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傷がついたHDDのデータ復旧は不能という"常識”は過去のもの︕ デジタルデータリカバリーに聞く、データ復旧技術の最前線

データリカバリー事業部エンジニアグループ 万紅宇氏(左)とデータリカバリー事業部エンジニアグループ 薄井雅信氏(右)

 HDD障害の中でも、HDDにデータを書き込む磁気ヘッドがデータ記録面(プラッタ)に接触し傷がつく、いわゆる「スクラッチ障害」はとびきり厄介だ。これまで、HDDの復旧を専⾨とする事業者でも、「スクラッチ障害」が原因であると発覚した段階で、復旧不可能という診断を下すことがほとんどだった。

 しかし、⻑年の研究によって、スクラッチ障害を起こしたHDDからも、データの読み取りが⾏なえるようになりつつある。

今回はこのスクラッチ復旧技術によって、令和3年度の東京都経営⾰新優秀賞を受賞したデジタルデータソリューションに、HDDや近年需要の増加するSSDのデータ復旧技術について最前線の話を聞いた。同社では「デジタルデータリカバリー」のブランドでデータ復旧サービスを提供している。

これまではスクラッチ障害=復旧は不可能だった

 スクラッチ障害が発生したプラッタは、円盤を一周する線が入ったようにしか見えず、その見た目からは、それほど大きなダメージを被っているようには見えない。

 しかし目に見えるレベルの線が入るということは、データを記録している磁性体には致命的なダメージが加わっており、多くの場合は傷のある部分だけにとどまらず、HDD全体の読み取りが行なえなくなる。

 これらスクラッチ障害は、HDDの経年劣化や落下などの衝撃によって発生するほか、日本の高温多湿の環境が引き金になるケースもあるという。磁気ヘッドがプラッタに接触するのはほんの一瞬であっても、データが読み取れなくなるのはあっという間だ。HDDにまつわる障害の中でも、このスクラッチ障害は最重度障害と言っていい。

左は通常のHDD。右はプラッタ(データ記録面)に傷がついたHDD

 デジタルデータソリューションは、このスクラッチ障害から少しでもデータを復旧すべく、10年も前から研究開発を行なってきた。同社のデータ復旧サービス「デジタルデータリカバリー」は、11年連続して国内売上No.1であり、復旧率は95.2%、相談件数は累計29万件という驚異的な実績を誇っている。

 同社は部品交換時にドナーとなるHDDを約7,000台も常時ストックするなど、設備保有台数も世界トップクラスだ。こうした体制は、案件の約8割を48時間以内に解決するという同社のスピード対応を支えている。官公庁や警察からの依頼が多いことも、同社が幅広い信頼を得ている証と言えよう。

同社の復旧ラボ。各分野のスペシャリストがワンフロアに集っており、情報交換をしやすい体制が構築されている
常時約7,000台ストックしている部品交換用HDD。珍しい型番であっても調達せず迅速な対応が可能。

約10年の研究開発によってスクラッチ障害からの復旧に対応

 そんな同社は10年近くにも及ぶ研究開発の結果、スクラッチによって傷が入ったプラッタであっても、傷のない部分からデータを復元できるようになった。多くのデータ復旧業者では、プラッタにわずかでも傷が⼊ってしまうと、HDD内にあるすべてのデータ復旧が不可能とするケースがほとんどで、傷のない部分からだけでもデータを救出できるというだけで、革命的といっていい。

 これらはどのような技術によって実現しているのだろうか。長年スクラッチ障害の研究を行ない、累計復旧対応数は1万件以上にのぼる同社エンジニアの薄井雅信⽒によると、傷が⼊った時にプラッタから⾶び散った鉄粉の洗浄から始まり、スクラッチのある部分の研磨、溶剤の塗布と濃度調節、余分な溶剤の除去といった作業が、⼀連の⼯程に含まれるとのこと。

 「もちろん、この作業をしたからといって必ず復旧作業が成功するわけではありません。これらと並行して、通常の物理復旧と同様に、磁気ヘッドの交換、さらにはファームウェア修復を行なって、1%でも多くセクタを取れるようにしていくというのが、基本的な考え方になります」(薄井氏)

