特集
「ストVのプレイ障壁を取り払いたい」。プロゲーマーのカワノ氏がプロシーンにキーボードで挑戦
2020年3月18日 11:00
PC Watchでは、「インプレスeスポーツ部」としてゲームの配信も行なっている。その番組の1つである「ガチくんに!」では、ストリートファイターVの2018年世界王者であるガチくんのほか、多くのプロプレイヤーにもゲストで出演いただいている。
そんなプロゲーマーの1人にカワノ氏がいる。カワノ氏は、2019年から東京に進出し、じゃっかん21歳ながらメキメキと腕を上げており、大会での優勝経験も着実に増え、30代のベテラン勢が強いストリートファイターV界において、ベテラン勢に勝るとも劣らない実績も出しはじめている注目の人物だ。
そんなカワノ氏から、ある日、相談を受けた。その内容とは「eスポーツが注目されて、ストリートファイターVは今年、Intel World Openが開催されたり興味を持っている人は増えていると思うんですが、たぶんまだプレイしたことない人がプレイしようと思う上で一番のハードルが、コントローラが必要ってところだと思うんですよ。そこで、自分がキーボードでいろんな大会にチャレンジすることで、そういう人への障壁を取っ払えるんじゃないかと考えてるんです」といったものだった。
公式世界大会におけるコントローラの利用規程が追加されたストリートファイターV
ストリートファイターVは、PlayStation 4とPC(Steam)でプレイできる。PlayStation 4については、少なくとも最初からDUALSHOCK 4というコントローラが付属するので、ひとまずは普通にプレイできるが、PCはそうではない。基本的に別途コントローラを購入してプレイする必要がある。
ストリートファイターVは、すでに発売から4年が経過した。それまでに、PCの基本スペックが上がったことでプレイ可能な機種が増え、ソフトの価格も安くなってきたほか、これまでと違い、Intel World Openをはじめとした大きな大会のプラットフォームとして、PCが選ばれはじめたことなどから、カワノ氏の言うとおり、PCでのプレイを検討しているユーザーは増えてきていることだろう。
先に、ストリートファイターVをプレイするには、基本的に別途コントローラを購入する必要があると書いたが、動かすだけならPC版はキーボードでも動作する。しかし、プレイのしやすさの面から、格闘ゲームはコントローラでプレイするというのが「常識」だ。
他方、2019年からストリートファイターVのプロシーンでは、レバーレスコントローラと言われる、操作レバーの代わりに、ボタンでキャラクターの移動操作を行なうタイプのコントローラがにわかに注目を集めはじめていた。レバーレスコントローラのメリットは、必殺技を出すさいの「溜め」動作をより効率的に行なえる点にあり、ストリートファイター界の第一人者である梅原大吾氏も2019年からレバーレスコントローラを実戦投入しはじめた。
カワノ氏もそんなレバーレスコントローラを操るプレイヤーだ。レバーレスコントローラは、移動操作がボタンという点で、操作性が一般的コントローラよりもキーボードに近い。じっさいにカワノ氏はキーボードでもかなりの腕前だという。
「もし、僕がキーボードでトッププレイヤーとわたり合える成績を残せたら、『じゃぁ、僕もキーボードでこのゲームをはじめてみよう』という人が増えるんじゃないか? そのきっかけを自分が作ってみたい」。カワノ氏はそう考えたのだ。
ただし、そこにはある問題があった。
それまで、ストリートファイターVの公式世界大会では、利用するコントローラについて、あまり大きな制限はなかった。しかし、レバーレスコントローラが注目を集めはじめたころ、一般的コントローラよりも「溜め」動作において、遙かに有利となる改造コントローラなどが出回りはじめた。
そういったいきさつで、現在では公式世界大会では、コントローラについて以前よりも厳密な規定が設けられることとなった。以下が、その抜粋だ。
左右の方向キーが同時に入力された場合は、両方の入力を維持、もしくは両方の入力を不成立とする必要がある。
CAPCOM Pro Tour 公式規定 2019の「コントローラーのカスタマイズ」より抜粋
レバー式コントローラでは、左右の方向に同時に入力することはできない。しかし、レバーレスコントローラでは、それができる。そのさいに、「両方の入力を維持、もしくは両方の入力を不成立とする必要がある」。つまり、左右の移動ボタンを同時に押したら、キャラクターが静止する状態になる必要がある(後に説明するが、じつはこの解釈は半分間違っている)。
一方で、ストリートファイターV(Steam版)をキーボードでプレイすることは規定でも認められているのだが、キーボード利用時は、左右(わかりやすく言うと前後)キーを同時に押すと、キーボードのNキーロールオーバーを無視して、ストリートファイターVでは、常に前方向の入力が優先され、キャラクターは静止しない。つまり、規定を満たさないわけだ。
