ハードディスク装置(HDD:Hard Disk Drive)関連では日本最大の講演会兼展示会「DISKCON JAPAN 2009」(主催:IDEMA JAPAN)が、7月21~22日に東京コンファレンスセンター・品川で開催された。講演会の初日である21日の夕方には、HDD業界関係者によるラウンドテーブル(パネルディスカッション)が設けられ、活発な議論が交わされた。本レポートでは、その模様をお届けする。
ラウンドテーブルは、講演会の参加者から集めた質問票を元に、司会進行役であるモデレーターがパネリストに回答を求めていくという形式で進んだ。モデレーターとパネリストは下記の通りである。
・モデレーター(司会進行):久保川昇氏(IDEMA JAPAN会長、インフォメーションテクノロジー総合研究所チーフアナリスト
・パネリスト:John Coyne氏(Western Digital プレジデント兼最高経営責任者(CEO))
・パネリスト:鈴木良氏(日立グローバルストレージテクノロジーズ 技師長)
・パネリスト:池田隆之氏(東芝 デジタルメディアネットワーク社 ストレージデバイス事業部 事業部長)
・パネリスト:Wayne Fortun氏(Hutchinson Technology プレジデント兼最高経営責任者(CEO))
パネリスト。左からJohn Coyne氏、鈴木良氏、池田隆之氏、Wayne Fortun氏 | モデレーター(司会進行)を務めた久保川昇氏 |
●東芝と富士通のHDD事業統合に高い関心
初めは、東芝と富士通のHDD事業統合、より厳密には富士通のHDD事業が東芝に譲渡される案件に関する質問が池田氏(東芝)に出された。統合によって「競争力は今後、強化されるのか」、「統合のメリットとは何か」、「統合の課題は何か」といった質問である。最も多かったのが東芝と富士通のHDD事業統合に関する質問ということで、最初に提出された。
池田氏はまず「あえて安心した。ご興味をいろいろいただいて」と述べ、HDD事業統合に対して業界関係者の関心がないことの方が、むしろ心配だとのニュアンスだった。そして東芝と富士通のストレージ事業に対する認識の違いが、今回の事業譲渡に結びついたと説明した。池田氏は「東芝は、ストレージ事業は将来もずっと拡大していくと考えており、HDD事業はストレージ事業の中核に位置づけられる。東芝はストレージ事業に賭けている。成功の保証があるわけではないが、逆に失敗は許されない」と述べていた。東芝と富士通のシナジー効果についてはまだ公表できる段階にないとし、今後に期待をもたせた。
続いて残りのパネリスト全員に「東芝と富士通のHDD事業統合による影響は何か」、「統合は成功すると思うか」といった質問が投げられた。
Coyne氏(Western Digital)は「東芝と富士通のHDD事業統合会社は、Western Digitalにとって強力な競争相手になるだろう」との率直な感想を述べていた。続いて「HDD事業は規模の拡大による利点が生まれる産業であり、Western Digitalは企業買収による規模の拡大と部材ベンダーとの連携によってHDD市場で地位を確立してきた」とコメントした。HDD業界の再編成自体は業界全体の効率を高めるので、歓迎すべきことだとした。またHDD技術と競合するストレージ技術の進攻を防ぐという意味でも、業界の再編成による効率化は喜ぶべきことだとの感想を述べた。
鈴木氏(日立グローバルストレージテクノロジーズ)は「財政的に安定したプレーヤー(HDDベンダー)が誕生するのは良いことだし、東芝と富士通はともに研究開発に力を入れている企業なので、両社のリソースが残るのは業界にとって良いこと」と述べた。そして日立製作所とIBMがHDD事業を統合してさまざまな苦労があったこと、市場占有率(シェア)を(2社の足しあわせの状態で)維持することは極めて困難であること、統合後にHDD事業が黒字化するまでに5年かかったことなどをコメントした。
Fortun氏(Hutchinson Technology)はヘッドアセンブリのベンダーの立場から、2社をサポートしていたのが1社になるのでサポートのインフラストラクチャが減る(サポートの効率が高まる)と述べていた。
SSD(Solid State Drive)に関する質問もあった。質問内容はかなり刺激的で「SSDが普及するとして、HDDの出荷の伸びはいつごろその影響を受けるか」というものだ。
Coyne氏は「HDDがSSDの影響を受けることはない」とし、鈴木氏は「Coyne氏の意見に同じ」と述べていた。Fortun氏も「質問のような状況にはならないと思う」とし、SSDの影響に関しては否定的なコメントが大半を占めた。池田氏だけは東芝のストレージ事業がSSDを手掛けていることから、「HDDとSSDは共存と補完の関係にあり、記憶容量があまり伸びない分野はNANDフラッシュメモリが使われるようになる」との見解を示した。