 これら複数のアプローチを組み合わせた作業フローが確立されるまで、約10年もの年月を要したというわけだ。ここまで来ると、ノウハウのない同業他社が一朝一夕に真似ができるものではない。事実、他社が「復旧不可能」と投げ出したスクラッチ障害のHDDから、文書や画像、PDFなどの復元に成功した例は、枚挙に暇がないとのことだ。

データリカバリー事業部エンジニアグループ 薄井雅信氏。スクラッチ障害をはじめ、災害で破損・水没した機器の復旧にも携わる物理復旧トップエンジニア

 同社はこれまで⼿掛けた具体的な事例を教えてくれた。データの移動中に分電盤に触れてしまい、内部にある文書データや画像データが読み取れなくなった事例だ。プラッタの端から端まで目視できるほどのスクラッチによって、プラッタ表面の磁性体の剥離が発生したというケースだ。

 このケースでは、同業他社で復旧不可能と診断されたのち同社に持ち込まれ、プラッタ加工およびスクラッチのない領域のみを稼働できるよう部品交換を行なうなどして、約7日をかけてデータの取り出しに成功した。

 「当社に持ち込まれた段階で、すでに他社で復旧を行なおうとした痕跡がありました。他社ではファームウェアの修復までは行なったようですが、傷の入ったプラッタにアプローチするノウハウがなく、復旧不可能とせざるを得なかったようですね」(薄井氏)

 データ復旧事業者によって対応できる障害のレベルに差があるため、業者選定は慎重に行なう必要があるといえる。

スクラッチ障害を始めとした物理障害の復旧作業のために、同社のラボ内にはクリーンルームも用意されている

SSDならではのデータ復旧の難しさとは

 ここまでHDDのスクラッチ障害にまつわる復旧技術の最前線を紹介してきたが、近年は個人はもちろん法人においても、HDDに代わってSSDを導入する例が増えている。事実、同社に持ち込まれるストレージも、SSDの割合が増えつつあるとのこと。これらのデータ復旧技術がどれだけ進化しているか知りたいという人も少なくないだろう。

 そんなSSDは、一般的にHDDに比べて復旧の難易度が高いと言われている。その理由は大きく分けて2つある。1つは、電気的な処理でデータの読み書きを行なっているため、障害が発生した場合に、原因の特定が難しいことだ。

 「HDDの場合、目視によるスクラッチの有無や、ヘッダの動き、あるいは異音によって、障害の原因を把握できる場合がありますが、SSDではそうはいきません。原因の特定のしづらさは、SSDの1つの特徴と言えます」とは、同社データリカバリー事業部エンジニアグループの万紅宇氏の弁だ。

 もう1つは、SSDではメモリチップの劣化を防止するために、書き込みを始める位置が常に変わるという、SSDならではの特性によるものだ。「SSDの障害では、原因の8割をファームウェア破損が占めますが、これによって、データの書き込みを開始する位置が分からなくなってしまいます。それをいかに特定、修復するかは、多くの知見を必要とするところです」(万氏)

データリカバリー事業部エンジニアグループ 万紅宇氏。SSDを始めとしたメモリ復旧のスペシャリストで、自らツールの作成も手掛ける

 こうした事情ゆえ、データ復旧事業者の中には、SSDに関するデータ復旧のノウハウを持っていないケースも多い。SSDの種類によっては市販の復旧ツールが存在せず、復旧不可の診断を出す業者も多いそうだ。国内事業者に限れば、ファームウェアの修復を自社で行なうなど、本当の意味でSSDの復旧に対応している事業者は、数えるほどだそうだ。

 しかし同社では、ツールを用いた解析・復旧に加えて、エンジニア自ら作成したファームウェア修復のための独自ツールなども活用し、プラスアルファの対処を試みている。他社で復旧不可能と判定されたSSDが、同社で復旧できたケースが跡を絶たないのは、こうした事情によるものだ。

 同氏は具体的な例として、会計データを保存したSSDでエラーが発生し、同業他社で復旧不可能と診断されたのち、同社に持ち込まれた事例を教えてくれた。市販のツールだけでは対処できなかったため他社は投げ出さざるを得なかったが、復旧の決め手となったのは、同社の強みであるファームウェア修復技術だった。

