2023年11月28日 15:00
IEEE(アイ・トリプルイー)は世界各国の技術専門家が会員として参加しており、さまざまな提言やイベントなどを通じ科学技術の進化へ貢献しています。今回、注目される「生成AI」に関して、IEEEメンバーである、早稲田大学 高橋利枝教授の提言を発表いたします。
【早稲田大学 高橋利枝教授】
2023年は、「生成AI」元年と言っても過言ではないでしょう。OpenAIによって2022年11月30日に公開されてから2ヶ月後の2023年1月、ChatGPTは1億ユーザーに到達しました。これは最速の記録であり、世界中に大きな衝撃を与えました。
その社会的インパクトの大きさから、3月にはイーロン・マスク氏をはじめ、著名なAI研究者たちが、生成AIに対して警鐘を鳴らしました。「チューリング賞」受賞者の一人、ヨシュア・ベンジオ氏は、BBCのインタビューに対して、自身を原子爆弾の発明者に例えて、生成AIに対する危惧をあらわしました。さらに、もう一人の受賞者であり、AIの「名付け親」であるジェフリー・ヒントン氏もニューヨーク・タイムズ紙への声明で、グーグルからの辞職を発表し、自分の仕事を後悔していると述べています。2人ともAI規制を求める公開書簡に署名をしています。
いかなる科学技術も諸刃の剣であるように、生成AIもまた新たなチャンスとリスクをもたらします。例えば、仕事の効率化や労働力不足の解消、新薬や治療法の開発によるイノベーションの創出、自己実現など新たな機会をもたらします。しかしながらその一方で、機密情報や個人情報の漏洩、誤情報や偽情報による社会不安、著作権侵害、失業問題、大衆操作、過度の依存など新たなリスクももたらします。
AIがもたらすリスクに対処するために、現在各国でルール作りが進んでいます。日本では5月に開催されたG7首脳会議(サミット)において提示された「広島AIプロセス」の一環として、10月30日、開発者を対象とした国際行動規範と指針が発表されました。一方、英国では、11月1日2日に世界初AI安全サミットがブレッチリー・パークで開催され、米国と中国を含む28カ国と欧州連合が「ブレッチリー宣言」に合意しました。ブレッチリーは、第二次世界大戦中の英国の暗号解読拠点であり、アラン・チューリング氏も活躍した場所として有名です。また、世界に先駆けてAIの規制に取り組んできた欧州連合ではAI規則案が最終調整中であり、欧州評議会においてAl条約が起草中です。
米国でも、国立標準技術研究所(NIST)がAIリスク管理フレームワークを公開しました。ジョー・バイデン米大統領は、AI開発者に安全性の結果を米政府と共有することを義務付ける大統領令に署名しました。
それでは、ChatGPTのメインユーザーであるZ世代(1996年から2010年生まれ)はリスクに対してどのように考えているのでしょうか?私はこれまでZ世代とAIに関する2つの国際的なプロジェクトー国連「AIのある未来」とスタンフォード大学などとの「Project GenZAI」―を行ってきました。今回は生成AIに関してZ世代を対象に行ったインタビュー調査から、簡単に述べたいと思います。
AIの最大のリスクとして懸念されている失業問題に関しては、産業革命と同様に新しい仕事が創出されるため心配はしていないようです。ただプログラミングなどの技術的なスキルよりも、AIに置き換えられることのない人間ならではのスキルを身につけることを希望しています。また、個人情報の収集や情報の信頼性に関しては、小さい時から多くのネット情報に触れ、SNSで自分の情報を開示してきたZ世代にとっては、特に問題がないと言います。
下記のような意見が散見されます。
「医療分野のプライバシーの問題も言われるかもしれないが、個人が特定されない限りでそういうデータが活用されて、別の場所で同じような症状で困っている人が助かるかもしれないから、それは別に問題ないと思う。インプットが増えることで有益な情報が共有できるから。」(23歳、女性、社会人2年目)
但し現段階では、情報の信頼性がないため、医療や健康など命に関わる分野で使用されることに不安を覚えています。また医師や教師など人間同士のコミュニケーションが重要となる分野では、あくまでもサポート的な導入を望んでいます。一方、自分より低年齢の小学生以下の子供の利用に関しては懸念を抱いており、ChatGPTの利用に関して年齢制限を設けるべきだと考えています。さらに最も重要なのは、サービス提供者側に対する規制ばかりでなく、リスクに自分で対処するリテラシーを身につけることだと言います。
「広島AIプロセス」と「ブレッチリー宣言」―2023年は、第二次世界大戦を象徴する2つの場所でAIの安全性に関する国際的な合意がなされました。現在、世界各国で生成AIに関するルール作りが急速に進められています。そして、来年には国際的なルールのもと、責任のあるAI開発競争がより一層激化することでしょう。
エヌヴィディアのワールドワイドAI担当キース・ストリエ氏は、「米国の巨大IT企業にはもはや誰も追いつくことが出来ない(“Insurmountable” advantage)。この勢いは当面続くだろう」と言います。AI開発における米中2強の状況下で日本が逆転を狙うならば、技術主導ではなく、これまで私が提唱してきた「ヒューマン・ファースト・イノベーション」が鍵になると思います。
ポケベルが女子中高生によって独自の利用がなされ、1999年世界に先駆けて日本はインターネットに接続する携帯電話i-modeを発表、日本のケータイ文化が世界中で注目されたことは記憶に新しいでしょう。Z世代はすでにChatGPTを自由に使いこなしています。2024年は国際的なルールのもと、Z世代とともに「責任ある生成AI」サービスが日本で独自に進化し、世界の人々を幸せにしていくことを期待しています。
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