山田祥平のRe:config.sys

打ち出の小づちを他人に使わせないために

 非接触型ICカードは実に便利な存在で、都市生活には欠かせないインフラ利用の手段として使われている。そのプラスティックカードも種類が増えてくると、ちょっと収拾がつかない。さらに、その所有者本人認証の点でセキュリティ面も心配だ。「magatama」は、それを解決するソリューションの1つだ。

指紋認証で非接触ICカードを使う magatama モジュール

 magatamaは、直径31mm、厚さ9mm、重量9.8gのデバイスだ。500円硬貨よりも一回り大きな円形で厚みは5枚重ねたくらいあるが、重さは1枚分程度というイメージだ。そこに指紋リーダーと非接触ICが実装されている。コイン型リチウム電池で駆動し、通常利用の場合は1年間使えるという。

 開発元のDDSは1995年に名古屋で創業した産学連携型のベンチャー企業だ。同社では年内にNFCタグのみを実装したmagatamaのプロトタイプを出荷、来年(2016年)2月のMWCでFeliCa/NFC対応のものを発表して出荷予定、さらに2017年にはヘルスケア等のためのセンサーを搭載するなど多機能化を目論む。

 このデバイスは、早い話が指紋で本人認証をしないと使えないICカードだと考えられる。センサーに指を当ててプッシュすると、携行しているスマートフォンとの間でBluetooth LEによる通信が行なわれ、スマートフォン内で常駐しているmagatamaアプリと連携して本人を認証する仕組みだ。その認証結果によって非接触ICの有効無効を切り替えたり、必要に応じてアプリがFIDO準拠の認証局サーバーと通信してさまざまなIDとの連携が可能になる。DDSは認証局、アプリ、magatamaモジュールによって構成される体系をばら売りが可能なシステムとして提供する。つまり、プラットフォーム全体もまたモジュール構造ですげ替えが可能になっている。

フォルダーの着せ替えで変幻自在のmagatamaモジュール

 オートチャージで残高が維持される交通カードや決済系のプリペイド/クレジットカードはもちろん、ポイントがたまった量販店の会員カードにしても、それを持っているだけで正当な持ち主であるとみなされる点は、便利である反面、セキュリティ面での不安がある。それでも電車に乗るために改札を通過するたびに指紋で本人認証をするのは面倒極まりないと考えるのも分かる。

 枚数が増える一方の非接触ICカードを、1台のケータイ端末の中に束ねることを可能にしたおサイフケータイの功績は大きい。ただ、スリープ状態のスマートフォンを起こし、ロックを解除しなければおサイフケータイが使えないというのでは不便極まりないので、セキュリティ的な不安は残したまま少額プリペイドという自衛手段で使われている。

 magatamaなら、その不便を少し解消した上で、セキュリティを確保できるかもしれない。非接触ICの制御はアプリが管轄するので、交通カードと楽天Edyは指紋による本人認証をしなくても常時使えるが、オフィスのカギは必ず認証しなければ有効にならないといった、カードごとの扱いを定義することができるのだ。しかも、ポケットやカバンからスマートフォンを取り出すことなく、モジュールに指を重ねて押すだけでいいから、それほどの手間もかからない。

 モジュールは、フォルダーと呼ばれるアタッチメントに取り付けて持ち運ぶ。もちろん裸だってかまわない。DDSではこれを「ウェアラブル指紋認証端末」と呼んでいるが、ちょっとおおげさかもしれない。それでも、キーホルダー型、ペンダント型、リストバンド型など、あらゆる形状に着せ替えができるようになっている。

 このモジュール+フォルダーによるデザインの多様性を考案したのはDDSクリエイティブオフィサーであり、X-STYLEのCEOでもある安藤俊也氏だ。同氏はカシオのG-SHOCKやBABY-Gの生みの親として知られる人物だ。G-SHOCKシリーズは、時計としてのモジュールは全製品でほぼ同じでありながら、ありとあらゆるデザインの外観の多様性と世界観を生み出している。その手法を応用したのがmagatamaだという。

スマートフォンと強く結びつくがスマートフォンを選ばない

 おサイフケータイの利便性は誰もが知っている。だが、世界標準はNFCで決まりのようで、iPhoneをはじめとしたスマートフォンのグローバルデバイスが、主に日本で使われているFeliCaに対応するのを期待するのは難しい。ちなみにモバイルSuicaの利用率は、全Suicaユーザーの10%程度しかないとされ、多くの場合はプラスティックICカードが使われている。だから、おサイフケータイでICカードを束ねることの便宜に味をしめたユーザーは、どこかにカードを束ねるソリューションを見出さなければならない。その有力候補としてこのmagatamaは大いに期待できそうだ。

 magatamaモジュールそのものは本人認証にかかわらない。単なる指紋リーダーだからだ。だからmagatamaが盗難に遭ったり、紛失したとしても問題ない。Bluetoothのペアリングを解除し、オートチャージなどを停止すればそれでOKだ。もっとも、認証なしで使えるようにしたプリペイド分のチャージ金額などは失われることになるだろうが、それはプラスティックカードでも同じだ。

 magatamaは、本人認証のために指紋を使っているが、これは、現時点で入手できるもっともコンパクトでローコストなデバイスが指紋リーダーであるからに過ぎない。システムとしてのmagatamaは、認証手段を選ばない。顔認証でも静脈認証でもかまわないのだ。だが、それでは消費電力も大きくなり、サイズ的にもコスト的にも不利だ。magatamaモジュールは、ソリューションプロバイダーに提供され、それがエンドユーザーにさまざまな形で配布されることになるそうだが、そのパーツとしてのコストは数千円だという。その価格を実現するには、現時点で指紋リーダーが最適だったというわけだ。

 スマートフォンアプリが認証を司るため、スマートフォンと一緒に持ち歩かなければ使えない。スマートフォンのバッテリが切れればおしまいだ。ただし、WANとの通信が必須となるわけではないので、電波圏外でも利用はできる。最近は指紋認証のできるデバイスが増えてきているが、その指紋リーダー部分を外に取り出してワイヤレスで使えるようにし、非接触のICを実装したモジュールがmagatamaだ。そのシンプルなアーキテクチャが大きな可能性を醸し出しているように思う。

5年先の将来に向けて

 電車に乗るのにSuicaを使い、飛行機に乗るのにANAのSKIPを使い、行った先のコーヒーショップの支払いを楽天Edyで済ませ、小腹がすいたらコンビニでおにぎりを買ってiDで決済する。量販店での買い物では、ポイントカードのポイントを使ったりためたりといったことを、個人的にはおサイフケータイだけでやっている。もはやおサイフケータイがなければぼくの暮らしは成り立たない。だから代替手段の確保は深刻なテーマだ。

 また、2020年に開催される東京オリンピックでは、来日するインバウンドのビジターに対してさまざまなITサービスの提供が求められるだろう。実際には今既に実現されているキャッシュレス決済天国の日本の実情を世界にアピールする絶好のチャンスでもある。ビジターにモジュールを配り、持ち込まれた手持ちのスマートフォンと組み合わせれば、ありとあらゆるところで使える便宜は強烈だ。数世代進んだモジュールはさらにローコスト化、そして小型化され、無償配布も現実味を帯びているだろう。5年先の未来のインフラとしてモバイル通信手段の確保は必須だが、それとともに、こうした点にも注力してインフラを計画していって欲しいものだ。

(山田 祥平)