 近年のSSDは⼤容量化が1つのトレンドだが「密度を上げたことで品質が低下し、エラーが発⽣しやすくなっているように感じます(万⽒)」とのこと。「安定して使うのであれば、むしろ容量が控えめなSLCモデルを選択することをおすすめします」とは、メモリ復旧のスペシャリストである同氏の意見だ。

 最近では、メモリカードスロットを搭載しないスマホが増えたこともあり、破損したスマホの基板ごと持ち込まれるケースも増えた。同社はこうした、基板上にメモリチップがある状態でのデータ復旧も手掛けるなど、難易度の高い復旧にも対応している。このほかSSDとHDDとのハイブリッドであるSSHD、さらにはヘリウムHDDのような新興のストレージについても、研究に余念がない。

メモリカード単体はもちろんのこと、ドライブレコーダーやドローンのデータ復旧にまつわる相談もあるそうだ

業務停止の危機も? 大規模サーバーのデータ復旧

 クラウドでのデータ管理が進む中、企業の膨大なデータは、サーバーやデータセンターで複数のHDDでRAIDを構成し管理されている。近年でも大規模なサーバーエラーによって大手企業のデータ消失のニュースを目にした方も多いだろう。突然のデータ消失による業務停止は多大な損害になりかねないため、データはもはやインフラの一部と言っても過言ではない。同社ではHDD、SSDで構成された大規模なサーバーやNASのデータ復旧も可能としており、多数の持ち込みがあるそうだ。

 そんな同社に持ち込まれたサーバーの中でも、HDDにスクラッチ障害が発生していたケースを薄井氏から紹介いただいた。企業内で10年以上使われていたRAID 5の共有サーバーで、障害があるHDD 4台のうち1台にスクラッチが発⽣し、読み取りが⾏なえなくなった事例だ。傷がない3台のHDDからも他社では作業が行なえず、復旧不可能と診断されたのち、同社に持ち込まれた。

 この事例では、スクラッチ障害を起こしたHDDの復旧作業に加え、サーバーのファームウェアの解析・修復が行なうことで、保存されている業務に必要なWord、Excel、PDFといったデータの救出に約6日で成功した。スクラッチ復旧技術に加えて、ファームウェアの解析から修復までを行なう同社の強みが発揮された。他社で復旧不可のものを復旧した点からも同社の強みが活かされたことがよくわかる事例だ。

 また、2枚の基板に4つのSSDを搭載してRAIDが構成された珍しい事例を万氏から紹介いただいた。

 基板の端子も特殊であり保有する設備に接続できなかったことから、万氏は基板回路を解析し配線設備を自作するところから作業を行なった。SSDに重度のメモリの劣化も見られたが、業務で使用する写真データを約2週間かけ復旧に成功した。

 専用のツールが使えず諦めるのではなく、どうにか配線できないかと試行錯誤し見事にやり遂げたところにデータ復旧にかけるエンジニアの熱い思いを感じさせる。

2枚の基板にSSDが2つずつ、計4つでRAIDが組まれている

技術力の高い復旧事業者を選ぶことの重要性

 日々の業務の中で、突如としてデータの読み書きに障害が発生し、業務が中断すると、社内外からの問い合わせが殺到し、システム管理者は冷静な判断ができなくなってしまうもの。慌てて行なった何らかの短絡的な処置が、復旧を困難にする例も少なくない。

 こうした場合、まずは専門家の診断を仰ぐのが適切な対処方法ということになるが、技術に乏しい復旧事業者だと、たとえ原因を特定しても自社で対応できないことが分かった段階で、「復旧不可能」と突き返してくる危険をはらんでいる。別の業者に再度依頼するにしても、余計な時間がかかってしまうし、なにより開封したことで症状が悪化する危険もはらんでいる。

 そうした点からも、同社のように幅広い障害に対応し得る技術を持つ事業者に依頼することは、最善の選択肢と言える。年末年始の休暇明けというのは、常時稼働しているサーバーの電源を落とすことで起動時にエラーが発生したりと、何かとトラブルが起こりやすいタイミングでもある。不幸にして何らかの障害に遭遇してしまったという場合、デジタルデータリカバリーにコンタクトしてみてはいかがだろうか。