イベントレポート

小腸内壁の様子を全天周で撮影するカプセル内視鏡

カプセル内視鏡(Capsule Endoscope)の仕組み。体積が4ccほどのカプセルに、カメラやバッテリ(コイン型電池)、信号処理回路、無線送信回路などを収容している。コイン型電池の容量は60mAh以下で、あまり大きくはない。バッテリ容量の制限下で、8時間以上は継続して撮影することが要求される。ISSCC 2018の講演スライドから

 医療の現場では、内視鏡が大活躍している。代表的な用途は内視鏡検査だろう。口あるいは鼻から内視鏡を挿入して、食道と胃、十二指腸の内壁を観察する「上部消化管内視鏡検査(一般には「胃カメラ」と呼ばれることが多い)」のお世話になった読者は少なくないと思う。かく言う筆者も最近、この内視鏡検査のお世話になった。

 内視鏡検査にはほかに、肛門から内視鏡を挿入して大腸の内壁を観察する「大腸内視鏡検査」がある。便潜血検査で異常が見つかると、この大腸内視鏡検査を受けることになる。筆者はこちらの内視鏡検査はまだ、受けたことがない。あまり受けたくはないが。

 残る消化管は小腸である。小腸は細長くて曲がりくねっている。そして収縮と弛緩を律動的に繰り返す「分節運動」と、筋肉の収縮によって食物を移動させる「ぜん動運動」をしている。細長い内視鏡には不向きな消化器だが、最近では内視鏡検査が可能になった。口あるいは肛門から、風船(バルーン)を付けた内視鏡を挿入して小腸を固定しながら検査する「バルーン内視鏡検査」である。ただし観察はできるものの、検査時間がとても長く、被験者の負担が大きいという欠点がある。

 被験者の負担が非常に少ない、小腸の内視鏡検査技術が「カプセル内視鏡」だ。カプセル内視鏡は、文字通り「カプセル」の形をした内視鏡である。消化管の内壁を観察するカメラ(イメージセンサー)と撮影照明用発光ダイオード(LED)、無線通信回路、信号処理回路、アンテナ、コイン型電池などで構成される。

 カプセル内視鏡検査では、被験者はあらかじめ受信器(複数のアンテナと受信回路で構成)を腹部に装着する。それから、カプセル内視鏡を口から水とともに飲み込む。カプセル内視鏡は食道から胃、十二指腸を経由して小腸に達する。この間、カプセル内視鏡はずっと、撮影を続けている。小腸の撮影を完了したカプセル内視鏡は電池の寿命が残っている期間は、そのまま撮影を継続している。最後は肛門からカプセルが排泄される。

 カプセル内視鏡は、撮影した画像を継続的に無線で送信し続けている。この無線信号を受信器を経由して画像データとして継続して保存する。また撮影画像をリアルタイムで観察することも可能だ。すでにこのようなシステムが、実用化されている。

 そしてこの2月に、米国サンフランシスコで開催された国際学会「ISSCC 2018」では、韓国のKAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)が、高性能なカプセル内視鏡システムの開発を発表した(講演番号17.2)。

VGA解像度のカメラ4個で全天周を撮影

 KAISTが開発したカプセル内視鏡システムの特長はいくつかある。最大の特長は、消化管内壁の全天周を撮影し、リアルタイムで画像データを無線送信することだ。

 KAISTの発表講演と発表論文によると、これまで、リアルタイムで画像データを送信するカプセル内視鏡は、撮影視野が限定されていた。視野角では150度くらい。したがって未撮影の部分が残る、言い換えると「見落とし」の可能性が残ってしまう。

 そこで過去には、全天周を撮影するカプセル内視鏡が開発されたことがあったという。ただし、そのカプセル内視鏡は撮影した画像データを送信せず、カプセル内のフラッシュメモリに画像データを保存するという仕組みになっていた。リアルタイムで画像をモニターできない。このため、小腸内で画像が正常に撮影されているのかどうかが、すぐには分からない。また肛門から排出されたカプセル内視鏡の回収に失敗すると、撮影データが無駄になってしまう。言い換えると、大便からカプセル内視鏡を探さなければならない。

 KAISTが開発したカプセル内視鏡は、4個のカメラ(イメージセンサー)を搭載することで、360度の視野角を達成した。視野角が120度のカメラを、それぞれ90度ずつ傾けて直交するように配置している。こうすると、死角がなくなる。カメラの位置はカプセルの中央部である。

 これらの実装方法は、従来のカプセル内視鏡とは基本的に異なる。従来のカプセル内視鏡は、1個のカメラを先端に載せ、前方あるいは後方を撮影していた。小腸は細いので、カプセルの先端と後端が腸管の前後にくる。カメラの撮影画像は中央部が暗く、周囲が明るいものになる。これに対して、KAISTが開発したカプセル内視鏡では、腸管の内壁に対して垂直な方向から撮影する。

