山田祥平のRe:config.sys

究極の働き方を求めて

 ワークスタイルの変革や、デジタルトランスフォーメンションといった言葉が声高々に叫ばれている。手段と目的を勘違いしているようなケースも散見する一方で、「会社」という存在を再定義することから、そこへの足がかりを見いだそうとする企業も見かける。場所としての「会社」が変われば、そこに通う従業員の働き方も変わるはず……というわけだ。

会社に行く理由を変えて働き方をアップデート

 Yahoo! Japanが、新社屋に移転した。それに先立って、プレス向けに新オフィスをお披露目するというので覗いてきた。

 東京・千代田区の赤坂プリンスホテル跡の再開発によってできた「東京紀尾井ガーデンテラス紀尾井町」を構成するタワー棟のオフィスエリア24フロアのうち20フロアに入居し、そこに本社機能を集約するという。感覚的にはビル丸ごとYahoo! Japanというイメージで、約8,000人の社員、関係者が働く場所となる。

 Yahoo! Japan最高執行責任者、川邊健太郎氏は「イノベーションは既にあるものを組み合わせて新しいものを生み出すことだ。それは新結合であり新発明ではない。普通の社員が発明をすることはできないかもしれないが、イノベーションは起こせる」という。

 そのためには、働き方のリズムを変えることが重要で、かつてのPCにあった働き方からスマートフォンに合った働き方に変える必要があるらしい。

 折しも、Yahoo! ニュースは、1996年のサービス開始以来20年間で初めてこの夏8月に、月間152億ビューを記録した(リンク)。ものすごい数字だ。それにはスマートフォンが大きく貢献している。2014年にスマートフォンがPCを逆転し、翌2015年には1.5倍、そして、今年(2016年)は2倍近くに達している。同社がそのスマートフォン時代に合わせて働き方を考えるというのも自然な流れなのだろう。

 案内されて受付のあるフロアを見せてもらうと、廊下はまだコンクリートがむき出しだ。いたるところがまだ工事中のような様相を見せる。フロアそのものも、床にはカーペットも敷かれていない。業務開始まで1週間しかないのに、まだ、内装ができていないのかと思いきや、これはわざとなんだそうだ。IT企業はサービスを進化させることで成長するものという意図で、わざと未完成のままにしてあるのだそうだ。家を建てる時には、例えば、押し入れの天井板にクギを打たないで置いておくといった風に、未完成の部分を残しておくという慣習がかつてあった。完成させてしまうと人生が終了してしまうからだとされているが、それに近い感覚だろうか。

 オフィスフロアはオフィスフロアで、デスクは全てフリースペースだ。しかも、整然とデスクが並んでいるのではなく、わざと斜めにしてあったりして、まっすぐ歩けない。それも狙いだ。移動中に、できるだけほかの社員と接する機会を増やそうという目論見らしい。

 社員の個人スペースは、ロッカーのみで、それだけが場所を固定されている。そこから仕事道具を取り出して、好きな場所で好きなように仕事をする。どのフロアで、どのように仕事をしてもかまわない。寝っ転がって仕事ができるようなスペースも用意されている。

 会社は情報の交差点であるともいう。情報の交差点を作ることが新結合を生み出すのだそうだ。かつてのSteve Jobsがトイレの近くに席を確保したがったことを例に掲げ、その理由として、トイレは必ず行くものだから、多くの社員がそこを通るのを歓迎してのことだったという。だから、席をジグザグに配置することは、社員が歩きにくいようにすることであり、それがコミュニケーションを促進することを期待してのことだ。

 川邊氏は、会社という場所で働くことについて、「人と情報が集まり、イノベーションを生み出せるから会社に行く。その会社に行く理由を今こそ変えたいからこその新オフィスだ」という。テレワークの時代、ITはさまざま問題を解決することができるはずで、そんな時代にあえて会社に行くためには理由が必要だ。だったらその理由を作ればいい。それが働き方のアップデートだということらしい。

 新オフィスへの移転を機に、Yahoo! Japanでは新幹線通勤を導入、1カ月に15万円までの交通費を支給するという。通勤で疲れてしまっては仕事に支障が出てしまうことや、地方在住の経済的、精神的余裕を期待してのことであるとしている。この時代、在宅勤務を奨励するのがお決まりのパターンなのだが、そうではなく、楽に通勤して、いい仕事をしようという発想がそこにある。

会社は望む道具を与えてくれているか

 個人的に、どこでも仕事ができるということのメリットは、フリーランスとして働くようになってから何十年もの間享受してきた。かつては、東京近郊や、長野といった地方都市にも居を構えてみて、テレワーク的な仕事のスタイルも試してみた。もっとも、いつでもどこでもというのはアウトプットについてだけで、取材などのインプットについては時間や場所に縛られる。

 それに、どこでも仕事ができるといっても、やはり、自分のオフィスとしての自宅がもっとも環境としては仕事をしやすい。ここにある機材を全て持ち運ぶわけにはいかないからだ。最近は、比較的長期の出張には、スーツケースに24型のディスプレイを入れてでかけるようになったが、それでも自宅環境には到底およばない。そして、環境が貧しいと仕事の効率も落ちる。モバイルPC 1台だけで全てがまかなえるというのは間違っているか、日常的にその程度の環境しか活用していないということだ。

 Yahoo! Japanの例で言えば、個人の持ち物はせいぜい、ほぼ50cm角の立方体程度のロッカーに収納できる分しか会社に置いておけない。24型ディスプレイ4台のマルチディスプレイ環境に最新世代Core iプロセッサ搭載でスーパーエクセレントなグラフィックス装備の豪華PCというのはかなわない。会社に行くのはめんどうくさいけれど、仕事がしやすく効率がいい環境があるなら仕方がないというオフィスワーカーだっているはずなのにだ。

 その一方で、ノートPCの持ち出しは危険だからという理由で、従業員を会社という場所に縛り付けようという組織も少なくない。さらには、メールを読み書きし、週明けの会議に間に合わせるための資料を作るためだけに、休日出勤をする従業員もいる。かと思えば、リクルートのように、リモートワークを本格導入することに注力している組織もある(リンク)。

働かせる側の論理、働く側の論理

 目指さなければならないのは働き方を変えることではない。人それぞれで働くことに対する価値感は異なるからだ。

 それに、自宅で仕事なんてしたくないという人もいるだろうし、その一方で、親の介護や育児などで自宅を離れるわけにはいかない人もいる。営業マンは人に会ってナンボの商売だったりもする。

 大事なことは、働き方に対して、より多くの選択肢を用意することではないか。その結果、会社という物理的な場所を持たない組織があってもいいし、地方や郊外にサテライトオフィスを設ける組織があってもいい。

 個人的には、リゾートホテル滞在の毎日数時間をPCに向かって過ごすような野暮なことをしてでも、それで休暇を延長できるのなら大きな充実感を得られると思っているし、実際にそういうスタイルで仕事をしてきた。

 働くために休むのか、休むために働くのか。食うために働くのか、働くために食うのか。会社のために働くのか、自分のために働くのか。働かせる側の組織が取り組むテーマは、既に、働く側が考えなければならないテーマにもなりつつある。考えなければならないことは多い。