山田祥平のRe:config.sys

【IDF特別編】Intelが手の平の上のコンピュータに戻ってくる予感

 アメリカ・サンフランシスコで開催されたIDF16。Intelの開発者向け会議だが、数多くの発表案件もあった。それらを丹念に紡ぎ合わせて行くと、ちょっと先のIntelの姿が浮かび上がってくる。

伏線だらけのIDF16

 「2016年のIDFは伏線だらけ」というのが実感だ。皮切りは「Project Alloy」のお披露目。初日の基調講演でステージに登壇したCEOのブライアン・クルザニッチ氏が紹介したIntelの最新戦略に基づくプロジェクトだ。

 Project Alloyは、一体型のヘッドマウントディスプレイ(HMD)でVRを実現するスタンドアロンのコンピュータハードウェアだ。決してVR専用ペリフェラルではない。基調講演の冒頭での紹介だったので、最初はIntelよ、おまえもかという印象を持った。Intelは、このVRを“Merged Reality”であるという。

 そうこうしているうちに、ステージにはゲストとしてMicrosoftのExecutive Vice President, Windows and Devices Group担当上級副社長のテリー・マイヤーソン氏が登場した。MicrosoftもまたスタンドアロンのHMDとしてHoloLenseをデビューさせようとしている。2016年6月のCOMPUTEXでは、Windows Holographicを発表、サードパーティ各社の製品がこの技術を使ったVR製品を作れるようになったのは記憶に新しい。

 Microsoftでは、HoloLenseのVRを、Mixed Realtyと呼んでいる。現実世界がシースルーに見える中に、計算されたリアリティとしてのバーチャルをミックスすることでVRの世界を表現する形態だ。これに対してIntelが提唱するMerged Realityは、その逆のコンセプトだ。見えるものの主体はバーチャルであり、そこにRealSenseカメラがとらえた現実世界をマージする。

 話が進むにつれて、AlloyのハードウェアはVR機器という訴求をしているが、実はパーソナルコンピュータそのものだということを理解した。そういう意味で、HoloLenseとAlloyのコンセプトはまったく異なるものであるということが分かる。HoloLenseもまた、スタンドアロンで稼働できるコンピュータデバイスであり、Windows OSで稼働している。何しろ、Microsoftは、IoTデバイスでもWindowsを稼働させることを決めているのだ。ただ、シースルーのディスプレイにCGをスーパーインポーズ的な表現方法は、これまでのパーソナルコンピューティングとは相容れない。

 IDF16のステージでは、MicrosoftがWindows HolographicをメインストリームのWindows PCでも使えるようにすることが発表された。新たな進展だ。ということは、Alloyは6月のMicrosoftによるWindows Holographicのサードパーティへの開放に基づくHMDハードウェアというよりも、実は、メインストリームWindows PCの新たな形であると考えるのが妥当だ。つまり、Alloyは、Windowsが稼働するディスプレイ一体型のオールインワンスタンドアロンPCであるという仮定が成立する。

Atomの終活とその先にあるもの

 一方、通信関連のラウンドテーブルに顔を出してみたところ、ここにも新たな布石が置かれていた。

 Intelは、モバイルデバイス向けのSoCであるSoFIAを既にキャンセルしている。いわばAtomの「終活」として知られる施策の一環だ。これによって、もうIntelはモバイルデバイス向けの市場はあきらめたのではないかという憶測もある。

 ラウンドテーブルでは、5G通信についてのIntelの取り組みが紹介され、コネクティビティはもはや社会の生命線の1つであり、あらゆるものが繋がっていくことにIntelがどのように取り組んでいくかがアピールされた。2日目の基調講演にはLTEの父として知られるNTTドコモCTOの尾上誠蔵氏も登壇し、5G通信の将来に向けてのコメントをした。2Gから3G、3Gから4G通信の世代交代はあらゆるものを新しくすることが求められたが、4Gから5Gへの世代交代はそれらとは異なる。もっとシームレスなものになることは以前からアピールされていたことだ。

