西川善司のグラフィックスMANIAC
嗚呼すばらしき32:9の世界。「ウルトラワイドゲーミングモニター」のススメ(1)
2023年5月19日 06:35
没入感を増強できるウルトラワイドゲーミング
「強い没入感を伴ったゲーム体験」と言えば、昨今のメタバースブームがきっかけとなって再注目されているVR(仮想現実)などが連想される。実際にVRでは、仮想(CG)世界に入り込んだような疑似体験が楽しめるので、確かに感動的ではある。
しかし、その体験をするためにはVR HMD(ヘッドマウントディスプレイ)を装着しなければならず、始める前には「それなり」の事前設定や接続儀式が必要で、ゲームプレイ開始までのプロセスがやや面倒だ。また、コントローラを振り回す系のものが多く、普通のゲームと違って疲れやすい。
そんな「面倒くさがり」で「疲れるのがイヤ」だけど、「ゲームプレイ時の没入感は高い方がいい」と日々考えていた筆者が、2018年あたりから“ど”ハマりしているのが、「ウルトラワイドモニター」を活用したゲーミング体験……言うなれば「ウルトラワイドゲーミング」だ。
普通のコントローラでプレイできる普通のゲームタイトルを、VR HMDのようなものを被らずに、普通の直視型のモニターで圧倒的な没入感を伴って楽しめるのが、ウルトラワイドゲーミングの魅力である。
6回に渡ってやってきた「近代3DゲームグラフィックスとGPUの歴史」的な集中シリーズが、前回でいったん完結した本連載は、今回から数回に渡って、このウルトラワイドゲーミングの話題をお届けすることにしたい。
ウルトラワイドでゲームがどう楽しくなるのか?
では、ウルトラワイドのモニターでゲームをプレイすると何がどう楽しくなるのだろうか。そのあたりの魅力を具体的に語るとしたい。
なお、「そもそもウルトラワイドって何?」と疑問を持つ人のために、後半に解説を入れたので興味がある方はそちらも読んでいただきたい。
さて、普段16:9のTVでゲームをプレイしていて「TVの左右の額縁よりも向こう側が見えたらもっと没入感が得られるのに……」と感じたことはないだろうか。
確かにゲームプレイに密接に関わる要素は16:9アスペクトの範囲内に表示されているのだろうが、その範囲外をもう少し広く見えたら、よりそのゲーム世界の実在感を高められるのに……と感じることは多い。
たとえば、古ぼけた洋館でゾンビと戦っている場合は、中央のゾンビだけでなく左右の壁に掲げられた調度品が見えていた方が「洋館にいる」という説得力が増すし、左右の壁の存在が閉塞感を高めてくれる。
あるいはオープンワールドタイプのゲームに置いて、次の目的地に向かって大草原を馬に乗って走っている時には左右に広がる遠景の木々や山々、湖がパノラマチックに見えていた方が開放感が高まる。
つまり、総括すれば、ウルトラワイドゲーミングの最大の醍醐味は、VR(仮想現実)体験に迫る没入感を、VR HMDを被らずとも楽しめるところ……だと思う。
人間の視覚システムにおいて、視覚情報からのオブジェクト認識能力は視界中央に重点が置かれているが、視野角自体は200度以上を持っている。なので「なにか見えている」という感覚は、視界外周からも感知できるのだ。
ウルトラワイドによるPCゲーミングは、普段の現実世界を見ている状況に近くなるため、ゲーム世界への没入体験の向上が見込めるわけである。
ウルトラワイドモニターが、ゲームプレイそのものを優位に仕向けてくれる局面だってある。
たとえばレーシングゲームのコーナリング中では、ウルトラワイドの方がコーナーの出口を16:9よりも早く見出せるし、一人称/三人称シューティングゲームでもウルトラワイドの方が周囲の敵の存在の確認を16:9よりも広範囲に行なえる。
シンプルに言えば、ウルトラワイドの方が高い没入感でゲームが楽しめるのである。
ウルトラワイドが機能するのはPCゲーミングだけ。(いまのところ)家庭用ゲーム機にウルトラワイドをつないでも意味なし!
