山田祥平のRe:config.sys

ノイズがなければ人生はつまらない

 世の中がPokémon GOで賑わう中、リオ・オリンピックも盛り上がっている。そのライブ放送中に、SMAP解散の臨時ニュースがテロップで入ったことをアメリカへの出張のために乗っていた飛行機の着陸直後、降りる前の機内で知った。当たり前のようで不思議な状況の中にぼくらは生きている。

オフィスを丸ごとスーツケースに

 Intelの開発者向けカンファレンスIDFの取材のためにアメリカ・サンフランシスコに滞在中だ。日本がお盆期間中ということで、航空券が怖ろしく高額で、日程を前倒してホテル代を追加で払っても、そちらの方が安く、2日前にサンフランシスコに到着した。今回は、7泊9日の旅程だ。

 一箇所に滞在する出張期間がこのくらい長いと、観光に来たわけでもないので、ホテルの部屋でいろいろとたまっている仕事を片付けたり、先の企画のことを考えたりもする。出張に持ち出すスーツケースの中に24型ディスプレイを常駐させるようになって久しいが、これがあるだけで、ホテルの部屋での作業はずいぶんはかどる。

 さらに、Windowws 10 Anniversary Updateには、Miracastの受信機能が搭載されたので、タブレットが1台あれば、それをワイヤレスディスプレイとして使えるようになった。ノートPCのHDMI端子に2台目として24型ディスプレイを接続し、加えて3台目のディスプレイとしてタブレットを使える。本当は、もう1台と言いたいところだが、残念ながらワイヤレス接続ができるのは1台だけだ。

 欲を言えば有線LANや同一Wi-Fi内での接続に対応して欲しいものだが、それでも合計3台のマルチディスプレイ環境が簡単に完成する。これは画面サイズこそ違え、自宅での作業環境とほぼ相似で、オフィスを丸ごとスーツケースに入れて出張先に持ち込んだようなものだ。

 それに全てのデバイスはクラウドに繋がっている。アプリさえ動かしておけば、情報の窓としては十二分に機能してくれる。各デバイスがスタンドアロンであっても、それはそれで役に立つ。

読むラジオとしてのTwitter

 そして、寒いサンフランシスコのホテルにこもって、いろいろと作業をしているわけだが、そこに欠かせないのがTwitterだ。ぼくにとってTwitterは「読むラジオ」に近い感覚だ。しつこいようだがSMAPの解散は飛行機が着陸した直後、まだ席に座ったままスマートフォンの電源を入れて偶然目に入ったTwitterのタイムラインで知った。時間的には着陸の最終態勢に入った頃のタイミングだったようだ。

 あらかじめフォローしておいたアカウントから発信されるさまざまなつぶやきは日常とは異なる場所にいる状況では貴重な情報源だ。日常的に東京で活動している時に、そういうことは考えないのだが、こうして遠いところにやってくると、いろんなことを考えてしまう。

 TweetDeckなどのユーザーストリームを垂れ流しにできるアプリを開いておけば、まさに読むラジオだ。「ながら」でアプリのウィンドウにチラッと目をやるだけで世の中で起こっていることがなんとなく把握できる。SMAP解散のニュースもこれで知った。

 帯域をあまり食わないのもいい。何しろ、ホテルの無料Wi-Fiは、たかだか1Mbps程度しか出ない。IT関係者が押し寄せる期間はもっと遅くなる。仮にニコ生が24時間ニュースショーをやっていたとしても快適に見るのはたぶん無理だ。

 インターネットは繋がってナンボのインフラだが、その帯域もまた重要だ。もちろん、プリペイドで確保しているモバイルインフラの方が、より広い帯域でインターネットを使えるのは分かってはいるが、何しろここは何もかも高いアメリカだ。

 ぼくはこの国の最大手キャリアであるVerizonのプリペイド契約を維持しているが、一度100米ドルをチャージすれば残高がゼロになっても1年間契約を維持できるので、普段は毎月の課金に満たない額を保持し、渡米のたびに必要最低限の額をチャージしている。それが3GBで60米ドルという価格だ。1週間の滞在でも一カ月分がかかるが、残高がなければ課金はない。日本のMVNOなら1600円ですむパケット量だが、大手キャリアとはどっこいといったところか。

