第1回 「プロローグ」



 この新連載は去年お届けした「武蔵野電波のブレッドボーダーズ」の続編に当たります。

 ブレッドボーダーズでは、その名のとおりブレッドボードにこだわりながら、電子回路の面白さを探索しました。ハンダづけをせずに、何度でもやり直しながら回路作りを楽しめる、ブレッドボードの魅力を満喫できました。

 しかし、ブレッドボードには制約もあります。取り付けの難しい部品がありますし、回路規模が大きくなると配線がスパゲティになって構造が把握できなくなります。持ち歩いて活用するのにも向いていませんね(我々はミント缶にいれて持ち歩きましたが)。

 そこで、この連載では「ブレッドボード縛り」のルールをなくして、もっと広い範囲のエレクトロニクス工作を体験してみたいと思います。

 連載第1回目の今回は、「武蔵野電波のプロトタイパーズ」で取り組みたいと考えているテーマについてまとめておきましょう。

1. 世界のキットを楽しもう

 世界には個性的なメーカーによる、おもしろいキットがたくさんあります。世界と書きましたが、日本のメーカーのキットも含みます。

 ここでいうキットとは、あるテーマを実現するために材料がまとめられたパッケージ製品を指しています。専用の基板、電子部品、説明書、ソフトウエアなどがあらかじめ用意されているので、すぐに作り始めることができ、最低限の労力とリスクで完成までたどり着くことができます。

 キットというと「説明書をなぞるだけ」の退屈な工作を想像するかもしれません。たしかに、そうなってしまう場合もあります。自分に合った良いキットを見つけることがまず大事ですね。

 良いキットの条件はだいたい次のようなものでしょう。

 ・入手が面倒な部品を用意してくれる
 ・回路設計のノウハウが込められている
 ・丈夫かつコンパクトに作ることができる
 ・デザイン(見た目)が良い
 ・作り手の個性が感じられる
 ・安定して動作する

 説明書を見ながらキットを組み立てていると、「なるほど、作者はきっとこう考えて、ここをこうしたんだな」と、思い至るときがあります。そのとき、作者とユーザー(我々です)の間で、キットを通じてコミュニケーションが成立したといえないでしょうか。そうして得た知識は、キットを使わずに回路を組むときにも役立ちます。

 ときには作りにくいキットや不具合を含むキットに当たることもあります。そういうときも、作者の苦労や考え方が見えてきて、興味深いものです。完成品とくらべれば、ユーザー側が手を加えて改変することは容易ですから、自分の好みに合わない部分は修正してしまえばいいでしょう。良いキットにはそういう自由度も確保されています。

 キットを通じて、電子回路を作る楽しさを開拓していきましょう。

写真はnixie-tube.comの「6桁表示・ニキシー管時計キット」とその周辺回路です。暖かみのあるアナログな光で情報を表示するニキシー管は、一度は使ってみたい部品です。しかし、この古いデバイスの動作には高電圧を必要とし、形状も特殊で扱いにくいものです。一から全部自分で作るのは大仕事です
【動画】動作中のニキシー管時計です。まず便利なキットを利用して基本的な機能を実現し、実際に動いている様子を眺めながら応用を考えてみるのはどうでしょうか

2. オープンソースハードウエア

 オープンソースソフトウエア(OSS)になぞらえたオープンソースハードウエア(OSH)という概念があります。今の段階では広く認知された言葉とはいえませんが、その可能性に着目する人は増えているようです。日本では日経エレクトロニクス誌が第1,000号発行を記念して、このキーワードで特集を組みました。

 あるハードウエアを開発した人が、そのハードを作るのに必要な情報をすべて公開し、自由に利用して良いと宣言したら、それをOSHと呼んでいいでしょう。具体的には、回路図、CADデータ、ファームウエアのソースコードなどをクエイティブ・コモンズやGPLなどのライセンスで配布するケースが多いようです。

 第三者がその情報を利用して、同じハードを自由に作ることができます。LinuxやMozilla(Firefox)をダウンロードして改変したり再配布していいのと同様です。ただし、まだ、OSHにおけるLinuxやMozillaは存在していません。

 ソフトウエアと違って、ハードウエアは物理的な材料を必要としますし、複製には機械的な設備が不可欠です。出来上がったものを一瞬で共有しテストすることもできません。

 LinuxやMozillaのようなOSSがソフトウエアの世界を変えたように、OSHがハードウエアの世界を変えるにはもう少し時間がかかるでしょう。でも、いますぐ簡単に体験できるOSHの世界もあります。

 海外の電子工作キットにはオープンなライセンスで配布されるものが増えています。Adafruit IndustriesEvil Mad Scientistsなどが代表的なオープンソース電子工作キットのメーカーといえるでしょう。そのほかにもたくさんの「同志」が世界中にいて、フリーなキットを提供しています。

 OSHであるということは、あるキットをコピーして提供してもいいということです。とはいっても、それではあまり面白くありませんね。自分なりのアレンジを加えたり、他の構成要素と組み合わせて独自の製品やキットにまとめて再配布するときに、OSHのメリットが生きてくるはずです。