 開発したカプセル内視鏡には、撮影画像の解像度が高いという特長もある。カメラの撮影解像度はVGA(640×480画素)である。撮影速度は最大で4fps。従来のカプセル内視鏡の解像度はおおよそ、340×340画素だという。

開発したカプセル内視鏡の外観と構造(右下の小さな模型)。カプセル両端の金電極が無線通信用のアンテナとなっている。ISSCC 2018の講演論文から
開発したカプセル内視鏡(左)の外形寸法と実装基板(右)。ISSCC 2018の講演スライドから
4個のカメラ(イメージセンサー)の配置(左)と画像キャプチャのタイミング(右)。直交するように配置した4個のカメラの撮影画像データを、時分割で転送している。ISSCC 2018の講演スライドから

 撮影した画像は、カプセル両端の金電極アンテナから、無線でリアルタイムに送信する。金電極は小腸の内壁と接触している。小腸の内壁から人体の組織を通して画像データを送信し、被験者が皮膚に装着した受信回路で信号を収集する仕組みである。受信アンテナは8カ所あり、それぞれのアンテナが受信回路を備える。

カプセル内視鏡システムの受信回路。人体の腹部に8個の受信アンテナを取り付け、カプセルに近い複数の受信アンテナで信号を受け取る。人体組織では電気信号の損失が大きいので、カプセルと受信アンテナの距離は20cmくらいと短くしておく必要がある。ISSCC 2018の講演スライドから
人体組織を通じて撮影画像データを伝送する原理。送信電力が限定される(バッテリを長持ちさせるため)ので、受信側で感度を高める必要がある。ここでは受信アンテナに接地(グラウンド)板を付加することで、信号対雑音比を高めている。ISSCC 2018の講演スライドから

人体組織を通して撮影データを高速に伝送

 カプセル内視鏡の撮影解像度が高く、しかもカメラが多いということは、転送すべきデータの容量が大きいことを意味する。そこで、最大データ転送速度が80Mbps高い無線通信技術を開発した。40MHz帯と160MHz帯の2つの周波数帯域を使い、40MHz帯では4値位相偏移変調(QPSK)、160MHz帯では2値位相偏移変調(BPSK)によってデータを送信している。

 また撮影画像のデータ送信の合間に、ごくわずかな時間だけ、カプセル内視鏡の位置を探索するためのデータ送信の期間を設けている。このモードによって、8個の受信アンテナの中で、カプセルに近い4個の受信アンテナだけを選択して使う。このようにして、常に最適な受信環境を維持している。

カプセル内視鏡が内蔵した送信回路のブロック図。撮影画像データの符号化回路や送信データの変調回路、LEDの駆動回路などを搭載している。ISSCC 2018の講演スライドから
受信回路のブロック図。受信データの復調回路、受信信号電力の検出回路(カプセルの位置検出用)、制御回路などを搭載している。ISSCC 2018の講演スライドから
試作した受信回路のシリコンダイ写真(左)と送信回路のシリコンダイ写真(中央)、および回路のおもな仕様(右)。ISSCC 2018の講演スライドから

ブタの小腸と皮膚を使ってカプセル内視鏡システムの動作を確認

 開発したカプセル内視鏡システムの動作は、ブタの小腸と皮膚および、人体組織のファントム(モデル組織)を使って確認した。ブタの皮膚に受信アンテナと受信回路を装着した。ブタの皮膚の上に人体ファントムを搭載し、ファントムにブタの小腸を埋め込んだ。小腸の腸管内にカプセル内視鏡を挿入し、腸管の内壁を撮影する。撮影した画像データを受信回路で収集し、ホストPCに転送した。

 このようにして、カプセル内視鏡の4個のカメラが、ブタの小腸内壁を正常に撮影できていることを確認した。カプセル内視鏡の消費電力は10.78mWとかなり低い。55mAhのバッテリで2fpsの速度で撮影した場合に、12時間のバッテリ寿命がある。実用に十分なバッテリ寿命を達成している。

開発したカプセル内視鏡システムの動作検証実験。ブタの小腸(small intestine)にカプセル内視鏡を挿入し、撮影した画像を人体組織モデル(人体ファントム)を介して無線送信し、ブタの皮膚に取り付けた受信回路で収集した。ISSCC 2018の講演スライドから
開発したカプセル内視鏡システムの動作検証実験で撮影したブタの小腸内壁。4個のカメラで撮影した4枚の画像である。ISSCC 2018の講演スライドから