 ただ、通話はかけ放題とは言え、1週間ほどしか滞在しないのにこの額はきつい。20米ドルの追加でさらに3GBを確保できるが、そこは倹約しないとやっていけない。それでも1日3,000円近い額を覚悟して日本のキャリアの海外ローミングを使うよりは安い。

 そんなわけで、ホテルの部屋にこもってインターネットを存分に使うには、帯域を我慢してホテルの無料Wi-Fiに頼るしかないわけだ。それでも偶然得られる情報は少なくない。そういう時代だ。

気付きを与える情報ノイズ

 インターネットには、さまざまなサービスがあって、その時必要としている情報をオンデマンドで入手できる点がクローズアップされることが多い。使い方によってはいっさいのノイズを排除した効率のいい情報収集も可能だ。

 でも、そこを追求していたら、ぼくは、このアメリカ滞在中に、SMAP解散のニュースをほぼリアルタイムでキャッチアップすることはできなかっただろう。オリンピックのニュースは気になって確認したかもしれないが、例えばNHKのオリンピック関連動画ニュースやライブは「お住まいの地域では視聴できません」となって再生ができない。少なくとも放送コンテンツデリバリーという点では、インターネットは世界を1つにできないのだ。ここは、おとなしく、気になる試合の結果については、ブラウン管のTVしかないこの部屋で、アメリカの放送局によるニュース番組を見るしかない。当然、そこにSMAP解散のニュースが速報されることはないはずだ。

 そして、こういうことがあると、情報のノイズというのは、必要悪でもあるんだなということを実感する。見ようとしていないのに見えてしまう雑多な情報は、いろいろな意味で人間に気付きを与える。Twitterのタイムラインが気付きを与え、それをきっかけに、より深い情報を知ろうとリンクをクリックしたりすることで、自分自身の世界観が広がる可能性もある。

 もちろん、自宅では全録ビデオデッキが、ずっとまわりっぱなしで各放送局の番組を録画し続けている。スマートデバイスを使ってライブで日本のTV番組を見ることだってできる。でも、よほどのことがない限り、そういうことはしない。その「よほど」になるためのきっかけが必要なのだ。そう思って、手元のスマートフォンでリモート視聴用のアプリを開いてみたが、ペアリングの期限切れだった。次の出張のために、東京に戻ったらペアリングし直しておくのを忘れないようにしないと……。

博打のカンを求めない放題ビジネス

 海外に限らず、国内でも、出張と言えば長い移動時間は、普段なかなか確保できない鑑賞や読書などコンテンツ消費のための絶好のチャンスと考える方もいるだろう。音楽の聴き放題サービスやビデオ/映画の見放題、そして、電子書籍も読み放題のサービスが百花繚乱だ。最近では、Kindle Unlimitedのサービスも始まった。

 これも悪くない。いわゆるコンテンツについては偶然出会うという要素が功を奏するケースが少なくないからだ。ダウンロード販売は、聴く、読むといった時に投資の「覚悟」が必要になるが、放題サービスではその意識が希薄だ。おもしろくないと思ったら、別のコンテンツを選び直せばいいからだ。感覚的には有料の図書館といったところだろうか。

 個人的には電子的にリリースされているものが、全て放題サービスに含まれるのであればぜひ利用したいと思うが、それを叶えるサービスがまだ存在しないということもあってまだ様子見状態だ。

 だからぼくにとってのコンテンツ選びはあいかわらず「博打」である。もっともその博打を何十年も続けてきたおかげで今の自分があると思っている。知ってか知らずか、その博打のカンを磨くために、中学生の頃から眠い目をこすりながらラジオの深夜放送を聴いたりしてきたのだ。博打のリスクがあるからこそ磨かれたカンだと思う。いわば放題ネイティブの世代がこれからのヒットチャートなどにどのような影響を与えていくのだろうかは気になるところだが、コンテンツを作る側の立場としては「中古」という、オリジナルの著作権者に1円の得にもならないシステムよりは文化に貢献できるような気もしている。でも、その結果はあと何十年かしないと分からないだろう。

 SMAPの解散をほぼリアルタイムで知ったところで何のメリットにもならないことは分かっている。それでもその「偶然」がなければ人生はつまらない。