パナソニックがLet'snoteシリーズの新製品を発表した。なかでも注目されるのが、同シリーズ初のワイド画面液晶ディスプレイを採用するとともに、ハンドルを搭載することで持ち運びに配慮した、Let'snote Fシリーズ(CF-F8)である。「これまでLet'snoteが打ち出してきた、『軽量』、『長時間駆動』、『タフ』に続く、『UD(ユニバーサルデザイン)』という観点からの新たな進化だと捉えもらいたい」と語る、松下電器産業パナソニックAVCネットワークス社ITプロダクツ事業部・高木俊幸事業部長をはじめ、同社のスタッフに新たなLet'noteの込めた思いを聞いた。 ●ハンドルは「UD」の観点からの進化
F8シリーズの特徴はなんといっても、そのハンドルにある。 なぜ、ノートPCにハンドルが付くのか。発表された製品を見て、多くの人がそう思ったはずだ。 だが、ハンドルの搭載は、Let'snoteの進化においては、正常進化の1つだったと、同社社員の多くが異口同音に語る。 もちろん、社内では激しい議論が戦わされた。ハンドルを付けなければ、当然、大幅な軽量化が図れる。その必要性に反対する声も少なくはなかったからだ。 しかし、多くの社員が正常進化とする理由は、すでに12年間に渡って、TOUGHBOOKでハンドルを付けた製品を出荷した実績を持ち、それに対するビジネスモバイルユーザーからの評価が高いという実績があるからだ。 「いつかは、ハンドルを付けたLet'snoteを投入したいと思っていた」と、高木氏は語り、「そのメリットは当社が一番よく知っている。そして、そのノウハウを最も持っている。他社に先を越されたくはなかった」と続ける。 先行してハンドルを搭載しているTOUGHBOOKは、その名の通り、堅牢性の高さが製品コンセプト。その分、軽量化はある程度犠牲にされている。だが、Let'snoteは軽量化を犠牲にはできない。軽量化を実現しながら、ハンドルを搭載するのはまさにトレードオフの関係にあるのだ。
パナソニックAVCネットワークス社ITプロダクツ事業部テクノロジーセンターハード設計第二チーム・谷口尚史主幹技師は、「1.6kg台を越えたらLet'snoteではなくなる。だが、ハンドル部を補強すれば、当然、重量はあがる。そこで、Let'snoteのハンドル部には、TOUGHBOOKとは異なる設計手法を用いた。マグネシウムのボトムケースに、太いネジでハンドルを固定するTOUGHBOOKとは異なり、Let'snoteは、薄肉のマグネシウムからビスが抜けないように加工し、ハンドルの強度を持たせる工夫を凝らしている。結果として、軽量化を図りながら、TOUGHBOOKと同じ試験基準をクリアすることに成功した」と語る。 Let'snoteの開発拠点である大阪・守口の事業所には、どういうG(重力)をかけ、どういうようにぶつかると、構造的に問題があるのかを検査できる試験機が設置されている。まさに、ハンドルのための試験機だといっていい。こうした試験をクリアした結果、Let'snoteにハンドルが着けられたのだ。 「移動して使ってもらうならば、RシリーズやTシリーズ、Wシリーズを選択してもらうのがいい。だが、社内での移動や、別の事務所などの決まった場所に移動してから利用する用途が多いのであれば、Fシリーズを選択してもらいたい。社内での移動に重たいPCと資料を抱えて、そしてコーヒーをもってという移動はあまりスマートではない。ハンドルのついたFシリーズと、小脇に資料、そして、コーヒーを片手に持って移動するのがスマート。北米では、TOUGHBOOK=ハンドルというイメージが定着している。これを日本でも広げていきたい」と、谷口主幹技師は冗談を交えながら語る。 高木事業部長も、「Let'snoteは、『軽量』、『長時間駆動』、『タフ』に続いて、今後は『UD』という点での強化を図っていくことになる。ハンドルはその第1歩になるもの」と位置づける。 現在、Let'snoteのなかで最も売れているのがWシリーズ。そして、残りの3シリーズがほぼ均等だという。 「Fシリーズでは、Yシリーズと同等規模の出荷を見込みたい。これにより、Yシリーズ、Fシリーズをあわせて、Wシリーズに近い販売比率にまで引き上げる」というのが目標だ。 Fシリーズの投入は、Let'snoteシリーズにおける14型モデルの比率を引き上げる狙いもあるといえる。 ●ワイド液晶を初めて搭載したF8 もう1つの新たな取り組みは、14.1型のワイド液晶を搭載したことだ。