なぜ、ゲームにおいてこのような超横長(ウルトラワイド)ゲーミングが可能なのか。
それは、すべての3Dグラフィックスベースのゲームは、ゲームプログラム側で映像をリアルタイム生成しているからだ。
そう、普通の16:9のTV画面でプレイしている際でも、画面外にゲーム世界はゲーム機/PCの中にちゃんと存在しているのだ。
それを下図にあるように、ゲームプログラム側がGPUに16:9画面に収まるように切り取って(≒撮影して)、1枚1枚映像を描画するように指示しているから、16:9映像が描画されているにすぎないのである。
なので、ウルトラワイドモニターを用いた場合に、ゲームプログラム側がGPUに、ゲーム世界を21:9や32:9の広画角で撮影して描画するように指示できるように作られていれば、16:9アスペクトを超えた広画角の映像をも難なく生成できるのである。
しかし、「この遊び方」が許容されるのはPCゲームに限られる。PlayStationやXboxなどの家庭用ゲーム機は、ウルトラワイドモニター製品と接続してもゲームグラフィックスの画角は16:9に固定化されたままとなる。
というのも、家庭用ゲーム機は、16:9のTV/モニターとの接続にしか対応していないからだ。そのゲーム機のメーカー(プラットフォームホルダー)が、ゲームグラフィックスの描画画角を16:9に固定化させているため……といった方が正確かもしれない。
実際のところ、現在のゲーム機のGPUは、PCに搭載されるものと同系アーキテクチャを採用しているので、性能的あるいは機能的にもウルトラワイドへの対応はできるのだ。
ただ、ゲーム機メーカーとしては、うかつに対応して、万が一余計なトラブルが出たときに対応が面倒だから「今のところやめておこう」という判断をしているのだと思われる。
ただ、PS5やXbox Series X|Sのような最新世代の最近の家庭用ゲーム機は(16:9アスペクト比ではあるものの)、TV製品には存在しない2,560×1,440ドット解像度のゲーミングモニター製品への対応を始めたくらいなので、いずれウルトラワイドへの対応があるかもしれない。
ちなみに、筆者は、2015年くらいから「ウルトラワイド対応してよ!」とゲーム機メーカーの担当者には懇願し続けている。読者の皆さんにも、できればこの運動に参加してほしい(笑)。
まあ、今のところ家庭用ゲーム機にリリースされているゲームも、かなりの高確率でPC版(≒Steam版)がリリースされており、それらの多くでウルトラワイドモニターでのPCゲーミングが楽しめるので、筆者は現状にそれほど不満はないし、PCユーザーが中心の本誌読者達にとってもさしたる問題ではないかもしれない。
ウルトラワイドゲーミングを楽しむための手順
ゲーム性(や競技性)の観点から、意図的に16:9アスペクト比に固定されていなければ、3DグラフィックスベースのPCゲームは、かなりの高確率で、ウルトラワイドで楽しむことができる。
そして、そのウルトラワイド化の手順は極めて簡単である。
PCをウルトラワイドモニターとHDMI端子やDisplayPort端子で接続。PC起動後にWindows側で正しい解像度になっているのを確認し、ゲームを起動すれば、多くのタイトルでウルトラワイド状態の画面でゲームが起動するはずだ。
ちなみに、ウルトラワイドモニターの解像度は、各モニター製品のスペック表の解像度欄を見て確認してほしいが、代表的なものとしては以下のようなものがある。
アスペクト比 | 解像度 |
---|---|
21:9 | 2,560×1,080ドット |
3,440×1,440ドット | |
3,840×1,600ドット | |
5,120×2,160ドット | |
32:9 | 3,840×1,080ドット |
5,120×1,440ドット | |
7,680×2,160ドット |
もし、妙なアスペクト比でゲームが起動してしまった場合は、慌てず騒がず、そのゲームのグラフィックスオプション、あるいはモニターオプションなどの設定項目を呼び出し、そのウルトラワイドモニター製品の映像パネル解像度を選べばいい。
下は、筆者が過去にウルトラワイドでプレイしたゲームのうち、グラフィックスオプションメニューの画面キャプチャの一部だ。
ほんのちょっとだけ「ウルトラワイド史」
ここまで語ってきた「ウルトラワイド」とは何のことなのか、説明しておこう。
世間一般に市販されているTVはアスペクト比16:9のものになる。そして、近年の家庭用ゲーム機のゲームはまさにこの横縦比の画面に向けて設計されている。
もともと「4:3アスペクト比の時代」を長く過ごしてきた昭和世代や平成世代の我々にとって、16:9の画面でも十分なワイド感を楽しめていたのだが、2010年前後くらいから、16:9よりも横方向に長い21:9のアスペクト比の超横長モニター製品の提案が始まるようになる。
そう、「超=ウルトラ」「横長=ワイド」ということで、21:9以上の横長アスペクト比のディスプレイ(モニター/TV)の製品ジャンルを「ウルトラワイド」と呼ぶようになるのである。
