大河原克行の「パソコン業界、東奔西走」

「Let'snote R8 LIGHT」に秘められた原点回帰の想い
~「安売りではない普及モデル」を展開する意味



 パナソニックが、PC事業において「原点回帰」の方針を打ち出した。Let'snoteによる「ビジネスモバイル」、TOUGHBOOKによる「フィールドモバイル」を追求するパナソニックにとって、PC事業の原点回帰とは、「軽量化」、「長時間駆動」、「堅牢性」の3点。パナソニック AVCネットワークス社システム事業グループITプロダクツ事業部・奥田茂雄事業部長は、「これらの要素に対して、改めて徹底的にフォーカスしたい」と宣言する。4月からITプロダクツ事業部の事業部長に就任した奥田氏に、パナソニックのPC事業戦略を聞いた。



パナソニック AVCネットワークス社システム事業グループITプロダクツ事業部・奥田茂雄事業部長

 2008年度におけるパナソニックのPC出荷実績は、前年比3%増の68万台となった。

 東芝、富士通、NECなどが前年割れの実績を発表するなかで、台数ベースで前年実績を上回った点は評価されるものといえよう。

 しかも、経済環境の悪化を背景に、企業のIT投資が抑制されるなか、企業需要にフォーカスしたパナソニックにとっては、まさに逆風。加えるならば、急速に市場を拡大してきた低価格のネットブックに踏み出さず、需要が停滞気味の付加価値路線に特化していること、セキュリティ強化の流れのなかで、PCの持ち出しを禁止する企業が増加していることも、パナソニックにとっては逆風だといえる。

 「確かに、昨年(2008年)9月以降、企業のIT投資意欲は減速し、その影響を受けている。導入が先送りになった案件もあり、国内市場では、通期で前年割れとなっているのは事実」と奥田事業部長は語る。

 だが、続けてこうも語る。

 「しかし、まだまだLet'snoteを知らない企業ユーザーが多い。それは、我々にとって、市場を広げる大きなチャンスがあるともいえる。2009年度は、そのための活動を行なっていきたい」。

 2009年度のPCの出荷計画は、前年比18%増の80万台。いまの市場環境を見れば、かなり強気な計画である。

 パナソニックが、2009年度のPC事業拡大に向けて取り組むのが、市場での認知度向上だ。

 ビジネスモバイルで利用するならばLet'snote、フィールドモバイルで活用するならばTOUGHBOOKという認知を高め、企業が導入を検討する土俵に乗せてもらうことを狙う。モバイルユースでのブランド浸透度はかなりのものと感じるが、パナソニックの判断は、まだ緒についたばかりとの見方だ。

 そのためにいくつかの方針を打ち出した。1つ目が、奥田事業部長の言葉を借りれば、「原点回帰」である。

 「ビジネスモバイル、フィールドモバイルに特化した製品づくりが、パナソニックのPC事業の核となる。この姿勢は変えるつもりはない。そして、モバイルPCを構成するための必須要件である、『軽量化』、『長時間駆動』、『堅牢性』をさらに強化することに取り組む。加えて、屋外で使用するためのディスプレイの視認性、各種ワイヤレスネットワークへの対応、放熱性、セキュリティといった4点からも同時に進化させていく」。

 奥田事業部長は、具体的な数値目標については言及しなかったが、軽量化、長時間駆動、堅牢性というそれぞれの観点で、新たな目標値を設定しているようだ。それは大きな目標値のようでもある。

 だが、「堅牢性という点をとっても、単純にいまの100kg耐圧ボディを、150kg耐圧に進化させるとか、76cmの高さからの落下試験を、1mに引き上げればいいということは考えていない。100kg耐圧ボディは、満員電車の中でかかる振動などを考慮しながら実現したものであり、また、76cmという高さはオフィスの机の高さから落とした場合を想定したもの。具体的な用途を想定した上での堅牢性強化を図る」という姿勢を見せる。競合他社との数字の競争には興味を示さない。

8日に発表されたLet'snote F8 WiMAX内蔵モデル

 原点回帰とする言葉の裏には、もう1つの要素がある。それは、Let'snoteユーザーの拡大施策において、軽量化、長時間駆動、堅牢性という基本要素が、さらにクローズアップされることになるからだ。

 「ここ数年のLet'snoteは、機能拡張の路線を推進してきた。不要と思われる機能も、あれば便利だろうという観点から搭載していた部分もあった。だが、企業のIT投資抑制や、セキュリティ強化に伴い、それらの機能を見直す機運が出てきた。モデムは不要であるといった声のほか、従来はUSBポートも数を増やしてほしいという要望から、セキュリティ対策のために無くしてほしいという要望に変わってきた。こうした動きに対しては、カスタマイズで対応していたが、機能を無くせば無くすほど、ビジネスモバイルとしての本質機能が評価されるようになってきた。その点でも、もう一度、本質部分を強化する原点回帰が必要となった」とする。

 さらに、こんな言い方もする。

 「Let'snoteの良さは、使ってもらって初めてわかる。しかし、使ってもらうには買ってもらうしかない。ところが購入するには、ネットブックのような価格ではないために、どうしても二の足を踏んでしまう。まさに鶏と卵の関係。これを打開するためには、購入しやすいLet'snoteの存在が必要になった。機能を最低限に抑えながら、ビジネスモバイルの本質を抑えたPCを投入するという点で、改めて原点回帰する必要があった」。