ワイド液晶の採用は、Let'snoteでは初めてのことだ。 「ハンドルを付ける分、ワイド液晶の採用は一緒に考えていた。モビリティユーザーが利用する12型以下の小さい画面では、ドットピッチの問題から、4:3の画面が好まれるが、14型ではその点が解消できると考えた。1,440×900ドットのWXGA+は、ドットピッチはRシリーズと同等のもの。また、海外向けには、WXGAで対応しており、日本でも法人向けにはカスタマイズ対応できる」(高木事業部長)としている。 今後、ワイド画面の採用については、慎重に検討をしていく姿勢だというが、ここでもFシリーズは新たな一歩を踏み出した。 「Let'snoteはビジネス利用を前提とした製品。頻繁にモデルチェンジをするわけではない。いま考えられるものを一気に盛り込んだのがFシリーズ」(高木事業部長)と、Let'snote全体におけるFシリーズの位置づけを明らかにする。 ●通常電圧版を搭載した意味とは
さらにもう1つのポイントは、今回の製品では、通常電圧版のCPUを搭載したことだ。 「同じ14型のYシリーズでは、メインマシンとして利用するケースがほとんど。Fシリーズも同様の用途が見込まれる中で、この製品では、低電圧版ではなく、通常電圧版を採用することが最適だと考えた」と、谷口主幹技師は語る。 だが、それにも関わらず、目標は超低電圧版を搭載したY7のバッテリ駆動時間の8時間を超えるという、高いハードルが設定された。 F8では、Centrino2プラットフォームに準拠。同時に、インテルと共同開発したダイナミック・パワー・パフォーマンス・マネジメント・テクノロジー(DPPM)によって、この壁を越え、9時間の長時間駆動を実現した。 パナソニックAVCネットワークス社ITプロダクツ事業部テクノロジーセンターソフト設計第二チーム・寺岡靖子主任技師は、「過去の製品では、他社が開発したものを追随するという時期もあったが、Y5で採用したNapaプラットフォーム以降は当社が先頭を切って、開発するという体制へと移行している。今回の製品でも、同様に、Centrino2プラットフォームにおいて、最先端の技術、ノウハウを採用している」と語る。 最大のポイントは熱処理設計だ。ハード面では、基板サイズを小さくしながらも、タフ設計を考慮。その上で放熱処理を施した。テクノロジーセンターハード設計第一チームの江崎哲也氏は、「電源まわりは苦労の連続だった。放熱性、耐久性を考慮して、部品レイアウトもこれまでの製品とはまったく異なるものにした」と語る。
一方、ソフトウェアのチューニングも熱処理には威力を発揮している。「微妙な調整を何度も繰り返した結果、ギリギリになって、ようやく納得のいくパフォーマンスと省電力化を達成した。最後はグラフィックス関連部分が大きな課題として残った。この間、インテルのエンジニアとも、国内外を問わず、お互いに行き来しながら改善を加えた。DPPMは、処理能力にあわせてCPUや部品レベルでの稼働状況を細かく制御することで、パフォーマンスを保ち、低消費電力を実現できる最先端のテクノロジー。これを納得の行くレベルで搭載できたことにより、9時間の駆動時間を実現した」と、テクノロジーセンターソフト設計第一チームの田原靖太主任技師は語る。 開発期間においては、一時は、目標どころか、Y7の駆動時間を下回ってしまった時期もあったほどだという。 高木事業部長は、「新たな技術の開発には必ず苦労がつきまとう。理論上はうまく行くことも、実際にやってみたら逆の効果になることも少なくない。それは私自身も何度も経験がある。それを乗り越えてこそ、技術者も成長する」と語る。 「開発部門全員が納得の行く自信作が完成したと感じている」と、寺岡主任技師が語る言葉からも、この製品開発によって、開発チームがさらに一歩成長したともいえそうだ。 ●パナソニックはネットブックにどう取り組むのか ところで、注目を集めるネットブック市場だが、パナソニックは、この市場にどう取り組んでいくつもりなのだろうか。 高木事業部長は、「ネットブック市場に参入する考えはない」と前置きしながら、「この市場を3つの観点から捉えている」とする。 1つは、Let'snoteのユーザーとはバッティングしていないという観点での捉え方だ。 「ネットブックは、潜在的なモバイルユーザーを顕在化させたものともいえ、言い換えれば、モバイルを想定した利用の多さを証明したものといえる。だが、堅牢性や長時間バッテリー駆動という観点で選択するLet'snoteとの顧客層とは異なるというのが現在の認識。