのは、スマートフォンのみという状況だ。

 PC勢としては、PCの復権を目指さなければならないし、そのためにもモダンPCが必要だ。かつてのPCとは違うのだということを、そして、PCはレガシーではないということを、あの手この手でエンドユーザーに実感してもらわなければならない。自分自身がこの業界に生き残る保身のためにそうアピールしているわけではないが、そうでなくては日本の将来が不安だ。

 先進派のPCユーザーにとっては、新しい当たり前として受け入れられているモダンPCの各種要件も、一般エンドユーザーにとっては新鮮だ。そこをきちんと訴求するのがマーケティングというものなのだろう。

 PCでできることは10年前と変わっていない、というのは、絵画は絵画で何百年たっても絵画だというのと同じだ。モダン、ポストモダンと変遷していった美術の世界は、そのために永い時間が必要だったが、PCの世界は秒進分歩。生きているうちにまだまだ何度も革命が起こりそうだ。その革命を豊かな未来につなげるためにもPCを知らない子どもたちを看過してはならない。