実売15万円の「Let'snote R8 LIGHTモデル」

 パナソニックが、6月26日に発売するLet'snote R8 LIGHTモデルは、店頭予想価格を15万円前後と抑えた。

 CPUにシングルコアのCore 2 Solo SU3500(1.40GHz)を搭載。vProへの非対応、モデムやミニポートリプリケーター端子、TPMセキュリティチップを搭載しないというように、性能を落として、一部機能を削除した。それでいながら、パナソニックが最もこだわる軽量、長時間、堅牢といった基本機能はそのままとしているのだ。

 奥田事業部長は、「決して、安売りではない」と前置きし、「Let'snoteの良さを多くの人に知っていただくための第1歩」とする。

 Let'snote R8 LIGHTモデルは、6月4日に発表して以降、市場からの評判は上々だという。

 結果は、26日以降の実売を見てみないとわからないが、この様子だと、市場で受け入れられる可能性が高い。そうなれば、Rシリーズ以外にも同じ考え方の製品ラインアップを広げることになりそうだ。

 そこで気になるのは、ネットブックにおける展開だろう。

 奥田事業部長は、「ネットブックを軽視しているわけではない」としながらも、「セカンドマシンとして利用するという現在の用途を考えると、1台で完結することを目指すLet'snoteの考え方からは離れることになる」とする。

 つまり、言い換えれば、オフィスアプリケーションが快適に利用できるパフォーマンスと、モビリティに必要とされる長時間駆動を実現し、1人のユーザーがそれ1台であらゆる利用シーンに利用できる環境が確立できれば、パナソニックにとっても参入価値があると見ている。もちろん、そうなれば、通常のノートPCとの差がなくなるともいえる。

 「ノートPCの価格が下落し、一方でネットブックの機能が高まっている。どこかで、この2つがクロスするポイントが出てくるだろう。だが、その時にも、軽量、長時間駆動、堅牢性という3点は譲らない。パナソニックが投入するのではあれば、5年ぐらいは使ってもらえるPCとしての機能を搭載しなくてはならないと考えている」。

ヘルスケア向けのAtom Z搭載TOUGHBOOK CF-H1

 パナソニックは、CPUにAtomを搭載したPCとして、ヘルスケア向けのTOUGHBOOK CF-H1を製品化している。90cmからの落下試験実施、防塵性能の実現、消毒液がついた布で筐体表面を拭き取っても大丈夫な耐薬品性能の実現など、パナソニックならではの特徴を実現している。低価格のネットブックへの参入は、現時点では検討にはあがっていないが、こうした特定領域に向けた製品では、Atomの採用を推進していくという。

 市場での認知度向上という観点で、2つ目の取り組みが営業体制の強化だ。

 4月から本格的に取り組んでいるのが、なんと月1,000件の新規顧客への訪問だという。日本でも、北米でも、1,000件の新規顧客訪問を目標に掲げ、それぞれ地域で新規顧客開拓に乗り出すという泥臭い施策を開始している。

 また、シンガポールでは、4月にTAG(タフブック・アジアパシフィック・グループ)を設置。専門部隊による同社PCの販売活動を開始している。

 主要な顧客企業の近くにTOUGHBOOKの広告を施したトラックをわざと配備し、それらの企業ユーザーに関心をもってもらうという手法まで取り入れている積極ぶりだ。

 「これまでパナソニックのPCに触れたことがない企業ユーザーに対して、提案を行なうことに力を注ぐ。これにより、新規顧客層への導入促進を図る」というわけだ。

 企業向けのIT提案では、ビジネスモバイルPC、フィールドモバイルPCという特定領域のハードしかラインアップしていないパナソニックは、数多くのハードウェア、ストレージ、サーバー、ミドルウェアなどを含めたITソリューション提案が可能な他社に比べると、遅れているのは明らか。そうした市場に対しても積極的に訴求し、裾野を拡大していく考えだ。

 もう1つ、パナソニックが取り組んでいるのは、新たな端末による新規市場の開拓だ。

 例えば、ヘルスケア市場をターゲットとしたCF-H1は、その最たるものといえる。病院のIT化が注目されるなかで、業種特化型の製品によって、市場開拓を図ろうというわけだ。

 「堅牢性を追求したTOUGHBOOKは、この市場において約6割の市場シェアを獲得している。そして、市場そのものがまだ拡大する余地がある。堅牢PCの市場拡大にあわせて、このシェアを維持すれば、それは販売台数の上昇に直結する」というわけだ。

 小型軽量のTOUGHBOOK CF-U1といった製品も、同様に新市場開拓に向けた役割を果たすことになる。

 2008年以来、Let'snoteは「New Mobile Leader」を広告やカタログのキャッチフレーズに使用している。

 ここには、Let'snote自身がモバイルPCの新たなリーダーであるというメッセージとともに、これを利用する人たちがリーダーであるという意味を込めている。

 だが、奥田事業部長は、「これからは裾野を広げていくことが必要。リーダーに対する訴求に留まらず、もっと多くの人にLet'snoteを、ツールとして活用してもらいたい。顧客層を広げることを意識した訴求が必要になってくるかもしれない」と語る。

 Let'snoteユーザーの裾野を広げることで、新たなリーダーたちを創出するというのが、これからのLet'snoteの役割なのかもしれない。

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(2009年 6月 17日)

[Text by 大河原 克行]