山田祥平のRe:config.sys
QuickChargeがUSB Power Deliveryを包み込む将来
2017年8月4日 06:00
スマートデバイスの充電事情。その混沌とした状態は、少しずつではあるが、夜明けが近づいている。
だが、その過渡期はいったいいつまで続くのか。スマートデバイスを語る上で欠かすことができない米Qualcomm Technologiesは、SoCの「Snapdragon」で有名だが、独自の充電方式である「QuickCharge」でも知られている。
今回はその方向性を、現在来日中で同社で充電関連の製品を統括しているEverett Roach(VP)氏に聞いてきた。
PCの世界とスマホの世界
この連載では、かなり頻繁にスマートデバイスの充電事情を取り上げ、今後のインフラとして注目されるUSB Type-Cを使った充電事情と、そのケーブルや充電器の安全性などに注目してきた。100均で入手できるケーブルなどについても、いろいろと取材を重ねてきた。
PCの世界では、このままUSB Power Delivery(以下PD)が事実上の標準になりそうだが、スマートフォンの世界はまだ混沌としたままだ。
なにしろ、今入手できるスマートフォンでも、PDを正式にサポートしているものがほとんど見当たらない。多くのスマートフォンは、急速充電の規格としてQualcommのQuickChargeを採用している。しかも、そのバージョンは2.0や3.0で、それが混乱を招いてもいる。
Qualcommは、ワイヤレス充電を含め、将来の充電環境をいろいろな角度から検討している企業だ。そして、つねにPDと比較される充電規格、QuickCharge(以下QC)を擁するベンダーでもある。QCは今、バージョンとして4番目が世に出ようとしている。そして、QC 3.0までとは大きく立ち位置を変えていることに注目したい。
バッテリをより速く充電したいというニーズは高まる一方で、Qualcommによれば、OEM各社も他社製品とその点での差別化にも熱心だという。
理想は、家にいるときにケーブルレスで使っていたデバイスを充電器につなげば、数分で丸1日持つような量の電力を蓄えられることだが、その理想にはまだほど遠い。
その一方で、Type-Cは普及の途上にあり、多少の混乱もあるが、昨年(2016年)のGalaxy Note 7が発売中止になるといったできごともあり、消費者のバッテリ充電の安全性への関心は高まりつつある。
Qualcomm内部の調査によれば、とくに現在は、米国と中国においてバッテリ関連への関心がかなり高まっているのだそうだ。いかに優れた急速充電ができるかどうかは、新しい電話を買うときに重要な要素にもなっているとのことで、同社の調査のみならず、中国の調査会社Sino-MRの調査結果でも同じような結果が出ている。
ちなみに、充電への気配りという点では、現在韓国は安全サイドに振れているし、アメリカはもっとアグレッシブで、中国は独自というのが現在の状況だそうだが、それも今後は収束していくだろうとRoach氏は言う。
ルールであればそれを守るのが当然
Roach氏によれば、PDとQCは、決して対立構造にあるわけではないというのがQualcommの基本的な考え方なのだという。
Roach氏は、これから普及するはずのQuickCharge 4(QC 4)を大きな円にたとえる。そして、その円はスッポリとPDの円を包み込む。つまり、2つの円が交わるのではなく、QCの円がPDの円を包含するというイメージだ。
PDからはみ出た部分の代表的な機能が、デュアルチャージだ。これは充電回路をデバイス側に2つもたせ、並列に充電するためのもので、これによって熱の問題も解決されるという。そこを今後も拡張していくということだ。
また、発熱についてもセンサーを使って端末本体、プラグなどの温度を計測し、過度な発熱を抑止する。これらは充電されるデバイス側の実装であり、給電する側はルールどおりの要求に応えるだけだ。
充電器にとってはPDだが、充電するデバイスにとってはQCという状況が、ルールを逸脱せずに成り立つ。QCがPDを包含するというのはそういうことだ。
つまりQC 4は、PDのスーパーセットであるというのがQualcommの考え方だ。そして、プラグにType-Cケーブルを使うかぎりはPDを使う。PDのルールを逸脱するつもりはないという。電圧の遷移についても、PDのパワールールに則って制御する。エンドユーザーにとって、PDとQCはイコールだということがわかる。
Roach氏は、今はまだ過渡期であるという発言を繰り返す。だが、現実的な視点で物を見て、エンドユーザー視点に立ったときに最良の充電環境を考えて、そこをゴールにするのが同社のミッションなのだと同氏は言う。
そもそもPDは、当初からスマートフォンを相手にしていなかったとRoach氏は語る。手のひらサイズに高密度実装されたデバイスには、そのための特殊な充電事情がある。とくに発熱は深刻な問題だ。
そこでQualcommは、USB-IFに対してパワールールに9Vを入れてほしいと要望し、それに賛同を得られた結果、現在のPDには9Vのパワールールがある。説得によってPDも変わったわけで、それが大きなステップとなったという。
今後、PDとQCは、さらに整合性を高めていくだろうとRoach氏は言う。先の例であれば、QC 4のなかに包含されるPDの円が、だんだん大きくなるイメージだ。QCはPDのルールを絶対にはみ出ないとRoach氏は繰り返す。
あらゆるデバイスを充電できる環境
最終的なゴールは、1つの充電デバイスで、あらゆるデバイスを充電することだ。そこを目指すためには、Type-Cのメリットは大きい。だからこそ、Type-Cのルールを逸脱しないでQCの優れた部分を享受してもらう必要がある。
Qualcommほどの力があれば、もしかしたらType-C以外の独自のプラグを使い、QCを普及させることもできたはずだ。だが、同社はそれをしなかったし、今後もそうするつもりはないという。
すぐに思いつくのは、AppleのiPadやiPhoneだ。とくに現在のiPadは、PDによる急速充電をサポートしている。片側Type-C、片側Lightningという変換ケーブルを使いながらも、5Vを超える電圧を使うというのは、Type-Cのルールから逸脱している。Roach氏はAppleのことはAppleに聞いてほしいと言って笑うだけだ。
つまり、QualcommはAppleのようなことは絶対にしない。これは、Type-Cを使うかぎり、Type-Cのルールにしたがうという宣言でもあり、それが難しい場合はType-Cそのものを変えるべく働きかけるということでもある。Qualcommがいかに実直な企業であるかがよくわかる。
だとしたら、QC 4は少しでも早く各社のデバイスに実装されなければならない。個人的にはQC 3.0以前は抹殺されるべきだとも思うくらいだ。
今回のRoach氏の来日は、そのことをOEMやキャリア各社に伝え、説得するためでもあるという。このままいけば、QCとPDが別の規格として一人歩きをはじめてしまうと思っていたが、どうやらそうではなさそうで、ちょっと安心した。
この不安な期間が少しでも短くなることを願いたい。