山田祥平のRe:config.sys

未来のために立て、ジャイアン

 モバイル関連展示会MWCはCESやIFAとはちょっと異なる雰囲気がただよう。それは、この展示会がGSMアソシエーションというある種の業界団体によって牛耳られているからだ。モバイルインフラは、もはや暮らしに欠かせない存在となっている。そのMWCで、今年(2017年)、何が起こっているのか。

ドイツテレコムがローミング料金撤廃を先行スタート

 EU圏内でローミングをする際に追加の料金を取ってはならない、とする取り決めをすることが欧州委員会から声明として発表されたのは2014年の7月だった。これはヨーロッパの通貨であるユーロと同様に、国境を超えても自由に、そして、特別な負担をすることなく自由に通信ができるようにしようとする取り組みだ。

 EUでは、それをデジタル・シングル・マーケットと呼んでいる。

 MWC取材を前に、以前からキープしているドイツテレコムのプリペイドSIMに追加のチャージをしている時に、EU圏内でのローミングが無料になっていることに気が付いた。どうやらドイツテレコムは、2017年6月15日という期限に先立ってローミング料金を撤廃した先行キャリアの1つのようだ。

 チャージしたドイツテレコムのSIMをヨーロッパ用のスマートフォンに装着して日本を出発し、乗り継ぎ地のデュッセルドルフに飛行機が着陸した時点でスマートフォンの機内モードを解除すると、いつもと同じようにたまっていたメールが受信され、Twitterのタイムラインに10時間以上の飛行中に書き込まれたメッセージが流れてくる。

 デュッセルドルフはドイツ国内の都市で、ドイツテレコムはドイツのキャリアだ。ここで普通に使えるのは当たり前だ。正常にデータが流れていることを確認して、ここでローミングをオンに設定しておいた。

 そして飛行機を乗り継ぎ、スペイン・バルセロナに向かう。飛んでいるのは1時間とちょっとだが、当然、ドイツから見た外国に着陸することになる。そして着陸して機内モードを解除すると、以前なら、ブラウザを開くと2.99ユーロで40MB/24時間をするかどうかを申し込むページにリダイレクトされていたのだが、今回は、何ごともなかったかのようにデータが流れる。

 繋がっているキャリアはスペインのナンバーワンキャリアMobistarだ。これでドイツテレコムが先行してローミング料金を撤廃していることを確認できた。

 ドイツテレコムでぼくが加入しているプランは月額料金がゼロで、使った瞬間に14.95ユーロが引き落とされ1.5GBが28日間有効になるMagentaMobile Start Lというプランだ。もし、1.5GBで足りなくなったら、750MBを9.95ユーロ(250MB/4.95ユーロ、500MB/7.95ユーロ)で追加できる。通話もカケホーダイだ。料金としては特に安くはないが、それでも日本のキャリアのローミング料金よりは安上がりだ。

 ぼくは、日本の携帯電話番号にかかってきた電話をSkypeに転送し、その電話をさらに現地SIMの電話番号に転送している。こうすることで転送に際する料金は最小限になる。なぜなら、日本の携帯からSkypeへの転送はもともとカケホーダイなので追加の料金はかからないし、Skypeから国際電話はOffice 365サービスの1つで1時間までは無料だからだ。

 その一方で、ドイツテレコムと同様、スペインのTuentiというキャリアのプリペイド契約をキープしている。ナンバーワンキャリアMobistarのセカンドブランドで、月額7ユーロで1GB、それを使い切っても1GBを8ユーロで追加できる。うまく調整して7ユーロに満たないように残高を維持しておけば、追加料金なしで次のスペイン行きまでキープできる。

 ドイツテレコムよりもちょっと安いのは魅力だ。ただし、まだ、ローミング料金は撤廃されていないので、別の国ではちょっと使えない。夏になってTuentiのローミング料金が撤廃された時に、通常料金がどのようなイメージになるのかを見てから、このキャリアを維持するかどうかを決めようと思っている。

デジタル・シングル・マーケット戦略の恩恵

 ドイツテレコムの1.5GBとTuentiの1GB、合計2.5GBがあれば、ほぼほぼヨーロッパ取材で滞在する1週間程度は乗り切れる。ホテルのWi-Fiが使いものにならないほど遅いということでもない限り、外出中に頼るだけだからだ。

 もっとも今回は、ホテルに着いてWi-Fiを使ってみたところ異様に遅く、半分あきらめようとしていたのだが、カレンダーが3月1日になった途端、急に我慢できる程度に速度が復活した。宿に頼んでルーターのリセットまでしてもらっても改善しなかったのがウソのようだ。想像できるのは月末で契約容量を突破したこと。もしかしたらWAN側はモバイル回線なのかもしれない。

 こうして、EUによるデジタル・シングル・マーケット戦略は、ローミングの垣根をなくすことで、EU圏内に新たな市場を開拓しようとしている。ただキャリア側にとってみれば、普通に考えれば迷惑な話でもある。

 というのも自国内のキャリアと競争していればよかったのに、この戦略のおかげでライバルが一気に増えることになるからだ。ぼくの例で言えば、今の料金のままTuentiがローミング料金を撤廃することになれば、ドイツテレコムのSIMを維持する必要はなくなる。

 市井でモバイルネットワークを使う普通の人々が、この調子で、EUでもっとも安いキャリアと契約するようになったらたいへんだ。

 そうならないようにするために、一定期間に一度は自国内でネットワークに接続する必要があるとか、いろいろな防御策が考えられているようだ。そのとばっちりで、ぼくらのような日本人が海外SIMを維持しにくくならないことを祈りたい。

 もっとも、日本国内のMVNOがほとんどドコモのネットワークを利用し、ドコモより料金が安いのに、全員がMVNOを使うというふうにはならないのと同様に、ローミング時のネットワーク帯域の余裕などでも使い勝手は違ってくるだろう。まあ、その辺りは、夏にIFAでドイツを訪れる時に、Tuentiのネットワークを使って確かめたいと思う。

ジャイアンが決めればみんなが従う

 今回のMWCでは、世界のキャリア、ベンダーが5Gの仕様決定の早期化に合意、2020年に予定されていた5Gのスタートを2019年に前倒しすることが発表された。EUの通信戦略が通信キャリアにローミング料金の撤廃をトップダウンに近い形で要請したものであるのに対して、5G仕様決定早期化は業界内部の利益のために実現されたものだ。

 おそらくは、そのために多くのフィクサーが暗躍しているのは間違いない。中には振り回された感の強いベンダーもいるだろう。超大手ベンダーであるQualcommなどに話を聞いてみても、3G、4Gを担ってきた彼らだからこそできることがあると、自信たっぷりの言い方をする。MWCにちょっと異なる雰囲気を感じるのは、こうした面が見え隠れしているからでもある。

 いわゆるデファクトスタンダードが固まるには、それはそれはむごい修羅場が想像できる。だが、「よっしゃ、それでいこう」の鶴の一声を出せる役者が揃えば、その修羅場は回避できるかもしれない。つまり広場の帝王としてのジャイアンが全てを決めることが業界全体の秩序を維持することに繋がるということもあるわけだ。

 モバイル業界には、特に、そうした雰囲気を感じることが多い。今年のMWCでも、2020年以降の、もしかしたら、6Gネットワークの話が水面下で進行しているのかもしれない。ぼくらにとっては想像もできない世界の議論が、そこで繰り広げられているのかもしれない。