山田祥平のRe:config.sys

あるいは仮面の空似

 10月7日、資生堂と日本マイクロソフトが協業、アプリ「TeleBeauty」を開発した。オンライン会議などに出席する際に、スッピンでも思い通りのメイクを施した表情を生成するという。メイクアップアプリは数あれど、それを会議カメラと連動できるものは世界初かもしれないということだ。

化粧しないで人前に出たくない、でも面倒くさい

 電車に乗っていると、かなりの確率で、座席に座り衆目の中でメイクをしている女性を見かける。その度に、「この人は、誰に綺麗に見てもらいたくて入念な化粧をするんだろう」と思いつつ、揺れる車内でよく描き損じせずアイメイクができるものだと感心したりもする。

 資生堂は女性活躍支援を積極的に進める企業の1つでもあるが、働き方の多様化が進む中で、柔軟な働き方の1つとしてテレワークが一般化している今、そこに同社の知見を活かす貢献ができないかと考えたという。

 資生堂はオンライン会議の「あるある」として、いくつかの事例を挙げる。

  • 自宅からのオンライン会議で、顔と背景はどうするか悩む
  • 冒頭5秒の挨拶が終わると、そっとカメラをオフにする
  • スマホだからどうってことないと思っていたら、先方は大人数で大画面スクリーンを見て会議していた
  • 海外相手にオンライン会議をするとき、深夜早朝にそのためだけに身なりを整えるのは大変

 といったものだ。

 本人が思うほど男性は気にしていないかも、というようなことはグッと飲み込み、こうした試みは、これまでの化粧の文化を葬り去ることにはならないのかと質問してみたら、そこはそこ、資生堂としては、これでまたメイクの楽しさやおもしろさ、そして、自分が本当の自分になって生き生きできる喜びが再認識されるはずという。

 さらに日本マイクロソフト側からも、さまざまな意見が出た。こちらは、PCならではの要素だ。

  • パソコンのウェブカメラは、アングルが下からなので首や顎が太く見える
  • 肌色がムラになってのっぺりする
  • 背景に引きずられてホワイトバランスが変わり、きれいな肌色に見えない
  • そもそも画面の解像度が高すぎて肌のアラが目立つ

 といった具合。

 結局のところ、本来、Face to Faceでコミュニケーションの量を増やし、その質も高まるはずのオンライン会議で、女性は、こんな自分をPCの画面で見たくないという自己否定、こんな顔は人に見せたくないという自信の喪失が悩みとなるんだそうだ。

アプリが仮想的なカメラになる

 このアプリがソリューションとして提供するのは、血色感の再現、美しい肌の再現、肌色のコントロールに主眼を置き、その上でナチュラル、フェミニン、クール、トレンドという4つのメイクアップパターンを設定し、ビジネスシーンにおける自分らしい美しさを生成、もとい、資生堂では「再現」という言葉を使っている。つまり、本来、本人が持っているはずの魅力をきちんと伝えることができるとようにするというわけだ。

 このアプリを使って望みのメイクアップを設定完了したら、アプリに設けられたSkype for Buisinessのボタンをタップすると、デスクトップアプリのSkype for Businessが開く。今のところUWPのストアアプリはないので未対応だ。実際にメイクをするための時間に比べれば、本当にアッという間に美しい表情が生成、いや、再現される。

 Skype for Businessは、かつてLyncと呼ばれていたアプリで、個人用のSkypeと間違いやすいのだが、企業用のオンライン会議システムとして広く使われている。

 Skype for Businessからは、TeleBeautyが仮想的なカメラに見える。リアルなカメラが捉えた表情は、TeleBeautyに設定されたメイクアップパターンにリアルタイムで変換され、Skype for Businessに送られる。これで、頭ぼさぼさ、寝起きの超スッピンでも、相手には準備万端やる気満々の表情として映像が届く。これが常用化されると、1年に1度とか、リアルに対面した時に、誰だか分からないという事件が続出しないかどうか、人ごとながらちょっと心配にもなる……

 早い話が、新しいタイプのアバターだ。技術的にはトラッキングの技術が重要だと思われる。アニメの顔が多少ずれたところで笑い話で済むが、資料を読むのに俯いたら、空中にアイシャドーが浮かんでいるというのでは洒落にならない。こうした悲劇が起こらないようにするためには、それなりに処理性能のPCが必要になりそうだ。

コミュニケーションの再定義

 こうしたアプリが登場する背景には、やはり、見られている自分を意識してしまって、本来の自分が持っている魅力、能力を100%発揮できないという女性の悩みがある。でも、本当はメイクの有無で別の対応をしてしまう男性側にも問題はないのか。それともこれは、男性側の思惑とは別世界のものなのか。

 もう1つの懸念として、なりすましの問題もある。別人が本人になりすますことができるとしたら、ちょっと怖いことも起こりそうだ。今はまだ、メイクアップは表情だけだが、これが音声もということになれば、そして、その音声がボットへ統合されるようなことになればどうか。

 気がつけば、オンライン会議の出席者は、すべてボットで、ボット同士が議論して、その結果だけがメールで送られてくるといった未来も見えてくる。

 技術の進化は、さまざまな便宜をもたらすが、そもそもオンライン会議というのは本当に必要なのかといったところから考えなくてはなるまい。