次の質問はさらに刺激が強かった。「HDDとSSDのbitコスト(記憶容量当たりのコスト)が同じときに、HDDはどのくらい生き残れるのか」である。
Coyne氏は「Gbit当たりのコストが同じ場合だと、HDDは生き残れないだろう」と明確だった。そしてWestern Digtalが2009年3月にSSDベンダーのSiliconSytemsを買収したことに触れ、提供できるストレージのソリューションを増やすための買収だと説明した。
鈴木氏はまず、質問のような状況は「起こらない」と断った上で、「もし起こったらHDDが残れるのは高い信頼性を要求する分野だろう」と述べた。そしてHDD業界のわれわれがやらなければならないことは年率40%~45%の面記録密度の向上ペースを維持することであり、その意味では敵は自らの中にある、そしてNANDフラッシュメモリにも密度向上の技術的な限界が存在する、とコメントした。
●垂直磁気記録方式の限界はどこかHDD技術に関する質問では、垂直磁気記録の限界に関する質問が少なくなかった。「垂直磁気記録はいつまでもつのか」、「垂直磁気記録の面記録密度の限界は」といった質問である。
鈴木氏は、垂直磁気記録の限界は「今は1Tbit/平方インチと考えられている」と述べたあとに、「実は一昔前には600Gbit/平方インチ~700Gbit/平方インチと言われていたので、2~3年後には限界は1.2Tbit/平方インチ~1.3Tbit/平方インチになるかもしれない」と追加していた。
HDD技術に関する質問で最も多かったのは、「垂直磁気記録の次にくる技術は何か」というものだった。
Coyne氏は垂直磁気記録の面記録密度が2~3年後には1Tbit/平方インチに達するとの見通しを示し、研究開発から量産までの期間を考慮すると、その後4年~5年は垂直磁気記録で出荷を続けるだろうと述べた。次世代技術の研究開発では、ヘッド技術の開発と媒体(磁気メディア)の開発に力が入りすぎているとし、ヘッドと媒体以外の部分を改善することで垂直磁気記録を延命できるとの見解を示した。一方でもちろん、ディスクリート・トラック記録(DTR)、ビット・パターン媒体(BPM)、熱アシスト記録といった次世代候補の技術開発を着々と進めていくべきだとした。
鈴木氏は、面記録密度は重要だが、コストが重要だと述べた。Fortun氏も垂直磁気記録にはまだまだ可能性があるとした上で、単位当たりのコストが最も低い技術が勝つだろうと回答していた。
2.5インチ機と3.5インチ機の価格逆転(2.5インチ機の価格が3.5インチ機よりも安くなること)はあるかという質問には、池田氏が、コンシューマPCではノートPCの台数がデスクトップPCを上回っていること、ビジネスPCでもノートPCの割合が増えていることから、価格逆転の可能性は高いと述べていた。Coyne氏は記憶容量ではなくコストであれば、2.5インチ機と3.5インチ機の逆転はありうると回答した。
ラウンドテーブルの最後には、パネリストがパネリストに対して質問するという時間が設けられた。ここで非常に興味深かったのは、半導体業界では研究開発のコンソーシアムやアライアンス、協業などが非常に活発であったし、現在も活発であるのに対し、HDD業界ではHDDベンダー同士の協業がなかったとの反省に近い議論が起こったことだ。
鈴木氏は「HDD業界は半導体業界に比べて協業が上手くないと思う」と指摘し、年率30%~40%の面記録密度拡大ペースを維持していくには、より少ないコストでより良い成果を出す仕組みがあってもよいと述べた。これを受けてFortun氏は、コンソーシアムを通じて技術を選択していけば、サプライヤ側でも利用されない技術にリソースを割く無駄が避けられると賛意を示した。池田氏は、基本的に共同の研究開発はありうるとしながら、総論賛成・各論反対に陥る可能性を指摘した。
HDDにはここ最近、強力な対抗馬となるストレージ技術が存在しなかった。それがNANDフラッシュメモリの急速な容量拡大とコスト低減によって様相が明らかに変わってきている。HDDとNANDフラッシュメモリはともに記憶容量当たりのコストを年率40%前後というもの凄い勢いで下げつつある。HDD業界がこのペースを維持し、NANDフラッシュメモリの差異を維持するためには、研究開発リソースを効率化する仕組みが必要だと感じ始めた。このことは重要な変化だろう。
(2009年 7月 29日)
[Reported by 福田 昭]