 Intelもまた、5Gへの取り組みを強く訴求し、そのエコシステムに貢献していくことを強調する。だが、そこで、具体的な製品などが提示されたわけではなかった。Atomの終活を知っていれば、その素晴らしい将来の5Gネットワークに繋がるクライアントとして、いわゆるハンドセットやタブレットデバイス等で使われるプロセッサを、いったいどんなソリューションとしてIntelが考えているのかが分からない。

 ラウンドテーブルで、ハンドセット用のアプリケーションプロセッサに対するIntelの取り組みを聞いてはみたものの、それへの明確な回答は得られなかった。このままでは、ARMがその分野を独り占めということにもなりかねない。Intelは、そうなることを指をくわえて見ているのだろうか。

 ちなみに今回のIDFでは、IntelがファウンダリビジネスでARMとの提携を発表している。ARMの加速の一端を担う意気込みともとらえられかねない施策でもある。だが、これもまた布石の1つだ。

 ラウンドテーブル後、Intelの5G Business and TechnologyのGMであるRobert J. Topol氏に話しかけられた。ハンドセット向けのSoCもきちんとやっているから心配することはないと耳打ちされたのだ。それは新しいAtomが水面下で開発途上にあるのかと聞くと、具体的なことについてはまだ開示はできないが、その通りだと言われた。

 つまり、Atomという名前が再び使われるかどうかはともかく、なんらかの形でモバイルハンドセットデバイス等に向けたプロセッサをIntelは用意するつもりがあるということだ。

今、Microsoftが欲しいもの

 ここで話は冒頭のAlloyに繋がる。AlloyはPCの周辺機器としてVRを実現するデバイスではない。Alloyそのものがパーソナルコンピュータであることは既に書いた。ネットワークに繋がらないという意味ではなく、スタンドアロンでOSが稼働するディスプレイ一体型のコンピュータデバイスだ。いわば頭の上に載せるノートPCと言ってもいい。

 RealSenseを駆動でき、各種センサーからの情報をもとにさまざまなVRを実現する処理系として機能するにはそれなりに性能の高いプロセッサが必要だ。しかも、スタンドアロンで使われることを考えれば、バッテリ駆動時間も保証しなければならない。Alloyに搭載されるプロセッサは、まだ、開示されてはいないが、IAプロセッサであることは間違いないだろう。しかもOSはWindows以外考えられない。Intelが今後Androidに手を出すことはないだろう。

 現時点のMicrosoftはWindows 10 Mobileを、ARMアーキテクチャに最適化し、実際にはQualcommのSnapdragonプラットフォームでの覇権争いに躍起になっているように見える。でも、そこには本気で戦おうとしているのかという温度差のようなものを感じるのも事実だ。

 今、Snapdragonの最高峰である820は、IAプロセッサでは、第4世代Coreの中堅程度の処理性能まで迫ってきているとされている。Microsoftとしては、Windows 10 MobileをSnapdragonの進化に追従させ、UWP、そしてContinuumなどを前面に押し出しながら、PC的な使い方ができるハンドセットの存在感を高めようとしている。

 つまり、高い処理性能を持ち、そしてリソースを投入しやすいモバイルIAプロセッサが欲しいと、もっとも感じているのは、ほかならぬMicrosoftだと考えることもできる。

Intelのモバイルシーンにおける将来はAlloyが握る

 これでいくつかの情報が揃った。

  • Alloyはパーソナルコンピュータである。しかもモバイルコンピュータデバイスだ。
  • MicrosoftはWindows HolographicをメインストリームPCで使えるようにする。
  • IntelはモバイルSoCから完全に撤退するわけではない。
  • Intelは5Gネットワークへの遷移を同社ビジネスにとって重要なタイミングと捉えている。
  • MicrosoftはWindows 10 Mobileのための、より高性能なモバイルプロセッサを求めている。
  • そのプロセッサがIAであることは悪い話ではない。
  • エンタープライズコンピューティングは、よりセキュアで堅牢なプラットフォームとしてWindows 10 Mobileに注目しているが、まだ二の足を踏んでいる。
  • MicrosoftとIntelは、ともにその方向性を推進し、モバイルシーンでの蜜月を期待している。

 今回のIDFを憶測と妄想で展開してみた。答えはきっとAlloyの中にある。