ちなみに、筆者は20年以上、毎年1月にラスベガスで開催される家電ショーの「CES」を継続的に取材しているが(コロナ禍の時期を除く)、その自分自身のモニター関連記事のすべてに対して「21:9」のキーワードで検索を仕掛けてみたところ、「21:9」に「モニター(ディスプレイ)」あるいは「テレビ」が組み合わされた文言が出てきたのが2010年が最初であった。
ただし、この頃はまだ実験的なプロトタイプ製品の紹介ばかり。実際の市販化が想定された製品が発表され、一定の人気や賑わいを見せ始めたのは2014年頃からのようだ。
この2014年前後くらいから、この21:9アスペクト比のモニター製品開発に力を注ぎ始めたのが、SamsungやLGなどの韓国系メーカーだ。
すでに、この頃、Windows OSはWindows 8.1で(2015年にはWindows 10が発売)、普通に16:9アスペクト比以外の「特殊な解像度のデスクトップ」を正しくドットバイドット表示ができる能力を持っていた。
一方で、2014年前後当時は、4K解像度のモニター製品はまだまだ高価であり、とは言えすでに「フルHD解像度より広く使えるデスクトップ環境が欲しい」というPCユーザーからの引き合いは強かった。
「広いデスクトップ」となれば、マルチモニターという手段もあったが、誰もが16:9画面を2つ設置できるほど机が広くはない。と、まあ、そのあたりのデスクトップ事情のニーズとも合致して、21:9のウルトラワイド製品は「大ヒット」とはいかないまでも一定数の購買層を獲得することに成功したのであった。
日本ではそうしたウルトラワイドに対する人気を感じられなかったが、少なくとも、SamsungとLGの両社が、その後も継続的にウルトラワイド製品を出すモチベーションが維持される程度には、世界市場では売れたのだ。
ところで、SamsungとLGは、グループ内にSamsung DisplayとLG Displayという映像パネルメーカーがあり、ここで生産された映像パネルは、自社製品に活用するだけでなく、社外にも販売されるようになる。
21:9の映像パネルも同様で、2015年以降は、中国・台湾系モニター機器メーカーでもその採用が進み、2015年あたりから21:9アスペクト比のモニター製品が、韓国メーカー勢以外からもリリースされるようになる。
このくらいのタイミングから、ゲーミングモニター製品のラインナップにウルトラワイドタイプが加わるようになったのだ。
この流れを受けて、徐々に欧米を中心とした世界のPCゲーミングファン達の間で、こうした超横長モニターを活用したゲームプレイが賑わいを見せるようになっていく。
2018年にはSamsungが、世界初の32:9アスペクト比の3,840×1,080ドット解像度の湾曲型ゲーミンクモニター「C49HG90」を発表。翌2019年には、ライバルのLGが、同じく32:9アスペクト比のビジネス向けモニター「49WL95C」を発表した。
ウルトラワイドの世界に「32:9」の新潮流が発祥したのだ。
ちなみに、Samsungは、この32:9のアスペクトに対し「ウルトラワイドを超えるもの」としてウルトラワイドの前に「スーパー」を付けた「スーパーウルトラワイド」というブランディングを開始したのだが、今もそれほど浸透・定着はしていない(32:9も“ウルトラワイド”に吸収されているイメージ)。
しかし、Samsungはその後「スーパーウルトライド」製品開発にますます注力するようになり、2020年には量子ドット技術とミニLEDバックライト技術を組み合わせた32:9ゲーミングモニター製品「Odyssey G9」(G95T)を発表。
このモデルは世界市場で高い評価を受けたことで、翌2021年には後継機「Odyssey Neo G9」(G95NA)を発表する。
2022年モデル以降は製品名をこの「Odyssey Neo G9」に固定化したままマイナーチェンジモデルの「G95NB」を投入している。
今年、2023年には世界初の横解像度8K(7,680ドット)とした「Odyssey Neo G9」(G95NC)を発表し、さらに32:9の有機ELモデル「Odyssey OLED G9」(G95SC)を追加した。
しかし残念なことに、Samsungは2007年に日本のPCモニター製品市場から撤退している。そのため、日本ではこれらのモデルが一切販売されていない(並行輸入品のみ)。非常に残念である。
LGは、同社初の32:9モデルの「49WL95C」を発売して以降は、その後、21:9モデルの開発に注力している。
2023年に新発売となった21:9モデルとしては最大画面サイズの45型の湾曲型の有機ELパネルを採用した「45GR95QE-B」が好評を博しているようだ。
ちなみに、LGは日本市場に健在なので、大手量販店等の店頭で実機を見て購入できる。
今回はここまで。次回は、実際のウルトラワイドモニター製品の選び方などを取り上げることにしたい。
また、複数のモニター製品を並べてゲーミングを楽しむマルチ画面ゲーミングに対するウルトラワイドゲーミングの優位性などにも言及していきたいと思っている。
さらにその次では、ウルトラワイドに対応していないPCゲームを、強引に対応させるための情報を集めたフォーラムWebサイトや強制ウルトラワイド化ツールなどの紹介も行なう予定だ。
ではまた。