そういったことからカワノ氏は筆者に、キーボード側の対応で、この問題を克服できないものかと相談してきたのだ。
自作キーボード専門店「遊舎工房」で特製キーボードを製作
そこで筆者は、秋葉原にある自作キーボード専門店「遊舎工房」に、「キーボードの特定の2つのキーを押したとき、ファームウェアで両方のキー入力を無効にすることは可能か?」という問い合わせを投げてみた。すると、「それは可能である」という返事が返ってきたのだ。
遊舎工房は、多数のキーや、軸、筐体などを取りそろえており、好きなものを選んでオリジナルのキーボードを購入できる。店内には、購入したパーツの組み立てスペースも用意されている。通常はファームウェアについてのカスタマイズは受けていないのだが、今回、特別にファームウェアの改変も行なっていただけるというので、カワノ氏とともに、特製キーボードを製作・購入すべく同店を訪れた。
キーボードは大きく、筐体、基板、軸、キーというパーツで構成されている。基板については、軸をソケットで嵌められるものと、はんだ付けが必要なものがある。カワノ氏ははんだ付けは未経験ということでソケット式を選びたかったのだが、それはあいにく在庫がなかったため、はんだ付け式のものを選んだ。
軸は、試してみてすばやい入力ができそうだったので、ストロークが短めの静音タイプを選択。筐体とキーはオーソドックスな白い樹脂タイプのものを選んだ。購入にかかった実費は1万9千円程度だった。
1つの軸につき、2つの接点があるので、全部で200箇所近いはんだ付けを行なう必要がある。最初はかなりおっかなびっくりな作業だったが、遊舎工房の店長さんの特別なアシストもあり、組み立ては思った以上にスムーズにできた。一般的には、3時間程度かかるそうなのだが、今回は2時間もかからずに完成。完成後のテストも一発で通過した。
最後にAキー(左入力)とDキー(右入力)の2つを同時に押したときだけ、どちらの入力もキャンセルする特製のファームウェアをインストールしてもらい、持ち込んだゲーミングノートに接続して試遊してみたところ、A+Dを同時押しするとキャラクターの移動が停止することが確認できた。
じつは、同時押しのさいにキャラクターは止まる必要はなかった
カワノ氏からの相談を受け、筆者はカプコンにも、コントローラ規定について問い合わせを行なっていた。キーボード完成後に回答をいただけたのだが、そこで判明したのが、AとDを同時押ししたときに、キャラクターは必ずしも静止する必要はないということだった。
前述のとおり、規定では、左右の方向キーが同時に入力された場合は、
- 両方の入力を維持
- 両方の入力を不成立
このいずれかを満たす必要がある。後者の「両方の入力を不成立」とは、左右(前後)のどちらも入力が行なわれていない状態なので、当然キャラクターが静止している状態を指す。
一方、前者の「両方の入力を維持」というのは、キャラクターが「前に移動している状態」を指すのだ。筆者も、カワノ氏も(そしておそらくほかの多くのストリートファイターVユーザーもだろう)、両方の入力を維持も、両方のキーが等しく入力判定を受けつけているので、静止することを意味すると思っていたのだが、そうではなかったのだ。
これはDUALSHOCK 4にも当てはまっており、たとえば、十字キーで後を入れながら、アナログスティックを前に倒すと、キャラクターは前に移動するし、逆に前を入れながら後を入れても、前移動が継続される。これがストリートファイターVの正式な仕様なのだ。
つまり、現在市販されている一般的なキーボードは、おそらくすべてものが規定に準拠できるので、なんの心配もなく利用できるということだ。
いろいろなスケジュールの都合で、早急にキーボードを用意する必要があったため、カプコンの返答を待たずにお店に行く必要があり、こういった結末になってしまったが、結論としては、特別なファームを用意していただく必要はなかったのだ。
とは言え、前後の同時押しでキャラクターが止まることは「両方の入力を不成立」という規定に準拠しているので、今回作成したキーボードも何の問題もなく使える。
現在カワノ氏は、キーボードでの訓練を続けており、ある程度完成度が高まった時点で、実戦投入していく予定だそうだ。前述のとおり、すでにキーボードでも上級者を倒せるだけのレベルに達している。PCでストリートファイターVを楽しみたいが、コントローラを買う余裕がないというユーザーは、キーボードでのプレイに挑戦してみるのも決してあり得ない話ではない。
最後に、PC版ストリートファイターVでの公式規定について、もう1つ参考情報を書いておく。もし、今後、キーボードプレイヤーが増えてきた場合、大会で対戦するどちらもがキーボードを使う可能性もある。しかし、1台のPCで2台のキーボードをべつべつに利用することはOSの機構上できない。
その場合は、オフライン大会で、かつCFNに接続できるインターネット回線が用意できる環境があるなら、2台のPCがバトルラウンジを使用し、オンライン対戦を行なうことで、双方がキーボードを使うことが認められている。