とはいえ、将来に渡ってぶつからないという保証はない。ネットブックの動向をしっかりと捉えておく必要はある」とする。 2つ目は、ビジネスにおけるポジションの違いだ。 「Let'snoteは、法人ユーザーが中心。これらのユーザーは、今後4年間に渡って利用できるスペックを要求する。また、メインマシンとして使用できるパフォーマンスを要求する。その点では、ネットブックのOSがWindows XP Homeであること、ドットピッチが小さいこと、キーピッチが狭いことなどが、Let'snoteとは異なる。そこにLet'snoteのこだわりがある。ただ、これも、スペックが近づいてきたときにはどうするか、といった対策を考えおく必要がある」とする。 ビジネスの違いでは、もう1つの観点がある。 「ネットブックの多くが新興国を想定した事業構造であり、量による勝負が前提となる。参入している企業は、数のビジネスに自信を持っているところばかり。当社のビジネスモデルとは異なる」 パナソニックのPC事業規模は年間66万台。モバイルビジネスに特化することで、その規模でも収益性を維持している。それに対して、Hewlett-PackardやDellは年間2,000万台以上、Acerでも年間1,000万台以上の規模。桁が2桁も違うのだ。量産効果が大きな武器になるネットブック分野にパナソニックが参入して、互角に戦うのは、いまの体制を考えれば無理といわざるを得ない。 そして、3つ目がインテルAtomプロセッサの活用領域の考え方である。 「Atomプロセッサのメリットをコストパフォーマンスとして捉えるのではなく、電力パフォーマンスで見たときのメリットとして捉えたい」。
その考え方に基づいた最たる例が、UMPCとして投入した「CF-U1」である。TOUGHBOOKシリーズに位置づけられる同製品は、フィールドでの利用を想定して開発されたもの。Atomプロセッサの電力パフォーマンスを生かした製品づくりが行なわれている。 また、2009年春に投入を予定しているヘルスケア分野向けのタブレット型モバイルPCも同様の狙いからだ。 「病院内での利用では、院内感染を防ぐためにファンレスが必須。また、長時間手のひらに乗せて利用するため、電力パフォーマンスの高さは大きなメリットになる」とする。 パナソニックは、Atomプロセッサの捉え方も、ネットブックベンダーとは異なるのだ。 これまで、パナソニックは、AV機器事業を同じドメイン内に持ちながらも、AV機能を搭載したPCの開発には取り組んでこなかった。それは、パナソニックのPC事業が、モバイルビジネスに特化した、ブレない方針を打ち出しているからだ。 今回のネットブックも同様のスタンスからの判断だといえる。だが、ネットブックの進化は、急ピッチで進みそうだ。将来的には、一部製品が、Let'snoteの領域まで踏み込む可能性もあるだろう。 パナソニックは、その動きを慎重に捉えながら、対抗策を柔軟に変えていくことになるのではないか。 ●New Mobile Leaderの意味とは 話は、Let'snoteに戻るが、今回の新製品群では、「New Mobile Leader」というキャッチフレーズをコミュニケーションメッセージに使用する。 F8をはじめとするLet'snoteの新製品群が、モバイルPCの新たなリーダーであるということを意味したものだが、その一方で、「これを利用する人たちが、リーダーである」という意味を、ここに込めていることを高木事業部長は明かす。
実は、TOUGHBOOKで使っていた「I'm TOUGH」というコミュニケーションメッセージも、TOUGHBOOKのタフさを訴求するだけでなく、TOUGHBOOKを利用しているユーザー自身がタフであり、その仕事を支えるツールがTOUGHBOOKであることを示す狙いがあった。 これは高木事業部長が、これまで踏襲してきた基本的な考え方でもある。 「製品のコンセプトとともに、実際に利用するユーザーへのメッセージを込めたものにすることを常に考えてきた。New Mobile Leaderも、同じ想いから採用したもの」。 この言葉を何度か繰り返していたら、ふとこんなことを思った。 もしかしたら、New Mobile Leaderの言葉の裏には、Let'snoteは、ネットブックとは一線を画すとの想いが込められているのかもしれない、と。 □パナソニックのホームページ (2008年9月30日) [Text by 大河原克行]
【PC Watchホームページ】
|