 この連載ではOSHキットの事例をいくつか紹介したいと思います。

Batsocksはイギリスのキットメーカーです。彼らの最新作がTellyMateシールド。Arduinoと組み合わせて使うビデオボードです。マイコンひとつでアナログTVをとてもキレイなビデオターミナルに変えてくれます。写真は壊れたシンクレアZX81に、そのビデオボードとArduinoを組み込んだもの。このように動かなくなってしまったいにしえのコンピュータが復活しました
【動画】老骨ZX81の現在の仕事は素数の計算です。ときどき眠ってしまうので、ケースをコツンとやって起こしてやる必要があります


3. もっとArduino

 いま我々がいちばん肩入れしているオープンソースハードウエアがArduinoです。プロトタイピングのプラットフォームとして、いま一番面白く、使いでがあるハードではないでしょうか。世界中でユーザーが増えています。

 その概要については、ブレッドボーダーズ週刊スタパトロニクスmobileの過去の記事を参照してください。最近の状況をまとめたものとしては「2009年、Arduinoの現在」がオススメです。

 Arduinoそのものの最新情報、コミュニティの取り組み、Arduinoをベースに他のキットや電子部品を手軽に活用する事例などを紹介していきたいと思います。

共立電子デジットの「蛍光表示管(VFD)キット」をArduino Megaに装着してみました。ソケットに挿して、電源ラインだけつなぐだけで、点灯しました。シールドのように使えてしまうわけですね
【動画】PROTOTYPERSと表示中。VFDをコントロールするマイコンはなんでもいいのですが、Arduinoだとやはりラクチンです
我々はラジオ受信機が好きです。7セグLEDによる周波数表示と入力用のキーパッドがついたモデルに憧れてきました。そこでプロトタイピングしてみたのが、このArduinoベースのデジタルチューニング式FMラジオです
【動画】操作中のFMラジオです。現在はブレッドボードに乗っている状態なので、ちょうどいいケースを探しているのですが、なかなか見つかりません。電子回路用のエンクロージャは常に課題の1つです
Arduinoの拡張ボード「シールド」が増加中です。写真はマイクロファンの製品「CLCD BOOSTER」。キャラクター液晶、光センサ、温度センサ、XBeeモジュールなどをArduinoに接続できます


4. 工具と測定器を試す

 ブレッドボーダーズでは最低限の工具と測定器でやりくりしましたが、キットを作ったり改造したりするためには、もう少し道具が必要です。

 新しい道具を揃えるときは不安がつきものです(間違った製品を選んでいないか? 自分にうまく使えるか? 高い買い物をしてないか? )。この連載では、我々が必要十分と考えるツールを紹介する予定ですが、そうした専門的な道具について正解を示すのは簡単なことではありません。我々も日々、試行錯誤しています。

 正しい活用法を伝える記事にしたいと思っていますが、試行錯誤の過程を共有する記事として読んでいただいたほうがいい部分もあるかもしれません。「深い」と思うことが多い領域です。それだけに面白い話題もたくさんありそうです。

中国は深センにあると思われる今越電子制作のオシロスコープキット。オシロスコープは信号の波形を表示する装置で、テスターの次に欲しくなる測定器です。33ドルで帯域1MHzのハンディオシロが入手できます。ただし、組み立ては自分でする必要があり、もしかすると、もう16ドル出して完成品を買ったほうが良かったと思うかもしれません
【動画】500Hzのテストシグナルを表示中。このオシロを開発した人は、どの程度本気で測定器として使う(使わせる)つもりなのでしょうか。かなり本気なような気もしますし、それほどでもないような気もします。オシロ操作の練習にはなりそうです


5. コミュニティに参加しよう

 電子工作やエレクトロニクスに興味を持つたくさんの人々がインターネットを通じて情報を交換し、成果を発表しあっています。その情報量は膨大です。YouTubeやFlickrを検索すると、たくさんの作品がヒットします。何時間でも見ていられる量です。データシートや回路図、ソースコードもネット上にたくさんあります。

 こうした情報をやりとりする個人や企業が大きなコミュニティを形成しています。その存在が、いま電子回路いじりを楽しいと思わせてくれる源泉です。

 1から4まで、連載のテーマをリストアップしましたが、最大のテーマは、こうしたコミュニティに触れて興味をかき立てられた事柄を自分たちで追体験し、さらに他の人にも伝えたいという、ちょっとした参加意識みたいなものだったりします。

 なので、もしかすると、その時期に触れた面白いことに引っ張られて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりするかもしれません。落ち着きない展開もノリの一部としてご理解いただけますと幸いです。

 それから、ブレッドボードを利用した小さな回路も作っていきたいと思っています。それが我々の原点ですからね。

 次回はさっそくハンダごてを持って、キットを1つ作ってみましょう。


次回作る予定の定電流回路をブレッドボード上に実装してみました。LEDのチェックがスムーズにできます。近頃我々は手芸用品店でLEDの光をかわいくディフューズしてくれるビーズを探しているのですが、その際のテストにも便利な回路です