山田祥平のRe:config.sys

月にかわって鳥取よ!

 無人ロボット探査機の月面レースGoogle Lunar XPRIZEに挑戦するHAKUTOを応援するauが、その実証実験を公開した。Google Lunar XPRIZEは、Googleのスポンサードのもとに、XPRIZE財団によって運営される世界初の月面探査レースだ。鳥取砂丘を月面に見立てて、探査機走行と通信環境のテストを行なうというユニークな構想によるこの試み、果たして功を奏するのか。

auが宇宙チャレンジに参加

 レースの賞金総額は3,000万ドル、約30億円だ。巨額のように見えて実はそうでもない。なぜなら、1kgの物体を月に送り込むのに1億円かかると言われているからだ。そんなわけで、目的が単なる賞金レースではないことが分かる。レースの本当の目的は、起業家の挑戦心を刺激し、低コストによる新しい宇宙ビジネスの育成や月資源の効率的な開発と利用を実現することにあるという。

 HAKUTOは宇宙開発を目指す民間団体で、「Google Lunar XPRIZE」に日本から唯一参戦しているチームでもある。レースは、次の3つのミッションを果たさなければならない。

1. 月面に純民間開発ロボット探査機を着陸させること
2. 着陸地点から500m以上移動すること
3. 高解像度の動画や静止画データを地球に送信すること

 HAKUTOは2に専念し、1は競合チームAstroboticと月面輸送契約を結んで相乗りする。

 auが支援するのは、当然ながら3の部分だ。研究開発などでの支援としてauがHAKUTOへ提供する通信技術は次の2つだ。

・月面での通信を途切れさせないこと
・低スループットの環境下で高解像度の動画・画像データを効率的に送信すること

 実は、KDDIは日本で初めて衛星による日米間TV中継を実現した企業でもある。あの有名なケネディ暗殺のあった1963年11月23日だ。この日の20分間は、放送史に残る20分間だ。当時宇宙中継とも言われた日米衛星中継への国際電信電話会社、すなわち今のKDDIによるチャレンジは、NHKの「プロジェクトX」にも取り上げられたことがある。

 そのチャレンジャー精神を連綿と受け継ぐ現在のKDDI研究所(10月1日から名称が変わりKDDI総合研究所)の精鋭メンバーは、HAKUTOのメンバーとともに、半世紀以上が経過した今、新たな宇宙への取り組みにチャレンジしようとしている。

山あり谷あり

 月面という特殊環境は、何が地上と違うのか。それがよく分からないからいろいろと調べるためにロボット探査機を送り出すのだ。現時点で予定されている探査機の活動時間は、月でいうところの半日、地球にとっての約2週間だ。その期間、限られた電力で、探査機との通信を途切れさせず、Mooncastと呼ばれる高解像度映像を含むデータや、リアルタイムに近い動画データを送信しなければならない。

 月面の環境は想像以上に過酷で、昼は100℃を超え、夜は-150℃以下になる。しかも、通信の大きな障害になりそうな要素として、月面を覆う1mm以下の細かいパウダーの砂「レゴリス」の存在がある。重力が地球上の6分の1しかない月面では探査機が走るだけでレゴリスが巻き上がる。月には水分がないので、レゴリスにあたった電波は、地球上では考えられない回析や反射が起こる可能性がある。

 そこで鳥取砂丘だ。鳥取砂丘の砂は、日本で最も水分が少ないとされている。そして砂の粒が小さい。つまり、サラサラしている。

 ランダー(着陸船)によって運ばれた探査機は、そこから月面に降り立ち、その周囲を探査して回る。その間、ランダーと探査機の間で通信が確立している必要がある。

 通信手段としては、まだ試行錯誤の段階だが、2.4GHzの周波数帯を使おうとしている。いわゆる一般的なWi-Fiだ。そこには特別な装置を新規に開発するのではなく、既存の信頼できるソリューションを使おうというコンセプトがある。5GHz帯のような高い周波数を使わないのは、レゴリスの影響を回避するためという想像がつく。だが、もっと高い周波数なら、レゴリスを透過してしまえるかも知れない。逆に、VHF/UHF程度まで周波数を落としたらどうか。これについては波長が長くなりアンテナ設備等が大きくなってしまい重量も増えてしまうことから考えていないという。

 2.4GHz帯に搬せるプロトコルや変調方式などはまだ決まっていないが、今回の実験では、ごく一般的なWi-Fiで使われているIEEE 802.11nを使った。今回は、2.4GHz帯の電波がどう飛ぶのか、地形にどのような影響を受けるのかが分かればいいからだ。

 その特性を、ランダーから探査機まで、

・平面の見通しがある場合
・障害物がある場合
・斜面下り
・斜面上り
・見通し外

の5つのパターンを設定し、電波の飛び方の性質を調べる。

 ランダー側はノートPCとバッファローのルーターのみ。簡単な設備だ。その位置関係を変えた各地点で相互通信を行ない、特性を見ていく。500mという比較的狭い範囲の中にもあちこちに丘上の高みがあり、斜面もある、すなわち山あり谷ありの鳥取砂丘の地形は、まるでレゴリスのような細かく乾いた砂とともにうってつけの実験環境だったというわけだ。たぶんでしかないけれど、月に似ていると言える。

砂丘は月に似ているのか

 実験室でのテストでは、そこには空気がないということを前提に実験してきたが、それが真空で砂で覆われた空間だった場合にはどうなるかということを調べる必要があった。そのための手がかりを与えてくれるのが砂丘なのだ。今回の実験の結果としては、想定していた距離よりも、見通しの悪い場合の性能低下が著しいことが分かったという。

 さらに月面の砂に含まれる金属成分がどう影響するのかも調べる必要がある。もしかしたら丘に見える障害物を電波が透過する可能性もある。

 こうしたことを調べていくための第一歩が今回の鳥取砂丘での実験だ。電波の飛びなどに関することは、ダイバーシティアンテナなどでカバーできるが、斜面上りや下りのようなビーム仰角をもたせる工夫なども考えなければならないという。

 ちなみにランダーと地球の間は、約100kbpsで結ばれる。従ってランダーと探査機の間はその速度を超えて安定した通信が行なえればいい。LTE通信が数百Mbpsを超える時代に、kbpsの世界での波瀾万丈だ。そこに夢がある。

 探査機に乗せられたプロセッサはARM。そこでDebian Unixを運用する。このほかに車輪モーターの回転制御、電源系制御などに複数のARMプロセッサが使われる。ただし、どのプロセッサも、決して最新のものではない。極端には最新のスマートフォンを載せればマーケティング的にも話題になるだろう。だが、そういうことはしない。その潔さにauの良心を感じる。

 砂丘が月に似ているのか、本当にここでのテストが役に立つのか。本当のところは分からない。でも、電波暗室での実験では分からないことが、いろいろと見えてくる。その努力はきっと本番に活きてくるに違いない。本番まで残された時間はあとわずか。健闘を祈りたい。